霧の街のヒナタ   作:下駄ロボ

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ー番外編ーダンウィッチの怪

日本人を神話生物だった事にして日本人への偏見を神話生物的な特徴として組み込んだ上で

 

インスマスの混血が一目見て逃げる事に説得力を持たせられそうなスペックを持たせたらこうなってしまいました。

 

 

 

原作のミスカトニック大学に友好的で意思疎通がとれるクソ強い神話生物がいたらこうなるよね。

 

---

 

「――で、依頼の内容は?」

 

アーカム大学の図書館地下、窓のない一室で、教授が声を潜めて訊ねた。

そこにいるのは、ミスカトニック大学の学長アーミテッジ博士。

大学都市アーカムの精神的支柱として知られ、“禁断の書”を多数収蔵するこの学び舎の長老格だった。

 

「封印だよ。今回の件はもう、旧式の符号や結界だけでは手に負えん」

アーミテッジ博士は机の上に図面のような地図を広げながら言った。

「ヨグ=ソトースの仔が、ウェイトリーの血筋から生まれたらしい。……そっちはカニンガム教授、既に耳にしていたかね?」

 

教授は軽く頷く。

 

「山がうねるほどの怪物を、今夜、我々で祓うわけだ。

そのために――君の知っている“あの子”の協力を得たい。君の教え子だったね?」

 

「ヒナタ、ですか」

教授はその名を口にして、少し間を置いた。

 

「なるほど、確かに“人”ではない。が、本人はそれに頓着していません。

君のように“日本人の正体”を知っている者の方が珍しい。失礼ながら、学会では無関心が常ですから」

 

アーミテッジは鼻を鳴らすように笑った。

 

「無関心、ね。あれだけの種族的異能を前にして“辺境の風習”で済ませるとは、アメリカ白人の悪癖そのものだな。

私は知っているよ。“彼ら”は深海を故郷に持ち、“神話的海棲種族”に対して、極めて攻撃的な感覚を持っている。

今回のヤツが“海”とは無関係でも、“異界の法則に近い存在”である以上、反応は期待できる」

 

「……なるほど。怪力と耐性だけではない、と?」

 

「彼らの“感覚”は本能的な神話地雷探知機に近い。

しかも、その神話生物を“食材”として処理しようとする。――君は冗談で済ませたかもしれないが、私は真剣に考えている」

 

カニンガム教授は目を細めた。

 

「確かに、彼女なら足止め程度は……ですが、彼女はあくまで“異文化的善意”の人間です。

命令ではなく、**『お願い』として伝えていただけますか。彼女なりの道理がありますから」

 

「わかっている」

 

アーミテッジは静かに頷いた。

 

---

 

教授はアーカム大学構内の中庭を歩いていた。

午前の講義の合間、陽の差す芝生の端で何かを探すように視線を巡らせていた。

 

目当ての姿が見つからず、思わず小さくため息をついたそのとき――

 

「教授。探しもの?」

 

声がした方向に目を向けると、そこには10代半ばに見える白人の少年が立っていた。

明るい栗色の髪。澄んだ青い瞳。アメリカのどこにでもいる、素行の良さそうな少年の姿。

 

……の、はずだった。

 

「……ヒナタ、くん?」

 

「うん。正解。久しぶりの“白人少年モード”だけど、バレるの早いな」

 

あっけらかんと笑って見せるその顔に、カニンガム教授は困惑を隠せなかった。

ヒナタは周囲を軽く見回しながら、芝の上に腰を下ろす。

 

「ほら、⚪︎⚪︎⚪︎――彼と一緒じゃないときって、たまにこうしてるんだ。

こっちだと、“黄色い見たことないやつ”ってだけでからかわれたり、変な目で見られたりするし。

そういう時は、この形が一番平和」

 

「……君たち日本人の擬態が任意とは聞いていたが、ここまで自然とは」

 

カニンガム教授は興味を抑えきれない表情でヒナタを観察しながら、

それでも用件を優先しようと口を開いた。

 

「本題に入ろう。アーミテッジ博士からの依頼がある」

 

「博士って、あの“この前夢に出てきたおじいちゃん”?」

 

ヒナタは無邪気に首を傾げる。

 

