天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
レオネルが外に出ていく背を見送ると、俺は大きく息を吐いた。
「……まだ、友と思ってくれるのか、レオネル」
胸が痛む。
あいつは何も変わらない。
だが――俺はもう、あいつの友である資格を失っている。
それでも変わらぬ友情を示されるたび、心臓が軋むように痛む。
視線を横にやれば、気を失ったリオが横たわっていた。
ヴァリウスの診断では命に別状はないと聞き、本当に胸を撫で下ろす。
「……無茶しよって」
ため息とともに呟く。
「おーい、親父ーー!」
聞き慣れた声に顔を上げると、三人の影がこちらへ歩いてくるのが見えた。
足取りはそれぞれに違えど、揃った姿は堂々としていて、見間違えようもない。
長男――クラウス。
大柄で快活、いつも先頭に立って声を張り上げる男。剣も槍も一通り扱えるが、とりわけ軍を率いる胆力は群を抜いている。
その歩みは力強く、戦場を駆ける将の気配を纏っていた。
次男――アスベル。
兄と比べれば細身で、物静かな男。政治と法、駆け引きの才においては誰よりも鋭い。
その瞳には常に計算と冷静さが宿り、歩みひとつ取っても無駄がない。
そして三男――トールズ。
まだ若さの残る柔らかい顔立ちだが、その声には人の心を動かす力がある。
対話を重んじ、騎士や庶民と分け隔てなく言葉を交わす姿を俺も幾度となく見てきた。
三人の中では最も温厚に見えるが、芯の強さは兄たちに劣らぬものがある。
俺の息子たちだ。
血を分けた子でありながら、それぞれが違う道を歩み、違う力を身につけてここに立っている。
その姿を目にした瞬間、胸の奥に重苦しいものが広がる。
(……俺は、何を残してやれるのだろうか)
父としての誇らしさと、王族として背負わせてしまう罪。
相反する思いが、胸の奥でせめぎ合っていた。
「お前たち……一体どうしたのだ?」
俺の問いかけに、クラウスは後頭部をがしがし掻きながら答える。
「あんな戦い見せられて……居ても立っても居られねえよ」
「魔道具越しじゃなく、生で見たくなるってもんだ!」
そう言って辺りを見渡すと、クラウスは大声で笑った。
「おーおー派手にやったなおい! あのレオネル、いや、今はレオンか? あいつとあそこまで遣り合って剣を折るなんざ……凄ぇ!!!」
その言葉に、アスベルが静かに頷いた。
「ええ。剣に関して不出来な私ですら、手に汗を握りました」
トールズもまた口を開く。
「噂以上に凄い人でしたねリオさん」
「本当に、彼が居なかったらどうなってたか…」
アスベルは弟の言葉に続けるように、真剣な眼差しで言った。
「そうだな。リオ殿がきっかけで発覚したとはいえ、先代国王が隠蔽していた証拠が出てきた以上……時間の問題だ」
息子たちの言葉を聞きながら、俺は胸の奥に重苦しいものを覚える。
「……アスベル。調査は?」
政治に長けた次男に問いかける。
アスベルは一瞬考え、慎重に答えた。
「暫し……お待ち下さい。裏付けを取らねばなりません」
アスベルの声は冷静だった。だがその奥に潜むものは重い。
「……覚悟しておいてください」
短く、だが決定的な一言。
それは事実上の宣告だった。
「そうか……」
気づけば、息が漏れていた。
ため息ではない。
重みを受け止めきれず、ただ自然に零れ落ちた呼気。
胸の奥に、鈍い痛みが広がっていく。
俺が望もうが望むまいが――もっと深く、もっと暗い真実が抉り出されるのは、間違いない。
クラウスが大きな腕をぶんと振り回し、力強く笑った。
「頼むぜ、アスベル! 武力が必要ならいつでも言ってくれ」
鍛え上げた腕を見せびらかす長男。
武力だけでなく軍事全般に通じる彼なら、アスベルやトールズを守り抜けるだろう。
「僕は騎士たちと対話を試みます」
トールズは柔らかくも真剣な声音で言った。
「安心してください。お父様が独りで騎士たちに真相を語ったこと……あれが功を奏しています」
「少なくとも、お父様を悪く思う者は居ません。僕の感覚が正しければ、ですが」
俺以上に人との対話を得意とする三男の言葉だ。
