ジョン君は目を付けられてしまいました。
3-1
(なんでこの人は僕を睨んでいるんだ?)
ジオン軍の将校と面会があると職員から聞いていたジョンだが、その将校に同伴するキャリアウーマンから自分に対して異様な視線を感じていた。
(マチュが大人になればあんな感じかな)
一瞬だけそう思ったジョンだが、すぐに否定した。マチュの容姿は左手しか知らないのだから、顔など知りようがないのだ。
「朝から悪いね、ジョン君」
「いえ、3日もここにいて暇でしたから」
将校クラスの人間に対する言葉遣いではないとジョンは思ったが、シャリアは全く気にしていなかった。
シャリア・ブルと名乗る中佐を見た時、ジョンはこの人には嘘をつけないという直感があった。ジョンはシャリアという人間についての知識は全くないが、恐らく心すら読めるのではないかと思った。
「君に聞きたいことは、赤いガンダムに拉致された後の動向、そしてその赤いガンダムについてだ」
ある程度予想していた質問だ。ソドンから来た軍人なら、まず赤いガンダムと接触したことについて聞きたいはずだ。
とはいっても、ジョンの立場から言えることは軍警察に話せることが全てだ。わざわざ自分と面会するより軍警察の行政文書を読んだ方が早いのではないか、そう思ったがシャリアは首を振った。
「私は君自身の言葉で聞きたい。私が知りたいことは文書には書かれません」
ジョンはシャリアの目を見た。あらゆる現実を見てきた目だ。誤魔化しはすぐにバレるだろう。
この応接室の会話は軍警察に記録されていると考えるべきだ。家族か友人の面会なら記録する手間はかけない。
だが、この場にいるのはジョンとジオンの軍人二名、さっきからジョンをガン見してくるキャリアウーマン一名だ。言葉には気をつけなければならない。それでいて嘘はつけない。
「軍警察の人に話したこととほとんど同じだと思いますが、覚えてる限りは話しますね」
死ぬほど疲れていたジョンは赤いガンダムのコックピットの中で眠ってしまった。そこで明晰夢を見てマチュと話をした。
話の終わりに、「そろそろ母親にこの夢の話をする」とマチュが言った。ジョンは、それで病院に行ってくれるのであればと思い、特に何も言わなかった。それで明晰夢は終わりだ。
夢から覚めた後、ジョンは赤いガンダムの揺れが収まったことに気づいた。赤いガンダムは地下隔壁通路の宇宙へつながる隔壁扉の前に座っていた。
「着いたよ」
シュウジがジョンへ振り向きながら言った。
「ここから宇宙へ行くのか。確かに数秒くらいなら検知されずに宇宙へ出られるが、シュウジはその後どうするんだ?」
ガンダムが運用できている以上、シュウジには協力者か整備用の器材を持っていると考えるのが自然だ。
良識があればシュウジとガンダムを軍警に突き出すだろうとは思ったが、今のジョンは一年戦争時代の感性に戻っていた。多少のアウトローなんて全く気にしない。
「迎えが来る」
ジョンは携帯情報端末を取り出してライブ船舶マップアプリを開くと、こちらに近づく艦艇を見つけた。
「当ててみよう。ジャンク運搬船のリリー・マルレーンとケルゲレンから作業艇が来る」
「正解」
「だったら、ここでお別れだな」
コックピットモニターに映る非常口から地上に出れば良い。そこから軍警察に連絡を入れて保護してもらえば解決だ。
ジョンの本能は、これ以上シュウジと赤いガンダムとは関わらない方が良いと算出していた。シュウジの協力者たちとも顔は合わせない方が良いだろう。
ジョンの言葉で、シュウジはガンダムのコックピットを解放した。
「じゃあね、ジョン」
補助席から立ち上がり、ジョンは解放されたコックピットハッチに立った。
「大した金じゃないが、ハンバーガーセットでも食べてくれ」
ジョンはポケットに入れていた財布から10ハイト紙幣を取り出してシュウジに渡した。タンクトップの中に紙幣を入れるシュウジを見たジョンだが、タンクトップは宇宙に出るには軽装だ。
「ノーマルスーツは着た方がいいんじゃないか?」
「いらない。変な女の人からもらったけど」
シュウジはコックピットの空いているスペースに無造作に置いてあるスーツケースを指差した。
「変な女の人?」
「虹色の水着を着た女の人。おっぱいは普通だった。ナガラとかなんとか言ってた」
「ナガラ?」
ジョンを襲った全裸の中年男性もナガラと言っていた。
「ジョンのことも知ってるみたいだった」
ジョンの呼吸が一瞬止まった。
「ナガラか。シュウジに接触してきた…厄介なことになってきたぞ」
何やら妙な連中に自分とシュウジは目をつけられているらしい。シュウジと色々話をしたかったが、そろそろ協力者も来るだろう。
「軍警には、このことはなるべく内密にする」
シュウジのことはよく分からないが、彼を軍警に引き渡すのは気が引けた。ここでの会話のほとんどは無かったことにしよう。