「君の夢に誰が出てくるかは知らないが、状況は深刻だ。

ダンウィッチで“ヤバい存在”が動いている。古い血統に生まれた“何か”だ。

アーミテッジ博士たちがそれを封じに向かうが、君の……その、身体的資質を頼りにしている」

 

「要するに“でっかい怪物がいるから、力仕事よろしく”ってこと?」

 

「平たく言えば、そうだ」

 

ヒナタは少し黙って、げんなりした表情で空を見上げた。

 

「……そっか。

じゃあ、昨日の夢で“臭くてデカい何か”と取っ組み合ってたの、たぶんそれだ。

本能で“どうにかしなきゃ”って思ったけど、凄い臭いだったから」

 

「……そんなに酷い臭いだったのかい?」

 

「ヤバいよ、あれは」

 

ヒナタはさらりと言って立ち上がった。

擬態の少年姿のまま、芝についた埃を払う。

 

「OK。渋い仕事だけど引き受ける。帰りにサイダー奢ってくれたら、ちゃんと文句は少なめにしておく」

 

教授はふっと微笑んで頷いた。

 

「了解。私としても、君に何かあったら報告書の量が三倍になるからね」

 

「うわ、そっち?」

 

肩をすくめて笑うヒナタの髪が、わずかに風に揺れたーー

 

---

 

夜。

ダンウィッチの丘の頂に立つと、世界の輪郭が一段階ぼやけたように感じた。

 

風はない。木々も揺れない。

けれど“空気だけ”が、ざわざわと奥から反響していた。

 

山の向こうから響いてくる、誰かの“うめき声”のような音。

けれどそれは、喉を通して出る声ではなく、

地面と空のあいだで、うっすらと“気配の濃度”が揺れているような……そんな波。

 

「始まるな」

アーミテッジ博士が詠唱を開始した。

隣で教授が結界石の座標を調整している。

 

ヒナタは、その中心から少し離れた、谷へと続く崖の縁に立っていた。

 

少年の擬態は解いてある。

イカの足のような異形と化した髪、柔らかな輪郭の中性的な顔立ち、

その身体にしては不釣り合いな――否、内に力を溜め込んだような構え。

 

「……来た」

 

ヒナタの髪が、風もないのに逆立った。

 

谷底から、山が“呻く”ような音が聞こえた。

それは岩が軋む音とも、地殻が伸び縮みする音とも違う。

もっと湿っていて、もっと生々しい。

 

音が、這い上がってくる。

 

「こっちに気づいたみたい」

 

ヒナタが一歩、谷に向かって踏み出す。

その足音に応じるように、地面が低く唸った。

 

――来る。

 

“それ”は姿を持たない。

いや、持っているのかもしれないが、

人間の目に映らない角度で存在している。

 

ヒナタの表情は、さすがに緊張を含んでいた。

 

「……くさい……」

そう、誰に聞かせるでもなく呟く。

 

音もなく、空気がねじれる。

 

“それ”が、やってきた。

 

地鳴りのない質量。

視認できないまま、確かな存在感だけが目前に迫る。

世界の一部が膨れあがり、その輪郭だけが空間を歪めている。

 

「うっ……!」

 

ヒナタは鼻をつまみたくなる衝動に耐えながら、踏み込んだ。

 

視えない腕のようなものが地面を薙ぎ払った瞬間、地が弾け、石が砕ける。

 

それに合わせて、ヒナタの体が空中で一回転し――片足で“それ”を押し返した。

 

「……くっさ……ッ! これ、なんの汁ついてんの!? 一週間放置した貝みたいな匂いするんだけどッ!」

 

地面が裂ける。

 

空気が熱を帯びる。

 

「博士っ、まだですか! そっちは何やってるんですか博士ぇ!」

 

丘の上でアーミテッジ博士が詠唱を続ける。

教授が叫ぶ。「あと三節だ! 頼んだぞ、ヒナタくん!」

 

「三節って、何分!? 具体的に言って! せめて臭い止め持ってきてって言ったじゃん!!」

 

ヒナタは“それ”の脚部らしきものに飛びつき、

腕に力を込めて締め上げた。

 

体格差は、十対一どころではない。

けれどヒナタの筋力は、人の範疇をはるかに超えていた。

 

「……うわ、ぬる……手が滑る……っていうか、皮あるのこれ!? いや、膜? なんかビニールっぽい質感!?」

 

