天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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ほのぼの回


18話 童貞と幼女とおじさん(王様)

「リオ、これ!」

 

 

元気な声とともに、ルミナが積み木を差し出してくる。

遊びは積み木。

俺は孤児院時代、よく子どもたちと遊びながら世話をしてきたから、こういうのは得意だ。

積み木をひょいひょいと組み合わせ、壁を立て、塔を立て、見栄えよく門を作る。

どんな形が安定するか、どうすれば高く積めるか、身体で覚えている。

俺は受け取りながら、彼女の笑顔を確認するように見て、ついでに自分の体調も頭の中でチェックする。

 

――問題なし。

あの地獄みたいなだるさも、頭の重さも、息苦しさも全部消えている。

 

 

「すごーい!」

 

 

ルミナは大はしゃぎだ。

俺の作った城を見て、目を輝かせている。

 

――この笑顔が見られるなら、積み木なんていくらでも積んでやる。

 

お茶会のあと、ヴァリウスさんが持ってきた薬を俺は受け取った。

 

それはマテリアルを使用した回復薬だった。

 

最初に説明された時点では、正直、ちょっと身構えた。

だが、三日間、きっちりと飲み続けた結果――完全回復。

冗談みたいに、何もかも治ってしまった。

効きすぎて逆に怖いくらいだ。

しかも、副作用は一切なし。

 

医者も最初は、そんな怪しい薬を飲ませることに顔をしかめていた。

しかし効能を確認した途端、態度は一変。

ハイテンションで分析と研究に没頭し、ろくに寝てないような顔をして薬瓶をいじっている。

 

 

(た、助かった……)

 

 

心底そう思う。

 

 

(業魔を使っているけど……)

 

 

こうして薬になってくれれば心理的にはかなり楽だ。

業魔の肉を直接食うより、よほどマシだし。

 

 

「リオ?」

 

 

不思議そうにルミナが俺を見上げる。

 

 

「ああ、わるい」

 

 

思考に沈み込んでいた自分に気づき、ルミナの頭を撫でる。

柔らかい髪が指の間をすり抜け、くすぐったい感触が掌に残った。

 

 

(それにしても……)

 

 

ヴァリウスさんとお茶をしてから、俺たちの護衛は騎士ではなく兵士に変わった。

最初は不思議に思ったが、よく考えれば騎士は王国の精鋭中の精鋭だ。

俺やルミナの警護にずっと張り付けるのは、資源的に見てもったいない。

兵士たちも十分に精鋭だし、妥当な判断だろう。

 

……とはいえ。

あれから、エドワールさんやヴァリウスさんからの連絡がない。

これが妙に不安を煽る。

 

エドワールさんの、あの遺言めいた発言。

そしてヴァリウスさんの、あまりにも意味深すぎる態度。

 

昨日、どうにも落ち着かずに兵士に尋ねてみたことを思い出す。

 

 

「あの、何かありました? 陛下やグランツ様から、何も――」

 

 

最後まで言い切る前に、兵士の顔が凄まじく引きつった。

そして、低く押し殺した声で答える。

 

 

「……何も、言えません」

 

 

その表情は、「言えない」というより「言ったらまずい」だった。

 

 

「今は、外に、出ないでください。お願いします……」

 

 

最後の「お願いです」は、声が震えていた。

懇願――まさにその言葉がぴったりだった。

 

 

「は、はい……」

 

 

その様子に押されて、何も聞けなくなった。

あそこまで真剣な顔をされれば、踏み込むのは憚られる。

だが――やはり気になる。

 

俺は頭を振った。

 

 

(今はルミナと遊ぶ時間だ)

 

 

余計なことを考えて暗い顔をしても、ルミナが心配するだけだ。

 

 

「よーし、見てろよルミナ」

 

「うん!」

 

 

期待の声をあげるルミナの笑顔に、胸の奥の不安が少しだけ和らぐ。

 

積み木の城が、ほぼ完成に近づいていく。

積み上げるたびに小さく拍手をして、塔が高くなるたびにきらきらした目で俺を見上げる。

 

 

「……いよいよだな」

 

 

