天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
――ぽわん。
なんか、変な音がしてる。
どこか遠くで鳴る、いやらしいBGM。ムーディーというより、むしろアウト。
なぜか尺八と三味線が混ざっているあたり、余計にアウト。
「……ん……?」
ぼんやり目を開けると、視界に飛び込んできたのは――
ミリアとゼインだった。
だが。
だがしかし。
――ゼイン:上半身裸。
――ミリア:バニー服(黒、網タイツ、ヒールつき)。
――BGM:むしろ生演奏。どこから湧いた、尺八。
「ちょっ、待て待て待て待て!!」
叫ぼうとしたけど、声が出ない。
代わりに頭の中で警報が鳴り響く。
【性癖警報発令中。これは夢だ。間違いなく夢だ】
「ふふ……ゼイン……そこ、だめぇ……♥」
「すまない、ミリア……だが、俺の“魔剣”が……!」
ぶんぶんぶんぶん!!!
腰とともに、ゼインの股間が唸りを上げる。
“魔剣フルスイング・奥義:突貫貫通(ぷるすうるとら)”とでも書いてそうなエフェクト。
「やめろおおおおおおお!!!」
今度は声が出た。出たけど、誰にも届かない。
いや、届かれても困るけど!!!
「おかしいだろ!? センスどうなってんだよ!!」
「何でゼインがそんな冷静な顔で腰ぶんぶんしてんだよ!!」
「ミリアもミリアで満面の笑みで“もっとぉ…”とか言ってんじゃねえよ!!」
「あと尺八!! 尺八お前何なんだ!!」
“無駄に完成度の高いエロコント”、そう名付けるしかない光景。
あまりの混沌に、俺はようやく悟った。
「あ、これ、夢だわ」
夢じゃなかったら精神崩壊してるレベルだ。むしろ夢でもキツい。
「でも何で、俺が瀕死になってまで見せられるのがこの夢なんだよ!!!」
「あの魔物! あの業魔!! 殺されかけたんだぞ!? 普通はそっちが夢に出るだろ!?」
「なんでドスケベバニーミリアと“股間の魔剣ぶんぶんゼイン”が襲ってくんだよ!!」
「俺の脳!! 自重しろ!! どんだけ暴走してんだよ童貞的想像力!!」
その瞬間。
「……リオ……リオ様……」
……ん?
「リオ様……! リオ様ッ!!」
ぱちん!
――目が覚めた。
夢の続きがぶっ飛んだ。残像としてゼインの腰の動きが残ってるのが地味に辛い。
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「リオ様、目覚められましたか? よかった……」
優しい声。目を向けると、メイドさんが俺の枕元にいた。
ちょっとお姉さん系。ちょっと美人。ちょっと目の保養。
(……あ、でも今それどころじゃない)
起きようと体を起こした瞬間――
「ぐあっ……ぎゃあ……がはっ……!!!」
全身に激痛。内臓が悲鳴を上げ、骨という骨が叫ぶ。
「落ち着いてください、リオ様!」
メイドさんに押さえられ、俺は再びベッドに沈む。
「ここは王城です。もう何も心配いりません」
「……今からお医者様を呼んでまいります。しばしお待ちを」
ばたん、とドアが閉まる。
俺は天井を見つめながら、ようやく現実を整理し始める。
(ダンジョン……そうだ、俺はダンジョンに入ったんだ)
(中で、業魔と戦って……命からがら生き延びて……)
(たぶん、ここに運ばれて、今に至る――)
そこまで考えてから、俺はふと思う。
(で。なんで俺は――)
(“バニーミリア”と“股間の魔剣ゼイン”の夢を見せられてんの!?)
バッッ!!
再び跳ね起きようとして、即・激痛。
無理。やっぱ無理。もうしません。
(いやさ、トラウマになるのが普通だろ!? 業魔よ!? あのバケモノ、出てこいよ!!)
(何で代わりにドスケベコンビが俺の脳を犯してくるの!?)
(おかしい! おかしいって俺の脳!! お前……空気読め!!)
そして気づく。
(……いや、もしかして、脳は空気を読んだのか?)
(業魔の恐怖より、ゼインとミリアがくっつく方が、精神的にキツいと判断したとか?)