体が浮き上がり、“それ”が暴れるたびに、地面の砂が空に舞う。

 

ヒナタは地面に片膝をつきながら、拳で殴りつけた。

 

「せめて! 音くらい出せ! ぶつかった感じもないと、ただの空気殴ってるみたいなんだけど!」

 

ふたたび腕(のようなもの)に捕まりかけた瞬間、髪をイカの脚のように伸ばして、地面の岩に絡みつかせた。

 

それを支点に、自分の身体ごと“それ”を巻き込んで投げ返す。

もはや格闘ではない。神話的レスリングだった。

 

アーミテッジ博士が最後の詠唱に入る。

声が空間に重なり、空の一点が黒く沈み込んでゆく。

 

「早く早く早くッ……このままだと臭いが染みつくッ……!」

「ヒナタくん、もう少しだけ、頼む!!」

 

「博士っ、もうほんと無理ッ……嗅覚が死にかけてます……!

鼻の奥に異臭が染み付いてヤバいんですよぉ……!」

 

叫びながらもヒナタの動きは止まらない。

触手と化した髪が延び、“それ”の動きを封じ続ける。

 

ついに――

 

「ヨグ・ソトゥアグ・ファイ……イア、イア!!」

 

アーミテッジ博士の声が空に響いた。

 

次の瞬間、“それ”の存在が、崩れるように空間から剥がれ落ちた。

 

音もなく、地も揺れず、ただ“気配”が消えた。

 

ヒナタは、泥のようにその場に座り込む。

 

「……なんか、いろんなとこが臭い」

「お疲れさま、ヒナタくん」

カニンガム教授が駆け寄りながら、顔をしかめた。

 

「これは……確かにきつい」

「博士の封印より、この匂いを封印したい……」

 

その言葉に、アーミテッジ博士が微笑んで言った。

 

「君がいてくれて、本当に助かった。さすがは“人ではない”だけのことはあるな」

「……褒めてるんですか、それ」

「もちろんだとも。私は正直なだけでね」

 

ヒナタは髪をまとめ直しながら、息を吐いた。

 

「……今回の件、だいぶしんどかったので……後日で構いませんから、

 冷えたサイダー三本と、アーカムで一番評判のレストランでの食事をご馳走いただけませんか?」

 

カニンガム教授は肩をすくめる。「……高くついたな」

 

「当然です。こちら、鼻を犠牲にしてまで働いてますので」

 

教授とアーミテッジ博士は顔を見合わせ、軽く笑った。

霧の向こうには、もう何もいなかった。

 

ただ、夜の静けさだけが、丘を包み込んでいた――。

 

---

 

アーカムの街に、ゆるく湿った朝霧が降りていた。

 

ミスカトニック大学の教授室。

窓辺には乾いたハーブを挿した瓶と、昨夜のコーヒーの名残。

その中央に、分厚い報告書のドラフトが開かれている。

 

カニンガム教授はペンを走らせながら、しばし止まり――目を細めた。

 

「……これは論文にできるのか?」

 

あの夜のことを正確に書こうとすれば、常軌を逸した比喩と物理法則の崩壊が数ページに渡って続く。

“不可視の怪物を学生が組み伏せて、封印術の完了まで耐えた”など、まともに受け止められるはずがない。

 

「やっぱり“幻覚的耐性試験中の補助個体による補助的干渉”……とか、適当な言い回しで……」

 

そうぶつぶつ言っていると、ドアがノックされた。

 

「入ってるよ」

 

「教授ー、そろそろ昼ですけど、例の約束、忘れてませんよね?」

 

入ってきたのは、言うまでもなくヒナタだった。

擬態は小柄な人間の少年そのもの――けれど、目の奥の光だけは、人とは違う“底”を覗かせる。

 

「……ああ、もちろん。サイダー三本と、セント・ジョージ・ハウスのフルコースディナーだろう?」

 

「予約、取ってありますよね?」

 

「……そこまで来ると、君の要求はもう契約に近いな」

 

「日本では約束は神様との誓いみたいなものなので」

 

ヒナタはにっこり笑って席に座った。

鞄の中から、新聞の切り抜きと、夢日記らしきノートを取り出す。

 

