一年戦争で破壊されたザクのスクラップが、アマテラス・コロニーのある宙域に浮かんでいた。
こうしたスペースデブリは宇宙船やコロニーへ衝突する可能性があるため、コロニー公社や業者によって早急に撤去されるのが通例だ。
しかし、このザクに最初に手を触れたのは、そのどちらでもなかった。
スラスターの噴射を最小限に抑え、フリーダムがザクへと近づく。
ストライクとメビウス・ゼロとの戦闘で損傷の激しいフリーダムは、右腕のマニピュレーターでそっとザクに触れた。
触れた瞬間、ザクの輪郭がじわりと薄れ始める。
千切れた下半身が溶けるように消え、上半身はコックピットの上部から順に消滅していった。
まるで、ザクがフリーダムに吸い込まれていくかのようだった。
同時に、フリーダムの傷ついたボディはゆっくりと変化していく。
大剣で抉られた胴体の大穴は塞がり、内部が露出したままだった左腕は、まるで時間を巻き戻すように元の形を取り戻していく。
その異様な光景を自ら生みながら、フリーダムは頭部を小さく傾ける。
信じられないものを目にする人間のような、不可思議な仕草だった。
左腕が完全に再生した瞬間、ザクの残骸は跡形もなく消えていた。
まだ背部ウイングなど修復されていない箇所はあるものの、フリーダムは残りの破損を確認するように身じろぎし、続いて周囲を見渡す。
やがて、少し離れた宙域に軽キャノンのスクラップが漂っているのを見つける。
フリーダムは損傷した後部バーニアを吹かし、軽キャノンに接近すると、ザクと同様に吸収し始めた。
その光景をジークアクスのカメラ越しに捉えたエグザベは、言葉を失った。
「ナガラ衆のMSが…ザクを吸収しました」
ミノフスキー粒子が散布されていないため、通信に支障はない。
エグザベはすぐさまソドンへ報告を入れる。
すでにソドン側でもフリーダムを捕捉しており、ジークアクスの映像もデータリンクによって共有されていた。
『こ、こちらでも確認。防衛隊のMSがそちらに向かっています…待機してください』
「落ち着いてください」
オシロの動揺が、通信越しにまで伝わってくる。
「向こうはまだこちらに気づいていません。発砲します」
エグザベはグランドスラムから手を離し、マウントラッチからビームライフルを引き抜いた。
軽キャノンの残骸を吸収するフリーダムの背中へ照準を向ける。
軽キャノンはみるみるうちに消失し、フリーダムの失われていた片側の翼が生えるように再生していく。
(スクラップを原子レベルに分解して、機体を修復しているのか…?)
あり得るはずがない。
MSは生物ではなく、整備を怠ればすぐに機能不全を起こす工業製品だ。
その維持にどれほどの時間と労力が掛かるか、エグザベはソドンでの勤務を通して嫌というほど見てきた。
Hi-MD男に破壊されたジークアクスの復帰にも、エグザベはメカニックと共に修理に参加していた。
山ほどの行政書類、部品調達、日々の整備。
どれほどの人間が関わっていたかを思えば、目の前にいるフリーダムの行為は、常識から逸脱した行為だった。
「連中は…常識では測れないか」
高級ホテル屋上で対峙したブルーディスティニー1号機を思い出し、ロックオンが完了したことを示す音がFCSに鳴る。
『待ってください!!』
セファの声で、エグザベは引き金にかけた指を止めた。
『現在、防衛隊がそちらに向かっています。エグザベ少尉は監視を継続してください』
「今撃たなければ、コロニーに当たります!」
フリーダムはアマテラス・コロニーを背にしている。
距離的に、ジークアクスがバーニアを噴射すれば五分も掛からずコロニー外壁に到達できる位置だ。
ビームの減衰を考えれば、今撃つしかない。
ジークアクスが持つ飛び道具はビームライフルとバルカンだけ。
対してフリーダムは腰部・背部に計四門の砲を持ち、性能は不明とはいえ撃ち合いになれば圧倒的に不利だ。
今ここで背後から撃つ。
それが唯一の勝ち筋だ。
『アマテラス・コロニー防衛隊がナガラ衆MSを逮捕する。我々はその援護をする』
ラシェットの声が届き、エグザベは奥歯を噛みしめた。
