『赤いガンダムはテロリストとは全く関係ない。独自の意思で動いていると』
『ビームサーベルで仲間を焼き殺すテロリストはいないでしょう。仮に仲間で、あの状況で僕がガンダムに乗ってたら一緒に逃げてますよ』
『だとすると君を誘拐した理由が分からないな。デジタル・マイクロカセット男を殺すまではまだ分かる。何かしら因縁があって、わざわざソドンまで足を向けたというのもあるだろう。だが、君を誘拐した理由がな』
『僕も分かりませんよ』
『人質的な理由とか』
『エグザベ君、赤いガンダムからソドンへそのような通信はなかった。ジョン君が拉致されたのを、うちが知ったのは赤いガンダムが去って40分くらい経ってからです』
「新情報なんか大してないな」
応接室に取り付けてある隠しカメラのマイク越しに聞こえてくる声を、モニター内蔵のスピーカーで聞きながらワードは言った。
「あのボウズは何も知らんだろうし、ジオンの方も盗聴されてるのは分かってるから下手なことは言わんよ」
チャイチはマグカップで食べるカップラーメンの麺を啜りながらモニターを見ていた。
「無駄な時間だ」
「ソドンが来てから働き詰めだったので、良い息抜きだ。おサボりも仕事さ」
「あと今回の件、やっぱりナガラが関わっているみたいだ」
ナガラという単語を聞くと、ワードは途端に顔をしかめた。
「そのナガラってのは何なんだ? テロリストなんだかカルト教団なんだか分からん」
「俺だって知りたいよ」
チャイチは嘆いた。
「それを知るために、あのボウズは隔離解除らしい」
「解除!?」
ジョンが外来宿舎に隔離されて3日間。さすがに早くないかとワードは思った。
「報道規制と監視付きの条件付きだ」
「監視付き? 悪いことはしてないのでは」
チャイチは指を振った。
「ボウズは悪いことをしていない。だが、ナガラを名乗っている連中がボウズに目をかけているのは事実だろう」
「マティックスを囮にして、ナガラを捕まえると」
「そういうことだ」
ワードが納得する様子を見て、チャイチは満足そうに頷いた。
乾いた音がハンガーに響き渡った。頬を叩いた音だ。
赤いガンダムから降りたシュウジを待っていたのは鉄拳制裁だった。
「おっちゃん、ごめんなさい」
「シュウ、みんな心配しとったんや。シャワーでも浴びて頭冷やしてから話を聞こうか。この時間でもシャワーはええやろ?」
右手を赤くしながら、おっちゃんは隣にいるメカニックに聞いた。「駄目とは言わせないぞ」という圧をかけて、メカニックの首を縦に振らせた。
平手打ちの衝撃でタンクトップから飛び出した紙幣を、シュウジは集めてズボンのポケットに入れ直した。
「そのお金、誰から貰ったんや?」
「ジョン」
「律儀やなぁ、ボンも…元気しとった?」
「疲れてたよ」
「そうか。シャワー行ってきぃ」
シャワールームへ向かうシュウジの背中を見て、おっちゃんは周囲のメカニックに気付かれない程度にため息をついた。
「おっちゃん、何も叩くことはなかったんじゃないか? ガンダムもシュウジも無事じゃないか」
二人の会話が終わるのを物陰で待っていたアンキーは、自身の右手を見ながら言った。
「ガンダムを拾ってメンテナンスするだけでもリスクはある。ビンタ一発で済ますだけ優しい方や」
「だけどねぇ」
「しかし、シュウジがボンと会うとはなぁ。世の中狭いもんや」
グリニッジ標準時で18時32分を、オフィスの壁掛けにある大きなデジタル時計の7セグメントが表示する中、局員の一人がコードレス掃除機片手に掃除をしていた。
「しっかし、今日の部長怖かったなぁ」
ジオンの軍人との付き添いから帰ってきたタマキは、いつもと変わらないように見えたが、時折ぶつぶつ呟きながらキーボードを打っている。その、呟いている時の表情が怖かった。
「お父さんになんて言ったらいいの…」
