コロニー公社のイズマ支部の近くにある公園で、ジョンは朝食を作っていた。
朝方ということもあり、公園にいるのは動物の散歩をしている人か、ジョギング中のランナーくらいだ。
「また米炊いてんのか?」
「この間はひとめぼれ、今日は晴天の霹靂だよ」
顔見知りになった同世代のランナーの少年は、タオルで額の汗を拭きながらジョンに話しかけた。
「ストームクッカーで米を炊いているんだが、付属のソースパンだけだと上手くいかないな」
「アルコールバーナーの火力を調整できるアタッチメントがあるが、米を炊くなら固形燃料でもいいかもしれないな」
「そうだよなぁ」
「まぁ、トランギアを信じるんだな」
「そんじゃまぁ」とランナーはジョンに手を振って走っていった。
ジョンも手を振って返す。ランナーの後ろ姿を見送った後、ジョンは物思いに耽った。
米は炊き終わり、あとは蒸すだけだ。
フライパンにバターを溶かして塗り、少し温めた後にハムと鶏卵を焼き始める。
ハムと卵が焼ける音を聞いていると、ジョンはマチュのことを考え始めた。
あの後、ジョンは無理やり明晰夢から覚めた。
あのままならマチュは自分の居場所を聞き出そうとしただろう。
今日、明晰夢を見れば、マチュは改めて聞き出すか、逆に自分の居場所を教えてくるかもしれない。
「分からないな」
マチュが自分にあんなことを言い出す気持ちが、ジョンにはよく分からない。
お嬢様学校だから異性との付き合いが少ない?
オカルト空間の明晰夢で会う人間だから刺激的?
しょっちゅう会うから自然と仲良くなった?
脳髄に相談するジョンだが、答えは出なかった。
記憶をたどるジョンは、以前マチュに仕事のことで文句を言われた時のことを思い出した。
(あの話の少し前から、僕はコロニー公社に出向するようになったんだよな。MSの操縦が上手いからって社長が推してくれた)
(嫌な話だよな。みんなを殺したザクを動かして飯食ってるなんて)
良い焼き加減になったハムと目玉焼きを、蒸し終えた米の上に載せた。
スノーピークのスクーで米をかき混ぜ、ジョンはゆっくりとした朝食を始めた。
小さく切ったハムを頬張りながら、ジョンは思考を続けた。
(マチュに対して下心はある。しかしなぁ、やっぱり関わりを持たない方がいいだろう。常識的に考えて)
何回かは考えたのだ。大した身分ではない自分がお嬢様の体を好き勝手に貪るイメージを。
それは背徳感でもあり、金持ちに対する復讐でもあるのだろう。
マチュがハイバリー高校の生徒だと聞いて、街中でハイバリーの生徒たちを見たときは一層強く思った。
世界が自分たちの周囲にしかなくて、インターネット通販の物品が無から湧いてくる程度にしか外の認識がない生徒たち。
それがハイバリー高校の生徒たちに持ったジョンの印象だった。
(実際のところ、その認識は微妙に誤りだ。金持ちの集まりだからといっても、バイトをしている生徒はいるし、コロニー公社の仕事で会った生徒は僕なんかよりずっとしっかりしてた。マチュより立派かもしれない)
(結局のところ、幼さをアップデートしていかなきゃいけないんだ。幼さをアップデートできなきゃ、年下も年上もないんだ)
思考が脱線した。目玉焼きと米、ハムを合わせて食べる。
(まぁ、マチュについては左手しか見たことないんだから、美人か不細工かも分からない。ルッキズムで判断しようがないな…待てよ、向こうは俺の顔を知ってるんだ。声かけられたらどうする)
「青天の霹靂、旨いなぁ」
面倒くさくなった思考を米で誤魔化すことに、ジョンは務めた。
『ソドン…何しに来たんだ?』
イズマ・コロニーの宙域で、ジャンク運搬船の船列からコロニーの近くを航行する一隻の軍艦が見えた。
ペガサス級強襲揚陸艦一番艦「ペガサス」をジオン軍が鹵獲し、「ソドン」という名で運用しているのは周知の事実だ。
ジャンク運搬船の船列の中にいたガイアとオルテガは、不機嫌そうな表情を隠さなかった。
この船には二人しかいない。
「ここいらで訓練なんて話は聞かねぇ」
「イズマに寄るような話で、金だけ考えるならもっと燃費のいい艦でもいいはずだ」
怪訝に思う二人だったが、船列が動いたことを確認すると運搬船を前進させた。
彼らが目を離した時、ソドンのカタパルトから一機のMSが発進した。
MSはバーニアから青い光の帯を出しながら、ソドンより先へと進んでいく。
