地下通路を大きく揺らすほどの衝撃で、ジョンとニャアンは水平エスカレーターごと倒れ込んだ。
揺れを検知した水平エスカレーターが緊急停止したことも相まって、ジョンはニャアンが床にぶつからないよう、自分を背にして倒れ込む。
ニャアンは無意識のうちに、ジョンの腰にホールドしていた脚を解いていた。
「いっつぅ…」
受け身を取れなかったがゆえの痛みに顔をしかめながらも、ジョンはニャアンが無事であるのを確かめて、胸をなで下ろした。
少し離れたところにいるシイコたちも無事なようだ。
シュウジは幼子を気遣い、クワトロは周囲を警戒しながらジョンの方へ歩いてくる。
「大丈夫? ジャック?」
「ジャックじゃない。…けど、大丈夫。海没するよりはマシだよ」
ニャアンの手を借りて、ジョンは立ち上がった。
「ジョン、ララァからの連絡だ」
立ち上がったジョンの耳元で、クワトロが低くささやく。
「外壁部でソドンとクアックスがフリーダムと交戦中だ。うちからはザク3機を出しているが、船の護衛で助けに行けない」
クアックスという名に、ジョンは少し驚いた。
ジークアクスそのものは、ジョンからすればつい昨日見たばかりだが、それはあくまで向こう側の世界での話だ。
「何でジークアクスがここに?」
「地球へ向かう航行中に、フリーダムが宙域のレーダーに引っかかったから見に来たらしい。パイロットはエグザベ・オリベ少尉。バーで飲み合った知り合いだろ?」
「…そこまで把握しているんですね」
ジョンの行動を調べていれば、エグザベと接点があることまでは辿り着けるだろう。
だが「バーで会っていた」ことにまで把握が及んでいるあたり、クワトロと、恐らくはその背後にいるジュウゾウは、徹底的にジョンのことを洗っているのだと知れて、ジョンは背筋にうっすら寒気を覚えた。
同時に、ソドンが地球へ向かう予定だったという事実も気がかりだった。
向こう側の世界では、ソドンはマンガルールへ降下していた。
ここでも似たようなことをしようとしているのかもしれない、とジョンは思う。
そんな二人の内緒話を、ニャアンは不安そうに見つめていた。
小声で話してはいるが、耳を澄ませば内容は聞こえる。
何の話をしているのかまでは分からない。
けれど、クワトロの話を聞いたあとに浮かんだジョンの表情を見て、ニャアンは嫌な過去の断片を思い出していた。
今のジョンの顔は戦いに行くときの顔だ。
『ただいまコロニー全域に非常事態宣言が発令されました。
住民の皆さまは、速やかに指定のシェルターへ避難してください。
繰り返します…』
地下通路内に設置された放送装置から、一斉に避難警報が流れ始める。
イズマ・コロニーなら、トモヨ・クロサワのAI音声が流れるのだろうが、アマテラス・コロニーのアナウンスは、特徴のない無機質な合成音声だった。
避難警報を耳にして、クワトロは地下通路の先にあるシェルターへの標識を指さす。
「非常事態です。シイコさんたちは、シェルターへ避難してください!」
「そのつもりよ」
突然のことで泣き出した幼子をあやしながら、シイコは淡々と答える。
シュウジは、シイコと幼子をエスコートするようにそばに立った。
「俺は零式で出る。ジョンはシイコさんたちと一緒にシェルターへ行ってくれ」
「僕も行きます」
ジョンの言葉を聞いた瞬間、ニャアンはハッとしたように顔を上げる。
「ダメ!!」
叫ぶなり、ニャアンはジョンの左手を掴んだ。
絶対に行かせないと言わんばかりに、その手を握り潰さんほど強く力を込める。
「ジャックはいっちゃダメ!!」
切羽詰まった声に、ジョンは困ったようにクワトロを見る。
「ストライクへの変身については、ジュウゾウ様は特に触れていない。だが、変身すれば、そのあと苦しくなる」
「フリーダム相手にザクじゃ無理です。ストライクなら」
「そういう問題じゃない」
クワトロはそこで会話を切り、シイコとシュウジの方へ向かう。
その背中を追うように、ニャアンがジョンの手を引っ張って歩き出した。
「君はこれまで、ナガラ衆相手に戦ってきたようだが、本来ならとっくに逮捕されている。どんな事情があれ、未登録のMSでドンパチやったという事実は消えない」
クワトロの言葉に、ジョンは反論できなかった。
警察官でも軍人でもないのに、テロリスト相手とはいえストライクで交戦している。
少なくとも、ジョンの知る範囲の法律のいくつかには明確に違反していた。
「それにだ。ナガラ衆との戦いに巻き込まれて、怪我をしたり死んだ人がいたら、君はどう責任を取る?」
それも、否定のしようがない。
これまでのストライクの戦いで巻き込まれた被害者は、ジョンが調べた限りでは表立ってはいない。
だが、本来なら出ていてもおかしくないはずだ。
「争いごとは、君みたいな年齢の子がやることじゃない。こういうのは、俺たちに任せてくれ。君はニャアンさんの面倒を見るべきだろう?」
その言葉に反応して、ニャアンがジョンを見上げる。
「ジャック、私と一緒にいよ。ね?」
縋るような表情で、ニャアンは言った。
「この揺れ、普通じゃないわね」
待っていたシイコとシュウジに足を合わせ、一行は近くのシェルターへ向かう。
「旦那さんとは連絡は取れましたか?」
ジョンとクワトロが話しているあいだ、シイコはおっちゃんへ電話を掛け続けていた。
「ええ。夫も近くのシェルターに避難するみたい」
本来であれば宇宙港で合流する予定だったおっちゃんとは、ここで別れることになった。
それぞれがシェルターに避難し、あとで落ち合うという形に落ち着いたらしい。
そのとき、ジョンのM-65のポケットの中で、何かが微かに動いた。
(サイコフレームが動いてる?)
