ジークアクスの前に、赤い影が降り立った。
片膝をついて着地し、そこからゆっくりと立ち上がる。
イエローのデュアルアイが光を反射し、目の前のフリーダムを睨むように頭部を持ち上げた。
(元の色に戻ったみたいだ)
ストライクの色が白から元の赤色へと戻ったのを見て、ジョンはわずかに安堵する。
ストライクは前回と同じくラウンドムーバを背負い、ジークアクスのビームライフルを改造したものと、対ビームシールドをマニュピレーターに装備していた。
左腕には、向こうの世界から持ち込んだジークアクスのシールドがそのまま残っている。
前回で消耗した推進剤やイーゲルシュテルンの弾薬、ビームサーベルのグリップもすべて元通りだ。万全の状態で戦闘に臨める。
向こう側の世界で変身したときもそうだったが、一度変身を解除してしまえば、損傷や消耗した部品類は自動的に回復するようだ。
理屈はわからないが、ジョンにとっては救いだった。
(ナガラ衆の補給問題も、こうやって解決してるんだろうな)
魔法めいた補給だが、ナガラ衆とストライクの「力」が同質なら、これは当然の機能なのかもしれない。
突然現れたストライクを見て、フリーダムは驚愕したように後ずさった。
『待て』
ジョンは敵意がないことを示すため、ビームライフルと対ビームシールドを通路の床へ置き、両腕を上げてホールドアップの姿勢を取った。
イーゲルシュテルンやビームサーベルは残っているが、少なくとも攻撃の意思はないという姿勢を示す。
少しの間を置いて、フリーダムも敵意がないことを感じ取ったのか、ストライクから目線を外さぬまま、ビームサーベルのグリップを腰へ戻した。
フリーダムの右マニュピレーターは溶けており、ビームライフルかビームサーベルによる損傷が見て取れた。
おそらくジークアクスの攻撃を受けたのだろう。
そのジークアクスは、ストライクの背後から二機を静かに見守っていた。
ストライクはホールドアップのまま、ゆっくりとフリーダムへ近づく。
フリーダムもまた、静かに歩み寄る。
ストライクには心臓などないが、ジョンは自分の胸の鼓動を錯覚するほどに強く感じていた。
フリーダムは損傷こそあれど、まだ砲を使える。
もしもここで戦闘になれば、ストライクが壊れるだけならまだいい。フリーダムの砲撃がアマテラス・コロニーへ被害を出す可能性だってある。
今、正面から戦ったら負ける。
二体の距離が腕一本分ほどになったとき、フリーダムが左腕を伸ばし、そのマニュピレーターでストライクの右肩に触れた。
接触回線が開かれる。
ジョンは息を呑む。
『その機体は…ルージュ?』
接触回線から聞こえたのは、柔らかい少年の声だった。
『ストライクという名前のガンダムだと認識している』
予想とは違う幼い声に、ジョンは呆気に取られる。
『ルージュじゃない?』
『ストライクを知っているのか?』
まずは共通点から探るように、ジョンは落ち着いて問いかける。
『ルージュはフランス語で赤色だ。僕がストライクに変身したときから、この赤だ』
フリーダムの少年は、まるでストライクとルージュが別の機体として存在するかのように呼び分けている。
『色で呼び分けているということは、ストライクにはルージュという別の機体もあるのか?』
しかしフリーダムは答えなかった。
警戒よりも、困惑のほうが強いように見える。
獣のように暴れた初遭遇のときとは大違いだ。
少なくとも大剣を振り回して暴れるような状態ではない。
『僕はジョンだ。君は?』
まず名乗ることで、相手の警戒を和らげようとした。
『僕は…』
フリーダムが言い淀む。
『僕の名前は…キラ。キラだと思う』
『キラだって?』
今度はジョンが困惑した。
朝のエレカでクワトロから聞いたばかりの名だ。
だが本人が名乗っているのに、どこか自信がなさそうなのが気にかかった。
『自分の名前だろう。 思うってどういうことだ?』
『自信がないんだ。記憶が朧げで…』
『記憶が混濁しているのか?』
フリーダムは嘘をついている様子ではなく、本気で困っている。
初遭遇時のひどい損傷を思い返せば、記憶障害があっても不思議ではない。
『あんな剣が腹に刺さってたんだ。無理もない』
『剣?』
『初めて会ったとき、君の腹には大剣が刺さっていた。あれを引き抜いて振り回してきたのには驚いたよ』
『…何のこと?』
フリーダムは自分の胴体をさすりながら、本気で覚えがない様子だった。
『本当に覚えてないようだな…』
