天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
(終わった……)
ようやく、エドワールさんとヴァリウスさんとの細々とした打ち合わせが終わった。
いや、内容は濃かった。ルナ・マテリアルの扱い、今後の研究方針など――真面目な話ばかりだ。
しかし、それ以上に俺の精神を削ったのは――
(くっくっくっくっく……耐えた……俺は耐えたぞ、ルミナぁ……!)
そう、背後でこそこそと悪事を働いていた幽霊幼女である。
ルミナはこの打ち合わせの間、全力で俺を笑わせにかかってきたのだ。
踊る。
それも、ちょっと可愛い踊りとかじゃない。腰をやたらと突き出す、無駄にキレのある動き。
エドワールさんの頭にふわっと乗ってみせたり、ヴァリウスさんの鼻から指をぬっと出してきたり。
俺の視界の端でチョロチョロ動きながら、的確に笑いのツボを突こうとしてくる。
(お前の浅知恵など俺には通用しねぇんだよ!)
必死に平然を装いながらも、俺は内心で毒づいた。
冒険者として鍛え上げた精神力と、数々の修羅場で培った忍耐力が、今まさに試されている。
(舐めるなよ小娘ぇ!)
視界の端でルミナが、両手でほっぺたを押し広げ、舌をべろべろさせている。
エドワールさんの真面目な説明が、右から左にすり抜けそうになる。
(俺はリオ・ハートフィールドだぞ!)
ヴァリウスさんの背後で、ルミナが変顔のままゆっくり回転している。
くそっ、やめろ、その動き、なぜかジワジワくる……!
(年季が違うわぁ!!!)
歯を食いしばり、爪が手のひらに食い込むほど拳を握る。
俺は自分に言い聞かせる。これは戦いだ。笑ったら負けだ。俺のプライドが死ぬ。
――そうして、俺は耐え抜いた。
会談終了。
エドワールさんがふぅ、とため息を吐く。
「……リオ」
「くはははは……俺は無敵のリオ様だ……」
達成感に浸る俺の耳に、その声は届かない。
「ヴァリウス」
「ああ」
短いやり取りのあと、ヴァリウスさんが指先を軽く振った。
次の瞬間――
背中に冷たい感触。
いや、冷たいどころじゃない。
襟元から氷の塊が、つるりと滑り込んできたのだ。
「おひょおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」
奇声。
我ながら情けない悲鳴が出た。
全身がビクンと跳ね、思考がクリアになっていく。
「正気に戻ったか?」
エドワールさんが、わずかに口角を上げた。
なるほど、俺の様子を見抜いて、ヴァリウスさんにやらせたわけか……。
「ごごごめんなさい! ぼーっとしてましたぁ!」
即座に謝罪。声が裏返っているのは許してほしい。
無礼をしたと自覚しているからこそ、全力で頭を下げる。
エドワールさんは軽く手を振った。
「構わん」
その一言に、安堵の息を吐く俺。
だが、その直後――
鋭い視線が、俺を貫いた。
「さて……」
低く響く声。
「何が見えてるのだ、リオ?」
……え?
「お前が俺にも見えない“何か”を見ているのは、目の動きでわかる」
横から、ヴァリウスさんが淡々と付け加える。
その瞳は氷のように冷たく、しかし好奇心の光を帯びていた。
「正直に言え、どんなに突拍子もない話でも――全て聞こう」
……詰んだ。
俺の額から、冷や汗がつーっと流れる。
(ああ……終わった……)
もはや言い逃れはできない。
この二人を前にして、嘘をつき通す自信はない。
いや、そもそも俺、嘘が下手だし。
観念した俺は、深く息を吸った。
「……その……」
ちらりと横を見る。
案の定、ルミナがそこにいた。
満面のドヤ顔で、腕を組んで俺を見上げている。
(……お前のせいだからな?)
