ジョンの通話時間は二十分以上にわたり、電話相手にペコペコと実際に頭を下げていた。
通話を終えたジョンは疲労感を隠せず、壁にもたれて天を仰いだ。
『YOU、出かけるときは誰かに言ってくれYO』
『今のところ、呼び出しはないから今日一日は休んでくれYO』
『ついでにジ公大からガンダムの新装備が来たから、明日からテストだZE』
部長は相変わらずだが、心配をかけてしまった。
ストレスの力というのは恐ろしい。
滅多に来ることのないスラム街に足を運び、そこで死んだと思った幼馴染と再会するとは、ジョンも予想外だった。
(しかし、ガンダムの新装備か)
ジオン工科大学がコロニー公社にわざわざガンダムを貸し出しているのは、元々地上用だった機体を宇宙でも使えるように改修し、その影響を検証するためだが、最大の目的は搭載された試作型バイオセンサーのデータ取りだ。
バイオセンサーは将来的にさまざまな用途が想定されるが、真っ先に利用されるのは軍事方面だろう。
昨日の暴走MS事件で貸与機を戦闘に使った件でクレームが来るのでは、とジョンが部長に尋ねたが、部長はこう言った。
『全然。むしろ早くデータを送ってくれとうるさかったZE』
研究所側が実戦データを欲しているのは明らかだ。
一年戦争のエースパイロットですらリストラを食う現在のジオン軍では、研究所の試験機
次世代機の足がかりを量産できるほどのリソースはない。
その点、普段から業務でMSを動かす半官半民のコロニー公社は、提供先として悪くない。
当然、地球連邦にもバイオセンサー情報の一部は渡るだろうが、それも織り込み済みで研究所はガンダムをイズマ支部に貸し出している。
ジオン工科大学の運営にも、国の意思が絡んでいるのは間違いない。
バイオセンサー、ラウンド・ムーバー、アーマーシュナイダー、そして今回の新装備。
(ガンダムで次世代MS開発のためのデータを取っているのは確実だ。ジオンはもう一度、戦争をする気なのか)
ネット世論では、イズマ・コロニーがサイド6とジオン公国の政治の舞台の一つになっているという。
ジオンの権力者デギンとキシリア、両派閥の争いが水面下で進んでいる、と。
今のところ、マチュとその友人たちは争いに巻き込まれず、このコロニーで暮らしている。
「偽りの平和か」
本物と偽物の平和が何なのかは、一生分からないだろうとジョンは思った。
マチュが幸せに暮らしている一方で、かつての幼馴染は苦労している。
翻って自分はどうか。
ジャンク屋からコロニー公社へ出向し、ガンダムを任されている。
ただし、学は中卒資格をやっと取れたばかりだ。
お嬢様のマチュとは、とても釣り合わない。
マチュの親に身元が割れたら天誅されかねない立場。
「娘を誑かした」などと言われる未来が見える。
そもそもマチュの顔すら知らないのだから、マチュで抜いたことすらない。天誅以前の問題だ。
(よく考えれば妙な話だよな。マチュをオカズにしたことがないなんて。理屈に合わない。顔を見たことないならしょうがないにしても、何だかな)
(改めて思うと釣り合わない立場だ。そこを踏まえた上で戦わないとな…)
うーんと腕組みして考えていると、ニャアンのアパートの扉が開いた。
扉の向こうからニャアンがちらりとジョンを見ている。
「ジャック、電話終わった?」
端末の時計を見ると、あれから三十分近く経っていた。
「終わったよ、待たせちゃった」
「ううん、ちょうど掃除が終わったところ」
ニャアンに玄関を通され、ジョンは靴を脱いで部屋に入った。
(ワンルームで……だいぶ狭いな)
「座るところがあまりないから、ベッドに座って」
促され、ジョンは慎重にベッドに腰を下ろした。
女の子の家と聞くと煩悩が働くが、実際のところニャアンの家は生活感に満ちている。
スーパーのチラシ。本棚には難民受け入れ申請の書籍と、ジオン工科大学の入試問題集。
(市民権を得るには博士号が必要、という話もあったな)
それだけ難民は信頼されていない、ということだろう。
ジョンは、以前仕事先で会った軍警ザクのパイロットと交わした会話を思い出した。
『最初は難民を可哀想だと思ったんだ。戦争で故郷を追われて仕方なくここに流れ着いた。
それをいじめて回ってる軍人や警察が嫌いでさ、俺が警察官になったら意地悪な奴にはなりたくないって思ってたんだ』
『でもさ、あいつらはイズマに馴染もうとしないし、可哀想って看板を武器に好き勝手やる奴もいる。卑劣で卑屈で卑怯で、何も悪いことをしてない人に迷惑ばかりかけて』
『それどころか、難民は可哀想って言って現場を見ようともしない金持ちが支援団体に金を出す。その金は難民の救済に使われず、支援団体の懐に入る』
