天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
湖面に浮かぶ月が揺れて、管理者の輪郭を淡く照らしていた。
青白い光に包まれた彼が、ふっと息を吐いて言う。
「……決めた」
「管理者?」
俺が問い返すと、管理者は真っ直ぐこちらを見据えていた。
「僕も外に出る」
「な……何だって!?」
思わず声が裏返る。
ここから動けない存在だと思っていた。
「あいつが地上で何をしたか、見極めないといけない。
何もしてないならいい。だが――何かをしていたなら……」
その声には、迷いのない決意が宿っていた。
「とにかく、外のことを知らなきゃいけない。……王国と連携する必要があるかも」
「どうしたんだ? 王国と接触したくないのか?」
俺が問い返すと、管理者は少し俯き、苦い声で答えた。
「以前にも言ったように……僕は、最悪王国に業魔を解き放つつもりだった」
その声音には、笑いにすらならない自嘲が滲んでいた。
「……」
俺は言葉を失う。
そうだ――あの時、管理者は確かにそう言っていた。
もしも王国が動かず、ダンジョン攻略を避け続けるのなら、被害を出させるしかない。
無理やりにでも剣を取らせ、立ち向かわせるために。
「どの顔して協力を頼めばいいんだろうね?」
苦笑と共に吐き出されたその一言に、胸が痛む。
確かに、そうだ。
人々を守るためとはいえ、自らの意思で業魔を解き放とうとしていた――その過去を背負ったまま、王国と肩を並べて歩けるのか。
管理者の性格からすれば、それは拭えぬ罪悪感となってまとわりつくだろう。
けれど俺は思う。
それは“最後の手段”だったはずだ、と。
あの時点では目的も正体も曖昧で、どうしようもない状況に追い込まれていたからこそ口にした言葉だ。
管理者の目的と正体を知った以上、すぐにそんな手段に出るとは思えない。
管理者は、魂の嘆きを聞き続けてきた。
穢れに囚われて苦しむ声を抱え込んできた。
誰よりも救いたいと願っていた存在が、そう簡単に“人を犠牲にする道”を選べるはずがない。
それでも胸の奥のざわめきは消えない。
管理者の性格を知っているからこそ、俺は余計に心配する。
だが今、必要なのは憤りや批判ではない。冷静に話し合い、誤解を解き、共に進む道を作ることだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は管理者を見返した。
「管理者……」
しばしの沈黙を破り、俺は言った。
「お前の逡巡はわかる」
「でも、俺からも頼む。一度でいい、話をしてくれ」
管理者は目を細める。
俺は続けた。
「陛下も気付いていた。真摯に謝れば、きっとわかってくれる。
その時は……俺も一緒に頭を下げる」
「リオくん……」
青白い光が、少しだけ揺らぐ。
管理者は視線を逸らし、しばし考え込むように沈黙した。
そして――小さく頷いた。
「……そうだね。気にしている場合じゃない」
「償いは、謝ってからだ」
湖面を渡る風が、白く光る管理者の輪郭をやわらかく揺らしていた。
いつもなら軽口を叩き合っている相手なのに、今はどこか神聖な空気すら漂っている。
「……とりあえず外に出るための身体を作ろう」
管理者が、そう呟いた。
俺は目を瞬かせる。
「作る?」
「この姿で外に出るわけにはいかないでしょ?」
「あー……」
頭の中に、青白いのっぺりとした人型が夜中に歩いているイメージが浮かんだ。
パルシリアの怪談としてあっという間に広がること間違いなしだ。
管理者はおずおずと口を開いた。
「それで……ちょっと手伝って欲しいんだ」
「手伝うって、何をすればいいんだ?」
俺は首を傾げる。
「僕の……新しい身体のイメージが欲しい」
「身体の、イメージ?」
思わず聞き返す。
「……イメージって、やっぱり女の身体でいいのか?」
管理者は一瞬黙り込み
「うん。本来の僕は女なんだ。これまでの話でわかってると思うけどね」
「……そうか」
あの時の衝撃的な寝惚けカミングアウトが脳裏に蘇る。
忘れよう、忘却は救いだ。
「それで、僕が人間の身体をイメージしても一つしかできないんだ……女神しかね」
「……そりゃ、手助けいるわな」
思わずため息が漏れた。
人類を散々弄び、苦しめてきた元凶と同じ姿になる――。
