霧の街のヒナタ   作:下駄ロボ

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男として羨ましい物もある

 西アーカムから離れた平穏な故郷、オリンピア。そこにある実家へ宛てた手紙には、○○○の決死の告白が綴られていた。

 

 かつて、息子を命懸けで救ってくれたヒナタの正体が「人ではないもの」であると知ったとき、両親は人種や種族の壁を超えて二人を認めた。

 

 だが、今回送った「もう一人の日本人、カイとの関係」についての報告は、それ以上に両親の常識を揺さぶるものだった。

 届いた返信は、極めて簡潔だった。

『……とにかく、三人で来なさい』

 

---

 

 十一月の第四木曜日。三人は故郷へと向かう列車に乗り込んだ。

 

 ヒナタとカイは、地上の喧騒に紛れるため、中性的で整った顔立ちの「白人少女」へと擬態していた。

その肌は全身の色を自在に変えられる特性によって自然な血色を帯び、金髪に近い柔らかな髪をなびかせている。

 

 西アーカムの駅を行き交う人々にとって、その姿は仲睦まじい「兄妹の帰郷」にしか見えず、かつてチャイナタウンで起きた惨劇や、「絶滅したはずの日本人」といった不穏な噂を連想する者は一人もいなかった。

 

「……なんだか、不思議な気分だね。去年は僕と○○○の二人だけだったのに」

 

 車窓を流れる寒々とした風景を眺めながら、ヒナタがカイの手を握って微笑む。

 

「僕は、少し怖いよ。君の両親に、化け物が増えたって思われないかな」

 

 カイの不安げな呟きに、○○○は首を振った。

 

「大丈夫だよ。父さんも母さんも、ヒナタが信頼して連れてきた君なら、人格……いや、性格に問題はないって確信しているはずだ。

……ただ、僕たちの『関係』については、相当頭を抱えているだろうけどね」

 

 事実、かつての帰郷でヒナタの献身を知り、彼女を「娘」のように受け入れた両親にとって、今回の問題は種族の差異ではなく、その「関係性」にあった。

 

 一対一の純愛を美徳とする彼らにとって、ヒナタが率先してカイを迎え入れ、三人で円満に過ごしているという事実は、理解の範疇を超えた異次元の理屈だった。

 

 列車がオリンピアの駅に滑り込む。

 ○○○は、緊張で少し冷たくなったカイとヒナタの手を引き、改札を抜けて外に出た。

 

---

 

 オリンピアの駅から馬車に揺られ、懐かしさと緊張が入り混じる実家の門を叩いた。

扉が開くと、そこには去年よりも少しだけ白髪の増えた父と、エプロン姿の母が待っていた。

 

「……お帰り、○○○。それにヒナタさんも」

 

 父はまず、息子と、かつて息子を命懸けで救ったヒナタを温かく迎え入れた。

ヒナタが白人の少女に擬態していることは以前の帰郷で知っていたため、その外見に驚くことはない。

だが、父の視線はすぐに、ヒナタの隣で身を縮めている「もう一人の少女」へと向けられた。

 

「……ああ、君がカイか。○○○から話は聞いている。まずは入りなさい。外は冷える」

 

 居間に通され、暖かい暖炉の火を囲む。母が淹れてくれた紅茶の香りが漂う中、ヒナタは期待と緊張の入り混じった顔をしていたが、やがていつもの屈託のない笑みを浮かべて口を開いた。

 

「お父さん、お母さん。改めて紹介するね。カイは僕の大事なパートナーで、僕たちが日本で一緒に暮らしていた頃からの家族なんだ。

だから、カイは○○○のパートナーでもあるんだよ!」

 

 その、あまりにも純粋で悪意のない「宣言」に、リビングの空気が一瞬で凍りついた。

 父は持っていたカップをソーサーに置くと、深く、重い溜息をついてこめかみを押さえた。

母もまた、困惑したように○○○とヒナタ、そしてカイを交互に見つめている。

 

