天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
設定が矛盾してないか何度か確認しては修正をして時間がかかりました。
それでも齟齬が出てしまうのが難儀ですね。
「さてと」
管理者がふっと呟いた。
その手がゆっくりとルミナの方へと向けられる。
「ごめんね」
柔らかく、けれど確かな響き。
次の瞬間、ルミナの姿が霞のように揺らぎ始めた。
「リオ!?」
「ルミナ!?」
俺の叫びが響いた瞬間――彼女の姿は掻き消えた。
空気が一気に軽くなったような感覚と同時に、胸の奥にぽっかり穴が空いたような寂しさが押し寄せる。
「……ルミナをどうしたんだ!!」
怒鳴りつける俺に、管理者は申し訳なさそうな声を返した。
「安心して。あの娘を元の場所に帰しただけだから。今頃は、自分の体で目を覚ましてるはずだよ」
「……そう、か」
全身から力が抜け、安堵の息がこぼれる。
けれど、それと同時に強烈な疑問が頭をもたげた。
(……何故、ルミナだけ戻した?)
危険とからなら、俺も一緒に返せばいい。
だが管理者はそれをしなかった。
「……ルミナに聞かせられないことがあるのか?」
俺が問うと、管理者はほんの僅か、苦笑した気配を漂わせた。
「そうだよ。本当に……頭の回転が早いなぁ、君は」
小さく、何かを呟いた。
「本当に、あの娘のことを大切に思ってるんだね……いいな」
湖面に反響して掠れ、うまく聞き取れない。
「何か言ったか?」
「いいや。大したことじゃないよ」
誤魔化しているのは明白だった。
だが、今は追及するよりも――核心に踏み込む方が先だ。
「……そうか」
俺は拳を握りしめる。
確かに、聞かなければならないことがある。
「管理者」
改めて呼びかけると、青白い光がこちらを真っ直ぐに向いた。
その視線には、人間のような感情の揺らぎが宿っているように見えた。
「俺だけに聞かせたいことは何だ?」
少なくとも、ルミナに聞かせられない内容。
その時点で、碌でもない話だと直感していた。
「……うん」
管理者は少しの間、沈黙した。
その間、湖の水音と俺の鼓動だけがやけに大きく響いた。
「僕が君に話したいことはね……」
そして、決意を固めるように一拍置いた後。
「僕の――真の目的さ」
静かな声だった。
けれど、その一言が湖上の空気を一変させた。
「……真の目的?」
俺は考えを巡らせる。
これまでの管理者の言葉は一貫していた。
だが。
(……違和感は、あった)
嘘を吐いていたのか?
いや――管理者が本気で人を騙すなら、もっと信じやすい嘘を選ぶはずだ。
だから――。
「……言っていないことがあるのか?」
そう口にすると、管理者はゆっくりと頷いた。
「そう。僕は……全部を語ってはいなかった」
青白い光の中で、仄暗い影が揺れたように見えた。
その沈黙は、嵐の前触れのように張り詰めていた。
俺は息を整え、覚悟を決める。
管理者が隠していた「真の目的」――それを聞き出すために。
「僕の真の目的は、このダンジョンを――完全に自分のものにすることだ」
静かに吐き出されたその一言に、思わず息を呑んだ。
(……自分のものに、する?)
耳に届いた言葉を反芻し、胸の奥にぞわりと冷たいものが走る。
「……このダンジョンを管理しきれていないのか?」
自然に問いが口をついた。
俺が抱いていた違和感、その核心を突かずにはいられなかった。
業魔の対処に――わざわざ人間の手を借りる必要があるのは何故か。
管理者という存在は、垣間見ただけでも常軌を逸していた。
青白く光るその姿からは、超常的な力の片鱗が感じられた。
それこそ、人間の力など誤差でしかないはずのレベルで。
「君の察しの通りだよ」
管理者は苦笑して見せた。
その笑みは、どこか悔しげで、どこか安堵しているようにも見える。
「僕は、このダンジョンの力をごく僅かにしか使えていないんだ」
管理者の声は、いつになく低く沈んでいた。
青白い光が湖面に揺れ、静かな水音さえ張り詰めて聞こえる。
「……何故、管理者なのにこの有り様なのか。説明しようか」
俺は黙って頷いた。
冗談めかす素振りも、軽口もない。
ただ真剣な気配が漂っていた。
「そのためにも、ダンジョンが出来た経緯を話さないといけない。……少し長くなるけど、聞いて欲しい」
「……ああ」
覚悟を決めるように、管理者は静かに語り出した。
――気が遠くなるほど昔のこと。
まだ世界に神々が実在していた時代。
人々の信仰を集め、光と影の均衡を保ちながら、神と人は共にあった。
その中に、一柱の女神がいた。
「……その女神はね、人間を……玩具のように弄んだんだ」
管理者の声には冷たい怒りが混じっていた。
「人の涙も叫びも痛みも、彼女にとっては遊びの延長にすぎなかった。……その結果、世界には怨嗟が溢れ返った」
怨嗟。
怒り、悲しみ、絶望、悔恨……ありとあらゆる負の感情が濁流のように積み重なった。
