歓楽街:Bar
「フォォォォォォウ!!」
泥酔したコモリの雄たけびが店内に響き渡る。
マスターに頭を下げるエグザベと苦笑いを浮かべたマスターは水をコモリに出した。
「美味しい~水が出る店は美味しいのよエグザベ君」
「頼むからチェイサーと一緒に酒を飲んでくれないか」
コモリの酒癖の悪さを知っているのでエグザベは何度か勧めたが、コモリは構わずジンをコモリ好みにした酒を飲んでいた。
「ねぇエグザベ君、私達でマティーニを作らない?」
エグザベが飲んでいるドライベルモットのカクテルを指さしてコモリは言った。
酒で赤くなったコモリの顔を見て煽情的な物をエグザベは感じ取った。
コモリに対しては思うところがある。
ただ、ここでは控えさせてもらおう。
「マスター、そこのソファー借りていいですか?」
「ブランケットとピローを出します」
カウンターの奥に消えたマスターを見てコモリを手を取ってエグザベはソファーにコモリを丁寧に寝かせた。
「エッチぃ~」
「ジョン君が来るから寝ててくれ」
ソファーにコモリを横にするのと同時にカウンターの奥に消えたマスターがブランケットと枕を持ってやってきた。
「すいません」
「構いませんよ」
「全く、下戸なんだから」
「あるいは酒の勢いを期待しているか」
「ん?」
「お気になさらず」
ブランケットと枕を装備したコモリは凄まじい勢いで爆睡し始めた。
睡眠薬でも飲んでいるのかといいたくなる速さだ。
(疲れていたのかもしれない。僕がもう少しリードすべきだったか)
丸一日をかけてイズマコロニーの観光名所を歩いて回ったのだ。
デジタルマイクロカセット男の件が落ち着いたとはいえ、艦内のピリピリした雰囲気にコモリは疲れていたのだろう。
「これで発散できたらいいんだがな」
エグザベは今日一日のコモリの行動を思い出す。
宇宙港でサンライズカネバンのジャンク運搬船になったケルゲレンを見て複雑な表情を浮かべるコモリ…
復刻されたゲームボーイミクロを買いに走るコモリ…
春雨を気合の入った表情で食べるコモリ…
ハイト硬貨を川に落とした時、川から変な水着を着た男性が現れて硬貨を拾ってくれたコモリ…
カランカラン…
ドアベルが鳴り響き、出入り口の片開ドアが内開きに開いた。
ドアを開けたのは白髪交じりの金髪を目が隠れるくらいに伸ばし、オリーブのM65ジャケットを羽織った少年だ。その片手にはペットロボットを抱えている。
年齢自体は少年であるが、ザラついた大人のような雰囲気も合わさり青年のようにも見えた。
「ご無沙汰です。エグザベさん」
「久しぶりだね、ジョン君」
店外ではコロニーのスケジュール通りに雨が降り始めており、ジョンは雨に打たれる前に店に入ることが出来た。
カウンター席に座るエグザベの隣の席にジョンは座った。
「ミルクベースのモクテルをお願いします」
マスターが頷いたのを見るとジョンは端末のタクシー案内アプリを開いてカウンターに置いた。
イズマコロニーではタクシーは自動化されており、人が乗っていないタクシーの位置は地図上に表示されている。
Barの周囲に乗車可能なタクシーが来たら通知が来るように設定するとジョンは端末から目を離した。
「エグザベさんとは軍警本部での面会以来ですね」
いびきをかきながら寝るコモリを見ながらジョンは言った。
「そうだね。あれから色々あったなぁ」
「ここはヒゲマ…シャリアさんの行きつけですか?」
「そうそう、軍警本部に張り付いていた時にちょくちょく来てたんだ」
「軍警はあまり捜査には同行させなかったでしょう」
「僕達はあくまで連絡係だったからね。軍警は例の暴走ザクの件でソドンのことは殆ど放置されてるよ」
「ソドン、今は補給のために宇宙港に寄港してますよね」
「ここには思ったよりも長くいることになっちゃったからね。前みたいにイズマ上空にいる理由も弱くなっちゃったから当分は宇宙港に待機だよ」
ジンの影響かエグザベの口は多少軽かった。
だが、さすがはフラナガンスクール主席の秀才だとジョンは思った。
秘密に関わるようなことは避けてあくまで公に出ている情報しかジョンに話していない。
(ヒゲマンは僕とエグザベ少尉を会わせてどうするつもりだ?)
