天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
積み木の小さな木片を、私は指先でそっと積み上げた。
会話はない。
ただ、コトン、コトン、と木が重なる音だけが部屋に響く。
どうしたらいいのだろう。
普段の私なら、誰とでも自然に言葉を交わし、気持ちを和ませられるはずだった。
けれど――目の前の小さな少女を前に、私は緊張で喉がこわばっていた。
ルミナ。
私の……娘。
そう呼びたくてたまらない存在。
けれど口にすれば壊れてしまいそうで、ただ積み木を指先で弄びながら、心の奥で答えを探していた。
その沈黙を破ったのは、ルミナだった。
「つぎは、そこ」
小さな指が、積み木の隙間を指し示す。
「え、ええ……こう?」
恐る恐る重ねてみると、ルミナは小さく頷いた。
「ん」
短い返事に、ほっと胸を撫で下ろす。
指示されたとおりに積み上げていくと、少しずつ形が整ってきた。
「……何を、作ってるの?」
「おしろ」
ルミナの答えは即答だった。
「リオよりすごいのつくって、おどろかせる」
その言葉に、私は小さく目を見開いた。
(そうだ、リオの話題なら……!)
「リオって、積み木が上手?」
問いかけると、ルミナは木片を置いたまま、淡々と答える。
「いろいろつくれる。このまえは……シャークトルネードをつくった」
「えっ?」
思わず声が裏返った。
「シャーク……トルネード?」
頭の中で必死に想像を巡らせる。サメと竜巻? どうやって積み木で?
皆目見当もつかない。
「そう……リオって凄いのね」
なんとか取り繕うと、ルミナは頷いた。だがその直後、頬をぷくりと膨らませた。
「でも……おっぱいやろう」
「……はい?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
ルミナはむすっとした顔で続ける。
「はじめてあったとき、チェンジっていった」
「チェンジって……」
(どこぞのいかがわしいお店!?)
思わず頭を抱えそうになる。
「そのあと、きょにゅうびじんのねーちゃんつれてこいって」
「はあ!?」
(リオぉぉおおおおお!!)
怒鳴り出したいのをこらえ、私は無理やり笑顔を作る。
「……後でリオとお話するわ。女の子の扱いとか、ね」
「よろしく」
「ええ、任せて。立派な紳士にしてあげる」
少しだけ――距離が縮まった気がした。
ルミナは胸に手を当て、ぽつりと言った。
「いつか、きょにゅうびじんになって……リオを、のうさつしてやる」
その宣言に私は思わず微笑んでしまう。
「ふふ……あなたなら、なれるわ」
(だって、あなたは……)
胸の奥で言葉を呑み込み、私は積み木を重ねた。
それからしばらく、私とルミナは無言のまま遊びに没頭した。
静かだったが、不思議と空気は柔らかくなっていた。
「かんせい」
積み木の上で、ルミナが小さく両手を打った。
完成した城は、小さな木片の集まりとは思えないほど堂々としていて、子供らしい無邪気さと、どこか不思議な整然さを併せ持っていた。
「ふふ……立派なお城ができたわ」
私は微笑み、出来上がった積み木の城を見上げるように眺めた。
ルミナは短く「ん」と返す。その小さな頷きが妙に嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
しばらく、私たちは黙ったままだった。
けれど、先ほどまでの気まずい沈黙とは違う。
この沈黙は、不思議と心地よかった。
木の匂い、光の差し込む温もり、そしてルミナの小さな呼吸――それらが優しく溶け合い、部屋を包み込んでいた。
でも……。
(今なら、言えるかもしれない)
胸の奥で、何かがせり上がってくる。
ずっと口にできなかった言葉。
娘を前にして、母として呼びかけたい言葉。
「ルミナ」
私はようやく、彼女の名前を呼んだ。
それだけで喉が震える。
「私は……」
“母”だ、と言いたかった。
けれど、どうしても言葉が続かない。
唇がわずかに震える。心が追いつかない。
ルミナはじっと私を見て、そして小さく首を横に振った。
「いまは、まだだめ」
そして、はっきりと言った。
「アンナ」
その一言に、心が揺れた。
母と呼ばれなかったことに、一抹の寂しさを覚える。
けれど同時に――その呼び声が、確かに私へ向けられたものだと感じられて、嬉しくもあった。
「……わかったわ、ルミナ」
私は笑って答えた。
無理に急ぐ必要はない。
一歩ずつでいい。
私とレオネルが、この子の“家族”になるには、まだ時間が必要なのだろう。
けれど――必ずそうなる日が来る。
(できれば……リオも)