(……それ、ちょっと納得しそうになってる自分が怖い)
静かな部屋。布団の中。
夢から覚めたはずなのに、ダメージは残っている。
しかも夢なのに、ゼインのあのすまし顔が妙にリアルだったのが、地味にトドメだった。
(……ゼイン、お前……)
(無意識に“俺の脳内で”何やってくれてんだ)
重たいため息をひとつ。
とりあえず、次に見る夢は――
もうちょっと平和で、童貞的メンタルが傷つかないやつがいい。
頼むから、俺の脳。
一回くらい、お前も“自重”してくれよな。
やがて扉が静かに開き、一人の医師が現れた。白衣に深い皺、穏やかな目元。だがその目の奥には、鋭い光が隠されていた。
「ようやく目覚めたか。……さて、君が眠っている間にも診たが、随分と無茶をしたようだね」
ベッドの横に腰を下ろし、俺の腕を軽く持ち上げて見る。触れられただけで、電気が走るような痛みが広がった。
「全身の筋肉に裂傷。内部出血の跡もある。関節も……ひどく捻ってるな」
静かな声。それなのに、背筋に冷たいものが走る。
「それに――」
医師の目が鋭くなった。
「劇薬手前の気付け薬を、大量に服用したね。……君、死にたいのかい?」
心臓が凍りついた。
その声は怒鳴ってもいないし、責めてもいない。ただ淡々と、静かに。しかし、ひどく冷たくて、恐ろしかった。
「す、すみません……」
謝る以外、俺にできることはなかった。言い訳も、言葉も浮かばない。
医師はため息をつき、やや呆れたように俺を見下ろした。
「最低でも一か月は絶対安静だ。治療には長期を要する。覚悟してくれ」
「……一か月……」
反射的に言葉が漏れる。〈暁の剣〉の仲間たちの顔が頭に浮かんだ。
ゼイン、ガイル、レイナ、ミリア――みんな、今どうしているんだろう。俺がこんな状態じゃ、パーティーにも迷惑をかける。リーダーとして、それが一番つらい。
そんな俺の心を見透かしたように、医師は続けた。
「ああ、そうだ。陛下から伝言を預かっている。……暁の剣にも、補償は十分にする。だから心配するな、とのことだ」
胸の奥に詰まっていた重石が、ふっと軽くなる。
(……エドワール三世。そういえば“賢王”って呼ばれてたよな)
心配を見越して、先手を打ってくる。さすがは王国の頂点に立つ男だ。
だが、医師の表情はすぐに険しくなった。眉間に深い皺を寄せ、厳しい目を向けてくる。
「……君が目を覚ましたら話がしたいとのことだ。正直、許可できるわけないだろと怒鳴りつけたかったがな」
「怒鳴りつけるって……」
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。怒らせてしまったら命がいくつあっても足りない。
「詳しい事情は知らされていないが、“国家の大事”とだけ聞かされている。そう言われたら……断るわけにもいかない」
王様が、俺と……?
「どうか、陛下と話をさせてください。どうしても伝えなければならない情報があるんです」
体の痛みを忘れ、真っすぐ医師の目を見る。ほんの一瞬だけ、視線が交錯し――
医師はふう、と息をついた。
「……明日。明日、急変していなければ許可しよう」
「ありがとうございます」
心からの感謝だった。ようやく、ようやく繋がった糸を手繰り寄せられる。
あのダンジョンで見たこと。業魔のこと。管理者の存在。神域〈ヴァージニア〉の真実――
この世界を守るために、俺にしかできないことがある。
「……でも、君の体はもう限界だった。無理はするな。今度無理をすれば……命はないぞ」
その言葉には、重みがあった。まるで予言のように響いた。
「……はい」
真夜中。王城の天井を、ぼんやりと見上げていた。
深く沈んだ静寂の中で、痛みだけが確かに残っている。
身体のどこを動かしても、鈍く軋むような違和感が走った。
――けれど、心の中はそれ以上にざわめいていた。
(ヴァージニア……あれはただのダンジョンなんかじゃない)
俺は確かに見た。触れた。戦った。そして、託された。
あの空間、神域〈ヴァージニア〉と名乗った異界。
常識では語れない場所に存在していた“業魔”――
人の負の歴史が凝縮されたような、禍々しくも悲しき存在。
そして、その空間の管理人。
ふわふわしていて、頼りないようで、それでも俺を認めてくれた、あの“誰か”。
「これは、人が積み重ねてきた“業”の清算なんだ」
「君一人にだけ押し付けるのは、違うと思う」
「だから、君だけに重荷を背負わせたくないんだ」
あの声が、まだ耳に残っている。
優しかった。
そして、まっすぐだった。
たしかに、あの管理人は妙な奴だった。
性別も種族も分からない。浮世離れしていて、すぐに話が逸れる。
でも――最後まで、俺のことを“リオ・ハートフィールド”として見てくれた。
俺自身を。
(あれが……あの存在が、本当に“人を救おうとしていた”のなら)
(俺は、伝えなきゃならない)
その願いを。
この世界に訪れようとしている“異変”を。
だけど。
(……どうやって?)