ニャアンの誘いを受けてショッピングモールへ向かう前、ジョンはシャリアから連絡を受けていた。エグザベとコモリがイズマに遊びに行くから顔を合わせて欲しいと。
『彼もニュータイプです。話せば頭が良くなるかもしれません』
電話先でシャリアは楽しそうに語る。
話を続けていくうちにジョンとエグザベは自然とお互いに好印象を抱いた。
マチュとニャアンの喫茶チェーンの時のように本能的にお互いに好感を持てていた。
ジョンとエグザベは軍警本部以来会っておらず、まともに会話したのが今日だというのにそれすら違和感をあまり抱かなかった。
これもニュータイプ的なものかとジョンは思った。
「ジョン君は良かったのかい?イズマを離れて」
例のジオン出張話だ。
マチュを守るための選択だが、ナガラ衆がマチュに目を付けているせいで半分くらい意味がなくなってしまった話だ。
「例のテロリストを何とかしてから行きたかったですね」
せめてマチュの安全を確保してから行きたかったが、ジョンはアイデアが思いつかなかった。
「テロリストの活動は今の所、確認できない。軍警も暴走MSの件で壊れたザクを直したり、責任問題も出てきているから治安の番人としての立場すら揺らいで来ている。こんな時にアンノウン1が出てきたら大変なことになるぞ…」
実際問題、あの時の暴走MS群相手に軍警はまともに対応できていなかった。
9機をジョンが単身で倒し、3機を無事だったMSでタコ殴りにしてようやく止めれたのだ。
エグザベが不安に思う気持ちはジョンにも分かった。
ふと、エグザベは端末の通知画面に表示される時計を見てオーナーに言った。
「テレビ良いですか?」
オーナーも分かっているようでテレビのリモコンを押して電源を入れた。
テレビにはクランバトルの試合が生放送されていた。
「ここに来てからの楽しみだよ。ペルガミノ大統領がスポーツ化に努めてくれたから、こうやって公共の電波で放送できる」
テレビには払い下げられ、クランバトル用に改修されたMS-06とRGM-79がMAV戦術を駆使して宇宙を縦横無尽に動き回っていた。
(殺し合いではないが、これはこれで殺気を感じるな)
スポーツ化されたということはスポンサーの期待に応えたり、これに一生をかけている人間もいるのだ。
戦争か、それ以上の熱気がここにはある。
ジョンの端末が震える。
通知画面にはタクシー案内アプリが「近くで乗車可能なタクシーがあります」という表記が出ていた。
地図には店のすぐ近くでタクシーが止まっていた。
「マスター、ホットミルクとハンドタオルをお願いします」
ジョンは席を立つと店の出入り口へと向かった。
「どうしたの?」
「出迎えです」
そういうとジョンはドアベルを鳴らしながら外へと向かった。
ジョンの言葉に従ってマスターはミルクを温めようとしているのを見ながらエグザベはジョンの行動を不思議に思っていた。
「あ~来る~」
テレビから流れるクランバトルとコモリの寝言だけが店内に響いた。
ジョンが座っていた席に置かれたハロは店の外へと飛び出して行くジョンの背中をじっと見守っていた。
『トモヨ クロサワの声でお送りします』
『現在 環境維持のため 雨が降っています 1時間後 雨が止みます』
『この音声は エム ゲイノウ 株式会社 の許諾を取った AI音声 です』
Barから出たジョンは端末の画面を見ながらタクシーが止まっていた場所へと向かった。
タクシー自体は既に発進してそこにはない。
だが、ジョンの目当てはタクシーではない。
雨が降る歓楽街の中、人混みの中で周囲を見渡す赤髪の少女の後ろ姿を見てジョンは少女の所まで歩いていく。
「ニャアンの入れ知恵か?マチュ」
その声を聞いてマチュはガバッと後ろを振り向いた。
憂鬱そうだった表情から歓喜の顔になったマチュを見てジョンは少し笑った。
マチュは不安だった。
映画館ではよく分からない展開のまま終わった。
ただ、自分達がとんでもないことに巻き込まれそうになっている、ということだけは分かった。
それは別に構わない。
問題なのは、ジョンがそれでどこかにいなくなってしまうことだった。
端末でのやり取りだけでは心配だ。
それにジョンのことをもっと知りたい。
そのためマチュは一計を講じた。
マチュはニャアンがバイトで使っている発信機の1つをニャアンから借り受けてジョンのバイクに取り付けた。
そのためにマチュはショッピングモールでジョンと早々に別れた後、発信機を付けるために駐車場に直行していた。
もっとジョンといたかった心を押さえつけて発信機を付けた後は、タクシーでジョンを追いかけていた。
その話をホットミルクを飲みながら語るマチュを見てジョンは苦笑いを浮かべ、それを聞いていたエグザベは引いていた。
(最近の子は過激だな…)
アマテ・ユズリハという少女についてエグザベはシャリアを経由して知っていた。
アグレッシブな少女でジョンに好意を持っている、という程度のエグザベであったが、まさか発信機を付けてまで追いかけてくるとは予想外だった。
ジョン君が迎えに行かなかったらそのまま外で見張っているつもりだったらしい。
(何しに来たんだ?)