どれだけ美人だろうが、そんなものは嫌悪以外の何物でもないだろう。
「理解してくれたようで嬉しいよ。本当の姿を見せるのは君にとって危険なのは確かなんだけど」
ああ、と俺は内心で頷く。
一瞬、声を聞いただけで魂が溶けそうになったのを思い出す。
怪訝そうに俺を見ていた管理者は、少し黙ったあと小さく呟いた。
「……あれと同じ姿、同じ声になるのが、魂が裂けるほど嫌だ」
その言葉には、切実な憎悪と拒絶が滲んでいた。
――女神の残滓として生まれ落ちた存在だからこそ、誰よりも女神を憎んでいる。
俺は苦笑しながら、心の中で呟いた。
(……そりゃそうだ。誰だって、自分を傷つけ続けた“親”の顔で生きたくなんかないよな)
その言葉に、俺は妙に納得する。
そりゃあ、あの女神と同じ姿、同じ声になるなんて――嫌に決まってる。
「わかった、姿にリクエストあるか?」
俺がそう尋ねると、管理者は一瞬黙り込み、やや苦しそうに言った。
「出来れば美人はやめて。あれを思い出しちゃう……」
その言葉は意外すぎて、思わず声が上ずった。
「お、おう……」
普通なら、美しい姿の方が望まれるはずだ。
いや、むしろ“美人になりたい”と願うのが自然な反応だろう。
だが彼女は真逆だった。
(本当に……魂の底から嫌なんだな)
その拒絶は本能的なものに思えた。
管理者にとって“美しい姿”は決して憧れではなく、忌避すべき象徴。
――女神と同じ姿になることへの、強烈な拒絶。
「……そりゃそうか」
俺は小さく呟く。
あの神に似せるなど、彼女にとっては拷問みたいなものだろう。
「……ごめんね、我儘言って」
管理者が小さな声で謝る。
「謝ることじゃないさ」
俺は即座に否定した。
美しい姿である必要なんてない。
“彼女自身”であれば、それでいい。
そう思った。
「うーん、ならかわいい感じでいいか?」
「出来れば地味な感じでお願い」
「あ、はい」
派手目なのは避けたほうがよさそうだ。
「よーし、やるか」
「イメージ出来たら呼んでね」
「おう」
俺は頭の中で候補を探した。
かわいい系……ミリアがいいかな?
……初恋で、この前失恋した女の姿を貼り付けるって、なんかキモいな。
レイナはどちらかというとキレイな感じだし……。
アンナさんは……レイナ以上に美人系でレオンの妻だ、姿を借りるのは気が引ける……。
ルミナは……やめよう、なんかわからんが絶対に止めた方がいい気がする。
やっぱミリアだな……そのまんま使うとダメージ受けそうだから、ちょちょいと調整してっと。
垂れ目な目を少し釣り上げて~鼻や口の形も少し変えて~髪の色を茶色にして~死ぬほど惜しいけど胸を小さくして~。
どんどんイメージを固めていくと、ようやく。
「出来た」
「ありがとう、リオくん」
管理者の輪郭が、ゆっくりと人間らしい形に変わっていく。
青白いのっぺりとした光が、柔らかく人肌の色に近づいていく光景は、まるで儀式のようだった。
「それで……別の頼みもあるんだけど」
「言ってみなよ」
管理者は真剣な声で。
「名前が欲しい」
「名前か……管理者じゃ呼びづらいからなぁ」
俺は軽口を叩いたが、管理者は首を振った。
「……違う。ただ呼びやすくなるためじゃない。名付けは、親と子の繋がりを作る儀式でもある。君との繋がりを、形にしたいんだ」
「……繋がり、か」
胸の奥がじわりと熱くなる。
ルミナに名前を与えた日のことが、はっきりと蘇った。
あの時はただ、名も無いのが不便だからと、軽い気持ちで「ルミナ」と呼んだ。
だが――。
(それは、思っていた以上に重い意味を持っていたんだな)
名付けによって繋がりが生まれ、存在が世界に確かに根付く。
ルミナが俺と共に在れるのも、その繋がりのおかげかもしれない。
……そう考えると、背筋が震えるような責任を感じた。
「リオくん?」
「すまん、今考えてみる」
「うん」
しばらく考える。
そして――決めた。
「……決まった」
「じゃあ、いくよ」
管理者の身体が淡く光り、湖面に小さな波紋が広がった。
厳かな声が、その場に響く。
「名前を」
俺は意を決して名前を告げようとする。
「お前の名は……」
その瞬間だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
世界を震わせる裂帛の気合が響き渡る。
ずぼぉ!!!
