天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
レオンとの戦いの後、俺は深い眠りに落ちていた。
どれくらい眠ったのか、まるで見当もつかない。
「ぐ……ううう」
まず襲ってきたのは頭痛だった。
鈍い衝撃が脳を内側から殴り続けているみたいに、じんじんと響く。
体もだるくて、鉛のように重い。
それでも――。
(……起きないと)
あの娘が待っている。
ルミナが。
あの小さな少女を、待たせてはいけない。
気力を絞り、腕に力を込めて体を起こした。
布団の感触を期待していたが――。
「……え?」
違和感に思わず声が漏れる。
ここは、俺が使っている王城の一室ではなかった。
石造りの天井も壁もなく、豪奢なカーテンも、机も椅子も見当たらない。
代わりに、足元に広がっていたのは――。
「水面……?」
俺は水の上に立っていた。
静かな湖面。
波紋ひとつなく、鏡のように俺の姿を映し出している。
けれど、濡れる感覚はない。
靴の裏に感じるのは、水でも石でもない、不思議な柔らかさだった。
月明かりに照らされた広大な湖。
鏡のように澄んだ水面は静かに波打ち、揺らめく光を散らしている。
見上げれば、夜空に大きな月。
まるで手が届きそうなほど近く、蒼白の光を惜しみなく降り注いでいた。
幻想的で、神秘的で、息を呑むほど美しい空間。
だが――。
「ここは……?」
胸の奥に、はっきりとした既視感があった。
そうだ、見覚えがある。
(……魂の空間)
気づけば俺は、あの場所に立っていた。
どこまでも広がる静謐な湖。
夜空に浮かぶ巨大な月が、銀色の光を水面に落としている。
ここは――かつて管理者と出会った場所。
あの業魔との死闘の後、気を失った直後に呼び込まれた、不可思議な領域。
(やっぱり……間違いない)
肌を刺す冷気、底知れぬ静けさ。
あの時の感覚が蘇る。
「どうして……?」
思わず口に出していた。
胸の奥に渦巻く疑問が、言葉となって漏れる。
俺は周囲を見回した。
湖面と月以外、何もない。
風もなく、鳥の声もなく、ただ自分の鼓動だけが響いている。
「管理者は居ないのか?」
呼びかけるように呟き、そして両手を口に添えて大声を上げる。
「おーい、管理者ー!」
声は湖に反響し、空に溶けて消えていく。
「俺だー! リオだ!!」
精一杯の声を張り上げた。
だが――返事は無い。
姿を見せるどころか、気配すら感じられない。
「……まいったな」
ため息が漏れる。
この空間に放り込まれただけでも充分に不可解だというのに、肝心の管理者が姿を見せない。
不安と苛立ちが胸の奥で交錯し、静謐な風景とは裏腹に落ち着かない気持ちだけが募っていく。
感覚を研ぎ澄まし、静かに辺りを探る。
耳を澄ませても、風の音と自分の呼吸しか聞こえない。
だが――。
(……ん?)
確かに、何かがある。
目では捉えられない。
けれど、否応なく“そこに在る”と告げてくる感覚。
まるで視覚ではなく、別の何かで“見えている”かのようだった。
皮膚の裏側を流れる血潮が反応しているような……魂そのものが触れ取っているような、不思議な感覚。
(……行ってみよう)
手がかりはない。
けれど、足は自然とその方向へと動いていた。
地面を踏むたび、妙に鮮明に響く。
静寂の中に、自分の歩みだけが刻まれていく。
一歩、また一歩。
感覚を頼りに足を進める。
胸の奥に響く奇妙な気配が、歩を進めるたびに強まっていく。
やがて、その源に辿り着いた。
「…………おい」
思わず声が漏れる。
そこには――。
「くかー……すぴー……」
青白く光るナニカが大の字になって仰向けに寝ていた。
堂々たる寝姿。
まるで「ここが俺のベッドだ」と言わんばかり。
時折「くー……かー……」と規則正しい寝息を立てている。
鼻や口らしき箇所から漏れる光の粒子が、きらきらと宙を舞うのがまたシュールさを際立たせていた。
(……これが、管理者?)
俺は頭を抱えたくなった。
思い出す。
超常的な力を持ちながら、どこか抜けていて――けれど、誠実に接してくれた。
俺たち人間からすれば遠くかけ離れた存在のはずなのに、なぜか親しみを感じさせる不思議な相手。
「管理者」という呼び名に似合わない、妙に人間くさい仕草や言葉を覚えている。
……だが。
今目の前にいるのは、神秘どころかただの昼寝親父ならぬ“昼寝神”だった。
(……別れは、あんなにも綺麗だったろ)
短い時間だったが、濃密な時間を過ごした。
最後には互いに言葉を交わし、惜別の情すらあった。
あの時の記憶が胸に去来し、俺は思わず手で顔を覆った。
「もうちょい……こう……なんか、あるだろ?」
愚痴が口をついて出る。
再会の場面がこれでいいのか?