「……円満なのは、良いことだ。ヒナタさん、君がこのカイという子を信頼し、推薦しているのなら、彼女が善良な性格であることに疑いはない。それは○○○からも聞いている。

……そして、素敵な女の子二人に仲良く迫られるのは男として羨ましい物もある」

 

 父は言葉を選びながら、絞り出すように続けた。母が呆れた顔で父を見る。

 

「だが……君たち、本当にそれで、その……幸せなのか? 誰か一人が我慢をしているのではないか? 一人の男を、二人の女が……いや、そもそも君たちは……」

 

 厳格なキリスト教的倫理観、一対一の契りを絶対とするアメリカの価値観。

それが「異国の理屈」――あるいはヒナタたちが当然として受け入れている「共生」の形と真っ向から衝突していた。

父にとって、これは単なる不貞や愛憎の問題ではなく、理解を絶する「異界の常識」だった。男としては羨ましいが。

 

「……正直二人がかりで迫られた時は最高でした。

俺自身、三人でいるのが一番自然だと思いたいけど未だに困惑する所がある。

男として最高の気分だけど……」

 

 ○○○が静かに告げると、「そうだよな、切れないよな……」と父は再び頭を抱えた。

 関係性を認めるつもりはある。息子を救ったヒナタの判断も信じている。

だが、生理的な、あるいは道徳的な違和感が、彼を「理解」の手前で立ち止まらせていた。自分も同じ状況になってみたい……ではなく、なってしまったら自らも息子の様になるであろう自覚もあった。

 

---

 

 感謝祭のメインディッシュである七面鳥を囲み、ヒナタが持参したリキュールの芳醇な香りに酔いが回る頃、母がふと、優しい、しかし核心を突くような目でヒナタを見つめた。

 

「ヒナタさん。……少しだけ、女同士の話をしてもいいかしら」

 

 母は、ヒナタとカイが○○○に注ぐ視線が、単なる「仲の良い友人」のそれではないことを察していた。

 

「あなたは○○○を誰よりも愛している。それは去年の帰郷でも分かったわ。

 ……でも、どうしてカイさんを彼に引き合わせたの?

 あなたほどの娘さんなら、彼を独り占めにしたって誰も文句は言わないはずなのに」

 

 父がリキュールを吹き出しそうになり、○○○は居心地が悪そうに視線を逸らした。

 キリスト教的な貞操観念を持つ母にとって、この「共有」こそが最も理解しがたい謎だったのだ。

 

 ヒナタは、フォークを置いてにっこりと微笑んだ。擬態した白人少女の、非の打ち所がないほど美しい笑顔。

だが、その瞳の奥には、人には理解できない深淵が揺らめいていた。

 

「お母さん。独り占めするなんて、その程度じゃ足りないよ。

……僕はね、○○○に『人間の普通の女の子』なんて、もう二度と見向きもしてほしくないんだ」

 

 その声は、鈴の音のように軽やかだった。

 

「西アーカムにも素敵な女の子がたくさんいる。

だから僕は、いろんな女の子に擬態して、彼に『理想の恋愛』を過剰に与え続けたんだ。

グラビアや女優さんみたいな女の子との恋愛をね。

……そうすれば、彼の恋や性欲の基準は壊れちゃう。普通の人間じゃ満足できない、僕たちだけの色に染まっちゃうでしょ?」

 

 ヒナタは隣に座るカイの手を、慈しむように握った。

 

「カイを巻き込んだのも同じ理由。僕が一番信頼できて、僕と同じくらい彼を愛せる『もう一人の僕』が必要だったの。

二人で、しかもこんなインモラルな形で彼を愛せば、彼は罪悪感と快楽で、もう二度と僕たちの外側には逃げられなくなる。

……これは僕たちの『愛の形』なんだよ」

 

