おっぱい大作戦は平常運行で行きます。
壁に描かれたシュウジのグラフィティを見るたび、メモリースティック女の目頭は熱くなった。
自分以外誰もいない通路を、裸体のまま歩き回りながら、誰もいない空間に語りかける。
「みんないなくなった。エックスラウンダーも、イノベイターも、ニュータイプも、なにもかも…」
「スレッタ、もう顔も思い出せないよ。あなたは幸せに生きられたの?」
愛おしそうにその名を呼ぶ。
だが、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、そこには虹色の水着を纏った女性が立っていた。
「時の流れを、誰も断罪することはできない」
「断罪しようとする者は、必ず罰を受ける」
「分かっている」
メモリースティック女は答え、どこからともなく端末を取り出して虹の水着の女に画像データを見せた。
「インストーラー・デバイスのおまけで、サーバーから取った王子のデータ…見た?」
「見たわ。でも、これは予想外だった」
端末の画面には、軍警のサーバーに保管されていたジョンの顔写真。
虹の水着の女も、どこからか端末を取り出して見せる。
「本来、王子探しはもっと先だった。王子が誰か分かった以上、焦る必要はない」
彼女は自分の端末に保存されたシュウジ・イトウの顔写真を表示し、メモリースティック女の端末の隣に並べた。
「運命とは面白いものね。ナガラにも分からないことはある」
二つの画面に並んだ、ジョンとシュウジ。
髪色も顔つきも違う。だがその輪郭、眼差しの構造、微笑の癖があまりに酷似していた。
応接室はタマキ、アマテ、部長の三者に分かれ、まるでカオスだった。
だが、シャリア・ブルの仲裁により、どうにか話し合いができる空気に落ち着いた。
アマテの主張を整理するため、部長が会議室からホワイトボードを持ってくる。
シャリアはそれに情報を書き込みながら、貼られていた社訓の紙を見つけてテーブルに移した。
『Just Communication』
『Rhythm Emotion』
字は大きくて読みやすいが、妙にスペースを取っていた。
書き終えるとシャリアは三人に向き直り、淡々と口を開いた。
「では、この話をアマテさんの視点から振り返ってみましょう。
アマテさんは二年前、0083年頃から、ジョン・マフティー・マティックスという少年と夢の中で逢引するようになった」
「この夢の中で、二人は仲良く話せる関係でしたが、ジョン君には全身がある一方で、アマテさんは左手しか実体化できなかった。それでも交流は二年間続いた」
「お互いのプライバシーを守りながら交流を続けてきた。ネットでの接触もジョン君から禁じられ、住まいも知らなかった」
「転機は五日前、ソドンがテロリストに襲撃された事件。ジョン君が拉致された時、アマテさんはニュースを通じて彼の勤務先を知ることになる」
「そして彼に会いたくなり、母親であるタマキ女史に頼んでジョン君の勤務先、コロニー公社イズマ支部MS運用部へ来た」
「そうですね?」
と、シャリアは椅子に座るアマテを見て言った。
「そうだけど…口に出されると恥ずかしいな」
自分たちの話をホワイトボードに赤裸々に書かれ、マチュの頬が赤く染まる。
シャリアは苦笑し、言葉を添えた。
「言葉にしなければ伝わらないこともあります。
認識がずれたまま話しても、話さないのと同じです。…それでも」
視線をタマキに移す。
「失礼ですが、言葉に出さないと相手には伝わりませんよ」
タマキは真顔で見返した。
(夢? さっきから訳の分からないことばかり言って…)
タマキも娘を嫌ってはいない。むしろ恋路を邪魔したくはない。
ただ、話があまりにもファンタジーすぎるのだ。
これなら「不良彼氏ができた」と言われたほうがまだ理解できる。
「夢というのは、私なりの解釈になりますが…後で説明します。次はタマキ女史の視点です。よろしいですか?」
「…お願いします」
