ソドンから脱出した後、地表近くまで降りると、マニピュレーターに捕まっていたジョンはガンダムのコックピットに移った。
聞きたいことは両手の指の数ほどあるが、今は聞けるタイミングではなかった。
「助かったぜ、ありがとう。シュウジとガンダム」
補助席越しでは、ジョンからはシュウジの顔は見えない。
だがシュウジは笑っている、ジョンはそう感じた。
「君を助けに行けと…ガンダムが言っていた」
「ガンダムにはビールを奢らないとな」
「口がないよ」
このガンダムが喋っても不思議ではないとジョンは感じた。
オカルトじみた話だが、そういったことが往々にして存在するのを、ジョンは身をもって知っている。
『お前のガンダムは人間臭いなぁ』
ジョンが普段仕事で使っているガンダムは試作品のバイオセンサーを積んでおり、ジョンの挙動が現れやすい。なんとなくではあるが、ジョンは自分のガンダムに人間味を感じていた。
自分の挙動を再現しているだけではあるが、少なくともこのガンダムは頭を掻いたり、手を合わせたりはしないだろう。
ジョンのガンダムとは違う。
このガンダムからはマシンとしての冷徹さをジョンは感じた。しかしだ。
(君は冷徹なんじゃない。君はシュウジの味方であって、他人の味方ではないんだ)
シュウジという人間について、ジョンが知っていることは少ない。
コロニーの外壁にグラフィティを描くような少年、という認識で、顔すら見たことがなかった。
コックピットのシュウジは自分と大差ない年齢に見える。
おっとりとした美少年それが第一印象だ。
シュウジの顔を見た時、ジョンはすんなりと彼がシュウジだと分かった。
だがその第一印象と同時に、ジョンはシュウジからある種の危うさを感じた。
この危うさをジョンはずっと前に見たことがある。
「ジョン、眠いの?」
シュウジはジョンの眠気に気づいた。
「そういえば、昨日は段ボールの上で寝てたな」
(そういえば昨日は夢を見なかったな。ちゃんとマチュは寝たのかな)
ガンダムの行き先が気になるジョンだったが、この場では眠気が勝った。
「ちゃんと寝たほうがいいと思うよ」
「そうだな…目的地に着いたら教えてくれ」
それだけ言うと、ジョンは一瞬で眠りに落ちた。
ガンダムのコックピットの補助席は、存外悪くない。
疲労も相まって、ジョンは眠ってしまっていた。
「すごいね、すぐに寝ちゃった…連れを起こさないでくれ。死ぬほど疲れているとガンダムは言っている」
一瞬で眠りに入ったジョンだが、顔に違和感を覚えて目を開けた。顔の上には見慣れた左手があった。
「ジョン、大丈夫なの!? 誘拐されたってニュースに」
マチュの声には余裕がない。焦りと不安、安堵がこもっている。
「そうか、もうニュースになったのか」
「それ聞いて、もう私」
マチュが泣きそうだ。
「ニュースでどんな取り上げ方をされているのか分からないが、危ないところをガンダムに助けてもらったんだ」
「ガンダムに…今はどこにいるの?」
左手がフェイスハガーのように、ジョンの顔に張り付いた。
「そういえば、僕どこに行くんだろうな。シュウジに行き先を聞かなかったし…」
ジョンの最後の記憶は、ガンダムが使われていない地下隔壁通路に入っていくところまでだ。
あの地下隔壁通路があったのは、以前スラムでMS同士の小競り合いがあった場所の近くだ。
昼の時間帯で、軍警とイズマ軍の目があっただろうによくここまで来られたものだ。
「シュウジって誰?」
知らない人名が出てきて、マチュは気になった。名前からして男で、話の流れからガンダムのパイロットだろうとマチュは思った。
「今回、世話になった」
危うさはあったが、全裸の中年男性から助けてもらったのは事実だ。
ビームサーベルで人を焼き殺すような奴だが、自分がシュウジと同じ立場なら似たようなことをしていた気がしていたので、責められない。
この間、愛の告白のようなことをマチュに言われたジョンだが、シュウジとマチュが会えば翻るかもしれないと思った。
もっともジョンからすれば、マチュは実在すら怪しい存在ではある。
「なかなかの美少年だ。君が会ったら一目惚れするかも…」
言い終わる前に、左手がジョンの顔をぎゅっと歪めた。
「一目惚れなら、もう経験している」
この空間にはマチュの左手しかないが、顔があったら目が据わっているだろうとジョンは思った。
そんなマチュに、ジョンは恐怖心を覚えた。
「そ、そうか」
「イケメンで優しくて、グイグイ来て、お金を持っているなら、なおよし」
(僕には欠けてる物ばかりだ。マチュが好きな人は僕ではなさそうだな)
男女を問わず、大抵の人間の恋人願望はそんなものだろう。
これ以上掘り下げれば自分が惨めになりそうだったので、ジョンは話題を変えた。
「そういえば、マチュは昨日はちゃんと寝たのかい?」
顔にかかる力が止まった。
「寝不足で、今、学校の保健室で寝ている」
「だ、大丈夫?」
マチュが勉強で夜遅くまで起きていることは知っていたが、寝不足で保健室で寝るとは思わなかった。
さすがにジョンも心配になったが、マチュは寝不足自体はどうでもよさそうに言った。
「嫌な夢を見たの」
「夢?」
ここも大概だが、それとは比べものにならない悪夢を見たらしい。
「嫌な夢、本当に…」
詮索したいジョンだが、これ以上顔に圧がかかるのは嫌だった。
「ねぇジョン、聞きたいことがあるの」
恐らく夢に関わることだろうとジョンは身構えた。
「あなた、難民の子が軍警に襲われていたら助ける?」
どうやらその夢には難民が出てきたらしい。
数秒の間を置いて、ジョンは答えた。
「時と場合による。見捨てるかもしれない。でも…」
「僕は助けに行く。できる限りのことはしたい」
この日も、成形ジャンクを搬入する業者の宇宙船による行列が航路上にできていた。
ガイアとオルテガの宇宙船も、その行列の中にいた。ガイアは自分たちの横を航行する影に気づいた。
「ザンジバル級だ。懐かしいな、あんな姿になっちまうなんて」
ジャンク業者の船列の横を、二隻の元ザンジバル級機動巡洋艦が悠々と通っていく。
この二隻の元ザンジバル級は、民間に払い下げられた艦だ。
スクラップ運搬のために各所が改装されており、武装解除された見た目のせいで、往年の無骨な美しさは失われてしまったと、この姿を見た元ジオン軍人たちは異口同音に語る。
とはいっても、スクラップ運搬のためしょっちゅう見かけるので、誰もこの二隻に違和感を覚えなかった。
二隻の名は、それぞれ「ケルゲレン」「リリー・マルレーン」
ジオン軍所属時代の艦名を、そのまま使っている。
運用している会社は「サンライズ・カネバン」
サイド6ではかなりの有名企業だ。
普段の業務内容とネームバリューのおかげか、軍警ザクもさして気にする様子もなく、二隻を見送った。
軍警ザクが二隻の前から去った後、ケルゲレンから小型作業艇が発艦したことに、誰も気づく様子はなかった。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
-
ジョン・マフティー・マティックス
-
アマテ・ユズリハ(マチュ)
-
ニャアン
-
シュウジ・イトウ
-
シャリア・ブル
-
シロウズ
-
サンライズカネバン社長
-
シイコ・スガイ