「…了解」
彼はグランドスラムを左手で握り、ビームライフルを再びラッチに戻した。
(…何で、こんなに呑気でいられるんだ)
命令は絶対だ。
それを叩き込まれてきた以上、逆らえない。
しかし、このナガラ衆MSを撃破できる好機を逃すことが、未来に禍根を残すのではないか。
その不安だけが、胸の内で燻り続けた。
ニット帽をM-65の内ポケットにしまいながら、ジョンは歩き出した。
幼子はともかく、シイコという人物からは、どこか妙な危うさを感じ取っていた。
おっとりしているようでいて相手の腹の内を覗き込むような視線、あれをこれ以上浴び続けるのは避けたいと思った。
「どこかで見たことあるような顔だったな…」
あの顔と名前を、どこかで見た覚えがある気がする。
だが記憶の糸口には届かない。
観光客にしか見えなかったし、買い物に行っている家族を待ちながら、泣いていた幼子をあやしていたのだろう。
早くクワトロと合流しようと足を進めたジョンだったが、肝心のクワトロは安物腕時計のコーナーから消えていた。
自分を探しに行ったのだろうと思い、周囲を見渡す。
レジの近くに、店内カゴを手にしたクワトロの姿があった。
何かを購入しようとしているようだ。
ジョンは棚の間の通路を抜けてクワトロへ向かう。
イズマ・コロニーでは日本語をよく目にしたが、アマテラス・コロニーでは日本語とドイツ語の併記が目立つ。
ジオンではドイツ語が多いと聞いてはいたが、店内全体を見渡すと本当に多い。
店内放送も英語・ドイツ語・日本語の三言語が併用されていた。
ジョンの母語は英語で、またジオン系MSのマニュアルにドイツ語が使われていたため多少は理解できたが、英語とはやはり違う違和感が付きまとう。
ジョンに気づいたクワトロが手を振る。
「どこ行ってたんだ?」
「子供の泣き声が聞こえたので、気になって」
「子供がいるってのは良いことだ。ジオンはすっかり少子化でな…」
クワトロに歩み寄ろうとしたその時、棚の死角から歩み出た二人組に気づいたのは、ぶつかる寸前だった。
「うわっ」
寸前で体をひねって避けたものの、ジョンは転びかけて慌てて踏ん張る。
「あっ、ごめんなさい」
「大丈夫?」
駆け寄ってきたのは、ジョンと年齢の変わらないカップルのようだった。
心配そうにこちらを覗き込む。
「ご心配なく…えっ」
二人の顔を正面から見た瞬間、ジョンの思考が一瞬止まる。
洒落たコーディネートでまとめられてはいるが、その顔立ちは見覚えがありすぎた。
少年の方は驚きつつも呆れ顔、少女の方は固まってしまったようにジョンを凝視している。
(シュウジ!? ニャアン!? 何でこんなところにいるんだ!?)
ジョンの目の前に立っていたのは、紛れもなくシュウジとニャアンだった。
ラビアンローズで別れて以来の再会だった。
「3ヶ月ぶりかな、ジョン」
シュウジは固まったままのニャアンの肩をポンポンっと叩く。
「突然消えたと思ったらジオンにいるなんて、連絡くらいはしなよ」
我に帰ったニャアンはジョンの顔をまじまじと見る。
「ジャック…?」
ジョンは僅かな逡巡の後、首を振った。
「人違いだよ。僕はアレックスだ。アレックス・ディノ、ジョンって人じゃないよ」
ジョンはジュウゾウに用意されていた名前「アレックス・ディノ」を騙った。
まさかここで二人と会うと思わなかったジョンはアレックスの名で押し通すことにした。
二人はここで買い物をしていたらしく、シュウジがレジ袋を持っている。
「二人は観光かな?良い旅を」
シュウジとニャアンには色々と話したいことがあったが、クワトロの視線もあるために話そうにも話せない。
ジョンは二人に背を向けてクワトロの方へ向かおうとした。
「ジャッアックゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
恐ろしい雄叫びが店内に響き渡り、凄まじい衝撃がジョンを後ろから襲った。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