その先には、赤い光の帯がコロニーの外壁を撫でるように飛んでいた。青い光の帯はそれを追う。
ガイアとオルテガが再びソドンに視線を向けた時、二つの光の帯は消えていた。
ソドンから発進したMS、ガンダム・クアックスは、岩石とデブリの間に身を隠しながら進んでいく。
赤い光の帯、それを作っている赤いMSに見つからないためだ。
ガンダム・クアックスが頭部センサーで赤いMSを捉えようとした時だった。
急に、赤いMSの動きが止まった。ピクリともしない。
困惑したように、ガンダム・クアックスは左腕にマウントしたシールドを構えながら、赤いMSへと進んでいく。
恐る恐る近づき、赤いMSの眼前に立ったガンダム・クアックスは改めて観察しようとした。
目の前にある赤いMSは確かに目当ての機体だが、なにかがおかしい。
ガンダム・クアックスのパイロットは違和感と不信感を募らせ、ソドン側のクルーとやり取りをしたかったが、出撃直前に散布したミノフスキー粒子の影響で、今の状況ではまともに通信できない。
「肉眼で見よう」
意を決したパイロットは、コックピットのモニターをCG合成のものから実映像へと切り替えた。
タッチパネルのディスプレイを叩くと、映像はすぐに切り替わる。
その映像を見て、パイロットは違和感の正体に気づいた。
「これは…」
『そうだ、ダミーだ。特注品で金がかかったよ』
ガンダム・クアックスの無線機に、何者かから通信が入った。
プリセットされた周波数を使い、しかもミノフスキー粒子散布下で交信しているとなると、ごく至近距離にいる。
武器の安全装置を解除し、ガンダム・クアックスは周囲を索敵しようとした。
『初めまして、エグザベ・オリベ少尉。ナガラの命令を受けて、君たちの力を見せてもらおう』
(僕の名前を知っている!?)
ガンダム・クアックスのパイロット、エグザベは背筋が凍った。
あらゆる思考が錯綜するが、赤いMSのダミーが膨らみ始めたことに気づき、咄嗟に近くのデブリの影へとバーニアを吹かした。
『失礼、まだ自己紹介をしていなかったな』
ダミーの正体はバルーンだった。
バルーンに推進器を付けてその中に何か…MSを隠しているのだ。
エグザベは相手の出方を伺おうとしたが、その前に異変が起きた。
バルーンが割れたのだ。
もしここが地上なら、「パーン」という音が鳴っただろう。
だが現実は音もなく、閃光弾のような光が周囲を覆った。
その光の中から、一機のMSが現れた。
(なんだ、あのMS…)
ガンダム・クアックスのコンピューターには記録されておらず、そのため敵脅威判定もままならない。
『1GBの大容量、Hi-MD男だ。エグザベ少尉、フラナガンで鍛えたその力、相棒と俺に証明してみせろ!!』
無線機から相手の声が聞こえたのと同時に、空間を殺意が走った。
男が操縦するそのMSは紅い双眼を光らせ、ガンダム・クアックスに迫る。
臨戦態勢を取るエグザベの脳裏に声が響いた。
その声はMSから発せられたものだと、エグザベは直感した。
そのMSは、エグザベにこう囁いた。
『EXAMシステム スタンバイ』
掘り下げが足りないと感じる主要人物
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ジョン・マフティー・マティックス
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アマテ・ユズリハ(マチュ)
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ニャアン
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シュウジ・イトウ
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シャリア・ブル
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シロウズ
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サンライズカネバン社長
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シイコ・スガイ