「その怨嗟から……一つの生き物が生まれたんだ。最初の業魔だ」
俺は無意識に息を呑んだ。
「業魔は怨嗟を喰らい、強大な存在へと変貌していった。そして神々にさえ牙を剥き、人間たちを蹂躙した」
語られる光景が、脳裏に焼きつく。
黒い炎が大地を覆い、神々の神殿を崩し、人間の街を飲み込む。
世界は、瘴気に満ちた暗黒へと変わっていった。
「世界は死の淵に立たされた。……その時だ。神々は考えた。怨嗟を喰らう業魔を滅ぼすには、その源である穢れを浄化しなければならない、と」
そこで造られたのが――。
「ヴァージニア」
管理者は淡々と語る。
だが、その淡々さが逆に重みを帯びていた。
「……しかも、ここは女神の神体を用いて作られたんだ」
「……神体、だと?」
「罰だよ。人間を弄び、怨嗟を撒き散らした女神には償いが命じられた。自身の身体を世界に捧げ、永遠に瘴気を浄化し続ける罰だ」
俺は黙り込んだ。
女神は己の肉体をこの巨大な構造物に変えられ、永遠の労役を強いられたのか。
「……だが、女神は狡猾だった」
管理者の声に苦味が混じる。
「彼女は自分の“側面”を切り離した。……そいつに管理を押しつけ、自分は自由になった」
「……まさか」
言葉が、重く胸に沈んだ。
俺は唇を噛みしめる。
管理者はわずかに肩を竦めるような仕草を見せた。
青白い光の輪郭が、わずかに震えているように見えたのは気のせいだろうか。
管理者は淡く光を揺らしながら、静かに言葉を紡いだ。
「女神が切り離した“側面”は――謙虚、慈愛、そして貞淑だった」
「……は?」
思わず聞き返す俺に、管理者はわずかに笑ったように見えた。
それらは、人間なら誰もが尊ぶものだろう。
それを――切り捨てた?
「……おいおい、待てよ」
頭を掻きむしりながら言葉を探す。
「謙虚も、慈愛も、貞淑も……普通なら“美徳”だろ? どうしてそんなもんを切り離すんだよ」
胸の奥から、どうしようもない苛立ちが込み上げていた。
人が求め、守ろうとするものを、神が“不要”と吐き捨てる。
その矛盾が、許せなかった。
管理者はしばし沈黙し、それから淡々と答えた。
「女神にとって、それらはただの“垢”に過ぎなかったんだよ。神としての威厳や力には不要な、重石みたいなものだった」
静かな口調。
けれどその声の奥には、微かな怒りと寂しさが滲んでいた。
「……垢だと?」
「そう、彼女にとっては不要だったんだよ」
「不要?」
俺は拳を握る。
管理者は湖面に揺れる光のように、淡々と続けた。
「神として振る舞うのに、謙虚はいらない」
「……」
「……慈愛も同じだ」
管理者は低く呟いた。
その声には冷たい刃のような響きがあった。
湖面を渡る声は淡々としていたが、確かな怒りが滲んでいた。
「自分に奉仕するのが人の存在意義、そう考えていた。だから“慈愛”なんて彼女には不要だった」
俺の眉間に皺が寄る。
胸がざわつく。
「そして……貞淑なんて、彼女にとっては鎖でしかなかった」
管理者の声は、氷のように冷たかった。
青白い光がわずかに揺らぎ、その奥底に濁った感情が透けて見える。
「快楽のために、人の心を弄ぶことに何のためらいもない」
「……ふざけんな」
気づけば、俺は低く唸っていた。
拳を握り、爪が掌に食い込む
「だから切り捨てたんだよ、丁度いいとばかりに」
吐き捨てるような声音。
だが同時に、どこか切なさを含んでいた。
俺は口を噤んだ。
ぞっとする感覚が背筋を走る。
「その不要物を切り離して、代わりにヴァージニアの管理を押しつけた。それが――僕だ」
「……お前が、管理者になった理由はそれか」
「そういうこと。僕は彼女が切り捨てた“謙虚”であり、“慈愛”であり、“貞淑”だ」
俺は言葉を失った。
慈愛、謙虚、貞淑。
本来なら人間が最も尊ぶべき徳を、不要物扱いして切り捨てた女神。
その残滓が目の前の管理者という存在なのか。
「……なるほどな」
俺は深く息を吐く。
この存在の成り立ちを聞かされて、ようやく点が繋がった気がした。
(つまり――管理者は、女神の“良心”みたいなもんってことか)
胸の奥で言葉が浮かぶ。
切り捨てられ、押しつけられ、こうしてダンジョンの番人にされてしまったのか。
なんとなく、見えてきた。
「……でも、それじゃあ」
「うん。強大な女神の神体で造られたダンジョンを動かすには、力不足だった」
管理者は淡々と語る。
けれど、その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。
(……力不足)
以前、俺は管理者の力の一片に触れたことがある。
あの時――圧倒的な光が視界を覆い尽くし、心の奥底まで侵食されるような感覚に陥った。
抗うことなど不可能で、理性も感情も根こそぎ持っていかれるようで――。
俺はたしかに、魅了されてしまったのだ。
息を吸うことすら忘れて、ただその存在に囚われた。
どこか心地よく、けれど恐ろしく、逃げ場などなかった。
(あれほどのものが……残滓だというのか?)
