しばらくは新規投稿を止め、投稿してきたお話の訂正に回ります。
コミリーの言葉を聞いた瞬間、フリーダムは足元から氷に包まれたように動きを止めた。
「キラ、どうかその手に持つ刃を収めてくださいな」
その凛とした声には、確かな優しさが滲んでいた。
ジョンは両腰のラックへアーマーシュナイダーを収める。
武器を持たないことで敵意がないことを示そうとした。
『コミリーさん、どういうことですか? ラクス・クラインって…』
ナガラ衆、黒歴史。その前例を踏まえれば、オカルトめいた前世は否定しきれない。
ジョンはラクス・クラインという名前に覚えがあるような、ないような奇妙な感覚に襲われていた。
思い出そうとすると指の隙間から零れ落ちていくように消えてしまう。
「ジョン様、信じられない話かもしれませんが…私には前世があります」
『コミリーさん、ヒンドゥー教か仏教を信仰しているんですか?』
「私は無宗教です。でも、ここではない違う世界で生きていた記憶があるのです」
『それが…ラクス・クラインという人?』
転生という概念は宗教史の中で生まれたものだ。
死後、人間がどうなるかという問いに対する一つの答えだ。
ジョンはそれを信じてはいないし、スピリチュアルにも距離を置いてきた。
だが、目の前のフリーダムはその名に激しく動揺している。
そしてジョン自身の胸にも、正体のつかめないざわめきが生まれていた。
『ラクスさん…僕もどこかで聞いたことがある…』
覚えていないはずなのに、心の奥底に知っているという感覚だけが確かに残っている。
本能が、ラクス・クラインの名を語るコミリーを守れと叫んでいる。
「ジョン様も、私たちと同じなのかもしれませんわ」
フリーダムは動かない。
『コズミック・イラ…ですか?』
ストライクはコズミック・イラで生まれた。
ジョンの推測を証明するように、コミリーがストライクのカメラをまっすぐ見つめる。
「はい。私はラクスという人間として生きていました」
フリーダムはゆっくりとビームサーベルの連結を解除し、刀身の消えたグリップだけを両手に残した。
『ラクス…ここはどこなの?』
迷子の子供のような、弱い声だった。
「キラ、ここはオーブでも、プラントでもありません」
『カガリは?』
「分かりません」
『僕は…ザフトと戦っていて…アークエンジェルが狙われていて…ザフトのMSに刺されて…』
コミリーは黙って聞き続ける。
『分からないんだ、どうしてここにいるのか。
戦争が終わって…オーブに住んで…ユニウスセブンが落ちて…僕は…』
フリーダムの声が震えた。
『ラクスが狙われて…僕はフリーダムに乗って…カガリの結婚式に向かったんだ…』
ジョンにはほとんど理解できない固有名詞の羅列だったが、それがフリーダムの欠片であることだけは分かった。
知らないはずのそれらの言葉が、なぜか胸の奥に懐かしさとして染みてくる。
知らないはずなのに、知っている。
『フリーダムを君からもらって…僕はアラスカへ行ったんだ…サイクロプスから、みんなを助けたくて…』
フリーダムは次々と記憶を吐き出す。
『ヘリオポリスからの脱出艇にいたフレイが死んで…トールがアスランに殺されて…僕はマリューさんにストライクに乗せられて…』
記憶は支離滅裂だ。
それでも、彼は必死に何かを繋ぎ止めようとしていた。
『ザフトのMSはストライクに似てた…でも、何度も合体してきて…僕をソードストライクみたいに刺して…』
声が荒れ始める。
『ここはどこなんだ、ラクス!? 宇宙世紀って何なんだよ!!なんで僕は…フリーダムになってるんだよ!!』
フリーダムはサーベルのグリップを落とし、その場に座り込んだ。
叫びは涙声に変わり、ついには嗚咽になった。
『みんなは…どうなったんだ…僕は…どうなっちゃったんだ…なんで…ここにいるんだよ…!!』