『そんなのばっか見てるとさ、難民も支援団体の連中も金持ちも、みんな餓鬼に見えてくる。満たされることのない飢えと渇きだ』
『気がついたら、難民の不法建築を壊すことに何の抵抗もなくなる。嫌な大人になっちゃったよ』
「ジョン?」
振り返ると、ニャアンがお盆にコーヒーを載せてテーブルに置いていた。
「ああ、ごめん。勝手に本棚を見ちゃってた」
「いいよ、最近はあまり読んでないし」
ニャアンがジョンの横に座った。
(近くないか)
「ジョン、本当に久しぶりだね」
だいぶ距離は近いが、キラキラしているニャアンを見てこのままでいいかとジョンは思う。
「五年ぶりだもんな。ニャアンはあの後どうしてたんだ?」
掃除しやすい格好なのか、ニャアンは学生服の上着を脱ぎ、長髪をポニーテールにまとめていた。
(懐かしいな)
五年前のジョンは、ポニーテール姿のニャアンが好きだった。本人には言わなかったが、まとめた日はいつも目で追っていた。
「難民申請でサイド6に来たんだけど、どのコロニーでもたらい回し。結局ここになったよ」
「僕も似たような感じだ。あの後、連邦軍の人と一緒に地球に降下した」
「地球に行ったんだ」
楽しそうな表情のニャアンを見ていると、ジョンも少し嬉しくなった。
それがたとえ故郷を追われた時の記憶でも、現場の空気を共有した者同士なら通じ合える話でもあった。
動くたびに揺れるポニーテールに、ジョンは五年前のドキドキした記憶を思い出す。
あの時は陰茎が苛立つほどだった。だが今は苛立たない。
戦争のストレスもあるだろう。
それ以上に、現実で会ったこともないマチュに心を奪われている自覚があった。
そんなジョンは、傍から見るとポニーテールをちらちら見ているのが分かるほどあからさまだった。
それを見て、ニャアンは口元で小さくにやりと笑った。
「部長、会計監査局の方がいらしてます」
「分かったZE、応接室へ行くZE」
ジョンの一件はかなり焦ったが、思ったより早く解決した。
元々、外出自体は問題ではない。
連絡がつかなくなって事件に巻き込まれたかと思ったが、生きていて今は友人宅にいると分かっただけでも十分だ。
(ガンダムの新装備、弾倉が四個のバズーカと、でっかい実体剣。名前は確かグランドスラムと言ったな。あとは諸々…。こんな独自規格の物を持ってきて、何をさせようとしているんだ?)
今朝方、イズマ支部に搬入されたガンダムの新装備。作業用をうたってはいるが、グランドスラムはどう頑張っても武器にしか見えない。
部長が訝しんでいると、会計監査局外交部から面談の申し入れがあった。
会計監査局とは何度か仕事をしたことのある部長だが、わざわざMS運用部を指名してくるとは思わなかった。
(昨日のガンダム大暴れの件か?)
と考えながら、応接室へ向かう。
「おはようございます」
挨拶しつつ入ると、室内には二人がいた。
一人は外交三部の部長、タマキ・ユズリハ。顔なじみだ。
もう一人、赤髪の少女はタマキによく似た顔立ちをしている。
その少女を見て、部長は思った。
(何となくだが、多分ジョン絡みだな)
(面倒なことになるぞ)
そんな確信が部長にはあった。
サンライズ・カネバン本部の中央階段で、男五人と女一人が向き合っていた。
その中で女側のシーマ・ガラハウは、目の前の光景に社長の正気を疑った。
「社長さん、何だいそれは」
「どうや、シーマちゃん。ワシとケーンとペイルライダー君、シモダ君の合作や」
おっちゃんの隣に立つケーンとペイルライダー、シモダと名乗る男たちが、そのとおりだと満足げに頷く。
「だからこれはなんなんだい」
シーマは視線の先、シュウジ・イトウの格好を見て困惑を隠せない。
シュウジはフルフェイスのヘルメットと無骨なアーマーを装着していた。
「来週のお好み焼き大会の話があるって聞いて来たけど、何だいそれは」
「分かってないなシーマちゃん。シュウジ、教えてやってや」
そう言われると、シュウジはフルフェイスのバイザーを上げて、普段より自信満々な表情だ。
「お好み焼き名人、アルティメット・フォーム」
どういうことだと、シーマはペイルライダーにアイコンタクトを送る。
「この新装備は愚民共すべてに美味しいお好み焼きを提供できるようにしたパワードスーツだ。そう、あの時フランチェスカの嘆きの丘で思いついたのだ。しかも素人向けにHADESを参考に簡略化を進め、健康被害なしに誰でもお好み焼きを焼けるようにした!!!!!!」
「それを見せびらかすために、わざわざ呼んだのかい……」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