年代物の兵器たちが眠る地下隔壁通路は、新たに作られた隔壁によって閉鎖された区画に存在していた。
コロニー建造工事が終わったあと役目を終え、壁で塞がれることで封印されているのだろう。
封印されているとはいえ、この場所にはつい最近も人の出入りがあったようで、換気機能などの電気設備は今も使用可能だった。
暗がりの隅には工具箱や車両整備用の計測機器がシートで覆われたまま置かれ、兵器たちのメンテナンスが定期的に行われている気配さえある。
端末のライトで足場を照らしながら、ジョンは進んでいく。
先導するように飛んでいたサイコフレームの動きが止まり、やがてジョンの目前で静止する。
立ち止まったジョンがライトを向けると、そこには行く手を遮る壁があった。
サイコフレームはその場に浮かび続け、まるで何かを待っているように見える。
ジョンは足を止め、改めて周囲に視線を巡らせた。
「クワトロさん、置いてきちゃったな…」
ザクが余裕で歩けるほどの広さがある通路だが、見えるのは端末のライトが届く範囲だけ。
もしここが地球なら、湿気で壁は染み、空気は澱み、コウモリやカマドウマの巣になっていたかもしれない。
だが、ここはコロニーだ。
設備が生きているおかげで空気は澄み、カラッとしている。
場所によっては虫や動物の検疫が厳しいが、アマテラス・コロニーは農耕コロニーでもあり検疫が徹底しているのか、この場所には虫一匹いなかった。
ジョンは壁を背にして床に座り込む。
少し歩き疲れたので休みたかった。
噛まれた首の跡に触れると、わずかに痛みが走った。
(ニャアン、なんでああなっちゃったんだ)
アイランド・イフィッシュにいた頃も、突飛な行動はあった。
だが今回のニャアンは常軌を逸していた。
縋るように、狂おしいほどの執着があの目には宿っていた。
(3ヶ月の間に何があったんだ?)
シュウジはいつも通りだったので気にも留めていなかったが、ニャアンからすればこの3ヶ月、ジョンは死んだも同然なことになっていたのだ。
ジョンにとってはシュウジたちと別れたのは数週間前、ニャアンと電話したのは3日前程度の感覚にすぎない。
そのことを考えると、自分と周囲の人間のあいだに生じた感覚のズレをジョンは痛感した。
シュウジが特殊なだけで、3ヶ月という時間の重みは世間的にはもっと大きいのかもしれない。
(みんなどうしているんだろうな…)
イズマ支部とバイオセンサー研究所の面々、ソドンやシャリア・ブル、マチュ、社長…。
(ハロ達はどうしてるんだろう…)
エンデュミオン・クレーターから脱出させたハロたちの行方をジョンは知らない。
考えれば考えるほど、3ヶ月という時間のズレが、自分と周囲の世界の間に横たわっていることを実感させた。
クワトロに言われた言葉を、ジョンは反芻する。
『君はこれまでナガラ衆相手に戦ってきたようだが、本来ならとっくに逮捕されている。どんな事情があれ、未登録のMSでドンパチやったという事実は消えない』
『それにだ。ナガラ衆との戦いに巻き込まれて、怪我をしたり死んだ人がいたら、君はどう責任を取る?』
クワトロの指摘は正しいとジョンは思っている。
ストライクに変身できるという珍しい力を持っていたとしても、ジョン自身はあくまでコロニー公社に出向中の何でも屋の社員にすぎない。
クワトロの言う通り、ナガラ衆云々については本来であれば警察や軍隊の仕事だ。
ジョンが深入りすべき話ではない。
それは分かっているジョンではあったが、同時にそういう司法機関というものに対しての信頼というのがジョンには無かった。
軍警は思ったよりも紳士的な組織だったが、ジオン軍、というよりもジオンという国そのものをジョンはあまり信用していない。
信用を抜きにしてもあんな超自然的な力を持つ集団を相手に司法がどうこうできる前にジョンや周囲の命が危なくなる。
ジョンの立場は、凄まじく危うい。
ナガラ衆に追われ、キシリアにも目をつけられるような境遇にある。