泣ける展開でも、熱い再会でもなく、青白いナメクジみたいな奴が寝そべってるだけ。
シリアスを期待していただけに、この落差は堪える。
だが一つだけ確信した。
(この事態は、管理者の仕業じゃない)
こんな適当な寝姿を晒している以上、事故みたいなものだろう
肩の力が抜けると同時に、逆に不安が膨らんでいく。
「はぁ……」
ため息を吐き、俺は仰向けに寝る青白い存在を見下ろした。
再会がこんな形になるとは――誰が予想しただろうか。
とりあえず肩を揺さぶってみた。
同時に声をかける。
「おーい、起きてくれー」
管理者は寝ぼけたような声で。
「うーん……あと五百年……」
「俺の寿命が尽きるわ!」
思わず即座にツッコむ。
なんだその時間間隔。
一瞬で人間の寿命を踏み越えるな。
「悪いが起きてくれ、俺だ、リオだ」
「ん~……リオ、くん?」
ようやく反応した。認識したか。
「そうだ、リオだよ」
少し安心して優しく声を掛ける。
だが――。
「んも~……乙女の空間に入ってくるなんて……リオくんのエッチ~」
「はぁ!?」
あまりにも予想外の言葉に頭が真っ白になる。
まだ寝ぼけてやがるのか!?
ていうか……。
「乙女って……お前」
まじまじと目の前の青白い光の存在を見やる。
「女、かよ……!?」
耳にした言葉を反芻する。
でも、どう考えても聞き間違いじゃない。
驚愕の事実。
この青白いナメクジにも性別があったらしい。
「……」
いや、おかしいだろこれ。
ミリアが隠し持ってた小説では、もっとこう……ロマンがあるシチュエーションで真実が判明するもんじゃなかったか?
それがなんでだよ。
(寝ぼけてカミングアウトってありえるのか!?)
寝言混じりでぽろっと真実を漏らすって何!?
お前は俺にどういう顔をさせたいんだ!?
胸の奥からこみ上げてくるのは、驚きよりもむしろツッコミ欲求だった。
俺の人生、シリアスとコメディの境目が薄すぎやしないか……?
深く息を吸い込む。
(……いや、今はどうでもいい)
頭の中で渦巻く色々な思考を振り払い、視線を巡らす。
一人でこの空間にじっとしているのは、どうにも居心地が悪い。
静寂が広がりすぎて、余計に落ち着かない。
「寝ていた所悪いな」
声をかけると、隣で青白い光を放つ“人型のナニカ”がもぞりと動いた。
「い~よ~」
……うん、寝ぼけまくってる。
気の抜けた声が返ってきて、逆に不安になる。
「ところで~なんの用なの~」
「……あー、それはだな」
どう言えばいいんだろう。
ここに来たのは、多分俺にとっても、そして目の前の管理者にとっても想定外の出来事だ。
言葉を選んでいると、管理者がひょいと身を起こして言った。
「わかった~」
「本当か?」
少し期待してしまう。
ようやく核心に触れられるかと思ったのに――。
「僕に夜這いしに来たんだ~」
「わかってないだろ!」
思わず絶叫。
何が悲しくて青白く光る人型のナニカに夜這いをかけねばならんのだ!
(確かに失恋はしたけど、そこまで乱心してねえ!!)
両手で頭を抱え、心の中で全力で否定する。
管理者が俺に抱きついた。
「うわっ!? ちょ、やめろ!」
ふわふわしていて、温かいような冷たいような……なんとも言えない感触。
人の体のようでいて、でも確かに人じゃない。
気持ち悪いわけじゃないが、言語化できない異様な感覚だった。
「んも~、初めてなんだからロマン考えてよ~」
「知りたくねぇよそんな情報!!」
叫びながら必死に引き剥がそうとする。
いやいや、俺だって経験ねぇんだぞ!?
「男の子と縁が無かった僕が、とうとう女になるんだね!」
「悲しいこと言うなよ……」
思わず同情しかける。
どんだけ寂しい人生(?)を送ってきたんだこいつは!?
俺だって多少は――多少は異性と関わったことがあるぞ?
……いや、あるよな?
(ミリアとレイナ……くらいか)
だが、二人ともとっくに恋人持ちだった。
あの時の虚無感を思い出して、胸の奥がズキズキ痛む。
(ぐおおおおおおお……!)
青春の傷がまた開いた!
(いや、待て。他にも誰か居るはずだ。落ち着け俺)
最近の人間関係を必死に洗い直す。
(アンナさん……?)
出会ってまだほとんど時間が経ってない。
人妻だ。
しかも旦那は、滅茶苦茶強くて、スッゲェ優しくて、超イケメン騎士のレオン!
(はい、論外ッ!)