少年の絶望がそのまま巨体の震えとして地面に伝わる。
ジョンはコミリーを衝撃から守るように、フリーダムの隣でそっと片膝をついた。
睨みつけるように、フリーダムがデュアルアイを向けてくる。
『君は…何なんだよ…ストライクはムゥさんと一緒に…』
言葉が途切れ、その後は泣き声だけになった。
ジョンは目を逸らせなかった。
そこにいるのは訳の分からない世界に投げ込まれ、自分が誰なのかも曖昧なまま、どうにか最善を尽くそうしている人の姿だった。
フリーダムの姿は、ジョンにとって決して他人事ではなかった。
ナガラ衆に追われ、キシリアに追われ、仲間に迷惑をかけ続けてきた自分と、あまりに重なる。
ジョンはどうにかして、この少年を救いたかった。
「ジョン様」
コミリーがコックピットから静かに語りかける。
「コックピットを開けても、よろしいでしょうか?」
ザクの小隊はコロニー外壁の穴を塞ぐ作業に必死だった。
トリモチランチャーと応急工作セットを使い、どうにか穴の封鎖を進めていく。
同時に、吸い出された人がいないかも確認して回る。
その作業で手一杯のため、ストライクとフリーダムの殴り合いには全く干渉できなかった。
作業に集中する彼らを守るため、クワトロのメビウス・ゼロが周囲を警戒する。
「持ってくれよ、ジョン…」
メビウス・ゼロのセンサーではストライクとフリーダムの詳細な状況までは分からない。
無線の情報によると、両機の戦闘は膠着しているらしい。
今のうちにソドンをコロニー内へ入れ、キケロガ投入前に艦砲でフリーダムを破壊する。
そんな案が防衛隊から上がっているようだったが、それではイズマ・コロニーの二の舞になるだろう。
『…生まれてきた日に抱きしめてくれた…』
報告に耳を傾けていたクワトロの脳裏を、突然、コミリーの歌声がよぎった。
「コミリー!?」
『…優しいあの手を探している…』
クワトロはモニター越しに、遠くで向かい合うストライクとフリーダムを見た。
直感が告げていた。
コミリーは、あの場所にいる。
「…君の想い人だからな。キラ君は」
クワトロは歌うコミリーの姿を思い浮かべた。
2機の戦いが突然止まったことに、シェルター内はざわめいた。
「何が起きたんだ?」
「防衛隊は何やってるんだ!?」
モニターで外の映像は見られるが、音声は届かない。
フリーダムの悲痛な叫びなど、誰一人として知る由もなかった。
「…あれと話してるんだね、ジョン」
シュウジは、ジョンの意図を何となく理解した。
状況が掴めない中、突然ストライクのコックピットが開いた。
そこからコミリーが降りてくる。
解像度の問題で顔までははっきり見えない。
だが、ストライクから降りた人物がフリーダムのそばに寄り添うように立つ姿は、十分に確認できた。
「え…?」
それを見たニャアンとコンチは呆気に取られた。
まさかストライクから人が出てくるとは思わなかったのだ。
「…祈りの歌声ひとつ消えて…また始まる…」
コックピットを開けたジョンは、降り立ったコミリーの行動に一瞬呆気に取られた。
彼女はストライクのマニュピレーターに軽やかに降り立ち、
そのままフリーダムの目の前で歌い始めたのだ。
「…頼りなく…切なく続く…」
歌声に反応するように、俯いていたフリーダムの頭部がコミリーへと向けられる。
「いつか緑の朝へ……すべての夜を越えて……それはただ一人ずつ見つけてゆく場所だから……」
保護しようと駆けてきたエグザベは、その透明な歌声に思わず足を止めた。
騒音に掻き消されることなく、澄み渡る歌が公園に響き渡る。
「…綺麗だ…」
エグザベは思わず呟き、ストライクの腕上で歌うコミリーに目を奪われた。
「今はただこの胸で あなたを暖めたい…懐かしくまだ遠い…安らぎのために…Fields of hope…」
