天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
古びた石造りの建物の奥に、その一室はあった。
孤児院――リオ・ハートフィールドが育った場所。そして、少年はそこを旅立とうとしていた。
重厚な木の扉を閉め、リオは静かに姿勢を正す。
室内には、使い込まれた机と、本棚と、簡素なソファ。それ以外は何もない。窓から差す午後の日差しが、静けさに輪郭を与えていた。
机越しに座るのは、孤児院の院長だった。老齢の男ではあるが、元は軍属の経歴を持ち、その背筋はいまだに真っ直ぐだった。
院長は手元の一枚の羊皮紙を見つめていた。ため息が一つ、落ちる。
「……リオ、本当にいいのかい?」
院長の声は低く、どこか寂しげだった。
リオはまっすぐ院長の目を見据え、小さくうなずく。
「はい。決めているんです。ずっと、前から」
その返答に、院長は肩を落としながらも、諦めきれぬ様子で羊皮紙を掲げた。
「この推薦状は、王から与えられた一枚だけのものだ。平民の子が、騎士団に入れる唯一の道だよ」
院長はそっと、羊皮紙を持ち上げた。王国騎士団――国家の威信を背負い、貴族ですら恐れる武の象徴。その見習いにすら、門戸は閉ざされているのが常。しかし、この推薦状があれば話は別だった。
それは――王国騎士団への推薦状。
孤児院長として王から一度だけ授けられる特別な権利。どれだけ身分が低かろうとも、その推薦状があれば、騎士見習いとして入団できる。エリート中のエリート――王国の“武”の象徴となる門が、平民の子に開かれる、唯一の道。
「……君なら、騎士団でもきっとやっていける。いや、それどころか、すぐに頭角を現すだろう。……本当に、それでいいのか?」
老いた声に、わずかな懇願が混じる。
リオは、その期待の重さを真摯に受け止めるように、深く頭を下げた。
「すみません。本当に……ありがたいんです。院長が俺のために、ここまでしてくれたのに」
「……どうしても、か」
「はい。それでも、俺は……友達と一緒にやっていきたいんです」
そう言って顔を上げたリオの目に、迷いはなかった。
院長の手の中で、推薦状が微かに震えた。
「……君が騎士になった方が、王国のためになると思う。孤児院への補助金も増える。君の後輩たちも、もっと良い生活ができる」
自分で言っていて、院長は内心、胸が痛んだ。
卑怯な言い方だとわかっていた。それでも、この子には“国”という枠組みの中で、守られて生きてほしかった。
だが、リオはただ、微笑んで――その思惑を、包み込むように断った。
「……院長の気持ち、わかってます。それでも、俺は――ゼイン、ミリア、ガルド、レイナ……あの四人が、大切なんです」
ゼイン、ミリア、ガルド、レイナ――幼い頃から共に生きてきた仲間。貧しさも寒さも、孤独も空腹も、共に乗り越えてきた四人。
「俺は、栄光よりも、彼らと一緒に、小さな幸せを掴みたい」
その言葉は、静かで、揺るがなかった。
「小さな幸せ、か……」
院長の目が細くなる。まるでそれが叶わぬ夢だと、知っているかのように。
「……君は、それを守るために、どこまで行ってしまうのだろうね」
「……?」
「いや、独り言だ」
「…俺は、“仲間一人”のために、全力で動いてしまう。そんな奴が騎士になっても、きっと役に立てないと思うんです」
「……君は、騎士には向いていない、というのか?」
「……騎士には、相応しくありません。国のため、皆のためよりも、“大切な人”を優先してしまう。そんな俺が、騎士なんて……」
そこには嘘がなかった。
リオは優秀すぎるほど優秀な子だった。剣術も、戦術も、観察力も、判断力も――すべてにおいて抜きん出ていた。それでも、彼は仲間の側を選んだ。
院長は、長く、長く息を吐いた。
そして、遠くを見つめるように、少年の顔を見つめた。
「……意思は、固いようだね」
「はい」
「……わかっていたさ。君は、決めたことを曲げない子だった」
リオは深く礼をする。
「院長。今まで、本当にありがとうございました」
「……ああ。達者でね。無理は、するなよ」
「はい」
そう言って、リオは扉を開けて、出ていった。
木の扉が静かに閉じる。
室内に再び、静寂が戻る。
院長はしばらく、その閉ざされた扉を見つめていた。
「やはり、こうなったか……」
独りごちる声に、悔しさと、祈りと、親心が滲んでいた。
