天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
たった一か月と少しの筈なのに大分時間がたった気がしますね。
昼下がりの光が、窓から柔らかく差し込んでいた。空は青く、王城の中庭では鳥がさえずっている――そんな穏やかな時間。
ノックの音と共に、重い扉が静かに開いた。
「邪魔をするぞ、リオ」
聞き慣れた、しかしこの場には不釣り合いなほど穏やかな声だった。
現れたのは、パルシリア王国の国王――エドワール三世。
だがその姿は、威厳に満ちた装束とは程遠かった。
王冠もなければ、マントもない。 ズボンに白いワイシャツ。皺すらある。
一国の王というより、散歩中の近所の世話焼きおじさんのような……いや、さすがに言い過ぎか。
「……陛下」
俺がそう呼ぶと、彼は苦笑した。
「今日は“陛下”じゃない。……エドワールでいい」
その声の奥に、微かに緊張と、決意が混じっていた。
王はゆっくりと俺の傍らに腰を下ろし、静かに言った。
「リオ……本当に、すまなかった」
言葉が重かった。飾らず、直球の謝罪。
「お前を、一人でダンジョンの攻略に向かわせてしまった……俺の、考えが甘かった」
王の顔には、深い後悔が刻まれていた。
「いえ……あんなの、誰にも予想なんて……」
俺が返そうとすると、首を横に振った。
「未踏のダンジョンだ。何が起こるか分からないのは当然だ。……だが、それでも“起きた”のなら、それは俺の判断が未熟だったということだ」
「だから……今日は“王”としてじゃなく、“一人の人間”として、お前に謝りに来た」
静かな声音。けれど、その言葉の一つ一つに込められた想いが、真っ直ぐ伝わってくる。
「欺瞞だと思ってくれても構わない。俺は“王”としては、そう簡単に頭を下げるわけにはいかない立場だからな」
「だが、それでも……お前に謝り、感謝を伝えたかった」
俺は、思わず息を呑んだ。
この男は、本気で“謝るために”王を脱ぎ捨ててきたのだ。
そんなことが、できる人間が本当にこの国の王なんだと、少し信じられない気持ちになった。
「……それでも、俺は王国を背負っている」
エドワールさんは少し姿勢を正して、続けた。
「お前の見てきたこと、その全てを聞かせてほしい」
「打算はある。王国の利益になるかもしれない」
「だがそれ以上に――」
一瞬だけ、声が低くなる。
「……俺は、王国を愛する“ただの一人の人間”として、民が傷つき、泣き叫ぶ光景を見たくない」
そう言って、エドワールは俺の目を真っ直ぐ見た。
「リオ。お前を信じる。何があったのか、どうか……ありのままを話してくれ」
真摯だった。
その言葉には、嘘も、計算もなかった。
――この人が“賢王”と呼ばれている理由。なんとなく、分かった気がした。
賢い、というのは知識があることではない。
知恵に長けているというだけでもない。
人として、王として、正しくあろうとする姿勢―― その在り方こそが、“賢王”の由来なのだ。
「……ありがとうございます、陛下」
俺はそう言いかけて――少し、笑って訂正した。
「いえ、“エドワールさん”」
エドワールさんは、笑った。
「俺が見てきたもの、感じたこと――すべて、包み隠さず話します」
「それが、王国のためであり、皆のためになるなら」
「……そして、俺自身のためにも」
エドワールさんは、話の途中からほとんど口を挟まなかった。
それが逆に心地よく、俺は気づけば、神域ダンジョン〈ヴァージニア〉で見てきたすべてを包み隠さず話していた。
「――つまり、あのダンジョンは“世界の浄化機構”……人間が積み重ねた負の感情、“業”や“呪い”を集め、消化するための場所なんです」
話し終えたとき、エドワールさんは驚くほど柔らかな声で、
「よく話してくれたな、ありがとう」
とだけ言った。
俺は息をついた。途中で何度か、王というより“聞き役”としてうなずいてくれたおかげで、恐ろしいほど説明がしやすかった。
まるで、長年の“聞く技術”を磨いてきた人物のように、いいタイミングで質問を投げてくれる。
正直、感動していた。
説明が終わると、エドワールさんは一つ一つ、論理の穴を丁寧に確認するように質問を重ねてくる。
俺も正直に、誠実に答える。
エドワールさんは真剣な目で問いかける。
「尋ねさせてくれ」
「業魔の遺骸を素材で活用できる事は真か?」
「――業魔は倒した後も、呪いが抜けきれません。でも、管理者が言うには“月の光”に晒すことで呪いが浄化され、遺骸は“素材”として使うことができるそうです」