そう念を送ってから、俺は二人に向き直った。
「――ルミナという名の、俺にしか見えない女の子がいるんです」
その瞬間、空気が一段階、重くなった。
エドワールさんとヴァリウスさんの視線が、さらに鋭くなる。
こうして、俺の口からルミナの存在が初めて語られることになった――。
話が終わると。
(……おいおい、なんだこの空気)
全てを話し終えた俺は、目の前の二人――エドワールさんとヴァリウスさんの様子に言葉を失っていた。
話を始めていた頃は二人は冷静だったのに……今は違う。明らかに違う。
エドワールさんは顔面が真っ青だ。
両肩がわずかに震え、唇がかすかに噛み締められている。
ヴァリウスさんは……表情が崩れていた。
氷のような冷徹さは影もなく、眉は寄り、目はかすかに見開き、口元は不自然に引きつっている。
(……俺、何かとんでもない地雷踏んだか?)
驚きよりも、戸惑いのほうが大きい。
二人の反応があまりにも“極端”すぎて、どう受け止めていいのかわからない。
「……ま……真なのか?」
低く震える声が、エドワールさんの口から漏れた。
それは一度ではない。何度も、何度も繰り返される。
「……真なのか……?」
(どれだけ信じがたい話なんだ、これ……)
俺は曖昧に頷くしかなかった。
嘘をつく理由もないし、ルミナは今は俺の横につまらなさそう立ってる。
後で遊んであげるから大人しくしててくれ。
ヴァリウスさんは口を開かない。
考えているというよりも、完全に頭が真っ白になっているように見える。
あの頭脳派のヴァリウスさんが、だ。
エドワールさんは何かを決意したように息を吸い込み、俺に尋ねてきた。
「……その、ルミナという少女の……容姿は?」
「容姿……ですか」
一瞬だけルミナを見て特徴を簡単にまとめる。
「……金髪で、碧の瞳を持つ幼子です」
言った瞬間、エドワールさんは視線を落とし、俯いた。
その仕草には、ただの驚き以上の感情――重苦しい何かが混じっていた。
(……やっぱり何か知ってるな、この人)
沈黙を破ったのはヴァリウスさんだった。
「……リオ、ルミナ……という少女の姿を、強くイメージしてくれ」
「……はい?」
「そうだ。その少女がこの世界に存在していると思い込む位にな」
「ただ認識するだけじゃない、此処に居るのだと強く」
何を言っているのかすぐには理解できなかった。
だが、真剣な口調と視線に、無視できない気迫がこもっている。
「……わかりました」
理由はわからない。けれど、やってみるしかない。
俺はルミナの方へ向き直り、声をかけた。
「……少し、じっとしててくれ」
ルミナは一瞬だけきょとんとしたが、素直に頷いた。
深呼吸を一つ。
全ての雑念を振り払い、ルミナの姿を頭の中で鮮明に描く。
金色の髪――
透き通るような碧の瞳――
小さな肩、細い腕、わずかに上がった顎――
軽やかな白いワンピースの裾が揺れる様――
俺は、その姿をただ「思い出す」だけじゃなく、「ここに存在している」と信じ込むように意識を研ぎ澄ませていった。
俺は世界に刻み込むように眼前の幼子の名を呼ぶ。
「ルミナ!!!」
――その瞬間。
ルミナの体が、淡く光を放ち始めた。
「……!」
今までの、ただぼんやりと漂うような存在感とは違う。
空気が変わった。重みがある。そこに“立っている”と、五感が告げている。
(……これ……)
同時に、凄まじい疲労が全身を襲ってきた。
まるで長距離を全力で走った直後のように、呼吸が荒くなり、足元がわずかにふらつく。
(……くそ、まだ……)
必死にこらえ、俺はエドワールさんとヴァリウスさんの方を振り返った。
二人は――無言でルミナを見続けていた。
その様子だと...ルミナが見えてるようだ。
目の奥に、動揺と、信じたくない現実を突きつけられた者の色が浮かんでいる。
エドワールさんが、ぽつりと小声で呟く。
「……になんて……ばいいんだよ……」
すぐ隣で、ヴァリウスさんも低く答える。
「……に言うしか……だろ……」
何を言っているのか、疲労でよく聞き取れなかった。
でも、そのやり取りが、やけに深刻に響いた。
一方、ルミナはというと――
「……なんか、へんなかんじ……」
確かに、彼女は今、地面に足をつけて立っている。
それが自分でもわかるのだろう。けれど、普段のふわふわ浮いている感覚とは違うせいか、少し戸惑っているようだ。
そして、浮かべないことに、ほんのり不満そうに口を尖らせていた。
(……なんだこの状況)
目の前で震える国王と、顔を歪めた筆頭魔法使い。
そして、足が地面についてご機嫌ななめの金髪碧眼幼女。
俺は深く息を吐き、心の中でだけぼやいた。
エドワールさんを見る。
(……おいおい、顔色がやばいぞ、エドワールさん)
さっきから蒼褪めていたエドワールさんが、さらに色を失った顔でこちらを見た。
動揺を隠そうとしているのはわかるけど……隠しきれてない。
目元の筋肉がピクつき、喉仏が上下している。
「……すまん、リオ」
一呼吸置いて、まるで心臓の鼓動が乱れているみたいな途切れ途切れの声で続けた。
「ルミナと……二人で……話を……させてくれ」
(……は? 今なんて?)