ならば、間違いないのだろう。
「まったく……俺たちやお袋も一緒に行くって言ったのによぉ」
クラウスが口を尖らせる。
「すまんな」
俺は短く謝った。
胸の奥で小さく疼くものがある。
お前たちが俺を想って、一緒に背負おうとしてくれたことは分かっている。
だが――許せ。
俺は、お前たちに辛い思いをしてほしくなかったのだ。
「私たちはいいですが……母上にはフォローをお願いします」
「……レオネルさんとアンナさんを慕ってますからね、お母様」
最愛の妻――セシリア。
その名が脳裏に浮かんだ瞬間、胸の奥に疼きが広がった。
「ああ……セシリアはアンナを姉のように慕っていたからな」
俺は思わず呟く。
身分など関係なかった。二人はまるで本当の姉妹のように寄り添い合い、互いを支え合っていた。
王族としての枷を背負いながらも、アンナと共にいるときのセシリアは、普通の少女のように笑っていた。
あの無邪気な笑顔を、俺は幾度も目に焼きつけている。
アンナが復活したと知った時――セシリアは涙を流して喜んだ。
震える手で顔を覆い、何度も何度も「ありがとう」と呟いていた。
まるで自分の半身を取り戻したかのように。
……だが、その直後に
先代国王――俺の父が犯した罪を知らされた。
俺が、知らせた……
クラウスが、普段の陽気さを消し、沈痛な顔で口を開いた。
「お袋が……泣き崩れた姿を見るのは初めてだったぜ」
アスベルは上を仰ぎ、眉を寄せる。
「私たちですら……倒れそうになったのですから。母上の受けた衝撃は、予測もつきませんよ」
トールズは両手で顔を覆った。
「僕たちの祖父だった人が……王族が……ジークフリード家の子供を殺したなんて」
その言葉に、俺の胸は裂かれる思いだった。
そう――父がレオネルとアンナの子供を殺した。
そう言っても過言ではない。
セシリアもまた王族の血を引く。
俺の妻であり、優しく、責任感のある女だ。
その妻が、この事実を知った時。
どれほどの衝撃を受け、どれほど心を痛めただろう。
セシリアは誰よりも気丈で、家族を支える柱だった。
だが、その彼女が泣き崩れる姿を俺は見た。
その光景は、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。
「……セシリア」
声に出せば、胸の奥に疼きが広がる。
「……フィオナは?」
思わず口を突いた言葉に、三人の息子たちが一瞬だけ視線を交わし合った。
その沈黙には、幼い妹を案じる気持ちが滲んでいた。
最初に答えたのはクラウスだった。
「いつも通りに過ごさせてる」
「……あいつはまだ幼い。こんな事実、知らせるべきじゃねぇ」
胸の奥に重苦しいものが広がった。
フィオナ。
俺の唯一の娘にして、末の子。
まだ年端もいかぬ幼子に、この醜悪な真実を背負わせるなど――到底できはしない。
アスベルがゆっくりと頷き、言葉を添えた。
「せめて……ある程度、成長してから話しましょう」
「その時ならば、受け止める力も備わっているはずです」
トールズは小さな声で、だが痛切な響きをもって呟いた。
「……フィオナ」
三人の息子たちがそれぞれの形で妹を案じている。
その姿を目の当たりにし、俺は言葉を失った。
(そうだ……フィオナはまだ何も知らない。知らなくていい。あの笑顔を、せめて今だけでも守ってやらねばならない)
唇を噛み、胸に押し寄せる感情を必死に抑える。
王族としての義務よりも、父としての想いが先に立つ自分を、どうしても責めきれなかった。
「……そうか」
胸の奥で小さな安堵が広がった矢先。
アスベルが一歩前に出た。
「父上」
その声は揺るぎなく、静かに響いた。
アスベルは背筋を伸ばし、正しく礼を取るように姿勢を整え、左右に立つ兄と弟へと一瞥を送る。
「長男クラウス、次男アスベル、三男トールズ――」
名前を順に口にするその声音には、一片の迷いもなかった。
そして、短くも決定的な言葉を放つ。
「私達の王位継承権を、剥奪して下さい」
……一瞬、頭が空白になった。
耳に届いた言葉を理解するのに時間がかかった。
心臓が跳ね、脳裏で繰り返す。
王位継承権を――自ら放棄するだと?