手の中に残った推薦状を、じっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
「リオ。君は“小さな幸せ”と言ったが……恐らく、無理だろう」
「……君は“小さな幸せ”を望んだ。でも、その器の大きさが、きっとそれを許さない。君は、英雄にしかなれないよ」
「……誰かを見捨てられず、困難から逃げず、背負ってしまうお前が……“守られる側”に収まるわけがない」
その声は、慰めではなかった。予言に近かった。
「だからせめて、枠組みの中で守らせたかった……騎士団という“檻”の中にいてくれれば、誰かが命令してくれる。そうすれば、君は“守らなくていい理由”を得られたのに……」
院長は、古びた椅子にもたれながら、天井を見つめた。
「それでも、君は自分の足で歩く道を選んだ……ならば――」
ゆっくりと、手にした推薦状を燃えるランプの火にかざす。
羊皮紙はゆらりと歪み、音もなく、灰へと還っていった。
「……リオ。負けるなよ」
自分の部屋に戻ると、そこには――いつもの四人がいた。
ゼイン、ミリア、ガルド、レイナ。
リオがこの孤児院で過ごした日々の、全てを共にしてきた仲間たち。
いつもの部屋、いつもの顔ぶれ。けれど、今日だけは何かが違っていた。
「リオ、院長との話はなんだったんだ?」
真っ先に口を開いたのはゼイン。腕を組み、真っ直ぐにリオを見据える。
「いやー、なんか“良い就職先”があるから行ってみないかってさ」
肩をすくめながら、リオは気楽そうに笑ってみせた。
「……受けたの?」
ミリアが不安げな声を出す。彼女の目が、かすかに揺れていた。
「いいや、断ったよ?」
その一言に、室内の空気が少しだけ和らいだ。
「何故、受けなかったんだ? お前なら、どこでもやっていけただろ」
ガルドが問いかける。リオを見つめる目は、どこか不器用な優しさを帯びていた。
「めんどくせぇよ」
リオは笑う。
「俺は――英雄になりたいんだ。固っ苦しい場所なんかに居るのはごめんだね」
「ほら、リオが前言撤回するわけないじゃない」
レイナがため息混じりに笑う。だが、その口調には安心と信頼が混じっていた。
「俺は冒険者として栄光を掴むんだ! 世界に俺の名を刻んでやる!」
リオの声は明るく、力強く響いた。
「みんなも夢があるだろ? 全員で掴み取ろうぜ!」
勢いよく拳を握りしめるリオに、自然と視線が集まる。
「俺は――誰よりも前に出てやる。だから安心しろ。絶対に、行きたい所まで切り開いてやる!」
それは、宣言だった。
誰よりも頼りになり、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも不器用な少年の、“仲間を導く”決意。
リオの本心は、静かに胸の奥にあった。
――栄光も、名誉も、本当はどうでもいい。
皆がそれぞれ、自分の道を歩けるように。
たとえいつか離れ離れになっても、たまに集まって、昔話を肴に笑い合えるように。
「英雄志望のガキがいたな」って、からかいながら――それでいい。それがいい。
それが、リオにとっての“幸せ”だった。
しばしの静寂のあと、リオが口を開いた。
「――ああ、そうだ」
ふと思い出したように、リオが言う。
「みんな、考えてるパーティー名があるんだけど……聞いてくれる?」
一同が、視線を向ける。リオは少し照れながら、言葉を紡いだ。
「……俺たちは、今、夜の中にいると思うんだ」
ゼインが眉をひそめる。ミリアが目を丸くする。
「未来の展望なんて、見えやしない。俺たちは孤児だし、夢を追うには無謀すぎる」
リオは、視線をゆっくりと皆に向けた。
「それでも、行動し続けていれば、夜は必ず終わる。少しずつでも、進んでいれば、いつか“暁”に辿り着ける」
レイナが、ゆっくりと口元に笑みを浮かべる。
ガルドが、拳を膝にのせたまま、じっと耳を傾けている。
「俺たちは、“暁”までの道を切り開く。たとえ今は闇の中にいても、進み続ける限り、光は来る」
その言葉は、どこまでも静かで、どこまでも力強かった。
「だから……その思いを名前に込めたい。――“暁の剣”、ってどうかな」
一瞬、沈黙が訪れる。
だが、それは否定の間ではなかった。
ゼインが、笑みを浮かべて答える。
「……悪くないな」
「切り開く、ってのがリオらしいよ」
ミリアが微笑んだ。
「強そうな名前だな」
ガルドが素直にうなずく。
レイナが、腕を組んだまま言う。
「語感もいいし、覚えやすいわ。採用ね」
