霧の街のヒナタ   作:下駄ロボ

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え!?ヒナタ君、故郷ではあんな感じの生き物を食べるのかね!?

 ヒナタの姿が視界から消えた直後。

 

 バスの中に、奇妙な静けさが落ちた。

 

 エンジン音は荒く、床下からは金属が擦れるような振動が伝わってくる。

 

 ○○○は荒い息を吐きながら最後部の座席から前方を睨み、ソードオフショットガンの銃口が二人の方を向いているのを見て、慌てて教授を掴み、一緒に伏せて前の座席の後ろに身を隠した。

 

 その瞬間、ショットガンが火を噴いた。

 

 散弾が二人の頭があった位置を通り抜け、後部ガラスを粉砕する。

 

「てめえ等ふざけてんのか!  あんな化け物を連れて来やがって!

 アレを振り切ったら、てめえ等をぶち殺してやるから大人しく待ってやがれ!」

 

 運転手が、しゃがれたガラガラ声で怒鳴りながらリロードする。

 

 背中しか見えないが、体格は人間よりも幾分ずんぐりしている。

 首の動きが、不自然なほど少ない。

 ハンドルを握る腕は妙に長く、袖口から覗く皮膚は湿った光を帯びていた。

 

「……まさかヒナタ君が、ここまで恐れられていたとはね。

 それ込みでも、あそこまで引き金が軽い奴を見るのは世界大戦以来だよ。

 ところで、私の目に狂いがなければ、あの運転手、人間じゃない気がするのだが……」

 

 声をわずかに落としながら、教授は懐から拳銃を取り出した。

 四十五口径のオート拳銃だ。

 

「世界は広いですね。ギャングやマフィアでも、もう少し考えて引き金を引きますよ。

 酒の密造界隈でも見たことがありません。

 それに、水かき付きであんな体型の人間がいたら、教科書に載ってますよ。多分。

 ……あっ」

 

 ○○○も懐から四十五口径のオート拳銃を取り出す。

 

「弾切れかね?」

「いえ、運転手の特徴が、ヒナタが前に言ってた“高級食材”に似てまして……」

「え!?ヒナタ君、故郷ではあんな感じの生き物を食べるのかね!?」

「そうらしいですよ。日雇いで深海まで潜って捕まえる仕事もやった事があるそうです」

「世界は広いな……」

 

 ○○○から聞く日本の奇っ怪な食文化に、教授は思わず唸った。

 

「……ところで、今撃ち殺したら事故りますよね」

「車が止まってから、二人で撃てば何とかなるはずだよ」

 

 バスは、さらに速度を上げる。

 

 窓の外を流れる標識には「西アーカム」とある。

 インスマス方面ではない。

 

 運転手は、よほどヒナタをインスマスに向かわせたくないのだろう。

 前方から「畜生」やら「今日はツイてない」やら、ぼやきが聞こえる。

 

 バスは、まるで獲物から逃げる獣のように走っていた。

 

 ○○○と教授は座席の背に隠れたまま外を見る。

 減速する気配はない。

 むしろ――速くなっている。

 

 床下から、嫌な金属音が断続的に響く。

 サスペンションが悲鳴を上げているのが、素人目にも分かった。

 

「……この速度で、市街地を走るつもりかね」

 

 教授が低く言った。

 声は落ち着いているが、拳銃を握る指先は微かに強張っている。

 

「アイツ、ヒナタが生きてて、まだ追いかけて来てるって確信してますね」

 

 ○○○が歯の隙間から吐き捨てる。

 

 電柱にぶつけた時に死んでいたなら、運転手は喜んでその場で止まり、こちらに突っ込んで銃を撃つはずだ。

 

 運転手はブツブツとぼやきながら、ハンドルを握る両腕に力を込め、前を睨み続けている。

 

 信号を無視する。

 横断歩道を跳ねるように越える。

 クラクションと怒号が背後に流れ去り、生々しい衝突音が響く。

 