重ねた疑問が、頭にずっと残っている。
あの空間の説明だけで、人は疑うだろう。
ダンジョンに現れた“業魔”の存在――確かに、あれは遺骸として残っている。
それを見せれば、ある程度の説得力にはなるかもしれない。
だが、「神域」「管理人」「この世界が抱える“業”」といった話になった瞬間、
真剣に受け止めてもらえる可能性は、一気に薄まる。
(王様は、“国家の大事”だって言ってた……それが、何を意味しているのか)
この情報が、どんな形で扱われるか――正直、俺には分からない。
都合よく“利用される”だけかもしれないし、逆に黙殺されるかもしれない。
(でも、それでも)
(俺は伝えなきゃならない)
そう思った瞬間、あの言葉が蘇る。
「こちらこそ、ありがとう、リオ君」
管理人が言った、最後の言葉だった。
誰もいない空間に、一人だけ残された俺に。
戦いを終え、倒れそうになりながら立ち上がった俺に、あの存在は言ってくれた。
“ありがとう”――その一言が、やけに重く、そしてあたたかかった。
何故だろう、“ありがとう”と聞いてあれほど嬉しかったのは初めてだ。
――あの“得体の知れない存在”は、
俺の選択を尊重し、“リオ”という名前をちゃんと呼んで、感謝してくれた。
(……だったら)
(俺は、伝えるよ。ちゃんと、この世界に)
俺にしか見えなかったもの。
俺にしか託せなかったもの。
それが童貞だろうが、処女だろうが、神域だろうが、なんだろうが――
関係ない。
(あんたが俺に“背負わせたくない”って言ってくれた気持ち)
(それでも、俺は背負いたいと思った)
(英雄ではない、一人の人間として、その思いに答えたい)
夜の静けさが、薄く揺れた気がした。
誰もいないはずなのに、どこかで誰かが“微笑んでいる”気がした。
「……ありがとう」
誰にともなく呟いて、リオはそっと目を閉じた。
明日、王と話す。
そのときに、すべてを語るつもりだ。
疑われてもいい。馬鹿にされてもいい。
それでも――伝える。信じてもらう。
これは、俺にしかできないことだ。
だから、やる。
覚悟はできている。
だって俺は――
「英雄になるんだ」
暗がりの中で、誰にも聞こえない小さな声が、確かに響いた。
リオのまぶたは静かに閉じていた。
だがその奥には、誰よりも強い光が灯っていた。
――夢を見ていた。
懐かしい風景。夕暮れの光が差し込む古びた庭。小さな木陰。ひんやりした土の感触。
泣き声が聞こえた。
「……うっ……ぐす……」
幼いミリアだった。
まだ小さな体で、ぽろぽろと涙をこぼしながら、ひざを抱えてしゃがみ込んでいた。リオ――いや、今の“俺”は、その記憶の中に戻っていた。
「ミリア……どうしたんだ?」
そっと声をかけると、ミリアは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔。赤い目元。唇が小刻みに震えている。
「……お医者さんに、なりたいって……言ったら……」
「笑われたの……」
「“親がいないお前には無理だ”って……言われたの……」
その言葉が胸を締め付けた。幼いながらも、彼女の傷ついた心が、はっきりと伝わってくる。
「私は……孤児だから……夢を見ちゃいけないの?」
その問いかけに、俺は目を見開いた。
「そんなことはない!!!」
即答だった。怒りでも、悲しみでもない。ただ、絶対の否定。
「ミリアだけじゃない。ゼインも、ガルドも、レイナも……俺たちはみんな孤児だ。でも、それが何だっていうんだ!」
「他の奴らにないものを、俺たちは持ってるんだぞ!」
ミリアが涙の合間に、ぽつりと聞き返す。
「……それって……なに?」
胸を張って、俺は言った。
「それは……俺だ!!」
ミリアがきょとんとする。
「……え?」
「俺が、みんなを連れていく。夢を、叶える道に!」
「だから、諦めるな! ミリア、夢を諦めるな!」
「俺たちみんなで、夢を叶えるんだ。俺たちならできる!!」
ミリアがまた、泣いた。
でも今度は、さっきとは違う涙だった。
「……リオって……ヒーローみたいだね」
「みたいじゃない」
俺は拳を握って、にかっと笑った。
「俺は英雄になる。みんなの英雄になる男だ!」
それが、俺の原点だった。
約束したんだ。
あの夕暮れの下で、ミリアに。みんなに。
「一緒に夢を叶えよう」って。
そうだ。俺は――あの日から、ずっとそのために生きてきたんだ。
その夢の続きが、今始まっている。
――俺はまだ、終わってなんかいない。
死闘の後に悪夢に魘されるのがテンプレ。
ミリアの脳はもう真っ黒こげ。