天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
「そなたは……童貞か?」
その一言が、雷のように頭の中を打ち抜いた。
え?
……え?
いや、待て待て。今、なんて?
「そなたは……童貞か?」
「そなたは……童貞か?」
「童貞か?」
何度も、何度も、その言葉が頭の中でリフレインする。
耳に残った王の低く真剣な声が、心の奥をじわじわと焼いていく。
これは夢か? いや、現実だ。あの荘厳な王城、煌びやかな玉座、ずらりと並ぶ兵士たち――すべてが現実だった。
なのに。
その中心で、王は今、俺に――
「……は?」
ようやく、喉から絞り出した言葉はそれだけだった。
とてもじゃないが、他に何か言える気がしない。
静まり返る謁見の間。けれどその沈黙は、非難や困惑ではなく――
『まぁ……そうなるわな』
そんな空気だった。
王の隣にいた大臣すら目を逸らし、側近たちは全員ぴくりとも動かず、兵士たちは顔を引きつらせている。
誰一人、俺の無礼を咎める気配がない。
むしろ「よくぞ言った」みたいな雰囲気すらある。
……なんだこの状況。
本当に王のいる空間か? これは夢じゃなくて、現実なのか……?
俺の隣でゼインが完全に硬直してる。ミリアは目を見開いて固まってる。ガイルは口が半開きで、レイナは口元を手で押さえて小刻みに震えてる。
うん、仲間全員もフリーズしてるな。つまり俺の耳がおかしかったわけじゃない。
でも、それでも、あり得ない。
何かの聞き間違いじゃないのか?
もう一度、俺は勇気を振り絞って言葉を発した。
「……あの、王様。どーてーって……何でしょう?」
今思えば、ものすごく真面目な声だったと思う。
俺としては本気で、ただ確認したかっただけだ。
きっと、「同定」とか「童帝」とか、そういう政治的な意味を持った専門用語かもしれない。
だってまさか、あの王様が、そんな――
「女を抱いたことがあるか、という意味だ」
王の声が、真顔で放たれる。
――えっ。
「もっと言えば、女の陰部に男の陰茎を挿入した経験があるか、という意味だ」
――おおい!?
脳内で何かが爆発する。
正確には、“壊れた”。
王はさらに、右手で輪を作り、人差し指をゆっくりと抜き差ししながら、真顔で言った。
「これだよ。これ」
――だあああああああああああああああ!?
もはや俺の思考は音を立てて崩れ落ちた。
お前、王様だよな!?
なんでそんな手慣れた手つきで再現してんだよ!?
ていうか説明いらねぇし!!
余計に生々しいわ!!!
「つっこまずにはいられるかああああああああああっ!!!」
魂のツッコミが、俺の口から放たれた。
「何その手慣れた指さばきぃぃぃぃ!!!」
「説明が生々しすぎて逆に教育に悪いわああああ!!!」
「王って立場どこ行ったんだよ!?威厳どこ捨ててきた!?」
「これが国のトップの発言かよ!王国の品格地に落ちてんぞ!!」
「真顔でジェスチャーすんなああああああ!!!」
「俺の純情返してくれええええ!!!」
「玉座の前でやる話題じゃねえだろこれえええ!!」
「俺たち何しに王城来たんだよ!?性教育受けに来たんじゃねぇぞ!!!」
「というかこの空気で誰も止めねぇのおかしいだろおおおお!!!」
魂の底から叩き出した、全力のツッコミ十連発。
――俺はやった。
やっちまった。
全身から汗が噴き出してる。目の前にいるのは、国のトップ。王様だぞ?
その王に向かって、口を極限まで開いて、全力で叫んだ。しかも十発。
後にも先にも、ここまで王様に無礼を働いたやつ、いないんじゃないか?
いや、いたとしても多分、もうこの世にいない。
やべぇ。これはやべぇ。
ちらりと横目で仲間を見れば、全員が石のように固まってる。ゼインは眉をひそめたまま目を見開いてるし、ミリアはもはや祈ってる。ガイルの顔色は見たことないくらい真っ青だし、レイナに至ってはフードを目深にかぶって現実逃避してる。
……こいつらも、俺がやらかした巻き添えで侮辱罪とか言われたらどうすんだよ!?
やべぇ、やばい。いや本当にヤバい。どうにかしてこの場を――
「あ、あのっ! 陛下、先ほどの件はですね、決して不敬のつもりではなく! ただあまりにも想定外で、ですね!? その、ほら、咄嗟に反応してしまって――」
もう早口で何言ってるのか自分でも分からない。でも謝らないと。
せめて俺だけでも処分されて、仲間たちだけでも――
「ふふっ」
……え?
