「マフティーは英雄の名前らしいよ」
明晰夢の中で左手しかないマチュは寝転がるジョンの頭に手を置いた。
「どうしたんだ、いきなり」
マチュと交流してから名前について聞かれるのは初めてだ。
「世界史の先生が神話の英雄の話をした時にジョンと同じ名前の人が出てたの」
人類の歴史は長いんだから自分と同じような名前の偉人なんて1人くらいはいるだろうとジョンは思ったが、彼の脳髄の中に該当する人物が思いつかなかった。
「それは誰だい?」
マチュはニヤッとした、とジョンは感じた。
「マフティー・ナビーユ・エリン」
マフティー・ナビーユ・エリン、マフティー・ナビーユ・エリン、ジョンは口にその名を出した。そしてだんだんと違和感を覚えた。
「…?色々混じってるな」
スーダン語、アラブ語、アイランド語っぽい名前が合体している。一体どんなネーミングセンスなのだろうとジョンは思った。
どこの国の神話か分からないが、絶対に人名ではない。
「正当なる予言の王、ていう意味らしいよ」
大層な名前だ、とジョンは思った。
「そのマフティーていう人は何をしたんだ?」
「知らない」
マチュは即答した。
「知らないってどういうこと」
「あまりにも古い時代の話で何をした人なのか分からないんだって、ただマランビジーであると」
マチュの左手はジョンの頭をつたりながら腹上へと移動した。
「枯れることのない水道、それがマランビジーだと先生は言っていた」
「水道、英雄、何かよく分からないがすごいな」
当然のように左手がジョンのズボンの中に入りそうだったのでやんわりとジョンは左手を自分の腹の上に戻した。
実のところ、ジョンはマフティーというミドルネームに興味がない。
書類上はジョン・マフティー・マティックスだが周囲でそう呼ぶものはあまりおらず、ジョン・マティックスで呼ばれることの方がよっぽど多い。
どういう経緯でマフティーなどというミドルネームが付けられたのか?
名付けた家族は全員死んでいるのでジョンは由来を知ることもできない。
今日の仕事で撤去したサラミスの艦橋のように宇宙の一部になってしまったら2度と聞くことはできない。
(マフティーて何だろうな…英雄か、それも分からん話だ。
マフティー・ナビーユ・エリンは団体名か何かでリーダー格、英雄の元ネタになる人物がいればその名を演じてた、何となくそんな気がする。
英雄の物語は大好きだが政治と絡めると途端に血生臭くなる。
人間が作った世界だ。為政者の都合の良し悪しで名前は残る。
一体何をしたんだマフティーって)
(ただ、英雄の名としてマフティー・ナビーユ・エリンの名は残り、マランビジーという言葉が伝わっている。それだけが事実だ)
「ジョン、怖い顔してるよ」
マチュに言われてジョンは我に返った。
「あぁ、疲れてるのかもしれないな。病院にでも行くか」
適当なことをジョンは言った。
病院、というワードを自分から出したことでジョンは良い機会だなと思い言葉を続けた。
「病院で思い出した。そろそろこの空間のことも診てもらった方がいいかもしれない」
何年も明晰夢を見ていても健康に異常はないが、そろそろ潮時かなともジョンは考えていた。
数年前の疲れ切っていた時、ジョンはこの空間がある種のカウンセリング部屋のように思っていた。
今はある程度疲れは取れたし、周囲に向き合う余裕もある。
いい加減このオカルト空間の謎を解いても良いかもしれないと最近になってジョンは考えていた。
そして左手だけの少女、マチュのことも気がかりだった。
マチュが実在する少女か怪しい。自分が作り出した都合の良い少女かもしれないと心のどこかで思っている。
『存在しない少女と夢の中でほぼ毎晩話している』
恐ろしい話だが、過去の精神状態を考えると十分ありうる話だ。
妄想の産物だったら左手だけじゃなくて全身を作って欲しいが、世の中そう上手くはいかないのだろう。
仮にマチュが実在しており、オカルト的な力で夢で会っているとしよう。それはそれで好きでもない男に夢の中で毎回会っているのだ。
前はそこまで考える余裕はなかったが、最近はさすがにそれはどうなのかと思うようにもなっていた。
「マチュも迷惑だろう。そろそろ病院で脳髄を診てもらってもうこの空間を発生させないように、最近話題のニュータイプ的な何かかも…」
自分の胸元を触っていたマチュの左手の動きが止まった。
何だか嫌な雰囲気をジョンは感じた。
「私は迷惑だとは思ってないよ、迷惑だと思っているのは私じゃなくて君じゃないの、ジョン?怖がっているんだ、夢が夢で終わるのを」
左手はゆっくりとジョンの頭へ向けて進んでいく。
「ねぇジョン」
「何だ」
「夢じゃなくて現実で会わない?現実だったら私は全身がある。全身があればジョンと…」
左手はジョンの首へとゆっくりと着地した。優しく喉仏を覆った。
「よせよ、現実で君は高校生、世界が違うよ」
「それがなんなの?」
もしも、今のマチュに全身があればビームでジョンを殺せるだろう。
マチュがゆっくりと息を吸い、ジョンに囁いた。
「大いなる偶然が全ての始まり。
芽生えた意識は行動を、行動は情熱を生み、情熱は理想を求める。
理想はやがて、愛に行き着く。
愛はすべてに呵責なく干渉し、創造の嵐を育む。
そして、放たれた雷は誰を打つ…」
何かの引用だろうかとジョンは思った。
「昔の人だってそう言ってるの、私とジョンもそうであっていいじゃん」
マチュの左手がジョンの口を覆った。
『嫌とは言わせない』
マチュからそういう思念を感じた。
「ジョン、もしもあなたが会いたくないならいい、だったら…」
「私がジョンを探してみせる」
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