どこから説明すべきかと考え込んだそのとき、ストライクの背後に控えていたジークアクスが突然動いた。
『うわっ!?』
『おい、どこに行くんだ!?』
フリーダムが思わず怯む。
ジークアクスは外壁の穴から宇宙空間へと躊躇なく飛び出した。
バーニアが噴き上がり、その姿は暗い宇宙へと消えていった。
ホールドアップを解いて、ストライクは外壁部の穴から宇宙を覗いた。
ジークアクスの姿はすでに見えない。
だが、入れ替わるように減速しながらメビウス・ゼロが外壁部の穴へ近づいてくる。
『メビウス・ゼロ!?…白い』
ストライクの隣で宇宙を見ていたフリーダムは、その姿を見て驚きの声を上げた。
『僕の味方だ。ちょっと待ってくれ』
ジョンはストライクを穴から抜け出させ、メビウス・ゼロに接近させる。
接触回線用のワイヤーを伸ばし、メビウス・ゼロの機首へと接続した。
『ジョン、変身してしまったのか』
パイロットは予想通りクワトロだった。
ストライクの姿を目にし、彼は複雑な心境を隠せない声で言う。
『クワトロさん、フリーダムを見つけました』
『本当か!?』
ストライクのマニュピレーターが、外壁の穴からこちらを覗いているフリーダムを指し示す。
メビウス・ゼロの下部にある大型砲がフリーダムへ照準しようとした瞬間、ストライクが慌てて砲口の前に立ちはだかった。
『待ってください!!フリーダムは敵じゃありません!!』
敵意がないことを示すため、ジョンはラウンドムーバをパージし、フェイズシフト装甲を切る。
『いや、そこまでしなくていい。フリーダムのほうも来たぞ』
カラーを失ったストライクと、心配そうに近寄ってくるフリーダムを見て、クワトロは呆れたように言った。
『だ、大丈夫?ジョン』
フリーダムも接触回線を通してストライクに声をかけてくる。
『その声…フリーダムのパイロットだな』
ストライクを介して、クワトロはフリーダムへ話しかける。
『パイロットというべきか、何というか…』
『自分のことをよく分かっていない。私には…そう見えるな』
敵意なしと判断したクワトロは、大型砲の照準をフリーダムから外した。
『私はジオン公国宇宙攻撃軍アマテラス・コロニー防衛隊、クワトロ・バジーナ、階級は中尉だ。君の所属と官姓名を教えてほしい』
口調こそ柔らかいが、「名乗らないという選択肢はない」と暗に示すような声色だった。
フリーダムは困ったように唸る。
『クワトロさん、フリー…彼は記憶が混濁しています。今は聞いても意味がありません』
ジョンがフォローに入るが、フリーダムは何とか思い出そうと声を絞り出す。
『アークエンジェル所属…キラ・ヤマト…』
『…キラ・ヤマトだって?』
クワトロの声色が一変した。
『君の名前はキラ・ヤマトか』
『だと思います…記憶が、モヤみたいになってて…何となくでしか、分からないんです』
額に手を当てるように、フリーダムは本気で悩んでいた。
『僕は…気がついたらここにいて…さっきのMSに追われて…必死に逃げて、隠れていました。地球にいたはずなのに、どうして宇宙に…それに、ジオンって何ですか?』
かろうじて残る記憶を繋ぎ合わせながら、フリーダムは経緯を説明しようとしている。
ジョンは、以前ハロが語っていた黒歴史の中のコズミック・イラの話を思い出す。
ストライクの出所もコズミック・イラだ。
もしかすると、このフリーダムはコズミック・イラが存在した場所から来たのではないか、と。
『キラ、今年は何年だ?』
『73年だと思うけど…それが?』
不思議そうにキラは答える。
『妙だな、ジョン』
クワトロも何かに気づいたようだった。
やはり、このフリーダムは別の場所から来たのだとジョンは確信する。
『もしかして、僕…タイムスリップとか、別の世界に来たの?』
『ある意味、そうかもしれないな』
ジョンの口ぶりに、フリーダム自身も嫌な予感を抱いているようだった。
『73年というのは、コズミック・イラの年号での話じゃないか?』
『そうだけど…違うの?』
『キラ、落ち着いて聞いてくれ』
恐らく、目の前のフリーダムの中にいるキラという少年は、ゼクノヴァも、ナガラ衆も、黒歴史も何一つ知らない。
ジョン自身もキラという少年のことを知らない。
理性的な少年だとは思うが、パニックにならないよう慎重に言葉を選んだ。
『ここではコズミック・イラという年号は使われていない。宇宙世紀(ユニバーサル・センチュリー)という年号をみんな使っている。今は宇宙世紀0085年10月23日、時間は…』