 ――それでも、止まらない。

 

「……ここまで、なりふり構わないとはね」

 

 教授が呟いた。

 

「追い付かれると確信してますね」

「それに、人を轢いても動じない辺り、元々人間の事はどうでも良いようだ」

 

 ○○○は運転席の背中を睨む。

 

 ずんぐりした体格。

 短い首。異様に厚い背中。

 肩をほとんど動かさず、胴体ごと向きを変えてハンドルを切っている。

 

 ――人間だ。

 多分、見た目はギリギリ。

 

 だが。

 

「……もしかして、“刺し違える気”ですか?」

「多分、そうだ」

 

 教授は短く頷いた。

 

「追い付いてきたヒナタ君を、事故に巻き込んで殺す気なのだろう」

 

 運転手が、また叫んだ。

 

「クソったれ!誰だ、あんな化け物をアメリカに連れて来た奴は!」

 

 叫びの合間に、嗄れた声が混じる。

 

「……何が映画だ!

 リアルさが欲しいからって、本物を使うなんて!

 ハリウッドは馬鹿か!」

 

 運転手が、急に進路を変えた。

 

 前方に、ガソリンスタンドの看板が見える。

 

 道路の段差を踏んだらしく、バスが大きく跳ねた。

 天井から埃が落ちる。

 

「……場所を選んでますね」

「選んでいるとも」

 

 教授は低く息を吐いた。

 

「ヒナタ君が、追い付いてきたからね」

 

 バス後部の窓から、擬態を解いたヒナタの姿が見えた。

 建物の壁や電柱に触手を引っ掛け、伸縮させて飛び移りながら、距離を詰めてくる。

 

 バックミラーでそれを確認した運転手の肩が、小さく上下する。

 息が荒いのか、笑っているのか、判別がつかない。

 

「なあ……なあ……」

 

 独り言のように呟く。

 

「俺は悪くないよな?

 家族を守るだけだ。

 インスマスを守るだけだ」

 

 次の瞬間。

 

 速度そのままにガソリンスタンドの敷地へ突っ込んだオンボロバスに、小さな影が着弾した。

 

 屋根の上に鈍い音。

 そのまま突き破り、教授と○○○の前に着地する。

 

 車体全体が軋み、悲鳴のような金属音が車内を満たす。

 

「――っ!」

 

 運転手は二人の方を見ず、銃だけを後ろに向けて二発撃つと、

 すでにシートベルトを外していたらしく、ドアを開けて転がるように脱出した。

 

 オンボロバスが給油機と給油中の車数台に衝突し、爆発炎上する。

 給油中の客も、ヒナタも、教授も、○○○も、炎の中に飲まれた。

 

「ギャハハハハハ! ザマーミロ!  化け物風情が陸でデカい面して調子乗ってるから、そうなるんだ!」

 

 運転手の勝ち誇ったガラガラ声が、ガソリンスタンドに響いた。

 

 ――次の瞬間。

 

 炎の中から影が飛び出す。

 

 触手で教授と○○○を抱えたヒナタだった。

 何故か三人とも、海水でずぶ濡れになっている。

 

 運転手が驚愕に顔を歪め、慌ててショットガンをリロードしようとした瞬間、銃声が響いた。

 

 一発、二発、三発、四発――。

 

 撃っているのは、ポンプアクション式ショットガンを持って店から飛び出してきたガソリンスタンドの店主だった。

 

 給油機を客ごと吹き飛ばされた怒りで顔を真っ赤にし、叫びながら引き金を引いている。

 

 弾を撃ち尽くした時、そこに残っていたのは、

 かつて運転手だった布切れ混じりの挽肉だけだった。

 

 店主は放心したようにショットガンを落とし、燃え盛るガソリンスタンドを呆然と眺める。

 

 その背後で、パトカーのサイレンが近付いて来た。




Q.運転手は本当に人間?

A.深きもの一歩手前まで来てるだけでまだギリギリ人間です。
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