一瞬、頭の中で言葉の意味がバラバラに分解された。
“ルミナと二人で話す”って……いや、別に止める理由はないけど。
それより、その息の乱れ方はなんだ。見てるこっちが不安になるぞ。
「あの、エドワールさん……大丈夫ですか?」
どう見ても大丈夫じゃない。
額には薄く汗が浮かび、手の甲の血管が浮き出ている。
声をかけずにはいられなかった。
「……ありがとう」
ほんのわずか笑ったが、その表情はすぐに硬くなる。
「だが……聞かねばならんのだ……!」
(……決死の覚悟の表情すんなよ!?)
本気で命をかける時の目だ。
なんでルミナと話をすることが命がけなんだよ!?
その時、ヴァリウスさんがすっと手を動かした。
空気がわずかに震える。結界だ。しかも、さっきよりもずっと範囲が狭く――エドワールさんとルミナが入れるほどの一区画に、ぎゅっと閉じ込めるように張られた。
しかも強化されている。音も魔力も、絶対に漏らさない構造だ。
(……こりゃ本当にガチなやつだな)
俺はルミナのほうを見る。
白いワンピースの裾がふわりと揺れ、彼女はきょとんとした顔をしていた。
「……いいか?」
短く問いかける。
彼女は一瞬だけ迷った様子を見せたが、やがて小さく頷いた。
(……よし)
エドワールさんが結界の中に足を踏み入れる。
その背中は、やけに重たそうに見えた。
王冠こそ被っていないが、確かにそこには“国王”としての威厳があった――ただし今は、混ざり合った不安と焦燥で少し歪んでいる。
ルミナも続く。
その小さな足音は、不思議と俺にはちゃんと聞こえるのに、床には何の反響も残さなかった。
結界が閉じられる。
二人の姿は見えるが、こちらの声は届かない。向こうの声も、もう俺には聞こえない。
(……何を話すつもりなんだ?)