俺は最後のパーツを手に取った。

最上部を飾る、小さなとんがり屋根のブロック。

これを置けば、堂々たる城が完成する――はずだった。

 

ルミナは前のめりになり、目を輝かせている。

その瞳に映る俺は、きっと大工か職人か、はたまた建築王にでも見えているのだろう。

手の中の積み木を、そっと……慎重に……

 

コンコン。

 

扉からノックが響いた。

 

 

「……ッ」

 

 

その瞬間、俺の手元がわずかに狂った。

とんがり屋根が微妙に傾き、下のブロックに触れる。

カタン――ガラガラガラガラッ。

 

 

「――あっ」

 

「――あーーーーー!?」

 

 

ルミナの悲鳴とともに、俺たちの城は一瞬にして瓦礫と化した。

積み上げた労力と時間が、音を立てて崩れ落ちていく光景は、何度見ても心にくるものがある。

 

 

「……入ってもいいか?」

 

 

扉の向こうから、聞き覚えのある声がした。

 

 

(エドワールさん!?)

 

 

「……いいですよ」

 

 

少し声が上ずったのを、自分でも感じた。

 

 

「失礼する」

 

 

扉が開き、姿を現したのは紛れもなくエドワール国王――いや、今は国王としてではなく、人としての顔だった。

 

だが、入ってきた瞬間に彼が見たのは、俺ではなかった。

いや、正確には俺と……積み木の残骸、そしてその横でぷいっと顔をそむけるルミナだった。

エドワールは一瞬だけ固まり、それから申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 

「……すまん、ルミナ」

 

 

ルミナは何も言わず、顔を背けたまま頬を膨らませている。

その様子があまりにも分かりやすくて、俺は苦笑しながら口を開いた。

 

 

「すみません、エドワールさん」

 

「いや、タイミングが悪かったようだな……」

 

 

言葉の調子から、本気で悪いと思っているのが伝わってくる。

それでもルミナは、しばらく拗ねたままだった。

 

そんなやり取りをしながらも、俺は胸の奥でほっとしていた。

エドワールさんがこうして無事に、しかも自らここまで足を運んでくれるというのは、それだけで安心材料になる。

 

……ただ。

 

 

(あれ……なんか、えらく疲れ切っていないか?)

 

 

よく見ると、彼の目元にははっきりと隈ができていた。

姿勢は保たれているが、動作の端々に疲労が滲んでいる。

靴音が床に響くのも、どこか重たい。

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 

気づけば口をついて出ていた。

エドワールさんは、ほんの少しだけ口角を上げ、苦笑を浮かべた。

 

 

「ああ……どうしてもやらねばならぬ事があってな……」

 

 

そのまま視線を窓の外に向け、どこか遠くを見つめる。

そして――

 

 

「ふふふふふ」

 

 

妙に乾いた笑い声を漏らした。

まるで、何かをやり遂げた人間の笑い……いや、何かを乗り越えて生還した人間の笑いに近い。

 

 

(……なんだか、命からがら戦場から生還したような……?)

 

 

背筋に、薄く寒気が走った。

何があったのかは分からない。

けれど、エドワールさんのあの笑い方は、普通じゃない。

絶対に、ただの疲れじゃない。

 

問い詰めたい気持ちはあったが、この笑みは何か地雷を踏みそうで、口を噤んだ。

 

ふと横を見ると、ルミナはまだ拗ねたままだった。

腕を組み、そっぽを向いている。

その膨れた頬が、やけに子どもらしくて笑ってしまいそうになる。

 

俺は手を伸ばし、その頬を指で軽くつついた。

 

 

「今度はもっとすごいの作ってやるから、機嫌治せよ」

 

 

すると、ルミナの目がぱっと輝いた。

 

 

「ほんと!?」

 

「ああ」

 

 

途端に彼女は笑顔になり、先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。

 

 

「座ってください、エドワールさん」

 

 

俺はそっと椅子を引いた。

 

 

「ふーーーーーー……」

 

 

深く長い吐息が部屋に広がった。

椅子に腰を下ろしたエドワールさんは、そのままテーブルに突っ伏した。

額を天板に預け、片腕で目元を覆う。

力の抜けた姿勢が、言葉より雄弁に彼の疲弊を物語っていた。

 