その笑い声の主は、王だった。
しかも、顔はむしろ感心したような表情になっていた。
なんでだよ!?
「ふふ……いや、良い。実に良い。見事なツッコミだった」
言葉の意味が理解できず固まっていると、今度は隣にいた大臣が小さく頷いた。
「確かに。よくぞ代弁してくれました、リオ殿」
「まったくだ。あれで緊張がほぐれたぞ」
側近たちまで、まるで大任を果たした英雄を見るような目で俺を見てくる。
周囲の兵士や騎士たちからも、静かに拍手が――いや、え? 拍手!?
え? 尊敬のまなざし!?
「……かっこいい……」
振り返れば、たまたま通りがかったメイドが顔を赤らめて、熱い視線をこちらに向けていた。
いやいやいや!? なんで!?!? 何この空気!?!?
思考が追いつかないまま、王がさらに一歩前に出て言う。
「なんて切れ味の良いツッコミだ。――剣士なだけに、か」
……。
……うおおおおおおおおツッコミてええええええええ!!!
理性と本能の板挟みに、俺は鬼のような形相で唇を噛み締める。
頼む……もうボケないでくれ……耐えきれない……!
そんな俺の心の葛藤を見透かしたように、王は実に満足げな顔で頷いた。
「うむ、やはりそなたは頼もしい。では、そろそろ本題に入ろう」
ようやく――ようやくまともな話になるらしい。
いや、まともであってくれ。今度こそ。
王は少し表情を引き締め、謁見の間を見渡すように視線を巡らせた。
「これは、最初にあの“白き宮殿”――ダンジョンを発見してから三日ほど経った頃の話なのだが……」
ダンジョン出現から三日後――。
王国軍は疲れ果てていた。
真っ白な神殿のような謎の建造物、通称“白き宮殿”。何人もの兵士と騎士たちが挑んだが、結果は全員、文字通り吹き飛ばされた。
時間を変えてもダメ、順番を変えてもダメ、祈っても、叫んでも、歌っても無意味。
やがて兵士たちは発想を変えはじめた。
「足で押してみたらどうだ?」
「ならケツで押してみよう」
「やっぱ身ぐるみ剥いで“生まれたままの姿”が条件かもしれん!」
次々と繰り出される奇策・珍策。
だが結果は、全員まとめて吹っ飛び。
その姿はもはや悲壮というより滑稽に近かった。
「……くそ、ダメだ。どうやっても入れねぇ」
衛兵の一人が頭を抱える。
騎士団の若手は鎧の一部が黒こげになり、盾で自分の尻を庇いながら座り込んでいた。
魔導兵たちもぐったりと魔力を使い果たしており、誰が見ても限界だった。
「いっそ封印でもして放置するか……?」
「いや、それにしては異質すぎる。このダンジョン、何かが違う」
兵士長と騎士団長は額を突き合わせ、次なる手を必死に模索する。
と、その時――
ゴゴゴゴ……
大地が小さく震えたかと思うと、ダンジョンの門前、地面から“何か”がニョキニョキと生え始めた。
「な、なんだ……!?」
警戒して剣を構える兵士たち。
けれど、そこに現れたのは――木製の立て看板だった。
看板には見たことのない言語で何かが書かれていた。
……はずなのに、不思議なことに、なぜか全員が読める。
その内容は、こうだった。
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この神域ダンジョン〈ヴァージニア〉は
童貞・処女しか入れません。
非童貞・非処女はご遠慮ください。
――っていうかこれだけの人数いて童貞いないって
どうなってんじゃい!?
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……沈黙。
看板が生えきったあと、兵士長と騎士団長は無言のまま看板を見つめ続けた。
風が吹く。看板がわずかに揺れた。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせると、重い口を開いた。
「……聞くぞ」
「……ああ」
兵士長が一歩前に出て、大声を張り上げる。
「この中に、童貞――いるか!!!」
……沈黙。
ざわりと空気が揺れた気がした。
けれど、誰一人、手を挙げる者はいなかった。
皆が目を逸らし、空を見たり、靴先をいじったり、鼻をこすったりしている。
ある兵士は「おふくろ元気かな……」と遠い目をしていた。
騎士団長が痺れを切らしてもう一度叫ぶ。
「本当に誰もいないのか!? 実戦経験とかそういう話じゃないぞ!?」
それでも、返事はなかった。
――こうして、童貞・処女ゼロの王国軍は、完全敗北を喫したのだった。
おい、おっさん!
偉い人に無礼な態度、古きテンプレよ。
王の感想はおもしれーやつ、テンプレ!
立て看板は引っこ抜いて宝物庫に厳重に保管しています。
きらびやかな宝物庫に木製の立て看板ってシュールだなぁ。