エドワールさんは一拍考え込み、皮肉な笑みを浮かべる。
「なるほど、これはいい。……月の光に晒すだけで、あれほどの呪いを浄化できるのか、荒唐無稽にもほどがあるな」
しかし、その目にはすでに王としての計算が灯っていた。
次の瞬間、王の顔でニヤリと笑い、
「だが、それで本当に素材として活用できるのであれば、証拠として非常に有効だろう。これなら、俺以外にも信じさせることができる」
“自分一人が納得しても国は動かせない”――
それを嫌というほど知っている男の言葉。
俺も同じことを考えていたから、すぐにうなずいた。
「俺も、同じことを考えていましたよ」
王に信じてもらうため、物的証拠――これこそが世界を動かす鍵だと、考えていた。
しばし沈黙。エドワールさんは決断を下す。
「……内密に業魔の遺骸を一部分だけ月の光に晒してみる。結果を見てから次を決めよう」
「それがいいかと。慎重過ぎるくらいでちょうどいいです。完全に未知の領域ですし」
エドワールさんは、息を吐きながら言葉を続ける。
「ああ、あれほど存在感を放つ遺骸が浄化されたらどうなるか、俺も予想がつかん。少なくとも俺の想像を超えるだろうな」
申し訳なさそうに。
「王国の利益はもちろんだが、過ぎた富は身を滅ぼしかねん。……すまないが、公表するのは抑えたい」
「はい、わかっているつもりです。俺としては王国主導で事を進めて欲しい。王国が好きなのもそうですが……」
一呼吸おいて、不安げに続ける。
「他の国はハッキリ言って不安でしかありません。行ったことはありませんが、噂だけでも酷いですよ……」
その時、エドワールさんは窓の外を見つめて遠い目をした。
その表情は言葉にしなくてもすべてを物語っていた。
(ああ、なんか、すっげえ苦労してる目だ……)
無意識に頭に浮かぶのは、あの抜けててどこか人間臭い管理者。
(あれ?……もしかして、管理者が王国の領土にダンジョン建てたのって偶然じゃない?)
気づきたくない事実が、急速に胸の奥で形を成す。
――まずい、わかっちまったぁ!?
気づきたくなかった事実に気づいてしまう。
その瞬間、外国の惨状が頭に次々と浮かぶ。
セラフィア聖国――宗教の皮を被った腐敗の温床、上層部は“神の御威光”と称し、酒池肉林の堕落国家。
べルドリア共和国――貧富の差は地獄、最大の商品が“奴隷”という終末国家。
ガルザーク連邦――戦争しか能がなく、勝てば威張り、負ければ責任転嫁するクソガキ国家。
アーカディア学術都市――知識や技術は最先端だが、倫理も人権も地に落ちたロクデナシの巣窟。
そして、パルシリア王国にはそんな“汚物国家”から逃げてきた“まともな人間”が山ほどいる。
その結果、腐敗はさらに深刻化し、この王国だけが最後の砦になっている。
耐えきれず、俺は吐き捨てるように叫んでしまった。
心の底から叫ぶしかなかった。
「……人類の業が許容範囲を超えたのって……あの腐れ国家どもが原因じゃねえか!!!!!」
部屋に重い沈黙が満ちる。
エドワールさんは、心底疲れた顔でぽつりと呟く。
「リオ、やめよう。今は、あいつらについて考えるの……」
俺もゲンナリとしてうなずく。
「そっすね……」
汚物国家のしりぬぐい――この大陸のすべてのツケを、パルシリア王国だけが背負わされている。
その事実を直視した瞬間、俺もエドワールさんも、言葉を失った。
部屋の空気は、冗談抜きに重かった。
パルシリア王国が、大陸最後の良心。全人類の最後の砦。
それが現実で、俺たちのいる“場所”だった。
静かな夜のなか、どちらともなく深いため息が漏れる。
やがてエドワールさんが、小さく呟く。
「……神域ダンジョン〈ヴァージニア〉が、人の負の歴史を受け止めてきた、と。
業魔とは、その“業”から作り出された魔物――ダンジョンは、そいつらを討伐させることで呪いを消したい、か」
王としての理知的な確認。
俺は頷き、もう一度わかりやすく言葉を選んで説明した。
「はい。加護という特別な力を持っていなければ、そもそも業魔に触れるどころか、見ることすら叶いません。加護は外では発揮されず、ダンジョンの中だけの力です」
エドワールさんは長く、重たい息を吐いた。
「加護を与えるのに必要な条件は純潔か……そうなると怒れんよな」
俺は思わず、乾いた声を漏らしてしまった。
「ははははは……本当に、童貞処女大好きじゃなくって本当に良かったっすわ……できれば、もうちょっと、かっこいい、りゆうが、ほしかった……」
声に、少し怒りが混じっていた。
英雄の条件が童貞・処女――本当にふざけていると思った。