 

(……本当に疲れてるんだな)

 

 

いつもの堂々とした雰囲気は影を潜め、目の前の人物はただの一人の人間――いや、それ以上に、限界寸前の誰かに見えた。

 

俺は席を立ち、棚からティーポットを取り出す。

軽く温め直し、カップに紅茶を注ぐ。

香りはやや落ち着きのあるブレンドで、今のエドワールさんに合いそうだ。

 

 

「どうぞ」

 

 

湯気を立てるカップを、そっと彼の前に置く。

エドワールさんは顔を上げ、ぼんやりとした目でカップを見つめた。

 

 

「ああ……すまんな」

 

 

短い礼の言葉と共に、両手で包み込むようにカップを持つ。

指先がわずかに震えているのを、俺は見逃さなかった。

 

ふと横を見ると、ルミナがじっとこちらを見ていた。

俺は別のカップに紅茶を注ぎ、ミルクを少し多めに、そして砂糖を二匙。

スプーンで丁寧にかき混ぜ、香りを立たせる。

 

 

「ルミナも」

 

 

カップを差し出すと、ルミナは嬉しそうに笑って受け取った。

 

 

「ありがとう」

 

 

一言礼を言って、ゆっくりと口をつける。

小さく息を吐き、温かさを楽しむように目を細めた。

 

その様子を見て――エドワールさんの表情が、わずかに動いた。

眉がほんの少し寄り、唇の端が硬くなる。

一瞬だけ、彼の目の奥に何かが過った。

 

 

(……?)

 

 

それは嫌悪でもなく、驚きでもなく――説明のつかない、複雑な感情だった。

ルミナを見つめるその視線は、どこか遠くを見ているようでもあった。

懐かしさと、哀しみと、そして――決意が混ざっているような。

 

だが、次の瞬間には、エドワールさんは視線を逸らし、紅茶に口をつけた。

湯気の向こうで、その表情は再び読み取れなくなる。

 

 

(……今のは、なんだったんだ?)

 

 

胸の奥に小さな疑問が芽生える。

けれど、それを口に出す勇気は、今の俺にはなかった。

 

ルミナはそんな空気に気づく様子もなく、カップを両手で包みながら楽しそうに紅茶を飲んでいる。

その笑顔が、この場の緊張を少しだけ和らげてくれていた。

 

エドワールさんは紅茶を飲み干すと、カップをそっとテーブルに置いた。

その動きが妙にゆっくりで、何かを覚悟しているように見える。

 

 

「……リオ」

 

 

急に名を呼ばれ、背筋がぴくりと反応する。

 

 

「は、はい」

 

 

ただならぬ声音に、思わず返事の声が硬くなった。

エドワールさんは軽く息を吐き、数秒の沈黙の後で口を開く。

 

 

「……お前に二人の護衛騎士をつける。無期限でな」

 

「え、ええええええええええええ!?」

 

 

思わず素っ頓狂な声が出た。

騎士――王国が誇る精鋭中の精鋭。

それを護衛としてつけてもらえるのは、よほどの地位や功績を持つ貴族、もしくは王族だけだ。

それでも、通常は短期間。

無期限なんて聞いたことがない。

 

それを、平民の一冒険者である俺に二人も?

頭が追いつかない。

 

 

「流石にそれは受け入れられませんよ!」

 

 

反射的に断ろうとすると、エドワールさんはきっぱりと首を振った。

 

 

「駄目だ、これは命令だ」

 

「いや、騎士って王国の切り札でしょ!? そんな貴重な人材を俺なんかに――」

 

 

言い終わる前に、エドワールさんがぐっと身を乗り出し、顔を近づけてきた。

距離が近い。いや、近すぎる。

 

 

「リオ」

 

 

低い声。妙に重い響き。

 

 

「断られたら……俺は……死ぬ」

 

「……はい?」

 

 

一瞬、脳が理解を拒否した。

何を言ってるんだ、この人は。

 

 

「いいのか?」

 

 

真剣そのものの目で問い返され、思わずたまらず叫んだ。

 

 

「自分を人質にしてまで要求を飲ませようとするなあああああ!!!」

 

 

だがエドワールさんは首を横に振る。

 

 

「脅しでも何でもないのだ……」

 

 

……え、待ってくれ。

 

 

(俺が受け入れないとエドワールさんが死ぬって……なんで!?)