「ご、あ、がぁああああああ!?」
金色の閃光が管理者の尻に突き刺さった。
管理者は無言で倒れ、水面上でうつ伏せになり、尻を上げている。
俺は一瞬で金色の閃光の正体を理解した。
そして悲鳴を上げる。
「ルミナああああああああああああああああああああああ!?」
ルミナは、可愛らしい顔からは想像もつかない鬼の表情で、右手を管理者の尻に抉るように突っ込んでいた。
その目には、凄まじい怒りの光が宿っている。
「この……どろぼう……ねこおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
夢なら醒めてくれ、と心の底から願った。
俺は余りの無慈悲な光景に頭が真っ白になっていた。
管理者は水面で痙攣しながら、声にならない声を漏らす。
「ひ……ひぎゃああああああ……」
ルミナは、さらに声を張り上げた。
「どろぼうねこ!どろぼうねこ!!どろぼうねこおおおおおおお!!!」
俺は頭を抱えた。
(夢だ、これは夢だ……夢であってくれ……!)
しかし夢ではなかった。
湖面の波紋は現実そのもののように、静かに、そして無慈悲に広がっていった。
「どろぼうねこどろぼうねこどろぼうねこどろぼうねこどろぼうねこ!!!」
湖面は金色の閃光と共に波打っていた。
ルミナの叫びが、空間そのものを震わせる。
小さな身体で必死に――まるで自分の全存在をかけるように。
右手をさらに奥へ、奥へと突き刺そうとする。
「まってくれええええええ!!!」
喉が裂けるほどの声を上げて、俺はルミナに抱きついた。
その細い肩を、腕を、必死に押さえ込む。
「お願いだ……もう、やめてくれ……!」
ルミナは怒っている。ただ拗ねているんじゃない。
心の底から、恐れて、怯えて、そして――裏切られたと思って。
ようやく、思い至った。
「ごめん! 本当にごめん、ルミナ!!」
胸の奥から声が絞り出された。
俺でさえ引き離されたとき、取り乱した。
ルミナがどれだけ心配したか――想像するだけで心臓が痛む。
重要な話を聞くためとはいえ、この娘の不安を軽視してしまった。
それが悔やまれてならない。
「頼む、許してくれ……俺と管理者を、どうか!!」
理屈はいくらでも並べられる。
だが、そんな言い訳をしたくなかった。
俺はただ、ルミナに不安を与えてしまった。
それが全てだ。
ただ必死に謝る。謝って、謝って、頭を下げ続ける。
暴れるルミナを抱きしめ、何度も謝り続けていると――。
ようやく、彼女の身体から力が抜けていった。
ルミナは俺の顔を見上げ、ぽろぽろと涙を流す。
「……リオ」
「ああ、リオだ……ごめんよ、ルミナ」
「ん」
その一言を残して、ルミナの小さな身体はふっと脱力した。
「ルミナ!?」
慌てて彼女の呼吸を確かめる。
胸は上下している。呼吸も感じられる。
魂の世界だから実体はないはずだが……確かに“生きている”。
どうやら、疲労で気絶したらしい。
「……よかった」
心臓が縮む思いをした。
けれど――問題はまだ残っている。
「さて……どうしよう」
俺はルミナを抱きかかえたまま頭を抱えた。
指で突くなんて生やさしいもんじゃない。
そう、ルミナの右手は依然として管理者の尻に突き刺さっているのだ。
「お、おーい……管理者」
恐る恐る呼びかけてみる。
……反応はない。
ルミナの右手を見る。
「手首まで入ってやがる……!」
完全にズッポリだ。
幼女の小さな腕が、神様の青白いケツに突き刺さったまま固定されている。
……これはもう、人類史上最悪のビジュアルだろ。
「ルミナフィンガー……」
思わず呟く。
この技は絶対に封印しなければならない。
俺はルミナの右腕をそっと掴み、優しく引っ張ってみる。
……びくともしない。
「ちくしょう……どうすりゃいいんだよ」
焦燥が募る。
これを外す方法を知ってる奴がいたら、ぜひ教えて欲しい。
「急募、幼女の右手が尻に突き刺さった神様の救い方!」
俺は声を喉から絞り出し、天を仰いだ。
だが、返ってくる答えはない。
そりゃそうだ。ここは管理者の魂の世界――誰も助けてくれるわけがない。
「……やるしか、ねえのか?」
強引にでも引き抜くしかない。
額から冷や汗が伝う。
死線を潜った時ですら、これほどの緊張はなかった。
シチュエーションは「幼女の右手が尻に突き刺さっている」という前代未聞のもの。
どの冒険譚を探しても、こんな状況は絶対に書かれていないだろう。
「はあ……神様」
なんで俺がこんな役回りを……。
悪いこと、そんなにしましたか?