震える拳を見つめる。
全身にまだ、あの時の感覚が残っている気がした。
背筋を撫でる冷たい電流のように、痺れが走る。
「……信じられねぇな」
俺は小さく呟く。
あれが本体ではなく、切り捨てられた一部にすぎない。
“力不足”と呼ばれる残滓にすぎない。
だとしたら――。
(本来の女神は、一体どれほどの存在だったんだ……?)
想像するだけで、喉が渇いた。
全身に鳥肌が立つ。
「僕は女神の全能さなんて持っていない。……ただの残滓。それ以上でも以下でもないんだ」
管理者は自嘲するように肩を落とした。
「女神の、あの女の“美徳”なんて……どれだけあったと思う?」
その問いかけに、俺は言葉を失った。
女神。
人間を玩具のように弄び、怨嗟をばら撒いた存在。
彼女に“美徳”なんて言葉が似合うのか。
答えられずに黙り込んだ俺に、管理者は薄く笑った。
「……本当に、塵ほどしかなかったんだよ」
かすれた声。
嘲笑でも皮肉でもない。
ただ、事実を淡々と突きつける声だった。
「そんなのがヴァージニアを運用できるわけがない」
胸の奥に、冷たいものが落ちた。
(……ああ、そうか)
管理者は、女神の“不要物”だ。
残されたのはほんの僅かな良心の欠片。
それで巨大な機構を回せるはずがない。
なのに――。
「だから僕は、ヴァージニアの能力をごく僅かにしか使えない。穢れは溜まっていくばかりで……本来の目的を果たせないんだ」
重苦しい言葉が湖上に落ちる。
「最初の頃、僕の意識はほとんど希薄だった。ただ、流れる瘴気を見守り、形を保つためだけの“機能”に近かった」
「……じゃあ、今こうして話しているお前は?」
「長い年月を経て……少しずつ、自我を獲得したんだ」
湖の水面が静かに揺れる。
そこに映る管理者の姿は、どこか儚げで、人間以上に人間らしい寂しさを湛えていた。
「僕は、本来なら存在するはずのなかった意識。……女神が不要だと切り捨てた、“残滓”が紡いだ人格なんだよ」
その言葉に、俺は拳を握りしめた。
哀れだ、と思った。
(……押しつけて、平気で自由を得たってのか、女神は)
胸の奥に怒りが渦巻く。
管理者は、それを見透かしたように小さく首を振った。
「いいんだよ。僕は僕で、今はこれでいいと思ってるから」
その言葉はどこか空しく、それでも確かな自我を感じさせた。
「いいわけねぇだろ!そのせいでお前は加護だって……ん?」
ふと、俺の頭にひらめきが走った。
管理者は女神から切り離された「慈愛」「謙虚」「貞淑」の側面。
その三つの中で、特に「貞淑」という単語が胸の奥で妙に引っかかる。
「もしかして……加護が純潔の者にしか与えられない理由って……」
管理者は少しだけ青白い光を揺らし、まるで言葉を選ぶように答えた。
「……僕が人に加護を与えるには、“繋がり”が必要になるんだ」
「繋がり?」
思わず聞き返す。
管理者は小さく頷いた。
「うん。僕は女神の“貞淑”を司る側面。だから、純潔――童貞や処女という状態なら、その属性と繋がれる。……それなら、加護を与える糸口として利用できると思ったんだよね」
「…………」
「神の残滓にすぎない僕に自由に加護をばら撒けるほどの力なんてない。本来の女神のように、人の命運を左右できるわけじゃない。……だからこそ、“繋がれる属性”に縋るしかなかった」
頭を抱えたくなった。
(マジかよ……!)
