天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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母との別れからようやく立ち直れた気がします。
たった一か月と少しの筈なのに大分時間がたった気がしますね。


13話 童貞と賢王

昼下がりの光が、窓から柔らかく差し込んでいた。空は青く、王城の中庭では鳥がさえずっている――そんな穏やかな時間。

 

ノックの音と共に、重い扉が静かに開いた。

 

 

「邪魔をするぞ、リオ」

 

 

聞き慣れた、しかしこの場には不釣り合いなほど穏やかな声だった。

 

現れたのは、パルシリア王国の国王――エドワール三世。

 

だがその姿は、威厳に満ちた装束とは程遠かった。

 

王冠もなければ、マントもない。 ズボンに白いワイシャツ。皺すらある。

一国の王というより、散歩中の近所の世話焼きおじさんのような……いや、さすがに言い過ぎか。

 

 

「……陛下」

 

 

俺がそう呼ぶと、彼は苦笑した。

 

 

「今日は“陛下”じゃない。……エドワールでいい」

 

 

その声の奥に、微かに緊張と、決意が混じっていた。

 

王はゆっくりと俺の傍らに腰を下ろし、静かに言った。

 

 

「リオ……本当に、すまなかった」

 

 

言葉が重かった。飾らず、直球の謝罪。

 

 

「お前を、一人でダンジョンの攻略に向かわせてしまった……俺の、考えが甘かった」

 

 

王の顔には、深い後悔が刻まれていた。

 

 

「いえ……あんなの、誰にも予想なんて……」

 

 

俺が返そうとすると、首を横に振った。

 

 

「未踏のダンジョンだ。何が起こるか分からないのは当然だ。……だが、それでも“起きた”のなら、それは俺の判断が未熟だったということだ」

 

「だから……今日は“王”としてじゃなく、“一人の人間”として、お前に謝りに来た」

 

 

静かな声音。けれど、その言葉の一つ一つに込められた想いが、真っ直ぐ伝わってくる。

 

 

「欺瞞だと思ってくれても構わない。俺は“王”としては、そう簡単に頭を下げるわけにはいかない立場だからな」

 

「だが、それでも……お前に謝り、感謝を伝えたかった」

 

 

俺は、思わず息を呑んだ。

 

この男は、本気で“謝るために”王を脱ぎ捨ててきたのだ。

 

そんなことが、できる人間が本当にこの国の王なんだと、少し信じられない気持ちになった。

 

 

「……それでも、俺は王国を背負っている」

 

 

エドワールさんは少し姿勢を正して、続けた。

 

 

「お前の見てきたこと、その全てを聞かせてほしい」

 

「打算はある。王国の利益になるかもしれない」

 

「だがそれ以上に――」

 

 

一瞬だけ、声が低くなる。

 

 

「……俺は、王国を愛する“ただの一人の人間”として、民が傷つき、泣き叫ぶ光景を見たくない」

 

 

そう言って、エドワールは俺の目を真っ直ぐ見た。

 

 

「リオ。お前を信じる。何があったのか、どうか……ありのままを話してくれ」

 

 

真摯だった。

 

その言葉には、嘘も、計算もなかった。

 

――この人が“賢王”と呼ばれている理由。なんとなく、分かった気がした。

 

賢い、というのは知識があることではない。

 

知恵に長けているというだけでもない。

 

人として、王として、正しくあろうとする姿勢―― その在り方こそが、“賢王”の由来なのだ。

 

 

「……ありがとうございます、陛下」

 

 

俺はそう言いかけて――少し、笑って訂正した。

 

 

「いえ、“エドワールさん”」

 

 

エドワールさんは、笑った。

 

 

「俺が見てきたもの、感じたこと――すべて、包み隠さず話します」

 

「それが、王国のためであり、皆のためになるなら」

 

 

「……そして、俺自身のためにも」

 

 

 

 

 

 

 

 