「分かった。ジョン、またね」
おっとりとした声でシュウジは答えた。
「楽しみにしてるぜ」
コックピットハッチから降りて通路に立ったジョンは、赤いガンダムのコックピットが閉鎖されるのを見ると非常口へ向かった。
非常口に入る前に赤いガンダムを見ると、ヘッドがジョンを見ていた。
ジョンは右手の人差し指と中指を合わせた小さな敬礼をガンダムに送った。そしてすぐに非常口の中へ入っていった。
この一連の流れを差し障りのない話にすると
ジョンはスラムの地下隔壁通路で解放された。
非常口から地上へ出て、携帯情報端末で警察に通報した。
駆けつけた軍警に保護された。
パイロットの顔はまともに見ておらず、どうやって逃げたのかも知らない。
たった4行で書ける。
だが、シャリアが知りたいのはこの4行から意図的に抹消したであろう「行間」だ。
(ここで話せるわけないだろ)
シュウジの身元が割れる話以外なら隠す理由はないが、場所が悪い。
「そういえば、ジョン君はコロニー公社で働いているんでしたっけ」
4行分の話をし終えたジョンに対して、シャリアはテーブルに置いていたタブレットに保存していた写真を表示した。コロニー公社イズマ支部のハンガーで整備されているガンダムの写真だ。
「アンノウン1の件でイズマ支部に挨拶に行った際に見せてもらったんですよ」
「これ、ガンダムですよね」
キャリアウーマンがタブレットを覗き込んだ。
「コールサインはG3。非公式では陸戦型ガンダムと呼ばれているMSです。ジョン君がこのガンダムのパイロットです」
「彼がこのMSを操縦しているんですか」
驚いた顔でキャリアウーマンは、ジョンとタブレットの写真を見比べた。
「すごいな。この年でMSを任せられるなんて」
「恐縮です」
エグザベの言葉に、ジョンは頭を下げた。
「仕事で動かしているのなら、軍よりも動かしてると思いますよ」
そのキャリアウーマン、タマキはジョンの容姿をまじまじと見た。白髪交じりの金髪、グラサンが似合いそうだ。顔はタマキ好みの顔立ちで、穏やかな雰囲気だ。
だが、この少年が自分の娘を誑かしたのだ。意味不明な交流をしているようだが、少年は現実にいる。事情はたっぷり聞こう。生きては返さん。
(分かるまい、アマテを弄ぶジョン君に、私の身体を通して出る怒りが)
(怖いな)
エグザベはタマキから怒りのオーラを感じ取った。そんな二人の思念をキャッチしたシャリアは、誰にも気づかれないように笑いを堪えていた。
平日の昼前の屋上神社に用事がある人間は多くない。仕事をサボるには億劫な場所にあるし、雑居ビルの屋上にある神社に平日から来る人は多くない。
だが、この日に限っては4人の男女がいた。
「ブルーは修理が終わった。調子に乗ってEXAMなんて使うんじゃなかったぜ」
『お前の悪い癖だ。EXAMなど使わずとも、嬲り殺しに出来たろうに』
「したかったよ。コロニー落としと窃盗犯を許せなんて、ナガラ以外は言わないさ。それに…」
全裸の青年は、虹色の水着を着た女性と話す全裸の女性を見ながら言った。
「メモリースティック女の要望だからな。決戦のバトルフィールドをソドンでやりたいなんて言い出すんだから」
呆れながら全裸青年は石の階段に腰を下ろす。
「あんたはもう少しかかりそうだな」
全裸青年の視線の先には、ベンチに座る全裸の中年男性がいた。全裸の中年男性は首と右足がなく、黒焦げになった全身の一部の肌が再生し始めていた。
「よくソドンから逃げおおせたな」
『あいつら、思ったよりヘボかったからな。デジタル・マイクロカセット男と名乗ってこのザマだ』
「あんたはヘボいのに負けたんだぞ」
『俺が負けたのはガンダムだ。何のためにソドンに来たのか分からないが、おかげで王子を逃がしてしまった』
「王子」という単語に、虹色の水着の女性は男二人に振り返って言った。
「その件でナガラは、独断専行を控えるようにと言っていた。デジタル・マイクロカセット男、本来の任務は「ソドンを航行不可能にしない程度に破壊して、ソドンを被害者にし、市民感情を同情的にさせる」ことにあったでしょう」
『そんな回りくどいことをしなくとも、Hi-MD男がソドンを沈めれば良かったろう』
「クライアントとの契約にあっただろ。今回の件は「ソドンを中心に立ち回る」と」
Hi-MD男が突っ込みを入れた。
「そうだったな」と、デジタル・マイクロカセット男は頭があった場所を掻いた。
「今度は私の出番だけど、いいの? この作戦」
メモリースティック女は言った。三人の言動にはさして興味を持たず、柵越しに景色を眺めていた。
「乱暴すぎない?」
「月の処女のための一段階よ」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