童貞と処女しか入れないダンジョン。
純潔じゃなきゃ加護を受けられない。
聞いているだけで笑い話のようだ。
だが、その裏には笑えないほど切実な理由が横たわっていた。
――まさか根底に、こんな事情があったとは。
「本当なら、そんな制限なんてつけたくなかった」
管理者は淡く光を震わせながら、苦く吐き出す。
「でも……僕に使える要素が“貞淑”しかなかったんだ。だから、それに頼るしかなかった」
「……貞淑」
改めてその言葉を聞き返すと、胸の奥が妙にざわつく。
「慈愛や謙虚は曖昧だ」
管理者は続ける。
「人によって形も意味も変わる。繋がりとするには、不安定すぎるんだ」
管理者は淡々と語りながら、どこか諦めの色をにじませる。
「その点、“純潔”は明確だ。……貞淑の証として、これ以上ないくらいわかりやすい」
淡々と語られる声に、どうしようもない無力感が滲んでいた。
「……」
湖上の青白い光が、いっそう淡く揺れた。
哀れだと思った。
同時に、理不尽に押し付けられた存在の苦悩が、痛いほど伝わってきた。
「……なるほどな」
俺は額を押さえ、深く息を吐く。
「管理者がどういった存在なのかは、もうわかった」
声に出すと、胸の中で整理されていく。
女神から切り捨てられた残滓。慈愛、謙虚、貞淑。
ダンジョンの正体も、造られた経緯も理解した。
「……なら、そろそろ聞かせてもらえるか?」
俺は視線をまっすぐ向ける。
「何故、お前はダンジョンを“自分のもの”にしたいのか」
一拍の沈黙の後、管理者は頷いた。
青白い光が、湖面にかすかな波紋を落とす。
「うん。事前に知っておくべきことは……もう話せたと思う」
その声はいつもより重く、湿り気を帯びていた。
「……あらかじめ言っておくよ。これからする話は――凄く気分の悪くなる話になる」
「……だろうな」
俺は深く息を吐く。
この流れで明るい話になるはずがない。
「お前が、これまで俺に伝えなかったことだ。相当のものなんだろうさ」
言葉にすると、管理者の光が一瞬だけ揺らめいた。
まるで心臓の鼓動のように。
「……聞いたら、即座にダンジョン攻略を決意するくらいにな」
「……」
胸の奥がざわめく。
やっぱり。
あいつがこれまで黙っていた理由なんて、それしか考えられなかった。
俺に余計な重荷を背負わせたくなかったのだ。
真実を知れば、俺は進むしかなくなる。
仮に断ろうとしても、その罪悪感に押し潰されるだろう。
だから――。
「お前は、俺に気を遣ったんだな」
その確信に、管理者は光を伏せた。
「……ごめ「謝るな」
言葉を被せる。
強く、はっきりと。
「謝らなくていいんだ」
俺は拳を握りしめ、湖面を踏みしめるように声を放った。
「……ありがとう」
その一言に込めた。
俺のために、黙っていてくれたこと。
それでも今、打ち明けてくれること。
全部を受け止める覚悟を、伝えた。
管理者の光が、かすかに揺れ、震えた。
それが涙なのかどうかはわからない。
けれど確かに――俺には、感情が伝わってきた。
ルミナが、ゆっくりと目を開いた。
ぱち、と瞬きをしたその瞬間、アンナとセシリアが同時に顔を上げた。
「「ルミナ!」」
二人の声が重なる。
アンナは嬉しそうに微笑み、隣のセシリアをちらりと見やった。
「ルミナ、紹介するわね。この人は――」
「……」
しかし、ルミナはまるで反応しない。
じっと天井を見つめたまま、無表情。
空気が、すっと冷える。
そして――
「……えぐる」
「「ひっ!?」」
アンナとセシリアは同時に身をすくませた。
低い声。ぞっとするほど座った目。
幼子とは思えない不穏な言葉に、二人の背筋が凍りついた。
「え……えぐるって……なにを!?」
「そういうのは言っちゃ駄目よ!」
必死に取り繕う二人。
だがルミナは何事もなかったかのように、再びコテンと横になり、すやすやと寝息を立て始めた。
「……」
沈黙。
「お、お姉様……」
「な、何も聞かなかったことにしましょう……」
互いに顔を見合わせ、蒼白になった二人。
その横で無邪気に眠るルミナの寝顔は、ただただ天使のように可憐だった。
……が、耳にはまだあの恐怖の一言が残響していた。
((……えぐるって何を!?))
二人は心の中で同時に叫んだ。
管理者は本心で話しています。
これだけは作者として保証します。