エドワールさんは、話の途中からほとんど口を挟まなかった。

それが逆に心地よく、俺は気づけば、神域ダンジョン〈ヴァージニア〉で見てきたすべてを包み隠さず話していた。

 

 

「――つまり、あのダンジョンは“世界の浄化機構”……人間が積み重ねた負の感情、“業”や“呪い”を集め、消化するための場所なんです」

 

 

話し終えたとき、エドワールさんは驚くほど柔らかな声で、

 

 

「よく話してくれたな、ありがとう」

 

 

とだけ言った。

 

 

俺は息をついた。途中で何度か、王というより“聞き役”としてうなずいてくれたおかげで、恐ろしいほど説明がしやすかった。

まるで、長年の“聞く技術”を磨いてきた人物のように、いいタイミングで質問を投げてくれる。

正直、感動していた。

 

説明が終わると、エドワールさんは一つ一つ、論理の穴を丁寧に確認するように質問を重ねてくる。

俺も正直に、誠実に答える。

 

エドワールさんは真剣な目で問いかける。

 

 

「尋ねさせてくれ」

「業魔の遺骸を素材で活用できる事は真か?」

 

「――業魔は倒した後も、呪いが抜けきれません。でも、管理者が言うには“月の光”に晒すことで呪いが浄化され、遺骸は“素材”として使うことができるそうです」

 

 

エドワールさんは一拍考え込み、皮肉な笑みを浮かべる。

 

 

「なるほど、これはいい。……月の光に晒すだけで、あれほどの呪いを浄化できるのか、荒唐無稽にもほどがあるな」

 

 

しかし、その目にはすでに王としての計算が灯っていた。

次の瞬間、王の顔でニヤリと笑い、

 

 

「だが、それで本当に素材として活用できるのであれば、証拠として非常に有効だろう。これなら、俺以外にも信じさせることができる」

 

 

“自分一人が納得しても国は動かせない”――

 

 

それを嫌というほど知っている男の言葉。

俺も同じことを考えていたから、すぐにうなずいた。

 

 

「俺も、同じことを考えていましたよ」

 

 

王に信じてもらうため、物的証拠――これこそが世界を動かす鍵だと、考えていた。

 

しばし沈黙。エドワールさんは決断を下す。

 

 

「……内密に業魔の遺骸を一部分だけ月の光に晒してみる。結果を見てから次を決めよう」

 

「それがいいかと。慎重過ぎるくらいでちょうどいいです。完全に未知の領域ですし」

 

 

エドワールさんは、息を吐きながら言葉を続ける。

 

 

「ああ、あれほど存在感を放つ遺骸が浄化されたらどうなるか、俺も予想がつかん。少なくとも俺の想像を超えるだろうな」

 

 

申し訳なさそうに。

 

 

「王国の利益はもちろんだが、過ぎた富は身を滅ぼしかねん。……すまないが、公表するのは抑えたい」

 

「はい、わかっているつもりです。俺としては王国主導で事を進めて欲しい。王国が好きなのもそうですが……」

 

 

一呼吸おいて、不安げに続ける。

 

 

「他の国はハッキリ言って不安でしかありません。行ったことはありませんが、噂だけでも酷いですよ……」

 

 

その時、エドワールさんは窓の外を見つめて遠い目をした。

その表情は言葉にしなくてもすべてを物語っていた。

 

 

(ああ、なんか、すっげえ苦労してる目だ……)

 

 

無意識に頭に浮かぶのは、あの抜けててどこか人間臭い管理者。

 

 

(あれ?……もしかして、管理者が王国の領土にダンジョン建てたのって偶然じゃない?)

 

 

気づきたくない事実が、急速に胸の奥で形を成す。

 

 

――まずい、わかっちまったぁ!?