何故か祈りを捧げてしまう。が、すぐに気づく。
「……って、お前が神様だったな! はっはっは!」
乾いた笑いしか出ない。
それでも腹をくくり、声を張り上げた。
「いくぞ!!!」
全身に力を込める。
指先に汗がにじむ。
これから挑むのは、業魔でも、騎士でもない。
俺の敵は――管理者のケツだ。
決死の覚悟を決め、ルミナの腕をぐっと掴む。
肩に、重い感触。
大きくて、重い。まるで岩のように動かせない。
「……っ!?」
振り向いた瞬間――俺は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、俺と同じ黒髪に黒い瞳をした男だった。
背は高く、線は細い。だが、その身から放たれる緊張感は鋼の刃そのもの。
張り詰めた空気が、ただそこに立つだけで周囲を圧している。
端正な顔立ちに鋭い目つき。
月明かりに照らされる姿は一見すれば若い青年のようだった。
けれど――その瞳の奥に宿る光は違う。
深淵を覗き続け、幾度も修羅場を生き抜いてきた老人のような重みがあった。
黒尽くめの衣服に、腰には一本の剣。
柄に触れることもなく、ただ下げているだけなのに、その存在が空間全体を支配しているように思えた。
まるで影が人の形を取って歩き出したかのように――静かで、恐ろしく、そして美しい。
(この、男は……)
胸の奥がざわめいた。
警戒か、畏怖か、それとも憧憬か――自分でも判別できない。
ただ確かなのは、心が揺さぶられているという事実だけだった。
初めて味わう感覚。
言葉に出来ないほどの重さと吸引力を兼ね備えた存在感。
その理由も意味も、まるでわからない。
(なんなんだ……この気持ちは……!?)
俺は目の前の男を凝視するしかなかった。
「やめておけ」
低く、重い声が響いた。
ただ一言。
それだけなのに、俺の胸はぐっと押し潰されるような圧迫感に襲われた。
魂が揺さぶられ、全身の毛が逆立つ。
「お前……は?」
俺は思わず問いかけた。
わからない。
レオンやアンナさんのように、一目で“強い”と理解できる存在ではない。
強いのか、弱いのか。
いや――この男がどういう存在なのかすら、全く掴めない。
「俺は……」
男は逡巡するように口を開いた。
「お前をここに運んだ張本人だ」
その言葉が落ちた瞬間、世界が再び揺らいだ気がした。
俺はルミナを抱きしめたまま、思わず息を呑んだ。
この男はいったい――何者なんだ。
俺は男を見つめ続ける。
腕の中にはルミナ。小さな体はぐったりと気を失っていて、右手だけは――管理者のケツに深々と突き刺さったまま。
……どう考えてもシュールすぎる光景だった。
Q・突然追い出されて必死に大切な人に会おうとしたらなんか青白い変な奴が自分だけの聖域に土足で入り込もうとしたのを目撃した幼女の反応を述べよ。
A・ルミナフィンガー