胸の奥で、もう一人の少年の姿を思い浮かべた。
あの真っ直ぐな目をした少年。
ルミナにとって特別な存在であり、そして――私とレオネルにとっても欠かせぬ存在になりつつある。
だから。
「ねえ、ルミナ」
「ん」
小さな顔がこちらを向く。
「リオのことを教えてくれない?」
その瞬間、ルミナの目が輝いた。
胸を張って、声を弾ませる。
「うん!」
その笑顔に、思わず笑みがこぼれる。
(ルミナの家族なら……リオも私とレオネルの家族、ってことでもいいわよね? リオ)
________________________________________
「いたずらすると、おもしろい」
ルミナがぽつりと口を開いた。
「へえ、どんなところが?」
ルミナは小さく笑った。
「おどろかないように、がまんしているところ」
「……がまんしている?」
「うん。それを、くずすのがだいごみ」
私は思わず苦笑した。
(……変な遊びを覚えちゃってるなぁ)
けれど、その声があまりにも楽しそうで、咎める気持ちよりも、微笑ましさの方が勝ってしまう。
ルミナはさらに身を乗り出し、得意げに言った。
「このまえは、とうめいになって……メイドさんのあたまで、おどった」
「えっ?」
「ひっしに、たえてたけど……わたしのかち」
小さな胸を張るルミナ。
(……幽霊状態に切り替えが出来るのね、ルミナ)
驚きと同時に、背筋を冷たいものが走る。
けれどルミナにとっては単なる遊びの一環に過ぎないらしい。驚愕を飲み込み、私は努めて穏やかに笑った。
「……でも、メイドさんにイタズラしちゃ駄目よ?」
「だいじょうぶ。リオだけ」
即答するルミナ。
私は思わず目を瞬かせ、それから深いため息を吐いた。
(……頑張ってね、リオ)
ルミナは嬉々としてリオの話を続けてくれた。
「リオはね、えがすっごくじょうず」
「へえ、そうなの?」
「いろんなえをかいてくれた」
目を輝かせて語るその姿に、思わず頬が緩む。
「いっしょにおちゃをのんだ。リオがいれてくれたの。ちょっとにがかったけど……」
「ふふ、それでも美味しかったでしょう?」
「ん、おとなのあじ?」
そしてルミナは、まるで舞台に立つ役者のように両手を広げ、身振り手振りを交えて話し続けた。
「リオ、いろんなことをしてる。すごいこと、へんなこと」
「へんなこと?」
問い返すと、ルミナは真剣な顔でこくこくと頷いた。
「たまにへんなことしてる。メイドさんとしゃべってるとき……はなのしたがのびてる」
「……はぁ?」
思わず目を瞬かせる。
ルミナは子供らしい純真な目で、力強く言葉を続けた。
「メイドさんのおっぱいみて、“むふん”ってしてた」
「リオ……」
こめかみを押さえ、深い溜息を吐いた。
間違いない、あの子は本当にやっているのだ。
(リオ……ルミナの目はごまかせないわよ?)
実際に接してみてよくわかる。
ルミナの観察眼は鋭い。
話を聞いてる限り、リオに関しては無類と言っていい。
リオの些細な仕草、ちょっとした表情の変化、無意識に漏れた声。
その全てをルミナは見逃さない。
ルミナにとって、リオは常に視界の中心であり、世界の焦点なのだ。
ルミナはリオの話をするとき、驚くほど表情豊かになる。
喜んだり、不満を漏らしたり。
さっきまでの落ち着いた口調が嘘のように、声色までくるくる変わる。
その様子を見ながら、胸の奥で静かに思った。
(ああ、やっぱり……)
ルミナにとってリオは特別なのだ。
私にとってのレオネルが、人生の半身であるように。
彼女にとって、リオは必要不可欠な存在。
だが――そんなリオを、私たちは……。
(リオは恐らく……ダンジョンに向かう)
エドワールが「レオネルに似ている」と評したあの少年が、危機を前にしてじっとしていられるとは考えにくい。
伝え聞いた評判を重ねれば、その可能性は限りなく高い。
(出来れば、ルミナと一緒に……普通の生活をして欲しい)
願いを込めた祈りは、胸の奥でしめつけられるように苦しかった。
沈黙してしまった私に、ルミナが心配そうに声をかけてきた。
「アンナ?」
「あ、ごめんなさい。ルミナ」
私は慌てて微笑みを取り繕う。
(いけない……今は、レオネルに任せよう)
レオネルは今頃、リオと剣を交えているはず。
「機会を見て頼む」と言っていた。
剣士にとって、最大のコミュニケーションは剣を交えることだ。
(やりすぎないでよ、レオネル……)
けれど、今は目の前の娘と向き合わなければ。
不安を振り払うように、私はルミナの膨れっ面を見て苦笑した。
「ん~……リオがメイドさんに目が行っちゃうのは、大目に見てあげなさい」