幸い、文書の決裁時はいつものように対応してくれたが、そのうち人でも殺すんじゃないかというレベルで思い詰めているように局員には見えた。
そういえば、タマキの今日の帰りはいつもより早い。きっと愛娘と一緒に食事にでも行ってるのだろう。
能天気な局員はそんなことを考えながらコードレス掃除機を片付けた。
ダストカップに溜まったゴミを捨てる際、ゴミ箱に珍しい物が捨ててあることに気付いた。市販の薬品の空き箱だ。
ドラッグストアで売られているくらいにはありふれているが、コーヒー等と組み合わせると簡易的な自白剤にもなるとSNSで少し話題になったのを局員は覚えている。
もっとも、自白剤の効果については非常に怪しいというレベルだ、という話だ。
そんなどうでもいいことをよく覚えているな、と局員は思いながらダストカップを掃除機に戻した。
そして、そんな薬のことなどすぐに忘れてしまった。
ジョンの隔離は3日で終わった。
契約書へのサインと、当分監視が付く旨を帰り際に言われて解放された。
解放前にMS運用部長との電話でのやり取り。
「You、一日年休を入れるから休んでくれ。ガンダムがお前を待っているぜ」
ということなので明日は休みだ。
そうは言っても、イズマ支部の寮に帰るだけなので大して休んだ気にはならない。
(解放といっても寮から割と距離があるぞ。監視するくらいなら寮まで送ってくれないかな)
その辺は融通利かせてほしいなと思いながら、ジョンはドラムバッグ片手にロビーを歩いていた。
「ジョン君」
誰かが自分を呼んでいる。声の方向を見ると、シャリア達に同伴していたキャリアウーマンがいた。
シャリアからは、会計監査局から来た自分達を仲介してくれた「部長さん」だとジョンは聞いていた。
「こんばんは。お仕事ですか?」
社交辞令も兼ねて、ジョンはタマキに近づいた。
タマキはスーツ姿にPCバッグを肩から吊るし、両手に蓋付きの紙コップのコーヒーを持っていた。
「ちょうどジョン君の隔離が終わったって聞いたから、見に来たの」
タマキは左手に持った紙コップをジョンに渡した。突然手渡された紙コップを見て、ジョンは困惑した。
「今から帰るところでしょう。途中まで送っていくわ。コーヒーでも飲んでリラックスして」
“軍警の人は送ってくれないでしょう”と、タマキは笑いながら言った。手ぶらになった左手はわずかに震えていた。ジョンはその手をじっと見つめた。
「遠いですよ」
「イズマ支部の寮までなら、ちょうど夜のドライブにいいわ」
差し障りのない会話をしながら、二人はビル前の簡易駐車場に停めてあるタマキの車に乗り込んだ。
(マチュの匂いだ)
ジョンの直感が、車内の匂いの中にマチュを感じさせた。
(錯覚だ。なんでマチュが出てくるんだ。本人が聞いたら「キショい」って言うぞ)
ジョンが乗り込んだのを確認すると、タマキはドアロックをした。設定でドアロックの音を無音にしていたので、車内にロック音は鳴らない。ジョンはそんなタマキの指の動きを見ていた。
「行きましょうか」
タマキの車が、ゆっくりと駐車場から離れていく。
車は車道を走る車達の光景へと溶け込んでいく。
そんなタマキの車の後ろを、軍警察本部ビルとは違う方向から合流した一台のオフロードバイクが走っている。
バイクには誰も乗っておらず、AI操作で安全運転だ。AIに頼んでバイクを持ってきてもらうライダーがいるので、イズマ・コロニーではさして珍しい光景ではない。周囲の車も、さして気にする様子もない。
バイクを操縦するロボットは専用の台座に固定されている。ロボットには人間用のオフロード向けヘルメットが外れないように被せられている。
『ハロ!』
そのバイクもまた、タマキ達を追って、その光景の中へと溶け込んでいった。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