おっぱい大作戦   作:そらまめ

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「恐怖心、僕の心に、恐怖心…」

 

ジョンは歩き続けてしばらく経つが、いまだ心の整理がつかないでいた。

これまで過去の記憶が薄いことを、あまり意識せずに生きてこられた。だが暴走MS戦を通して、否応なしに自分の虚無さを痛感し、どうしようもできなかった。

思い返せるのは一年戦争開戦より少し前くらいまでで、それ以降の半生も断片的にしか記憶していない。

今のジョンになったのは、二年前にマチュと明晰夢という名の夢の世界で会ってからだ。

そのマチュすら自分の脳内が作り出したイマジナリー・ガールフレンドである可能性が高いとなると、メンタルがガタガタのジョンはただ彷徨うしかない。

今のジョンは、タマキから感じたマチュ性と車内の匂いのことなど、すっかり忘れていた。

 

「マチュを貪りたい…僕の片思いだ」

 

左手しかない少女によくそこまで執着できるな、と自分の煩悩に呆れ、メンタルの崩れに由来する自己嫌悪に苛まれていた。

 

スラムから少し離れた橋下の通路まで来たところで、ジョンの足が止まった。

通路の外壁には、色彩豊かなAの字のグラフィティが描かれていた。

このグラフィティに似たものを、ジョンは以前見たことがある。

コロニーのミラーの修理作業時にシュウジと遭遇したとき、彼が描いていたグラフィティによく似ていた。

これもシュウジが描いたものだろう。

 

あの後、別れてからソドンで再会するまでシュウジが何をしていたのか、ジョンは知らない。

こうやって絵を描いて回っているのが、いかにもシュウジらしいとジョンは思った。

 

良識ある大人なら、シュウジのグラフィティを消して回り、それに税金がかかり苦労している人々の話を大事にするに違いない。

それが人の世界の常識なのだろう。

しかし、とジョンは続ける。

 

「落書きが許される世界があってもいいじゃないか」

 

シュウジの考えていることはさっぱり分からない。だが、シュウジのグラフィティが見られなくなるのは悲しかった。

綺麗だなぁ、と眺めていると、グラフィティの中に赤と白の光があることに気づいた。

赤い光は、あの赤く塗られたRX-78-02だろう。

白いのは…直感がその正体を告げているが、いまいち信じがたい。少し考え直した後、直感を信じることにした。

 

「僕のガンダムか?」

 

自惚れでなければ、この白い光はあの時、自分が乗っていたガンダムだ。確信はないが、ジョンの中の直感がそう言っている。

 

「嬉しいね。ガンダムを描いてくれるなんて」

 

ガンダムが聞けば喜ぶだろうな、と思いつつ、ジョンは次第にシュウジに会いたくなった。

もっとも、彼はお尋ね者だ。自分が絡むことで彼が逮捕されるようなことがあるなら、このまま会わずに忘れたほうがいいのだろう。

 

ドラムバッグを地面に置き、時間も忘れてグラフィティを眺めていたジョンだったが、橋下に響く靴音と、タイヤとチェーンが軋む音で我に返った。

今まで人通りがなかったから眺めていられたが、傍から見れば変な人だろう。自転車の通行を邪魔しちゃだめだ、とジョンは自転車の先に顔を向けた。

 

自転車を押していたのは学生服の少女だ。どこの学校のものかはジョンには分からない。

高身長で黒髪の長髪、目は鋭い。

背中にはリュックを背負っているようだが、ジョンからは肩紐しか見えない。

ここがスラムに近い橋下の通路であること、暴走MS騒動で周囲の学校がほとんど臨時休校になっている点を除けば、普通の学生に見える。

 

だが、彼女からは普通の学生にはないオーラを感じた。

 

(何かの運び屋、闇バイト複数、売春の経験…)

 

ジョンの直感がそう囁く。

 

(そして落書きを消す人間からは顧みられない側の人間だ)

 

目を合わせずに道を譲るべきだろう、とジョンは思ったが、少女の顔を見ると視線を外すことができなかった。

少女の顔には、かつての幼馴染に似た面影があった。

あの鋭い目に、ジョンは見覚えがある。

 

少女のほうも視線を外さず、じっとジョンを見ていた。

ジョンの知る幼馴染は一年戦争の戦火で死んだはずだ。

しかし、目の前の少女は幼馴染がそのまま成長したような容姿をしていた。

 

人違いだと思いつつも、ジョンは声をかけた。

 

「ニャアンか?」

 

少し間を置いて、少女は口を開いた。

 

「ジャック、だよね」

 

ジョンは恐る恐る頷いた。その愛称を自分に使う人間は、そう多くない。

少女が俯いたため表情はうかがえなかったが、ジョンは確信した。

目の前にいるのは、死別したと思っていた幼馴染のニャアンだ。

 

「ニャアン、生きてい」

 

「たんだな」と、最後まで言い切ることはできなかった。

自転車が倒れてもお構いなしに、ニャアンはジョンに飛び込んできた。背負っていたリュックも、邪魔と言わんばかりに放り出す。

ニャアンはジョンを思い切り抱きしめた。

ジョンの体に入り込めるなら全力で入り込んできそうな、凄まじい力だ。

 

「死んだと思った…」

 

そう言いながら、ニャアンの嗚咽が止まらない。

 

「生きてたんだ、生きてたんだ、ジャック!!」

 

死んだと思っていた悲しみと、生きていた喜びがごっちゃになった感情を、ニャアンはジョンにぶつけていた。

 

ジョンは、ニャアンが泣き止むまで、その背中をさすっていた。

抱き合う二人の光景を、シュウジのグラフティは静かに見つめていた。

掘り下げが足りないと感じる主要人物

  • ジョン・マフティー・マティックス
  • アマテ・ユズリハ(マチュ)
  • ニャアン
  • シュウジ・イトウ
  • シャリア・ブル
  • シロウズ
  • サンライズカネバン社長
  • シイコ・スガイ
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