どれくらいの時間が流れたのか分からないが、車内での二人の談話は有意義な時間だった。
「キラキラ」についてマチュは結局よく分からなかったが、クラスメイトとこうして腰を下ろして話せるのは貴重だ。
先ほどまでの不信感など、どうでもよくなっていた。
「お守りの作り方は覚えた?」
調教の話のあと、マチュは自分が実践している恋のお守りの作り方を少女に伝授していた。
少々手がかかるお守りだが、ジョンと今でも明晰夢が続いているのはお守りのおかげだとマチュは思っている。
お守りの話をすればジョンに止められそうなので、このお守りのことは誰にも話していなかった。
「バッチリ。シュウジにやってみる」
二人は、好きな相手に対して恋のお守りと調教をすることに決めた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」
少女は思い出したように言った。
「私の名前はアマ…」
少女が名前を言おうとした瞬間、電車に誰かが乗り込んできた。
「やっと見つけた」
二人の視線の先には、アイビーの植木鉢を持った虹色の水着の女性が息を切らして立っていた。
完全にへばっている。
「あの、どなた?」
少女が困惑気味に尋ねた。
「あなたを迎えに来たの」
少し息を整えながら、虹の水着の女性は少女の前に立った。
「いい? 落ち着いて。あなたは今ソドンにいるの。ララァ・スンと別れて、海底でシャロンの薔薇を見つけた」
「…そういえば」
「そして緑のおじさんに捕まって営倉にいる。私は、あなたのスマホにメッセージを入れている人から、あなたを連れ戻すように言われてきたの」
一気に言い切ると、虹の水着の女性は再び息を荒げた。
少女は座席から立ち上がった。
「戻らなきゃ」
「これからが、あなたたちにとっての正念場よ」
虹の水着の女性は電車の開いたドアを指さした。
このとき、マチュは初めて少女の顔をはっきりと見た。
自分とそっくりな顔立ちだ。まるで生き別れの姉妹みたいだ。
向こうもマチュをちゃんと見るのは初めてのようで、同じように驚いていた。
「もしかして私たちって姉妹?」
「一人っ子だと聞いてたんだけど…」
髪型だってそっくりだ。赤く染めた髪と地毛の濃藍色、不思議な一致だった。
「今は知らないほうがいいわ」
それを見た虹の水着の女性は、慌てて二人の間に割って入った。
マチュは、自分に似た少女と虹の水着の女性が何を話していたのか分からない。
だが、少女が行くべき先が決まっているのなら、止めるつもりはなかった。
「ねぇ」
ドアの向こうへと去ろうとする少女に向かって、マチュは声をかけた。
「今度会ったら、シュウジ君との結果、教えて」
少女は立ち止まり、マチュのほうへと振り返った。
「あなたもジョン君と会えるといいね」
「会えるかな?」
カチコミを決めていたマチュだが、正直不安もあった。
会ってどんなことを言われるか分からないし、自分の容姿を何と言われるかも怖かった。
「会えるよ。生きていれば、いつでも会える。諦めちゃだめ」
少女は微笑みながら答えた。そして再び背中を向けて電車から降りた。
虹の水着の女性は、怪訝な表情を浮かべながら少女の後を追って電車を降りた。
けたたましい警告音が電車内に響き渡った。
マチュの端末も同じく警報を発していた。
電車内にはマチュしかおらず、少女も虹の水着の女性もいない。
「夢……」
端末には避難勧告が流れ、警報は止まらない。
「何があったの?」
マチュは点検に来た駅員が現れるまで、呆然とするしかなかった。
幹線道路:緊急退避所
最後の暴走MSが仕留められた。
ガンダムの胸部マルチランチャーに搭載されたトリモチを暴走MSの関節に撃ち込み、動きが鈍った隙に剥ぎ取ったシールドをぶつけて機能を停止させた。
『これで最後だ。なかなかいい腕だな、ガンダムのパイロットさん』
ねぎらうように、アラガとラゴウチのMS-06がガンダムに寄り添う。
「どうも……」
時刻は22時を回り、かれこれ2時間近く戦闘を続けていたことになる。
その間に生じた被害は、考えたくもなかった。
怪我人は当然出ただろうし、死人も相当数に上るはずだ。
ガンダム自体には大した損害はない。
新装備としていつの間にか追加されたナイフ「アーマーシュナイダー」が途中で電池切れになり、故障したためか再充電できなくなったくらいだ。