ジョンはポケットの中にあるジップロック越しに、サイコフレームへと指を伸ばす。
『…ジョン』
サイコフレームに触れた途端、ジョンの心に声が響いた。
その声には聞き覚えがあった。
シェルターの出入り口はすぐ近くだった。
地下通路からの出入りはエレベーター式になっており、シュウジが開閉ボタンを押す。
すでに何人かが避難しているようで、収容可能人数を示すディスプレイには「残4名」と表示されていた。
(一人、乗れないぞ)
クワトロを除けば、ここにいるのは五人。
一人分、枠が足りない。
シイコとシュウジはそれに気づかないまま、先にエレベーターへ乗り込んだ。
残っているのは、ジョンとニャアンだけだ。
「ジャック、今度は一緒に乗ろ?」
前にも似たようなことがあった、と言いたげにニャアンはジョンの手を引いてエレベーターに乗ろうとする。
シェルターが目の前にある安心感からか、指先に込められた力が、ほんの少し緩んだ。
(このままだと、一人取りこぼす形になる…だったら)
ジョンは、エレベーターの中に立つシュウジを見た。
(シュウジ、ニャアンを頼む)
(ジョン?)
ジョンの視線に気づいたシュウジは、エレベーター内部のディスプレイに表示された残りの収容人数を見て、ジョンの意図を悟った。
シイコ、坊や、シュウジ、ニャアンでちょうど4名が埋まってしまう。
「ジョン、よせ!」
シュウジが叫んだ直後、ジョンはニャアンの手を振りほどき、そのままエレベーターの中へと押し込んだ。
あまりにも唐突な行動に、ニャアンの思考が追いつかない。
「すまない、ニャアン」
ニャアンが振り向くより早く、ジョンはエレベーターの「閉」ボタンを押した。
ニャアンがジョンへ振り返った瞬間、扉が閉まりジョンとクワトロの姿は視界から消えていた。
「ジャック!!」
ニャアンは閉まった扉をこじ開けようとするが、当然どうにもならない。
「大丈夫、ニャアンちゃん?」
心配そうなシイコの声も耳に入らず、ニャアンは半ば錯乱したように扉を叩き、開閉ボタンを連打する。
「無駄だよ、ニャアン」
宥めるように、シュウジはニャアンの手を押さえた。
「何で!!」
その声は、怒りとも悲鳴ともつかなかった。
「また私を置いていくの!?」
「私を捨てるの!?」
「絶対に逃さない!!」
「死んでも死んでやる!!」
「アマテになんか渡さない!!絶対に渡さない!!」
「ジャックゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
狂おしいほどの叫びが、狭いエレベーターの中に響く。
その声は、ジョンの耳には届かない。
ジョンの行動に驚いたクワトロだったが、ディスプレイの表示が「0」に変わったことで、その意図を理解した。
「…すまない。坊やのことを数に入れていなかった」
「違うシェルターに行けばいいですし。それに…」
申し訳なさそうに言うクワトロの前で、ジョンはM-65のポケットを探り、ジップロックに入ったサイコフレームを取り出した。
「ナガラ衆からの贈り物か」
ジップロックから取り出したサイコフレームは、ふわりと宙に浮かび上がった。
宙に浮いたサイコフレームは、そのままゆっくりと地下通路の先へ進んでいく。
「どうなってるんだ? 何で宙に浮いている?」
困惑するクワトロをよそに、ジョンは迷わず、その後を追って歩き出した。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