道中はタマキの予報どおり混雑していた。帰路を急ぐ車が多いのだ。
ついでに飲酒検問も行われており、それで時間を食われてしまったところもある。
とはいえ、ジョンを車に乗せた時点でタマキの計画はほぼ成功していた。
「ジョン君はニュータイプって信じる?」
車を自動運転に切り替えたタマキはラジオのチューニングをしていた。チューニングをする横目でジョンがコーヒーに口をつけたのを見て、タマキは内心でガッツポーズをとった。
「信じるも何も、今日の面会でいらした軍人さんたちはニュータイプでしょう」
面会後にジョンはインターネット上で公開されているシャリア・ブル中佐とエグザベ・オリベ少尉の経歴を調べていた。
シャリア・ブルは一年戦争で、かつての赤いガンダムのパイロットであったシャア・アズナブル大佐とMAV戦術を編み出し、自身はキケロガと呼ばれるサイコミュを搭載したモビルアーマーのパイロットであり、「灰色の幽霊」という異名を持つ生きた伝説の持ち主だ。
一方でエグザベ・オリベ少尉はフラナガン・スクールを主席で卒業し、ニュータイプ関係の教育を受けていたルーキーである。
シャリアのキケロガは禁止条約兵器でグラナダに保管されているが、ソドンのデジタル・マイクロカセット男の件もあって、抑止力として特例でのイズマへの投入が噂されている。
「ジオンが税金でニュータイプ戦士を育てているんです。いなかったら納税者が怒りますよ」
「私はニュータイプってそうじゃないと思うんだ。人と人が誤解なく分かり合える。それでみんな仲良くなれるの」
「あったら嬉しいですね」
「本当はどう思ってるの?」
タマキは車を自動運転に切り替えた。高速道路へ続く車道から外れて、車は下道を走る。
イズマ支部の寮へは高速道路で早く行けるが、タマキはあらかじめ遠回りするルートをAIに命令していた。
「アイランド・イフィッシュは地球に落ちてませんよ」
街灯が暗闇を隙間なく照らすが、ジョンの顔は影で見えない。
(上手く薬が効いてる)
さっきの会話の脈絡があまりない。今ならジョンが考えていることや本音が聞き出せるはずだ。自分を落ち着かせるように、タマキはコーヒーを飲んだ。
「あの場では聞けなかったけど、ジョン君はサイド2の生まれなんだっけ?」
「ええ。正しくは地球生まれで、育ちがサイド2のアイランド・イフィッシュ。親戚がサイド3のマハルに住んでいたので行き来してました」
アイランド・イフィッシュ、その言葉を聞いてタマキは自分の行いを少し後悔した。
ジョンとアマテが何かしら付き合いをしているのは間違いない。
だが、ジョンが語る過去話は無理やり聞いていい話ではない。
一年戦争中にジオン軍がブリティッシュ作戦で地球に落としたコロニーの名はアイランド・イフィッシュ。ジョンは自分の故郷を最悪の歴史の一つとして記憶されているのだ。
「アイランド・イフィッシュで仲良かった友達もいたんですよ。あの時はシローさんは休みで帰ってきていて、一緒にピザ買いに行ったんですよね」
「ジョン君はよく助かったわね」
「あの時はナダさんたちのおかげですよ。死にかけてた僕とニャアンを助けてくれましたし」
さっきからシローだのナダだのニャアンだの、タマキが全く知らない人物名が出てきて、タマキは少し頭がこんがらがってきた。薬が効いているのは間違いない。
だが、ここからアマテに話を繋げるのはジョンに違和感を与えると思ったタマキは、ジョンの友人たちについて触れてみることにした。
「ニャアンって人はジョンの友達?」
「幼馴染みたいなもんです。いい子でしたよ。死んだと思いますけど」
「女の子?」
「可愛い名前でしょう」
どちらかというと猫っぽい名前だとタマキは思った。
「好きだった?」
「ええ、でも過去の話です」
ジョンは紙コップを手に持った。
「僕は過去のことをあまり覚えていません」
タマキは不思議に思った。シャリアに見せてもらった資料には、ジョンに記憶喪失のような既往歴はないのだ。
タマキに聞かれるまでもなく、ジョンは話を続けた。
「落下するアイランド・イフィッシュからナダさんたちの部隊に助けられて…ナダさんは死んでしまいました。
その後に連邦の他の艦に移されて、ニャアンとシローさんとは離れ離れになりました。
その後は地球に降りたのは確かなんですが、朧げなんですよね。難民になって、戦争が終わった時には何故かグラナダにいて、自分でも訳分かんないです。
医者からは、戦争のストレスで嫌な記憶を思い出さないように脳が働いているとは聞きました」
つまり、ジョンはブリティッシュ作戦後に地球に降りて、終戦時には月にいたということだ。
(無茶苦茶すぎない?)
あの一年戦争で難民になって、なんで地球から月へ行ってるのだ。
ただ、タマキは仕事柄、嘘つきは死ぬほど見てきた。ジョンの言動に嘘はないように見える。何よりジョン自身が途方に暮れているのが、表情を見なくとも分かった。
「そちらは一年戦争中は大丈夫だったんですか? イズマは戦火に巻き込まれてませんか?」
逆にジョンからタマキに質問が来た。
「ここは戦場にならなかった。リボーの方で戦闘があったくらいよ。
戦争中はほぼイズマにいたし、一時期地球にいたくらいかな」
「地球に? 戦時中によく行けましたね」
「夫の仕事柄ね。娘も一緒に地球に行ったの」
ジョンが「あれっ?」と首を傾げた。
「娘さんいらっしゃったんですね」
お前が誑かしている相手だよ!!
タマキは口に出したい叫びを全力で抑えた。同時に、ジョンの過去に対して根掘り葉掘り聞きすぎたかもしれないという後悔がついて回った。
「宿泊先に綺麗な海岸があった。その海を見て以来、娘は地球の海を気に入ったんだけど、今はもう忘れちゃった」
「忘れた?」
「あなたと同じ。何か嫌なことがあったみたいで、地球の海を見たことすら忘れちゃったの」
「そうですか」と、ジョンは言った。その態度が少し気に食わなかったタマキはムッとなった。
「ジョン君は、よく今日の面会を引き受けてくれたわね」
「軍警の人がセッティングしてくれたんです。断れるわけないでしょう」
「心情的によ」
「ジオンの軍人を嫌おうにも、あの二人はブリティッシュ作戦には参加してませんよ。参加してたら100倍くらい嫌味を言ってやろうと思ってました」
「ところで」と、ジョンは言った。
「謝んなきゃいけないことがあります」
ジョンはタマキの方を見た。ジョンが手に持った紙コップ――それを見て、タマキは嫌な予感がした。
「さっき、飲酒運転の検問所がありましたよね」
「ええ」
ジョンはタマキのコーヒーを指さした。
「実は、僕が手に持ってるコーヒーと、そこにあるコーヒー、入れ替えたんですよ。面白い物が入ってましたので」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