 

 

気づきたくなかった事実に気づいてしまう。

その瞬間、外国の惨状が頭に次々と浮かぶ。

 

セラフィア聖国――宗教の皮を被った腐敗の温床、上層部は“神の御威光”と称し、酒池肉林の堕落国家。

 

べルドリア共和国――貧富の差は地獄、最大の商品が“奴隷”という終末国家。

 

ガルザーク連邦――戦争しか能がなく、勝てば威張り、負ければ責任転嫁するクソガキ国家。

 

アーカディア学術都市――知識や技術は最先端だが、倫理も人権も地に落ちたロクデナシの巣窟。

 

 

そして、パルシリア王国にはそんな“汚物国家”から逃げてきた“まともな人間”が山ほどいる。

その結果、腐敗はさらに深刻化し、この王国だけが最後の砦になっている。

 

 

耐えきれず、俺は吐き捨てるように叫んでしまった。

心の底から叫ぶしかなかった。

 

 

「……人類の業が許容範囲を超えたのって……あの腐れ国家どもが原因じゃねえか!!!!!」

 

 

部屋に重い沈黙が満ちる。

 

エドワールさんは、心底疲れた顔でぽつりと呟く。

 

 

「リオ、やめよう。今は、あいつらについて考えるの……」

 

 

俺もゲンナリとしてうなずく。

 

 

「そっすね……」

 

 

汚物国家のしりぬぐい――この大陸のすべてのツケを、パルシリア王国だけが背負わされている。

その事実を直視した瞬間、俺もエドワールさんも、言葉を失った。

部屋の空気は、冗談抜きに重かった。

 

パルシリア王国が、大陸最後の良心。全人類の最後の砦。

それが現実で、俺たちのいる“場所”だった。

静かな夜のなか、どちらともなく深いため息が漏れる。

 

やがてエドワールさんが、小さく呟く。

 

 

「……神域ダンジョン〈ヴァージニア〉が、人の負の歴史を受け止めてきた、と。

業魔とは、その“業”から作り出された魔物――ダンジョンは、そいつらを討伐させることで呪いを消したい、か」

 

 

王としての理知的な確認。

俺は頷き、もう一度わかりやすく言葉を選んで説明した。

 

 

「はい。加護という特別な力を持っていなければ、そもそも業魔に触れるどころか、見ることすら叶いません。加護は外では発揮されず、ダンジョンの中だけの力です」

 

 

エドワールさんは長く、重たい息を吐いた。

 

 

「加護を与えるのに必要な条件は純潔か……そうなると怒れんよな」

 

 

俺は思わず、乾いた声を漏らしてしまった。

 

 

「ははははは……本当に、童貞処女大好きじゃなくって本当に良かったっすわ……できれば、もうちょっと、かっこいい、りゆうが、ほしかった……」

 

 

声に、少し怒りが混じっていた。

英雄の条件が童貞・処女――本当にふざけていると思った。

 

エドワールさんはその空気を和らげるように、違う話題を投げてきた。

 

 

「――管理者と話していて、どう思った?リオの“主観”で教えてくれ」

 

 

俺は一瞬、意外そうな顔をした。

自分の“主観”を王に問われるとは思っていなかったからだ。

 

 

「俺の……“主観”ですか?」

 

「ああ、俺はお前がどう思ったのかが聞きたい」

 

 

静かな言葉。

けれどそれは、王としてではなく、一人の“大人”としての問いだった。

 

俺は、ダンジョンの管理者――あの全身が青白く光り、ドジで、抜けていて、それでも誠実に、何より自分を尊重してくれた“彼”のことを思い出した。

 

 

「……人知を超えた存在でした。でも……話してみると、とても誠実で、何より俺を“尊重”してくれた。願いを押し付けるのではなく、全部説明して……最後まで“俺”という存在を信じて、情報を託してくれました」

 

 

エドワールさんは、それを聞いて本当にほっとしたような表情を浮かべる。

 

 

「……そうか、そういう人物(?)なのだな。安心した」

 

 

俺も、その言葉を聞いて肩の力が抜けた。

 