「……お前達」
思わず声が震える。
冗談で言っているのではない。
その瞳には決意の光が宿っていた。
俺の息子達は、本気でそう望んでいるのだ。
胸の奥に重いものが落ちてきた。
彼らは――俺の想像を超える覚悟を固めていた。
続けたのは三男のトールズだ。
「お母様と兄様たちで話し合いました」
「僕達は禊をしなければなりません。責任を取らなければならない」
その言葉に、俺は思わず問いを返していた。
「……フィオナが、王位を継承すると?」
「正確には……フィオナの夫となる者に、ですね」
アスベルが迷いなく答える。
「だが……」
声が裏返るのを抑えきれなかった。
「だが、騎士達が納得できる者など……!!!」
その時だった。
胸の奥に閃光のような直感が走る。
――居る。
騎士達が何の不満もなく、むしろ諸手を挙げて忠誠を誓うであろう者が。
その答えは、すぐ傍にある。
気を失って横たわる、一人の少年。
アスベルが静かに告げた。
「国王派と貴族派ならば、私達でも対処出来ます」
「ですが――騎士派は無理です」
その声は冷徹な現実を突きつける。
「騎士派は権威ではなく信義を重視します。王家が約束を守り、騎士はその信義を信じて剣を振るう」
「……ジークフリートにした仕打ちを考えれば、個々の騎士はともかく、その背後にある家が納得はしないでしょう」
トールズが小さく頷き、言葉を継ぐ。
「政治的行動は少ない騎士派ですが……その影響力は強大です」
「彼らが受け入れられる人物を王に据える必要がある」
アスベルが視線を落としながら、はっきりと結論を口にした。
「例えば――被害を受けた英雄夫妻を救い、その子供すら救った者」
「そして、英雄レオネル……レオンが振るう剣を、折った者ならば」
俺の背に冷たいものが走った。
確かに、それならば……。
「騎士派の支持を得られるのなら、国王派や貴族派が反対しようとも……問題にはならない」
アスベルの断言に、俺は思わずかぶりを振った。
「アスベル、待ってくれ」
だが、トールズはきっぱりと言い切った。
その声音には一片の迷いもなく、若さ特有の無鉄砲さではなく、冷静な確信が宿っていた。
「お父様。彼しか居ないのです」
「王となり、僕達兄弟は臣下として彼を支える」
「この形が、王国が取れる最善なんですよ」
胸の奥に重く突き刺さる言葉。
父としては受け入れ難い。
王族としてはなおさら認めがたい。
けれど同時に、理として否定することが出来なかった。
リオという存在が、騎士たちの心を掴み、英雄夫妻の未来を救ったのは紛れもない事実。
あの少年なら、確かに騎士派も貴族も呑み込むことが出来るだろう。
「あ、ああ……」
気づけば、呻くようにそう漏らしていた。
父としての情と、王国を守る義務とがせめぎ合い、胸が張り裂けそうだった。
言葉が喉に貼りつく。
クラウスが一歩進み、俺を真っ直ぐに見据えた。
「親父、わかってくれ」
クラウスの声は真っ直ぐで、濁りがなかった。
「俺達は……王になれなくてもいい」
言葉は短い。だが、その一言に込められた重みは計り知れない。
「……いや、座りたくねぇ」
その声音は重く、深く、そして真実そのものだった。
軽口を叩くときの兄の声色ではない。
戦場で剣を抜いた時と同じ、決して揺るがぬ覚悟の声。
「親父とお袋の血で染まった玉座なんざ……座りたくねぇんだよ」
クラウスの声が胸に突き刺さる。
建国王エドワードが定めた法。
「騎士の子に危害を加えた者は、極めて重い罰を受ける」――それはただの規律ではない。
かつて建国王エドワードの長男が、始まりの騎士レオンハルトの妻と子を手にかけてしまった。
その罪を二度と繰り返させぬために、エドワードと次男は血を吐く思いで聖約を定めたのだ。
その約定は、王国の根幹。
王と騎士の間に築かれた絶対の信頼の証。
だが先代国王はそれを踏みにじった。
俺たちの血は、今や玉座を汚す呪いに等しい。
だからこそ――息子たちは座らない。
子供たちを王に据えるには――俺とセシリアの首が必要になる。
それほどまでに罪は重い。
アスベルは静かに口を開いた。
「私も同じです、父上。……家族の命と引き換えに王になるなど、決して望みません」
「その玉座に座ることが、母上や父上の犠牲の上にあるなら……私は王である資格を拒みます」
トールズもまた、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「僕だってそうです。……お父様やお母様を失ってまで、王になんてなりたくない」
「血で汚れた玉座に座るくらいなら、臣下として仕える方が何倍も誇り高いんです」
俺は息子たちの顔を見た。
三人とも、真っ直ぐに俺を見返していた。
(……俺は、息子達を叱らねば)
王になる者が、そんな甘ったれた言葉を吐くものではない。
「責任を放棄するな」と、父として叱るべきだ。
だが――。
「……ああ」
無理だった。
胸の奥からせり上がるものに、声が震えた。
言葉が続かない。
(……無理だ)
だって――。
(嬉しかった)
俺とセシリアの命が、玉座より大事だと。
迷いなく言い切ってくれた息子達が、ただただ愛おしく、嬉しかったのだ。
「お前達……!」
頬を伝う涙を止められなかった。
父として、王族として、男として。
幾重もの顔を持つ俺が、その全てを超えて――ただ、父として泣いた。
息子たちが、俺と妻を選んでくれたことに。
血に汚れた玉座を拒み、誇りを持って臣下の道を選んでくれたことに。
王としての言葉は、何一つ出てこなかった。
残ったのはただ――父としての嗚咽だった。
エドワールさんとレオネルさんに温度差がありますがエドワールさんのほうが正しいと思ってください。
そんだけヤバい事を先代国王がやっちまいました。
リオくんは・・・騎士の心鷲掴みムーヴしかしてないのが悪い。
色々と問題がありますが、それらを気にしている余裕が彼らにありません。