このアーマーシュナイダー、不思議なくらいジョンにぴったりな装備で、すぐに使いこなすことができた。
暴走MSも軍警を退ける力はあったが、ジョンのガンダム相手では瞬殺される程度の力でしかない。
やっと落ち着くことができたが、ジョンの手の震えは止まらなかった。
12機の暴走MSのうち、ジョンは9機を機能停止に追い込んだ。
もちろん軍警側の支援もあり、彼一人で戦っていたわけではない。
イズマ・コロニーに来てから、このような戦闘は何度かあった。
戦うたびに、ジョンの手は震えていた。
自分でも分かる。ストレスだ。
ジョンは猛烈にマチュに会いたくなった。あの左手しかない少女が、愛おしくてたまらなかった。
実在しているかどうかなんて、この際どうでもいい。
だが、まだ眠るわけにはいかない。ジョンには、やらなければならない仕事が残っている。
ガンダムは機能停止にした暴走MSを緊急退避所のスペースに安置すると、次の現場へ向けて移動を始めた。
その姿を歩道橋の上から、メモリースティック女が見ていた。
「鉄の棺が見つかり、月の処女もこの地で目覚めようとしている。残された時間はわずか。王子、いずれあなたは再びナガラに還ってしまう…それで良いのですか?」
とんぼ返りで職場に戻ったタマキと部下たちが一息つけたのは、日を跨いでからだった。
デジタル時計が4時23分を表示しており、ここでタマキは初めて自分の端末を開いた。
「…アマテ」
端末には、マチュからのおびただしい着信履歴が残っていた。
1時間ごとに発信していたようで、それを見たタマキは急いで折り返した。
マチュはすぐに電話に出た。
『お母さん!』
マチュは安堵に満ちた声で応えた。
「アマテ、ごめんなさい。電話できなくて」
『良かった…死んだかと思った~』
「馬鹿なこと言わないの。アマテは大丈夫?」
『私は大丈夫。今は家にいる。心配でずっと寝れなかった』
「こっちはしばらく帰れそうにないの、ごめんね」
『いいの、生きてたらいつでも会えるんだから…』
心なしか、マチュの声が力強くタマキには聞こえた。
「天国の記憶」
赤いガンダムに殺されたマヴが生前によく聴いていた曲だ。
なぜマヴがこの曲を好んでいたのかは、彼が死んだ今となっては永遠に分からない。
ラジオにリクエストを送っていたが、無事に採用されたようで、アナウンサーがペンネームを読み上げていた。
『ペンネームMAMAMAJOさんからのリクエスト、メグミ・ハヤシハラの「天国の記憶」をお送りします』
携帯ラジオから流れるメグミ・ハヤシハラの歌声を聞きながら、シイコは玄関へ向かった。
眠る息子と、その隣でスリープ状態になっているコンチを起こさないよう、そっと廊下を歩く。
早朝の時間帯。なぜか、夫と、夫に連れられたシュウジが帰ってくる気がしたのだ。
玄関の靴箱の上に携帯ラジオを置き、その上のイコン画を見上げる。
世界の誕生と分裂、増殖を描き、人々と神々の戦いを表したというイコン画だが、やはりシイコにはよく分からない。
ここに描かれている神の名前は、たしか、
「ナガラ」
そういう名前の神だった。
玄関のロックが解除された。
扉がゆっくりと開き、そこにはおっちゃんと、その後ろにシュウジが立っていた。
「た、ただいま…」
「お邪魔します…」
まさかシイコが立っているとは思わなかったのか、二人の声は小さくなった。
シュウジの頬が赤く腫れているのを見て、シイコはおっちゃんに詰め寄った。
「あなた、シュウジ君をぶったんじゃないでしょうね」
「修正というやつや」
「事情はちゃんと聞いたんでしょうね」
「も、もちろんや」
シイコはおっちゃんの目を見た。嘘は言っていない。
次にシュウジの目を見た。いつものことながら、何を考えているのか分からない目だ。
「残りの餃子作り、シュウジ君と一緒に作ってもらいますからね」
ふっと笑ったシイコは、シュウジに向き直った。
「お帰りなさい、シュウジ君」
ここはシュウジの家ではない。だが、彼にとっての居場所の一つだ。
その居場所の仲間の一人として、シイコはシュウジに微笑んだ。
シュウジも少し照れくさそうに言った。
「シイコさん…ただいま」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