 

 

この話の飛躍具合がすごすぎて、頭が混乱する。

 

俺はしばらく黙り込み、必死に考えを巡らせた。

……俺が断って本当に死んだら後味悪すぎる。

 

 

「……………わかりました」

 

 

観念してそう答えると、エドワールさんは大きく息を吐いた。

 

 

「そうか、受け入れてくれるか!」

 

 

そして、九死に一生を得た兵士のように、全身から力を抜き、心底安堵した表情を浮かべた。

 

 

「これで俺は助かる!!」

 

 

いやいやいや……助かるって何から!?

内心で全力ツッコミを入れる。

 

ルミナはというと、テーブル越しに俺たちを交互に見ながら、完全にコントを見る観客の目をしていた。

口元には笑み、目はきらきら――多分、面白がっている。

 

……まあ、確かに面白い光景かもしれない。

けど、当事者のこっちはたまったもんじゃない。

 

 

「しかし、何故俺に騎士の護衛を?」

 

 

カップを持ったまま、俺は率直に問いかけた。

確かに自分の立場が普通じゃないのは分かっている。

でも、二人の騎士を――しかも無期限で――護衛につけるなんて、どう考えても異常だ。

 

エドワールさんは、その問いを聞いた瞬間、目をきょろきょろさせた。

 

 

「えーと、その、だな」

 

 

あれ? さっきまで「命令だ」って威勢よく言ってた王様がどこ行った?

目の前にいるのは、威厳の欠片もない、完全に追い詰められたおじさんだった。

声に力がないし、手元のカップを持ち替える仕草も落ち着きがない。

 

テーブルで、ルミナが頬杖をついてそんな様子を観察している。

……なんか、目がキラキラしているのは気のせいか?

絶対、面白がってるよなこれ。

 

俺はエドワールさんの挙動不審っぷりを見て、内心でため息をつく。

 

 

(理由が……言えないのか?)

 

 

もし本当に必要な護衛なら、堂々と理由を説明すればいい。

でも、こうして視線を泳がせ、言葉を濁すってことは――

多分、俺には言えない理由があるんだろう。

 

 

「……すみません、無理して言わなくてもいいですよ?」

 

 

そう言うと、エドワールさんは肩の力を抜いたように見えた。

安堵した表情で、深く息を吐く。

 

 

「本当にすまんなぁ、リオ……」

 

 

その声は、どこか申し訳なさそうで、同時にほっとした響きもあった。

 

……でも、これだけは聞いておかないといけない。

俺の胸の奥で、どうしても確かめたい疑問が燻っていた。

 

 

「……ルミナ……ですか?」

 

 

言葉にした瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。

エドワールさんはぴたりと動きを止め、短い沈黙の中で逡巡した。

 

そして、ゆっくりと頷いた。

 

名を呼ばれたルミナは、きょとんとした顔で俺とエドワールさんを見比べている。

自分が話題に上がった理由が分からないといった表情だ。

 

俺はその顔を見つめながら、改めて思った。

 

 

(ルミナ……)

 

 

この子が、エドワールさんにとって――いや、王国にとって――ただの少女じゃないことは薄々感じていた。

でも、こうしてはっきりと頷かれると、その重みが違ってくる。

 

……やっぱり、ルミナは特別なんだ。

俺が思っている以上に、もっと大きな意味を持っている。

それは多分、俺の知らない事情と深く結びついていて――だからこそ、俺に護衛をつける必要があるんだろう。

 

ルミナはまだ、不思議そうな顔でこちらを見ていた。

何も知らないまま、カップの中の紅茶を見つめ、ゆっくりと口をつける。

 

その何気ない仕草が、逆に俺の胸をざわつかせた。

……この子を、絶対に守らないといけない。

その思いだけは、理由を知らなくても揺らがなかった。

 

 




唐突に護衛IN、誰なんだろ?
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