エドワールさんはノートを閉じ、数枚の羊皮紙を丁寧に重ねる。その動きには、わずかな疲れがにじんでいた。

 

 

「……それじゃあ今日はここまでだ」

 

 

唐突に告げられて、俺は思わず聞き返す。

 

 

「もう、いいんですか?」

 

 

エドワールさんは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

 

 

「続きは、業魔の遺骸の浄化を終え、ある程度研究してからだ。それに――」

 

 

彼は一拍置いて、どこか呆れた声で言った。

 

 

「リオ、忘れてるようだがお前は重傷人なんだぞ?」

 

「あっ……」

 

 

思わず間の抜けた声が漏れる。あれだけ話し込んでいたが、そういえば俺は“重傷患者”の立場だったのだ。

痛み止めが効いているだけで、本来なら寝ていなきゃいけない体。

 

 

「これ以上お前に負担をかけたら、あいつがブチギレる……」

 

 

エドワールさんはげんなりと呟く。誰のことか、すぐにわかった。

 

 

(あー……医者の先生か……)

 

 

さっきも釘を刺されたばかりだ。この後にどれだけ怒られるか、想像するだけで胃が痛い。

思わず苦笑いが漏れる。

 

 

「この後、あいつからどれだけ言われるかわかったもんじゃないぞ」

 

「……すみません」

 

 

言葉を飲み込みかけたその時、エドワールさんの表情が変わった。

 

 

「……リオ」

 

 

急に真剣な声色になる。

さっきまでとは違う、まるで剣のような眼差し。

 

 

「言っていないことがあるな?」

 

「えっ?」

 

 

内心、どきりとする。だが、すぐには心当たりが浮かばない。

 

エドワールさんは、俺の顔をじっと見つめながら言葉を続けた。

 

 

「もしもだ。俺が、王国の上層部が、お前の話を信じなかったり、対処が遅れるようなことがあったら……。管理者はどうするつもりだった?」

 

 

(――)

 

 

「リオ、お前がそのことに思い至らない筈がない」

 

 

その静かな言葉に、思考が強引に引き戻される。

 

 

(……俺は……)

 

 

管理者のことを思い出す。誠実で、抜けていて、でも最後まで自分の意志で俺を尊重してくれた。

だが――

もし、王国が動かなかったら。

もし、誰も信じてくれなかったら。

 

あの神域ダンジョン、そして管理者は“外”に業魔を出して、王国に多大な被害を与えてでも――

“強制的に信じさせる”つもりだった。

本当に最悪の事態になれば、“手段を選ばない”覚悟があった。

 

……それを、俺は無意識に“なかったこと”にしていた。

管理者を悪者にしたくなくて。

信じてくれた相手を、自分の都合で良い存在にしたかった。

 

 

「……………」

 

 

何も言えなくなる俺。

重苦しい沈黙。

 

 

「わかった、もういい」

 

 

エドワールさんは制止の手を上げ、俺の気持ちを察してくれた。

 

 

「ありがとう、リオ・ハートフィールド」

 

 

その声は、今までで一番、深く低かった。

 

 

「王国を、民を救ってくれて――本当にありがとう」

 

 

そう言って、エドワールさんは深く、ゆっくりと頭を下げる。

 

王が、ひとりの少年に。

重い責任と、深い感謝と――

そして同じ“守る者”同士として。

 

俺は、しばらく動けなかった。

 

そしてエドワールさんは、静かに部屋を去っていった。

 

その背中を見送りながら、胸の奥に、ずっしりとしたものが残る。

 

守ること。

背負うこと。

誰かを信じること。

 

この夜は、それを改めて突きつけてきた。

 

 

(……俺は、何を信じ、何を選ぶのか――)

 

 

天井の染みを見つめながら、

自分の中で、静かに問い続けた。

 

 

 

 




パルシリア王国は不正や腐敗が驚くほど少ないです。
理由は最高にして最悪の反面教師が居るから。


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