ナガラ衆や向こう側の世界は、行政や常識の外にある存在ばかりだったため、ジョンは深く考えずにここまで来てしまっていた。
事態はすでに個人でどうにかできる範囲を超えている。
だからこそ、ジョンはシャリアから持ちかけられた天国の記憶へ向かう話に乗った。
今の自分にできることの限界を考えると、ジュウゾウの誘いに乗って彼らの仲間になる方が、まだマシなのではないかとジョンは思い始めていた。
だがそのジュウゾウという人物が、果たして信用に足るかと言えば怪しい部分はある。
この空間に隠された兵器を、領主であるジュウゾウが知らないはずはない。
MSにはまるで歯が立たない古い兵器ばかりだが、対車両・対人間には十分な戦力になり得る。
そんな兵器を隠し持ち、ジョンや、あまつさえキシリアの内情まで把握しているようなジュウゾウとその仲間であるクワトロ達、彼らの腹の内が読めない以上、距離を置くのが妥当だろう。
しかしジョンには、選択肢が限られているのも事実だった。
何も分からない情勢の中で、手探りのまま対処し続けるには限度がある。
どこかの傘下に入り、そこから事態を把握するべきではないか?
そんなことを考えていたその時、壁の向こう側から大きな音、MSの足音が聞こえた。
ジョンが気付いた瞬間、壁の一部が崩れ始めていた。
「なんだ…?」
ジョンは立ち上がり、壁から少し離れる。
壁の向こう側で、何かが突き破ろうとしている。
周囲には隠れられる物がない。
ジョンが身構えるより前に、壁が突き破られた。
壁の向こう側にある非常灯の灯りが、ジョンのいる通路をわずかに照らす。
壁を破ったのは、巨大な鉄の塊だった。
その鉄の塊が引き抜かれ、続いて巨大な手が穴を広げていく。
その鉄の塊が、G3の装備であるグランドスラムであること、その巨大な手がMSのマニピュレーターであることにジョンが気づいたのとほぼ同時に、巨大な顔が穴からジョンを覗き込んできた。
「ジークアクス!?」
グリーンのデュアルアイが、ジョンをじっと見つめる。
クワトロの話ではジークアクスのパイロットはエグザベのはずだ。
だが、目の前のジークアクスからは、エグザベが乗っている気配がまるでしない。
ジョンの姿を確認したジークアクスは腕を伸ばし、マニピュレーターの手のひらをジョンの方へ向ける。
それを見るや、サイコフレームはその手のひらへと飛んでいった。
「乗れ、とガンダムが言っているのか?」
思わずジョンは呟く。
サイコフレームの後を追うように、ジョンはジークアクスの手のひらの上へと乗った。
手のひらにジョンが乗ったことを確認したジークアクスは、コックピットハッチを解放した。
サイコフレームは、そのままコックピットの中へと消えていった。
ジークアクスは手のひらをコックピットに近づける。
ジョンはそこから中を覗き込むが、誰も乗っていない。
(独りでに動いたというのか?)
サイコガンダムのとき、マチュがコックピットへ導かれたと話していた場面を思い出し、自分も今まさに同じ状況なのではないかとジョンは考える。
コックピットに乗り込むのをためらうジョンだったが、地下隔壁通路の空気が薄くなっていることに気づいた。
フリーダムとジークアクスが戦闘した際、外壁の一部に穴が空いたのだろう。
隔壁閉鎖によって宇宙空間への吸い出しは防がれたが、それでもどこかで空気が少しずつ漏れているのは間違いない。
その事実に気づいたジョンは、わずかに焦りを覚える。
ノーマルスーツを着ていない状態では酸欠になるかもしれない。
乗っているはずのエグザベの姿が見えないことが気がかりではあったが、酸欠を恐れたジョンはコックピットへと足を踏み入れた。
コックピットシートに身を沈めたそのとき、ハッチがゆっくりと閉まり始める。
閉まっていくハッチを見て、ジョンはもう二度とコックピットから出られないのではないか、という錯覚に囚われた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