リオが、ほっと笑った。そして、その場に立ち上がり、まっすぐに言った。
「ありがとう。じゃあ、今から俺たちは――」
拳を胸に当て、声を張る。
「“暁の剣”だ!」
誰かが拍手をする。
誰かが笑いながら応える。
その瞬間、夜の中にひとつの火が灯った。
少年たちは、少女たちは。
不安と、劣等感と、願いと、夢を抱えたまま。
それでも、前を向いた。
――暁まで、あと一歩。
その名を胸に、彼らは歩き始める。
“暁の剣”。
それが、全ての始まりだった。
ゼインとガルドは、卒院に必要な荷物をまとめたり、古い服を仕分けたり、床を雑巾で磨いたりと、静かに作業を進めていた。
外からは子供たちの笑い声が聞こえる。だが、ここだけは別世界のように静かだった。
ガルドがふと、手を止めてゼインに声をかける。
「なあ、どう思う?」
ゼインは手にしていた袋を閉じ、少しだけ首をかしげる。
「……何がだ?」
「リオのことさ。あいつが“英雄になる”とか、冗談だろ?」
ガルドが、照れ隠しのように笑う。
ゼインもわずかに苦笑して応じる。
「あいつが本気で英雄になりたいと思うわけないだろ? いつだって誰かのために動いてた」
ガルドは大きな手で棚を拭きながら、静かにうなずく。
「ああ、正直、納得してねえよ。……たぶん、あいつは、俺たちのために断ったんだろうな」
ゼインの表情が険しくなる。
「……ちっ、あの野郎。俺たちのために、何もかも捨てやがった」
ガルドが、少しだけ目を細めてゼインを見た。
「ゼイン、それは……」
「わかってるよ」
ゼインは苦しげに眉を寄せる。
「……何より腹が立つのは、“ありがたい”としか言えねぇんだよ」
ガルドは無言で作業を続ける。その背中も、どこか寂しげだった。
「そうだな。……俺たちは、あいつに“自分のことだけ考えろ”なんて言えない」
しばし沈黙。
物置の窓から差す夕日が、埃を金色に照らしていた。
ゼインがぽつりと口を開く。
「俺たちは……弱い。リオと違って、平凡だ。ぶっちゃけ、出て行ってうまく立ち回れる自信なんてねぇ」
ガルドは手を止めて、部屋の隅の荷物をじっと見つめた。
「俺やゼインだけならともかく……ミリアとレイナは、もっと心配だよな」
ゼインもうなずく。
「王国の治安が良いとはいえ、孤児の少女が生きていくのは厳しい。少なくとも、“夢”を追いかけるなんて、無謀すぎる」
ガルドがため息をつく。
「……冒険者になって身を立てる。それが“夢”と“生活”を両立できる唯一の方法か」
ゼインは遠くを見るように、声を低くした。
「リオなら、俺たちよりも現実が見えているだろうな。……ああ、夢を追いかけるなら、冒険者になるしかない」
「……命の危険はあるけどな」
ガルドの声に、静かな重さが宿る。
「……あいつがいなければ、誰かが死ぬかもしれねぇ。再起不能の大怪我だってあり得る」
ゼインの拳がわずかに震えている。
ガルドが苦笑する。
「リオがいてくれるだけで、何もかも違う。……あいつに“俺たちなら大丈夫だ”なんて、言えないな。情けねぇ……」
「……終わってたまるか」
ゼインが静かに、だが力強く言った。
「あいつにおんぶに抱っこのまま終わってたまるか。絶対に」
ガルドも、同じように拳を握りしめる。
「だな……。リオがいなければ、俺たちは“自分の足で立つ”ってこともできないままだ」
ゼインが、荷物の山に背を向けて、ぽつりと呟く。
「……今に見てろ。いつか“リオに頼らない自分”になってやる」
「そうだな」
ガルドが、ぽんとゼインの背中を叩く。
「でも――まずは、みんなで一緒に行こう。冒険者でも、何でもさ。あいつが前にいるなら、俺たちもついていける」
二人は、しばらく無言で作業を続けた。
不器用で、臆病で、それでも“仲間と一緒なら”と信じる男たちの、静かな決意が、その小さな部屋を包んでいた。
――そして、彼らの決意は、やがて“暁の剣”の強さとなる。
孤児院の二階、東側の小さな部屋。
陽のよく入るこの部屋は、かつてミリアとレイナの寝室だった。
今、その空間は卒院準備のための静かな作業に包まれている。
引き出しの中の思い出の品、破れかけた服、落書きだらけのノート――ひとつひとつを手に取りながら、二人の少女はただ、黙々と片付けていた。
「……ふう」
ため息をついたのは、レイナだった。長いオレンジ色の髪が、かすかに揺れる。
その横顔をちらりと見ながら、ミリアがぽつりと口を開く。
「……ねえ、レイナ。リオって、本当に英雄になりたいのかな?」