ジョンもまた、その歌声に心を奪われていた。
理由は分からない。
だが確信できた。
これはラクス・クラインの歌だ。
歌がどうやって生まれたのかは分からない。
だが、コミリーがいまラクスとして、目の前のキラのために歌っているのだ。
「懐かしくまだ遠い…約束の野原…Fields of hope…Fields ofhope…」
歌は静かに終わる。
嗚咽し続けていたフリーダムの動きが止まった。
『ラクス…』
フリーダムはゆっくりと立ち上がりながら言った。
「はい」
『ありがとう。少し…気持ちが落ち着いた』
落ちたサーベルのグリップを拾い、腰に戻す。
「そう言っていただけて嬉しいですわ」
『僕が何なのか…まだ分からないんだ。でも』
フリーダムの姿が薄れていく。
『また会いに行くよ。だから…少し眠らせてほしい』
エンデュミオン・クレーターのプロヴィデンスとは違う。
そこには生きたいという意思が確かにあった。
「待っていますわ、キラ」
『ごめんね、ジョン…殴っちゃって』
そう言い残し、フリーダムは完全に消滅した。
『…キラが消えた』
ストライクが頭部を動かし、フリーダムが消え去った空間を見つめる。
ジョンはマニュピレーターに乗せていたコミリーを地面へと下ろした。
「あっ、コミリーさん!!」
エグザベが慌てて駆け寄ってくる。
「お手伝いありがとうございました、ジョン様」
コミリーは会釈し、ストライクを見上げる。
『まさかライブを始めるとは思いませんでしたよ、コミリーさん』
結果的に、コミリーは錯乱していたフリーダムを落ち着かせた。
彼がどこへ行ったのかは不明だが、ジョンには再び会える確信があった。
だが、その前に今向き合うべき問題があった。
「ジョン君、これは一体どういうことなんだ?」
エグザベは困惑しきった顔でストライクを見上げた。
「コズミック・イラって何だ? あのMSは何者なんだ?」
どう説明するか考えたその瞬間、ストライクのコンピュータが警告を発した。
フェイズシフトが維持できなくなるほどバッテリー残量が減り、グレースケールへと戻っていく。
『うわっ…』
フェイズシフトダウンの直後、ジョンは強烈な倦怠感に襲われた。
倒れ込むストライクがコミリーとエグザベを巻き込まないよう、ジョンは必死に公園内へと倒れ込む。
誰も巻き込んでいないことを確認すると、流れるようにジョンはストライクの変身を解除した。
ジョンは地面に倒れ込んだまま動けなかった。
全身を襲う倦怠感と眩暈で、意識が朦朧としていく。
その近くに、何か巨大なものが着地した。
ジョンは重い頭をわずかに持ち上げ、その正体を確認しようとする。
青いラインを纏った巨人が、片膝をついてこちらを覗き込んでいた。
胸部がゆっくりと開いていく。
その内部から、誰かが姿を現した。
「ジークアクス…」
辛うじて、目の前の巨人がジークアクスであることだけは認識できた。
だが意識はどんどん遠ざかっていく。
こんな時に、何を見ているんだろうとジョンは思った。
薄れゆく視界の中に映る人影を見て、ジョンは内心で笑ってしまった。
ジークアクスのコックピットから出てきた人影がマチュに見えたのだ。
(…マチュが、ここにいるわけ…ないだろ…)
自分の体が引きずられ、コックピットに押し込まれようとしている感覚だけがかろうじて残っている。
そして意識が落ちていく、その寸前だった。
「もう逃さない」
「絶対に離さない」
「どこにも行かせない」
執着と独占欲をそのまま剥き出しにした少女の声が、耳元で響いた気がした。
「ジョン」
その声を合図にするかのように、ジョンの意識は完全にブラックアウトした。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
-
シイコ・スガイ