発信機だけ付ければいいのにわざわざ来るとは、何かがおかしい。
それに彼女の眼光も怖い。
マチュはシンデレラを飲むジョンの一挙一動を物欲しそうに眺めていた。
女としての顔だとエグザベは思った。
「それにしてもよく分かったね、私がタクシーで来るなんて」
「マチュの事だからね、発信機はそのままにしておくよ」
(よく分からん2人だ)
首を傾げるエグザベを見てマチュはジョンと交互に見比べた。
「2人は友達なんですか?」
ホットミルクを飲み干したマチュはジョンとエグザベの関係に疑問を思った。
「前に世話になったんだ。今度のジオン入りでも世話になる」
寝ながらガンガンとソファを叩くコモリを見ながらジョンは言った。
「すごいよなぁ、ジオン工科大学からお呼ばれされるなんて、あそこは天才の集まりだよ」
「ジオン科学技術大学はどうなんですか?」
「変人の集まり」
「でしょうね」
マチュはシモダの言動を見て納得が言った。
彼はジオン科学技術大学を追い出された云々と言っていたが、あの言動を見れば納得だ。
「あ〜そこの目隠れボーイ、オールバックできそうなボーイ〜」
酔ったコモリが呂律が回らない声を上げる。
不安そうにエグザベはコモリを見た。
「お前〜逃げてんじゃねぇよ〜女から逃げやがってよぉ〜私はニュータイプだから分かるぞぉ〜」
呂律は回っていたが、コモリの目は据わっていた。
エグザベがコモリの元へ歩きだしたが、ジョンはコモリの方に向き直った。
「お前が何抱えてんのか〜分かんねぇけどよぉ〜言い訳並べてさぁ〜本当は女から逃げたいだけなんじゃねぇの」
その言葉にジョンは何も言えなかった。
先程のジオン入りの話をコモリは聞いていたのだろう。
彼女のニュータイプ話は脇に置くとしても、コモリが言っていたことがあながち的外れではないので否定はできなかった。
じっとコモリを見るジョンをマチュは鋭い目で見つめる。
「だいぶ酔ってるな、さっ寝よう」
コモリの頭をエグザベが撫でるとコモリは満足そうにソファに横になる。
「そろそろ僕達はホテルに戻るかな。ジョン君はともかくアマテさんは学生だ。早く帰ったほうが良い」
「帰りはバイクで送って行きますよ。飲んだのはノンアルコールなので」
「そもそも君は未成年だろ」
エグザベは端末のタクシー案内アプリを開いてタクシーの予約を始めた。
ジャンは先から立ち上がり、コモリの元へと歩いて行った。
「…逃げるなよ、君を愛してくれる奴なんてそんなにいないんだぞ」
呂律が回っていないのが嘘みたいにコモリの喋り方がちゃんとした物になった。
「だろうな」
「隣人を愛せない奴が世界平和を語る資格なんかねぇんだよ。昔の人間なんてそんな奴らばっかだ。…君はどうかな?」
それだけ言うとコモリは満足そうに眠り始めた。
(まるで何かが憑依してたみたいだ)
コモリという女性、ギャルに近い人種だとジョンは初見で思ってはいたが、この人物もまた腹に一物を抱えているようだ。
「ごめんね、コモりんは酔うといつもこうなるんだ」
予約が終わったようで端末をポケットにしまうとエグザベは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、言ってることは正しいので」
さて、ジョンもマチュを連れて帰らなければならない。
少し不機嫌そうにマチュはジョンのハロを抱いていた。
「ジョン、私の分のヘルメットは?」
『買ッテアル。シュウジ達と別レタ後ニ、買ッタ』
ハロは上目遣いでマチュを見て言った。
「案内は頼む、マチュ」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