霧の街のヒナタ   作:下駄ロボ

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特にウミウシを捕まえる機会があったら頼む!

 昼を過ぎ、昼食を取ってから海水浴場と呼ぶには少し寂れた浜辺の外れに三人はピックアップトラックを停めた。

 ピックアップトラックの荷台には人が二、三人入りそうな長尺の木箱と水を入れたガロン瓶の入った木箱が積まれている。

 観光シーズンから外れたその場所には人影はない。

 波は穏やかで、沖合いの色は鈍い鉛色をしている。

 

 ヒナタは特別な準備をしている様子もなく、靴を脱ぎ、上着をまとめると、針の長いアイスピックを片手にそのまま砂浜に立った。

 

「…そのアイスピックは何かね?」

 

興味深そうに教授がヒナタに尋ねた。

 

「ギョジンの鼻か耳からこれで頚椎や脳を突いて仕留めるんです。

 こうやって仕留めると、あまり暴れないから鮮度が落ちないんですよね。」

 

 中々エグい使い方である。「そ、そうか…」と引き攣った顔で教授が答えると、ヒナタはためらいもなく海へ向かう。

 足首、膝、腰と水位が上がり、やがてその姿は波間に溶けた。

 

 教授と○○○はヒナタの姿が見えなくなるまで見送った後、車に戻ってラジオを付けた。

 教授は懐中時計を取り出し、無意識に蓋を開け閉めしている。

 

「……本当に、泳いで行ったな」

 

 ○○○の呟きに、教授は短く答えた。

 

「彼にとっては、徒歩と大差ないのだろう」

 

 それから、時計の短針が3時を回る頃。

 風が吹き、ラジオから流れる流行りの曲がニュースに切り替わる中、ヒナタが戻ってきた。

 ○○○がピックアップトラックの荷台に乗り、木箱を開ける。

 木箱の内部は亜鉛板が内張りされており、中にはおがくずが詰められている。

 同じミスカトニック大学西アーカム分校の海洋生物学研究室から借りて来た特注品のアイスチェストだ。

 

 浜から歩いて近づくヒナタの触手には、人間と魚、そして蛙を混ぜ合わせたような半魚人が2匹担ぎ上げられている。

 大柄な人間の背丈ほどある、体長7フィート程の体格の人型生物だ。

 全体的に灰色がかった緑色をしており、腹部は白っぽい色をしている。肌はぬるぬるとした粘液に覆われ、ウロコに覆われている部分もあった。

 頭には魚のような突出した大きな目があり、首の横にはエラが生え、手足の指は長く、指の間には大きな水かきがついている。

 ヒナタが言っていた通りの方法で仕留めたらしく、身体には傷や痣は無かった。

 

 この生き物に比べれば、運転手はまだ人間と言えた。

 

「ギョジンって浅瀬にもいるものなんですね。警戒してなかったからあっさり捕まりましたよ。」

 

 ヒナタが笑いながら告げてピックアップトラック荷台のアイスチェストにそれを下ろすと、教授もピックアップの荷台に乗り、眼鏡を直して近づいた。

 

「……本当にいたとは……」

「……世界は広いですね。」

 

 二人が驚愕している様子を見ながら、ヒナタは荷台のガロン瓶の中の水で全身の海水を軽く洗い流すと淡々と続ける。

 

「もう締めてあるので、動く心配は無いですよ。

 標本にしても問題ないと思います。」

「うむ……ありがとう」

 

 教授はそう言ってギョジンにおがくずを乗せて保温してからアイスチェストの蓋を閉め、着替えたヒナタを含めた三人か揃って座席に座った事を確認してから車を走らせた。

 

---

 

 ピックアップトラックは、海水浴場から舗装路へ出ると、氷屋に寄ってアイスチェストに氷を入れてから大学方面へ向かった。

 

 荷台のアイスチェストは、走行中もほとんど音を立てない。

 おがくずと亜鉛板、そして冷却用の氷が、中の“荷物”を静かに包んでいる。

 

 運転席の教授は、いつもより慎重にハンドルを握っていた。

 バックミラーに目をやるたび、木箱がきちんと固定されているかを確認する。

 

「……海洋生物学の研究室には何と伝えているんですか?」

 

 助手席の○○○が、前を向いたまま尋ねた。

 

「ヒナタ君に素潜りして貰って、深海生物を捕まえてもらうと伝えている。

 お互いの研究費等の調達の為に標本作りを手伝って欲しいとも伝えているから、悪い事にはならないはずだ。」

 

 教授は即答した。

 

「金儲けに直結しずらい学問に対して、社会と学校の財布の紐は硬いものだからね。

 同じ悩みを抱えるもの同士、喜んで協力してくれたよ。」

 

 事実だった。

 西アーカム分校の海洋生物学研究室も文化人類学と同じく、必要な経費に対して最小限の金額しか研究費が出ていないのだ。ついでに給料も同じく安い。

 

「カニンガム教授、羽振りの良い貴方が言っても、向こうからしたら説得力が無いのでは?」

「“副業”を紹介したのさ。羽振りの良さが説得力になってくれたよ。」

 

 二人の会話を聞きながら、ヒナタは後部座席で氷のついでに買ったジュースを飲みながら窓の外を眺めていた。

 特に緊張した様子もなく、仕事が一段落した後の顔をしている。

 

「加工って、どれくらい時間かかるんですか?」

 

 唐突にそう聞いた。

 

「数日だろうな」

 

 教授は答える。

 

「内臓の処理、固定、乾燥。

 展示用にするなら、もう少しかかるが……今回はそこまでやらない」

 

「売る前提ですしね」

 

「そうだ」

 

 車は大学の敷地に入り、一般の研究棟とは少し離れた建物の前で止まった。

 外観は質素だが、裏手には搬入口があり、薬品と海水の混ざった独特の匂いが漂っている。

 

 海洋生物学研究室。

 

 教授は車を降りると、事前に話を通していた教授を呼びに行った。

 白衣姿の男が二人、○○○とヒナタとお互いに自己紹介した後、荷台のアイスチェストの中を覗き込んで驚いた。

 

「な、何だねこの生き物は!?」

「おお……傷や痕が無い……こんなに綺麗なサンプルなんて初めてですよ!」

 

 彼らは興奮しながら慣れた手つきでアイスチェストを荷台から台車に載せる。

 金属扉が開き、アイスチェストは研究室の奥へと運ばれていく。

 消毒液の匂いが一瞬、強くなり、そして扉が閉まった。

 

 教授はそれを見届けると、軽く息を吐いた。

 

「これで、こちらの役目は終わりだ」

 

 あとは、完成を待ち、売り先を探すだけ。

 ……三人がそう考えた所で扉が再び開いた。

 

「ヒナタ君!素晴らしいサンプルを持って来てくれてありがとう!

 また素潜りする機会があれば是非獲物を分けてくれ!特にウミウシを捕まえる機会があったら頼む!

 それでは急いで標本を仕上げてくる!また会おう!」

 

 先程自己紹介し合った海洋生物学研究室の教授、アンドリュー・コーエンが興奮した様子で飛び出し、ヒナタの両手を包むように掴んで一方的に感謝と研究への助力を頼み、飛び込む様にまた扉の向こうに消えて行った。

 

 三人とも呆気に取られていたが、気を取り直して帰路についた。

 太陽は傾き、日の入り手前の赤い輝きを放っていた。

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