そう宥めると、ルミナは不満げに頬を膨らませる。
「むう」
ルミナは不満げに唇を尖らせる。
その仕草があまりに子供らしくて、可愛く思えてしまうけれど――ここはきちんと伝えなければならない。
「彼も男の子なんだから。女の子を見ちゃうのは無理もないことなの」
なるべく柔らかく言ったつもりだった。
けれどルミナは、なおも食い下がる。
「でも……レオ、ンは?」
私は小さくため息をつき、肩を竦めた。
「彼は普通じゃないから、やめなさい?」
そう。レオネルを基準にしてはいけない。
私と彼は、生粋の幼馴染。
生まれ落ちてから、ほとんどの時間を共に過ごしてきた。
一緒に笑い、一緒に泣き、時にぶつかり合いながらも――常に隣に居続けた。
恋という言葉を知る前から、互いの存在はあまりに大きくて。
気づいた時には、もう私たちは切り離せない関係になっていた。
それは決して“普通”ではない。
一般的な男女の関係から、あまりにかけ離れている。
だからこそ、他の誰かに同じことを望んではいけないのだ。
「ルミナ。レオネルと私の関係は……例外なのよ」
そう言いながら、自分の胸に手を当てる。
特別で、不可欠で、唯一無二。
それが私と彼の絆。
「焦らなくていいの。これから、少しずつ……あなたとリオが作っていけばいいのだから」
ルミナの頬が、少しだけ赤く染まったように見えた。
「むぅ」
ルミナは口を尖らせたまま頬をふくらませる。
「こら、ふくれないふくれない」
私は笑って、その頬に軽く触れる。
「あなたはこれからよ、ね?」
そう――これからだ。
まだ出会ってから半月も経っていない。
それでも確かな絆を築いたのだから、時間をかければもっと強固になる。
ルミナは、じっと私を見つめ、小さな声で言った。
「……いつか、アンナみたいになってやる」
その言葉に、胸の奥が震えた。
(私みたいに――?)
娘が、母に憧れてくれている。
その事実に、胸がじんわりと熱くなる。
「……ふふ。ええ、きっとなれるわ」
私は微笑み、ルミナの髪をそっと撫でた。
突如、ルミナの体がぐらりと傾いた。
「ルミナ!?」
ふらついた小さな体を、私は慌てて抱きとめた。
「リオが……とおくにいる」
「えっ?」
耳を疑った。
リオが遠くに? それがどうしてルミナに……?
リオと深く繋がっているのだろうか。
いや、間違いなく繋がっているのだ。
「……むかえに、いってくる」
ルミナは小さく微笑んだ。
その笑みは、不思議と安らぎを与えるものだった。
「しんぱい、しないで……」
そう言い残し、目を閉じた。
私は慌てて呼吸を確かめる。
安定したリズム。
眠っているだけだ。
「ルミナ……リオ……」
小さく名を呼ぶ。
やはり――この子はリオなしでは生きていけないのだ。
リオが遠くにいるだけで、こんなにも不安定になる。
もし――
(駄目、今は考えちゃ駄目……!)
想像するだけで、胸が潰されそうになる。
私はルミナをしっかりと抱き上げた。
「あったかいな……」
腕の中の重みと温もりが、胸の奥まで沁みていく。
この感覚を味わえるなんて、ほんの少し前まで夢にも思わなかった。
自分の子供を抱ける日が来るなんて――最近まで想像すらしていなかった。産めない体になってからは、考えないようにしていたから。
「よっと……」
ルミナをそっとベッドに寝かせる。
毛布をかけると、あどけない寝顔が布に沈んだ。
「……かわいい」
親の贔屓目抜きにしても、本当に可愛らしい。
小さな寝顔を、いつまでも眺めていたい。
「……いつまでも見ていたい」
思わず呟いた。
この子の寝顔を見つめているだけで、心が救われる。
「お城を見せられなくって残念ね」
視線を移すと、積み木で作ったお城が目に入った。
きっとリオに見せたかっただろう。
「でも……また作ればいいわね」
何度でも作ればいい。
私と、ルミナと、そしてリオと。
しばらく寝顔を見つめていると――。
コン、コン。
扉を叩く音。
(……誰かしら?)
レオネルたちはしばらく戻らないはず。
警戒心を抱いたが、すぐに外から声がした。
「すみません、アンナ様。王妃殿下が参りまして……」
「……王妃」
あっ――。
私は立ち上がり、急いで扉へ向かう。
取っ手に手をかけ、ゆっくりと開けた。
そこに立っていたのは――。
「……ああ」
言葉が漏れた。
涙を浮かべたその顔は、懐かしい友のものだった。
懐かしい姿に、目尻に涙が浮かぶ。
「久しぶりね……セシリア」
その名を呼ぶと、堪えていた涙が頬を伝った。
「お久しぶりです……お姉様」
セシリアもまた涙を流していた。
だが、その表情には深い罪悪感が滲んでいた。
次回、クソ重てえ話になります。