問いかけはあまりに唐突で、そしてあまりに重かった。
レイナは、振り返らずに答える。
「……わかってるでしょ?」
ミリアは、視線を落とし、小さくうなずく。
「うん。そんなの興味ないよね」
レイナが立ち上がり、棚の整理を始めながら続ける。
「英雄になりたければ、軍に入ればいいのよ。あいつなら、真っ先に頭角を現す。騎士団だって夢じゃない」
ミリアが、古いスカートを畳みながらつぶやく。
「固っ苦しいのが嫌って言ってたけど……誰よりも真面目なの、リオの方なのにね」
「そうね」
レイナが、口の端だけで笑う。
「“英雄になりたい”だなんて言ったの、私たちへの配慮よ。……きっと、あいつの嘘よね」
言いながら、整理していた服を一度抱きしめるように胸元に寄せた。
「あいつなら、どこへでもやっていける。王族だろうが貴族だろうが、全部味方にできる。でも――」
その言葉を噛みしめるようにして、レイナは呟いた。
「私たちの“夢”を叶えさせるために、冒険者の道を選んだのよ。……頭はいいけど、ほんと馬鹿よね」
ミリアは、黙っていた。
手の中でくしゃっとなったハンカチを、握りしめる。
「……夢、か」
その声は、どこか遠い。
「なんの身寄りもない孤児が、夢なんて……無理なんだよね」
レイナがふと手を止める。ミリアは、続けた。
「私ね……お医者さんになりたいんだ。誰かを支えられる人になりたかったの。でも、ちょっと大人になって少しずつわかってきたの。――そんなの、無理なんだって」
手を見つめるミリア。その細く小さな指が、わずかに震えている。
「お金がなければ学べない。コネもない。才能だって、簡単な治癒術くらいしか使えない。……全部、足りないの」
声は静かだった。でも、確かに“諦め”が滲んでいた。
「夢を諦めて、未練を抱えて生きていく。それしかないと思ってた」
「でも、リオが“冒険者になろう”って言ってくれなかったら――きっと、私はそのまま、夢を手放してた」
レイナは、ゆっくりと頷いた。
「冒険者なら、稼げるもの。大手の商人以上に金を稼げるし、成功すればコネだって手に入る」
「……死ななければ、ね」
その一言には、現実が詰まっていた。
「大半は、途中で脱落する。成功者なんて、ほんの一握りよ」
そして、レイナ自身の胸にも、言葉がこぼれる。
「私だって、“未来を切り開ける才能”なんて無い。魔法も簡単なのしか使えない。……それに、社交的とは言い難いでしょ?」
「……知らない人に話しかけるの......むぅりぃ……」
ミリアがうめくように返した。
レイナは、やや乾いた笑みを浮かべて続けた。
「自分の性格のキツさは、自覚あるつもりよ。……私は、リオの好意に甘えるって決めたの。夢を、諦めたくないから」
「魔法使いになる。恋も成就させる。――その為なら、プライドなんて捨てるわ!」
ミリアがふと目を細めた。
「やっぱり、ガルド?」
レイナは素直に頷いた。
「そうよ。……あの鈍感で、優しくて、意外と繊細なデカブツが、私にはちょうどいいの」
「いいなぁ……」
ミリアの声が、すごく、すごく小さくなった。
レイナは、わざと明るく言う。
「リオのこと、気づいてる……よね?」
「……うん」
沈黙。
「……でも、あの人と付き合うのって、無理だよ」
レイナが首をかしげる。
「……なんで?」
ミリアは、俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「だって、リオはヒーローなの。英雄なの。私は……モブCだよぉ……」
「……モブって、あんた、時々ほんと変なこと言うわね」
「でも、気後れしかしないよ。……何もかも、リオが上なんだもん。剣も、頭も、行動力も、性格も、みんな……」
レイナは否定しようとした。だけど――
「……そんなことは……」
「――ほらぁ!! 何も言えないじゃない!」
ミリアが、笑いながら涙を浮かべた。
レイナは、その涙に何も言えなかった。
ただ、そっと隣に座って、ミリアの肩に手を添えた。
二人は、静かな陽の中で、しばらく寄り添っていた。
まだ幼さの残る少女たちは、夢と現実の狭間で揺れながら、それでも、進む道を選ぼうとしていた。
――リオが切り開いた、その道の先を、信じて。
主人公はいくらでも持ち上げるのがテンプレ!
補足
院長はリオが騎士を選んでいたら他のメンバーにはコネで職を斡旋していました。
まあ、生活に困らない程度で夢を諦めないといけませんが。