「そういえば、昨日また夢を見たんです。“あれ”、また匂いだけうっすら漂ってて……」

 

「また来ると?」

 

「どうでしょうね。でも……今度は、もう少し臭くないといいなあって」

 

カニンガム教授はふっと笑って、椅子の背にもたれた。

 

(彼は本当に、わかっていないのか――

それとも、“わからないふり”をし続けているのか)

 

「……ヒナタくん」

 

「はい?」

 

「君があの夜、なぜあんなにも“自然に”動けたのか、私にはまだ腑に落ちていない」

 

「えっ、そんなの、頼まれたからですよ。あと、帰りにおいしいものが待ってるって思ったら、頑張れちゃいましたし」

 

カニンガム教授はもう一度笑った。

そして報告書のドラフトを閉じ、立ち上がる。

 

「じゃあ行こう。サイダーの冷えてる時間だ。

それと、食事の予約にも遅れたくない」

 

ヒナタは立ち上がって頷いた。

 

「ありがとうございます。あ、僕、デザートは三つ頼んでも怒られませんか?」

 

「予算が破綻しない限りはな」

 

そうしてふたりは、大学の門を出ていった。

霧の向こう、アーカムの古い街路が、いつものように静かに続いていた。

 

まるで何事もなかったかのように――

ただしその下には、ひとつ封じられた“穴”があることを、彼らだけが知っていた。

 

教授とヒナタは大学の門を出て、霧のなかへと歩いていった。

そしてその夜、ふたりはアーカムの目抜き通りの外れにある老舗ホテル兼レストラン――セント・ジョージ・ハウスを訪れた。

 

レンガ造りの外観に、深緑の絨毯と銀のカトラリー。

壁にはマサチューセッツの沿岸部を描いた油絵がかけられ、グランドピアノの生演奏が、店内にゆるやかに流れていた。

 

「……雰囲気、良すぎません?」

 

「学会予算の中でも、特別に出せる枠を切った。君が体を張った成果に見合う扱いを、こちらも示さねばな」

 

「が、頑張った甲斐があった……!」

 

ヒナタは目を輝かせてメニューを眺めた。

その手元には銀糸で刺繍されたメニューカバー、文字は手書き風の筆記体。

 

「“ミスカトニック湾産ウミアナゴの香草包み焼き”……」

「“オッソ・イシュ”って……これは何語? あ、教授、デザートって幾つ頼んでもいいんですか?」

 

「君の嗅覚と神経を酷使した代償として、今日は制限なしとしよう。ただし胃袋の限界には注意を」

 

「ありがたく……!」

 

---

 

料理が一皿、また一皿と運ばれてくる。

 

ヒナタはバスケットに乗った前菜のマリネに真剣な顔でフォークを刺し、

続く白身魚のムニエルには「骨まで柔らかい! 最高ですねこれ」とコメントを連発する。

 

カニンガム教授はナフキン越しに苦笑しながら、ワイングラスを傾けた。

 

「そういえば、あのとき君が言った“嗅覚が死にかけてます”というのは比喩で済んだのかね?」

 

「帰ってすぐ塩水で洗って、鼻の奥に酢を含んで一晩寝ました。

おかげさまで、今夜も料理の香りをしっかり味わえてます」

 

「処置が神話的すぎるな……」

 

グラスを置いて、カニンガム教授は少しだけ視線を落とした。

 

「……ヒナタくん。

君はあの夜、“知っていた”のか? あの存在に対して。恐れでも畏れでもなく、ただ――動じなかったように見えた」

 

「知ってたわけじゃありませんよ。

あんなの、夢で見たのも初めてです。

臭いは辛かったですが、来ると分かれば耐えられます。」

 

ヒナタはそう言って、さらりとデザートメニューに視線を移した。

 

「でも教授、今は考えるより、食べるほうが優先です。デザート、どれにします?」

 

カニンガム教授はふっと肩をすくめた。

 

「……任せよう。私は君の“料理に対する直感”を何より信じているから」

 

「それ、褒めてます?」

 

「もちろんだとも。私は正直なだけでね」

 

---

 

夜が更けるまで、ふたりは静かに食事を楽しんだ。

窓の外には、アーカムの霧がゆるく漂い、

その下にあるものたちは、今夜だけは静かに眠っているようだった。

 

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