この男に頼るしか現状打開の道がない。
それがタマキの胸の内だった。
「まず、タマキ女史は以前ジョン君と会っていますね?」
「そうなの!?」
マチュが驚いたようにタマキを見る。
「聞いてないよ、お母さん!」
(そもそも話し合いすらしてないんじゃ…)
すっかり蚊帳の外の部長は、二人の間にディスコミュニケーションがあるのを察した。
「アマテさん、拉致から解放されたジョン君が軍警に保護されていた。それを夢の中で彼から聞いていますね?」
「うん…」
「その後、赤いガンダムの件で面会するため、会計監査局外交三部のタマキ女史に仲介を頼んだ」
マチュは思い出した。あの駐車場でのやり取りだ。
「あのタマキ女史の動揺ぶりから見るに、ジョン君の話をしたのはその時が初めてでは?」
「車の中で少しだけ話した」
「なるほど。詳しくは?」
「忙しかったから、かなり端折ってた」
だからあんなにジョンにキレていたのか、とシャリアは得心した。
「お互い理解しているようで、噛み合っていない。まさにオールドタイプのコミュニケーションの限界ですね」
「タマキ女史、ジョン君はあなたが思うようなクズではありません。そもそもガンダムを任されている時点で、そういう人間ではない」
(ガンダム?)
マチュには初耳だった。
ニュースのミニコーナーで見た、イズマ支部のガンダム。
赤いMSの暴走を止めていたあの機体が、ジョンの乗機だったとは。
(そんな危ないことを…)
ニュースでは短く扱われたが、SNSでは大きな話題だった。
ナイフと警棒だけで暴走MSを制圧する動画をマチュも見ていた。
戦う姿と、戦場での周囲への配慮。どちらも、彼らしかった。
「それは分かります。でも、夢なんて」
「それについてですが、アマテさんのニュータイプとしての感応能力かもしれません」
シャリアは手にした水を一口飲んだ。
「皆さん、ニュータイプについてはご存じですね」
マチュの脳髄が一気に動く。
(ニュータイプ…宇宙に適応した新人類。テレパシーとか、心が読めるとか、MS操縦がうまいとか…そんな話だったっけ)
「アマテさんの考えるニュータイプは、世間一般のそれですね」
(この人、心が読めるんだ)
シャリア・ブルがニュータイプであることは知っていたが、読心されるとは思っていなかった。
(まあ、そういうものか)
マチュは思いのほかすんなり受け入れた。
「慣れるまでは辛いですよ」
その言葉には、経験者の重みがあった。
「シャリア中佐、アマテがニュータイプだと?」
タマキは困惑した。
まさかジオンのニュータイプ戦士に、娘がそう言われる日が来るとは。
「ニュータイプの研究はまだ途上ですが、アマテさんの感応能力が何かの偶然でジョン君と惹かれあった。あり得る話です」
「根拠は?」
「私の勘です」
「勘って…」
(おいおい、マジかよ。そうなるとジョンがニュータイプの娘と二年も交流してたってことか?)
「ジョン君も、ニュータイプの可能性があります」
部長の思考に、シャリアは即座に答えた。
「話の腰を折るようですが、なぜ中佐がうちへ?」
部長は聞いた。
そもそも、彼が単独でコロニー公社支部に来た理由を誰も知らない。
「ジョン君に聞きたいことがありまして。前回の面会は盗聴されていましたので」
タマキも頷いた。たしかに、あの時は落ち着いて話せる空気ではなかった。
「何を聞くつもりで?」
「あなたもご存じのとおり、私たちは今、シャア大佐と赤いガンダムを捜索しています」
「ええ」
「彼なら知っていると思ったのです」
一拍置いて、静かに言った。
「もう一機の赤いガンダムを」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
-
ジョン・マフティー・マティックス
-
アマテ・ユズリハ(マチュ)
-
ニャアン
-
シュウジ・イトウ
-
シャリア・ブル
-
シロウズ
-
サンライズカネバン社長
-
シイコ・スガイ