ガンダムの状態は、メカニッククルーの想像以上に良好だった。
アーマーシュナイダーを両手に暴れ回ったガンダムを見て徹夜を覚悟していたクルーだったが、機体はまだまだ戦えると言わんばかりにハンガーに佇んでいる。
一番損傷がひどかったのはガンダムよりもアーマーシュナイダーのほうだった、というオチも付き、とりあえず朝までには整備は終わるだろうという結論に達した。
ガンダムを操縦していたジョンも、メカニックといくつか言葉を交わしたのち、ふらふらとハンガーを後にした。
外で待っている部長たちのもとへ出頭するためだが、ジョンと接していたメカニックは、疲弊しきった彼の表情に不穏なものを感じていた。
「ジョン君、疲れ切ってるよ。お前は元気そうなのにな」
ガンダムは何も言わない。
必要書類を部長に提出したあと、ジョンは寮の自室に戻った。
書類のほうも、ほとんどボカタにやってもらったようなものだ。
手が震えてキーボードが打てなくなっていた。
見かねたボカタから自室で休むよう言われ、ジョンは半ば無理やりベッドに横になった。
「とにかく寝ろ」と言われたが、眠りたくても眠れない。
眠ってマチュに会いたかった。あの車内で味わったマチュの匂いの錯覚を、もう一度味わいたかった。
疲労で重くなった頭をごまかしたくて、部屋に備え付けのテレビをつける。
こういう時のためにジェスチャー、音声認識式で良かったとジョンはニュース番組に切り替えた。
時刻は午前5時21分。画面右上のデジタル表記が示している。
ニュースは暴走MSの特集ばかりだ。テロップで死傷者が表示される。
現時点での死亡者は20名、負傷者は25名。公共交通機関は軒並み運休、医療現場はカオスだという。
昨日の20時ごろに始まり、鎮圧が終わったのは22時を過ぎた頃。
さすがにコロニー内は落ち着きを取り戻しつつあるが、あの外交三部の部長さんが働いている監査局も、今ごろ大忙しだろう。
自分に自白剤を盛ろうとした理由は、結局聞かずじまいだった。
あの自白剤のやり取りをした場所も戦闘現場になってしまい、なんなら最後の暴走MSを仕留めたのはその近くだ。
つい数時間前まで自分がいた現場。
だが、そこにいたガンダムのことを、どのニュース番組も取り上げない。
代わって軍警ザクが、華々しく暴走MSを屠る様子が繰り返し映されていた。
自分がガンダムとともにその場にいたことが、ジョンには夢のように思えた。
ニュースで広がる悲惨な光景も、どこか夢のようだ。
「マチュのおっぱいを触りたい…」
そんな卑猥な言葉が口をついて出る時点で、脳髄が死ぬほど疲れているとジョンは自覚していた。
これほどマチュを求めたことは、交流を始めた二年間で初めてだ。
仮にマチュが実在したとして、果たして触らせてくれるかは甚だ疑問だ。軽蔑されるのは間違いない。
おっぱい。
この四文字が脳内でリフレインしたとき、ジョンは気がついた。
自分には、おっぱいの記憶がない。
ブリティッシュ作戦で死んだ母の母乳を飲み、触れて育ったはずなのに、その記憶が抜け落ちている。
「母乳より粉ミルクで育った」などと揶揄する者もいるだろう。
だが、それでも母の乳首を見たことはあるはずだ。
マチュも、タマキの胸を見て育ったはず。
以前、シャリア・ブル中佐との面会でも話したが、ジョンには過去の記憶があまりない。
失われた記憶の中にあるはずの「おっぱい」が、ないのだ。
「僕は母さんのおっぱいを知らない」
そう思うと、目頭が熱くなった。
ジョンはベッドから立ち上がり、身支度を始める。この部屋で寝ていることが罪であるような錯覚すら覚えた。
今の心情がマチュに知られなくて良かった。
絶交され、明晰夢に来てもらえなくなるのが怖くて仕方がない。
必要な物をドラムバッグに詰め込むと、ジョンは自室から飛び出した。
自分は今、正気じゃない。そのわりに、靴ひもはちゃんと結んでいる。
ジョンは自室の扉を開け放ったまま、ふらふらと歩き出した。
とにかく、ここにはいたくなかった。
ジョンがいなくなったことをイズマ支部の人間が知るのは、その一時間後。
事務所に置いてきたハロがジョンの異常を周囲に知らせ、そこで初めて発覚した。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