『午後8時12分だ、ジョン』
クワトロが補足する。
『キラ、君は生きていた場所とは違う世界に転移してきたんだと思う』
向こう側の世界の事情まで話すと複雑になるため、ジョンは敢えて単純化して説明した。
『少なくとも、私はコズミック・イラという年号は聞いたことがない。ジョンの言うように、君は別の世界から来たのかもしれないな』
クワトロも静かにフォローする。
黒歴史や向こう側の世界などという概念を持ち出すより、別の世界から来たと説明したほうが理解しやすい。
ジョンとクワトロは、キラの反応を待った。
『僕は…いったい…何なんだろう…』
フリーダムは小さくつぶやき始める。
『ここはプラントでも…連合でも…ヘリオポリスでも…』
フリーダムの様子は明らかにおかしかった。
ジョンは「悪手だったか」と内心で舌打ちした。
ジョンは、向こう側の世界から戻るときに虹色の水着の女性が言っていた言葉を思い出していた。
『このフリーダムの魂は別れた片側。連れて行きましょう。私達の世界へ』
ジョンは宗教を信じていない。
魂が実在するかどうかにも懐疑的だ。
しかし今のキラの精神状態を見れば、魂が不安定という表現は妙に腑に落ちる。
『僕はキラ・ヤマト…本当に…そうなのかな…』
『しっかりしろ。君はキラ・ヤマト。アークエンジェルという部隊に所属していたんだろう?』
クワトロが声をかけるが、フリーダムは完全に上の空だった。
(アークエンジェル…どこかで聞いた覚えがあるな)
ジョンはその名前に聞き覚えがある気がしたが、どうしても思い出せなかった。
フリーダムの動きがだんだんとおかしくなっていく。
頭部を震わせ、全身が痙攣するように小刻みに揺れる。
『僕は…誰なんだ?』
『君は―』
ジョンが言葉を続けようとしたその瞬間、センサーがIFF反応のないMSを捉えた。
ストライクは急いでフェイズシフト装甲を起動し、赤色へと変色させる。
同時に、ザク・バズーカの弾頭がストライクに着弾し、機体が大きくよろめいた。
『うわっ!?』
実弾に対しては滅法強いフェイズシフトのおかげで致命傷にはならない。
しかし、今のストライクはラウンドムーバを装備していない。
本体スラスターでどうにか姿勢を立て直すほかない。
メビウス・ゼロも慌てて退避する。
ストライクのセンサーは、ザク・バズーカの発射方向を捉えた。
そこには、3機のザク小隊が展開していた。
『ご無事ですか、クワトロ中尉!!』
『カイトか!?』
宇宙港で宇宙船の入港警備や避難誘導を担当していたザク小隊が、
フリーダム捜索とクワトロ支援のため急行してきたのだ。
ジュウゾウ・アマトの息子であり、アマテラス防衛隊に所属するカイト・レゥ・アマト少尉が小隊長を務める部隊だ。
『あれが…ナガラ衆ですね!?ソドンからの応援が到着するまで時間を稼ぎます!中尉は退避を!!』
クワトロは一瞬で状況を悟った。
(…しまった。側から見れば私が未知のMSに襲われているようにしか見えない)
本来なら、クワトロの行動のほうが異常だ。
カイトたちがフリーダムとストライクを敵と判断するのは、真っ当な判断だった。
『カイト、奴らは危険だ!すぐに離れろ!!』
『分かっています!でも、今この宙域で戦えるのは俺たちだけなんです!!役に立たなくても、せめて足止めを!』
ザク・マシンガンとバズーカの弾幕が、ストライクとフリーダムに降り注ぐ。
『やっぱり…ここ、ザフトじゃないか!!嘘をついたな、ジョン!!』
フリーダムは混乱し、攻撃してくるザクに向き直った。
ストライクがどうにか弾幕を躱そうとしているところへ突撃してくる。
『待ってくれ!!彼らはここの防衛隊だ!!誤解してるんだ!!』
『カガリと同じ色にして!!』
『カガリって誰だ!?』
ストライクはフリーダムの突撃を避け、逆にその胴へしがみついた。
『ラクスはどこだ!?アークエンジェルは!?』
ストライクにしがみつかれたまま、フリーダムは暴走した推力で外壁部へと飛び出していく。
『よせ!!このままだとコロニーにぶつかる!!』
ジョンの必死の制止も空しく、
フリーダムは背部の翼を大きく広げ、アマテラス・コロニーの外壁を勢いよく突き破った。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
-
ニャアン
-
シュウジ・イトウ
-
シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