思わず心の中でセルフツッコミ。
(じゃあ……ルミナ?)
……脳裏に浮かぶのは、幼い少女。
(いやいやいやいや!!!)
どれだけ異性に飢えてても、ルミナをカウントするのは終わりだろう!?
それはもう色々な意味でアウト。
理性も倫理も、警備兵まで飛んできそうなレベルでアウト。
変なことを考えて現実逃避していると……
「最初は~……ちゅー」
青白い光の顔が近づいてきた瞬間、俺は全力で叫んだ。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
冗談じゃねぇ!
俺のファーストキスが、こんな形で果たされたら――間違いなく一生のトラウマになる!!
必死で頭を押さえ、腕を突っ張り、間合いを取ろうと暴れる。
「リオくん……逃げても無駄だよぉ……」
「やめろ近づくな! ホラー以外の何物でもねぇよ!!」
じりじりと迫ってくる管理者。
俺の背筋に冷たい汗が流れた。
(頼む……誰か! 誰でもいい! この悪夢から救ってくれ!!)
なぜだ。
ほんの少し前まで、俺はレオンと剣を交え、信念と想いをぶつけ合っていたのだ。
剣を交わし合い、互いを認め合った――あの熱い戦い。
それが、どうして今……
なぜ俺は――
青白い変なやつにファーストキスを奪われそうになっているのだ!!!
湖上の光景が悪夢にしか思えなかった。
管理者はにやりと笑みを浮かべ、両手を広げる。
「リオくん……やさしくするからねぇ……」
「やめろおおおおおおおおおおおお!!!」
俺の絶叫が夜空に響いた。
突如、湖上に響き渡る雄叫び。
「おらあああああああああああああああ!!!!!」
耳がキンとするほどの声量だった。
次の瞬間、金色の閃光が一直線に飛び――管理者の尻に直撃。
ずぼぉ!!!
……なんか、やっべえ音がした気がした。
「ぴぎゃあああああああああああああああああ!?」
湖上に響く断末魔。
俺の脳が理解を拒否するより先に、口が勝手に叫んでいた。
「ちょ、ちょっと待て! マジで尻に入ったのか今の!?」
えっ、穴あるの!?
神秘的な存在だと思ってたのに!?
水面を転げ回る管理者は、青白い光を撒き散らしながら尻を押さえ、のたうち回っている。
ばっしゃんばっしゃん水柱が上がり、全然神秘じゃない。
「僕のっ! 僕の処女(?)がぁぁぁぁぁ!!!」
高らかな宣言に、俺は両手で頭を抱えた。
「やめろぉぉぉ!! そんな報告いらねぇぇぇ!!」
ゴロゴロ転がりながら青白い火花を散らす姿は――神秘的どころか、湖面にのた打つ哀れな生物にしか見えない。
……もうこれ、聖域でも神域でもない。ただの地獄絵図だ。
管理者が泣き叫びながら水面を転げ回る。
その地獄絵図に言葉を失い、俺はただ立ち尽くしていた。
だが――視線は自然と、あの金色の光へ吸い寄せられていた。
俺の目の前に、モヤのように漂う光。
水面に反射し、淡く揺らめくそれは、ただの光ではなかった。
見ているだけで胸の奥がざわめき、心臓が早鐘を打つ。
(……この光は?)
どこかで知っている。
いや、知っているどころか――忘れられるはずがない。
魂が震え、何かを思い出そうと必死に手を伸ばす。
視線を凝らすと、金色の粒子が一つひとつ集まり始めた。
細やかな光が寄り添い、渦を巻き、やがてひとつの球体を形作る。
淡く、しかし確かな存在感を放つ球体。
息を呑む。
胸の奥にこみ上げる感情が言葉にならず、ただ震えとなって喉を突いた。
「……ルミナ?」
その名を呼んだ瞬間、光はぱあっと柔らかく弾けた。
白いワンピースの少女が姿を現す。
小柄な体。
透き通るような金色の髪。
そして真っ直ぐにこちらを射抜く碧の瞳。
――ルミナだ。
(……何故、ルミナがここに?)
アンナさんと遊んでいるはずだ。
それが、何故。
「ん」
ルミナは短く頷いた。
その仕草はあまりに自然で、見慣れたものだった。
間違いない――ルミナだ。
ルミナはニヒル(?)っぽく笑い。
「つまらぬものをうってしまった」
「……おい」
俺は思わず額を押さえた。
何なの、そのセリフ?
水面ではまだ管理者が「ひぎゃあああああ!」と悲鳴を上げながら転がり続けていた。
青白い光が花火みたいに散り、湖上はもはや惨状だった。
だが――確かにここに、ルミナが現れた。
過去の話しで管理者のことが余り出てきませんでしたが、リオくんは別に管理者のことを忘れていたわけでは有りません。
ただ、色々と日々が濃かっただけです!(言い訳)
久しぶりにギャグ入れられた気がする