さっきまでの様子を考えると、ただの世間話じゃないのは明らかだ。
金髪、碧眼――その特徴が、エドワールさんにとって特別な意味を持つ。
しかも、ヴァリウスさんもわざわざ防音結界を強化するぐらいには、本気で隠したい話。
……やっぱり、ルミナの正体は、この二人が何か知ってる。
俺はベッドの端に腰を下ろし、腕を組んだ。
この空気の張り詰め方は、傍観者でも胃が痛くなる。
正直、俺としてはルミナを独りで結界に入れるのは気が引けるが――ルミナ自身が頷いたのなら、信用するしかない。
視線を横にやると、ヴァリウスさんが無言で立っていた。
目線は結界の中だが、その表情は読み取れない。
ただ、わずかに握られた拳に力がこもっているのが見える。
(……この人も、平静じゃない)
結界の向こうで、ルミナが何かを話し始めた。
エドワールさんはただ黙って聞いている……いや、口を挟むこともあるようだ。
ルミナは時折、小首を傾げたり、ほんの少しだけ笑みを浮かべたり――だが、やっぱりいつもより真剣な顔だ。
会話の内容は一切聞こえない。
けれど、二人の表情から、やり取りの重さだけは伝わってくる。
(……あー……落ち着かねぇ)
無意識に膝を揺らしながら、俺はただ終わる瞬間を待った。
ルミナとエドワールさんの結界内トークが終わった。
こっちは音も内容も聞こえなかったけど……表情だけは見えた。
いやもう、百面相だった。
怒ったり、驚いたり、引きつったり、時々ニヤけたり。
その様子を見て、ルミナは逆に楽しそうにしてた。
……お前、途中でふざけ半分で話してただろ。
結界から二人が外に出てくる。
俺はなんとなく身構える。
ヴァリウスさんが一歩近づき、エドワールさんに声をかけた。
「……もういいのか?」
「……ああ」
短いやり取りのあと、エドワールさんがくるりと俺の方へ向き直った。
その目が真っすぐすぎて、背筋がピンと伸びる。
そして――
「リオ、謁見の間でのことは本当にすまなかった」
深々と頭を下げた。
(……は?)
思わず目を瞬かせる。
いやいや、ちょっと待て。
王が、しかも外部の人間に対して、あの場のことを謝る?
そんなの前代未聞だぞ。
外部から客を招く時は謁見の間で会話する――それは王国の伝統。
王として謝るなんて許されないはずだ。
しかも俺は、そもそも謝罪なんて期待してなかった。
あれはあれで伝統だからって納得してたし、不満なんてなかった。
それを――なぜ、今、謝る?
(いや、なんで今謝るのそれ!?)
俺の混乱をよそに、エドワールさんは静かに言葉を続けた。
「伝統に縛られて……お前たちを傷つけてしまった」
(確かにトラウマになったけどさぁ!?)
苦笑を浮かべたその顔は、皮肉というより自己嫌悪に近い。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「本来は民の為の伝統だというのにな」
(王と直接話せる名誉……ってやつでしょ?)
俺が心の中で返してる間に、とんでもない一言が飛び出した。
「……時と場合によって変えられるようにしておこう」
(いいんか!?そんなサラッと国家伝統にメス入れていいんか!?)
伝統ってそんなノリで書き換えていいものだったのか……。
俺の常識が軽く揺らいだ。
すると、エドワールさんはふっと表情を柔らげた。
「俺には、三人の息子がいる」
(え、急に家族紹介?)
「どいつもこいつも癖は強いが、能力と王国を愛する心は本物だ。
俺に何かあったら、そいつらを頼れ」
……さわやかな笑顔で言った。
だが、その声色はやけに重く聞こえた。
(……え、なにこれ、遺言みたいなんだけど!?)
「ちょ!縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
思わず声を上げたが、エドワールさんは俺の言葉を受け止めず――
「さらばだ、リオ!」
とだけ言い残し、颯爽と部屋を出て行った。
(……え、さらばって何!?)
混乱している俺は、とりあえずヴァリウスさんに助けを求める。
「ヴァリウスさん!止めてください!なんか危ないことしに行く空気ですよ!」
だがヴァリウスさんは沈痛な面持ちで、低く告げた。
「……避けるわけには、いかない」
(なにその死亡フラグっぽい言い方!)
もう不安しかない。
部屋に残されたのは俺と、当のヴァリウスさん、そして――
「……お前は何をやってるんだ」
ルミナが、さっきから消えたり現れたり、空中に浮かんだり、ジャンプしてみたりしている。
まるで「ほらほら私すごいでしょ!」と言わんばかりに。
タイミング的に完全に場違いだ。
エドワールさんの異様な真剣さと、ヴァリウスさんの重苦しさ、
そしてルミナのマイペースな宙返り。
……この温度差で頭がおかしくなりそうだ。
唐突ですがレオネルさんは金髪で蒼い目、アンナさんは茶髪で碧の瞳です。