 食卓が凍りついた。父は「……お前、そんなことまで考えて……」と絶句し、○○○は真っ赤な顔でリキュールを煽った。

彼は、自分がヒナタの手の平の上で、人間としての倫理観を「再構築」されていることを自覚しながら、その甘美な依存から抜け出せない自分を呪い、同時に愛していた。

 

 母は、ヒナタの言葉の裏にある、狂気とも呼べる重たい独占欲と愛情に背筋が寒くなるのを感じた。

それは怪物が、一人の人間を共有して自分達だけの恋人に作り替えようとする壮大なプロジェクトの告白だった。

 

「……円満なのは良いことだ、と言ったが」

 

 父が震える声でグラスを置いた。

 

「○○○、お前……本当に、とんでもないものを連れてきたんだな」

「……分かってるよ、父さん。でも、もう手遅れなんだ」

 

 ○○○の自嘲気味な言葉に、ヒナタとカイは満足そうに微笑み合い、七面鳥の肉を分け合った。

 

---

 

 夕食の後、暖炉に薪がくべられ、パチパチとはぜる音が居間に響いていた。

 そこには、人間界のどんな道徳の教科書にも載っていない、しかし不思議に調和のとれた光景があった。

 

 ○○○を中心に、左右にぴたりと寄り添うヒナタとカイ。擬態した少女たちの柔らかな髪が○○○の肩にかかり、彼らは一つの毛布を分け合って火を見つめている。

 

 キッチンで片付けを終えた父が、その光景を眺めながら、重い腰を下ろした。

 

「……いいか、○○○。私は神に仕える身として、お前たちのその……『形』を正しいとは口が裂けても言えん」

 

 父はブランデーのグラスを揺らし、苦笑いを浮かべた。

 

「だが、人間界のどんな『正しい』夫婦よりも、お前たちが互いを慈しみ、幸せそうに見えるのもまた事実だ。

……ヒナタさん、君の計画通りというわけだ。私の息子は、もう普通の幸せでは満足できない体になってしまったらしい」

「えへへ、お父さんに認められるのが、一番の難関だと思ってたから嬉しいな」

 

 ヒナタが○○○の腕に頬を寄せ、悪戯っぽく笑う。その隣でカイも、安心したように目を細めていた。

 

「……手遅れなんだろう、○○○」

「ああ、父さん。……もう、彼女たちなしの生活なんて考えられないよ。

誰かを陥れた訳じゃないし、ただ俺を愛してくれただけだからね」

 

 ○○○の言葉には、諦めと同時に、揺るぎない充足感があった。

父はそれ以上、何も言えなかった。理解はできずとも、息子が絶望ではなく、至福の中に堕ちていったことを確認できただけで、父親としての役目は果たしたと感じたからだ。

 

 翌朝、オリンピアの駅へと向かう馬車の中で、三人は並んで座っていた。

 

 駅のホームに降り立てば、彼らは再び「兄妹」に擬態し、不穏な空気が漂う西アーカムへと戻っていく。

そこには、撃ってから制止する警察や、日本人を透明人間として扱う冷酷な社会が待っている。

 

 しかし、故郷の家を後にする彼らの足取りは、昨日よりもずっと軽かった。

 

「……さあ、帰ろう。西アーカムへ。僕たちの『普通』を、もっと楽しむためにね」

 

 ヒナタが晴れやかに言い、三人は冬の柔らかな日差しが差し込む列車へと乗り込んだ。

 




何かとんでもない事をやってる様な言い方だけど、二人がかりの気合い入ったコスプレで誘惑してるような物なので、何も悪い事はしてなかったりします。
世間の風当たりが冷たすぎて、徹底的に性癖を壊さないと自分から離れるのではないかという不安と、神話生物なので恋愛観が人間とは違うのでこんな事をやらかしました。
なお、浮気ごっこのシーンは入れると蛇足感があるので前回の感謝祭で少しだけ触れる形で描写してます。

○○○の母は「そこまでやる?」ってドン引きしてます。
父は見ての通りですね。
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