『お嫁さん』
進路希望調査書に書いた未来を現実にするために、マチュは様々な努力を重ねてきた。
積極的に勉強して塾にも通い、タマキと同じ大学に入学し、そして会計監査局のような公職に就くためだ。
勉強だけではなく体も鍛えてスポーツも得意になった。
体育の時の周囲の感嘆した視線は心地よかった。
プライベートの充実も忘れない。
タマキと父親とはよく会話をし、時折二人に向けて料理もした。
同級生とは時間が許す限り積極的に遊び、流行も生活の中に積極的に取り入れて生きてきた。
性の問題とも向き合った。
マチュは他校の男子生徒たちの卑猥な目線に苛立ちながらも、ジョンが明晰夢の中で自分に欲情しなくなったことにも苛立っていた。
人間という動物である以上、女であることから逃げられないからだ。
恥じらって逃げても仕方がないと割り切り、タマキに見つからないようにそちらの勉強も続けている。
自分はジョンに欲情している。
あとはジョンが自分に劣情を催すかどうかだ。
ジョンがいない人生を送った自分は、絶対にこんなことはしなかったとマチュは断言できる。
今の自分の一部を構成するくらいに、彼は自分の人生に関わっている。
ジョン・マフティー・マティクスという人間は、それくらいアマテ・ユズリハの人生に介入したとマチュはこの世界に物申したかった。
お嫁さんになるだけなら、ジョンの居場所を突き止めてしまえばいい。
だが、そんな関係はすぐに途絶えるだろう。
人の出会いなんて人それぞれだから、どんな形の出会いであってもマチュは否定できない。
自分たちの二年間は、何も知らない人から見れば意味不明な話だ。
マチュが望むのは一夜の愛じゃない。
死ぬまでジョンと一緒に生きる。
死んだ後も一緒だ。
マチュはジョンを調教したい。
一人でどこかに消えたり、死んでほしくなかった。
彼は、しがらみがなかったら一人で死ぬことを選ぶはずだ。
それだけはやめてほしい。
ジョンと現実世界で初めて会った時の衝動的な行動は自重すべきだった。
じわじわとジョンを侵食していく。ジョンを縛り付ける。
周囲が気づいた時には、二人一緒にいるのが当たり前になっている。
これが当初のプランだった。
蓋を開けてみれば、ディープキスと外交問題、喚いて抗議した結果の強制退去だ。
「やらかした」
野生の証明をしてしまった。
こんなことになるなら、二年前の時点で告白すべきだったと後悔した。
まぁそんなことはどうでもいい。
後悔するよりも問題にすべきなのは、今後をどうするかだ。
ただ、それが思い浮かべば苦労しない。
行き詰まったマチュは見方を変えた。
前々からマチュはジョンの過去が知りたかった。
ジョンは自分の過去を話したがらない。
どんなに過去を遡った話をしても二年前からだ。
一年戦争時代のジョンはどこにいて何をしていたのかを、マチュはまったく知らない。
中卒資格を取った話や、十七歳でコロニー公社でガンダムに乗っている事実から、恐らく難民に近い境遇だったと推測したくらいだ。
綺麗な金髪に混じった白髪を見るに、苦労をしてきたのは間違いない。
ジョンが自分と距離を置こうとしているのは、その辺が理由だとマチュは推測している。
社会的に見れば釣り合わない関係だと、向こうが勝手に思っているのだろう。
(冗談じゃない)
今度ジョンと話すのであれば、その辺を問いただそう。
返答次第では修正を十回くらい喰らわせる。
そしてあの白髪を、自分が普段からやっているように髪を染めてあげるのだ。
マチュは彼の魂が好きだ。
今の彼が好きだ。
過去は関係ない。そう思っていた。
しかし、彼の過去を知らずして結婚云々の話をして良いのだろうか。
明晰夢の中で見せる帰還兵のような笑顔、戦士としての顔つき……
彼が彼となるまでの過程を知れば、おのずと彼への向き合い方も良い方向に変わるはずだ。
今までの自分はジョンに対して淡白すぎじゃなかったか?
異性に入れ込むのは別に珍しい話ではないはずだ。
もっと馬鹿になっても良かったはずだ。
ジョンを相手に恋のおまじないもしたが、おまじないはよくある話だ。
そんな自省を繰り返しながら、マチュは自分の心の中にいるジョンに語った。
「もう一度ジョンに会いたい。そしてちゃんと伝えなきゃダメだ。
ジョンの過去を全部知りたい。今の軽い気持ちのままジョンと向き合うのは嫌だ」
マチュはジョンに話していないことがある。
話そうにも、何を話せばいいか分からない話だ。
マチュは五年前、一年戦争の時期に地球にいたことがある。
タマキの話によると、ダバオで一年戦争を迎えたらしいのだが、その時期の思い出がマチュにはほとんどない。
ダバオにいた時の話を聞こうにも、タマキは曖昧にして答えてくれない。
自分の記憶を辿ろうにも、蓋をしているように思い出せない。
何となく覚えていることはある。
十七年生きた人生の中で一番楽しかった時と、一番悲しかった時がダバオにいた時期に共存している。
思い出す行為を、マチュの脳は拒否している。
アナハイム・エレクトロニクスのグラナダにある工場では巨大な武装モジュールの建造が進められている。
エムグループからイオマグヌッソの完成式典で使用するMSに装着する護衛用装備としてジオン系の企業の技術協力もあり順調に進んでいる。
アナベル・ガトーは政争には疎い。
だが、この武装モジュールの建造には相当な駆け引きがあったのだろうと容易に推測できた。
ギレン派にもキシリア派にも武装モジュールの話は当然伝わってる。
スパイが何の疑いも持たずに相当に過小評価されたデータと共にだ。ジオン同士でそんなことをしているのだからガトーも疑問に思っていた。
第一、エムグループは何をやっているのかよく分からない不気味な団体だ。仕事である以上はキチンと取り組むが、エムグループへの疑問は尽きない。
「オーキス2号機という名前だが、デンドロビウムとは全くの別物だ」
モニターに映るデータを見ながらコウとガトーは肩をすくめた。
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