エドワールさんはその空気を和らげるように、違う話題を投げてきた。
「――管理者と話していて、どう思った?リオの“主観”で教えてくれ」
俺は一瞬、意外そうな顔をした。
自分の“主観”を王に問われるとは思っていなかったからだ。
「俺の……“主観”ですか?」
「ああ、俺はお前がどう思ったのかが聞きたい」
静かな言葉。
けれどそれは、王としてではなく、一人の“大人”としての問いだった。
俺は、ダンジョンの管理者――あの全身が青白く光り、ドジで、抜けていて、それでも誠実に、何より自分を尊重してくれた“彼”のことを思い出した。
「……人知を超えた存在でした。でも……話してみると、とても誠実で、何より俺を“尊重”してくれた。願いを押し付けるのではなく、全部説明して……最後まで“俺”という存在を信じて、情報を託してくれました」
エドワールさんは、それを聞いて本当にほっとしたような表情を浮かべる。
「……そうか、そういう人物(?)なのだな。安心した」
俺も、その言葉を聞いて肩の力が抜けた。
エドワールさんはノートを閉じ、数枚の羊皮紙を丁寧に重ねる。その動きには、わずかな疲れがにじんでいた。
「……それじゃあ今日はここまでだ」
唐突に告げられて、俺は思わず聞き返す。
「もう、いいんですか?」
エドワールさんは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「続きは、業魔の遺骸の浄化を終え、ある程度研究してからだ。それに――」
彼は一拍置いて、どこか呆れた声で言った。
「リオ、忘れてるようだがお前は重傷人なんだぞ?」
「あっ……」
思わず間の抜けた声が漏れる。あれだけ話し込んでいたが、そういえば俺は“重傷患者”の立場だったのだ。
痛み止めが効いているだけで、本来なら寝ていなきゃいけない体。
「これ以上お前に負担をかけたら、あいつがブチギレる……」
エドワールさんはげんなりと呟く。誰のことか、すぐにわかった。
(あー……医者の先生か……)
さっきも釘を刺されたばかりだ。この後にどれだけ怒られるか、想像するだけで胃が痛い。
思わず苦笑いが漏れる。
「この後、あいつからどれだけ言われるかわかったもんじゃないぞ」
「……すみません」
言葉を飲み込みかけたその時、エドワールさんの表情が変わった。
「……リオ」
急に真剣な声色になる。
さっきまでとは違う、まるで剣のような眼差し。
「言っていないことがあるな?」
「えっ?」
内心、どきりとする。だが、すぐには心当たりが浮かばない。
エドワールさんは、俺の顔をじっと見つめながら言葉を続けた。
「もしもだ。俺が、王国の上層部が、お前の話を信じなかったり、対処が遅れるようなことがあったら……。管理者はどうするつもりだった?」
(――)
「リオ、お前がそのことに思い至らない筈がない」
その静かな言葉に、思考が強引に引き戻される。
(……俺は……)
管理者のことを思い出す。誠実で、抜けていて、でも最後まで自分の意志で俺を尊重してくれた。
だが――
もし、王国が動かなかったら。
もし、誰も信じてくれなかったら。
あの神域ダンジョン、そして管理者は“外”に業魔を出して、王国に多大な被害を与えてでも――
“強制的に信じさせる”つもりだった。
本当に最悪の事態になれば、“手段を選ばない”覚悟があった。
……それを、俺は無意識に“なかったこと”にしていた。
管理者を悪者にしたくなくて。
信じてくれた相手を、自分の都合で良い存在にしたかった。
「……………」
何も言えなくなる俺。
重苦しい沈黙。
「わかった、もういい」
エドワールさんは制止の手を上げ、俺の気持ちを察してくれた。
「ありがとう、リオ・ハートフィールド」
その声は、今までで一番、深く低かった。
「王国を、民を救ってくれて――本当にありがとう」
そう言って、エドワールさんは深く、ゆっくりと頭を下げる。
王が、ひとりの少年に。
重い責任と、深い感謝と――
そして同じ“守る者”同士として。
俺は、しばらく動けなかった。
そしてエドワールさんは、静かに部屋を去っていった。
その背中を見送りながら、胸の奥に、ずっしりとしたものが残る。
守ること。
背負うこと。
誰かを信じること。
この夜は、それを改めて突きつけてきた。
(……俺は、何を信じ、何を選ぶのか――)
天井の染みを見つめながら、
自分の中で、静かに問い続けた。
パルシリア王国は不正や腐敗が驚くほど少ないです。
理由は最高にして最悪の反面教師が居るから。