天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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ようやく説明会が終わります。
ダンジョン攻略記(笑)になってますね・・・


30話 またな

湖面は静かで、月がゆらゆらと揺れていた。

風はなく、ただ波紋だけが小さく広がっていく。

まるで時間が止まったような夜。

 

俺はその湖面の上に座っていた。

膝の上にはルミナ。

小さな身体を抱きかかえたまま、腕がぷるぷると震えている。

 

右手は――相変わらず、管理者の尻に突き刺さったままだ。

 

 

(……つらい)

 

 

腕も腰も、限界に近い。

姿勢を少しでも変えようものなら、ルミナの右手が変な角度になりそうで怖い。

そうなれば管理者へのダメージは計り知れない。

 

しかも、男の言葉を信じるなら“抜けたら爆発する”。

 

……笑えねぇ。

 

ルミナを離すのも躊躇われた。

少しでも離れただけで、取り乱してしまったあの姿が頭に焼き付いている。

泣かせたくない。

もう不安にさせたくない。

 

せめて今だけでも――。

 

 

(頑張れ俺)

 

 

ルミナの小さな体温を胸に感じながら、自分に言い聞かせた。

腕は痛みで痺れているが、不思議とそれが心地よくもある。

ルミナを守っている実感があるからだ。

 

その時だった。

 

 

「……さて」

 

 

静寂を破るように、男が口を開いた。

 

彼は湖面の上に立ったまま、片手をゆっくりと差し出す。

すくい上げた水が、淡い光を帯び始めた。

まるで月の欠片を掌で弄んでいるように幻想的だ。

 

 

「その姿勢だと、つらいだろう」

 

 

光がふっと収まる。

次の瞬間、男の掌にはふかふかのクッションがあった。

 

 

「……え?」

 

 

柔らかそうな布地。

淡い水色の光沢があり、見るからに上質。

しかも、ほんのり暖かそうだ。

 

 

「使うがいい」

 

「……あ、ありがとう」

 

 

どういう理屈で水からクッションを生成したのか見当もつかない。

だが、ありがたく受け取ることにした。

 

そろそろ腕と腰が本当にやばかったのだ。

俺は慎重に体勢を変え、クッションを下に敷く。

 

 

――ふかっ。

 

 

「……おお」

 

 

思わず声が漏れた。

沈み込みすぎず、硬すぎず。

腰と腕の負担が一瞬で吹き飛んでいく。

 

 

「高さは?」

 

「……ちょうどいい」

 

 

本当に、絶妙な高さだ。

計ったみたいに俺の姿勢に合っている。

あまりの快適さに、思わず脱力してしまう。

 

親切にしてくれているのはわかる。

だが、状況が状況だ。

 

――ケツに手が刺さった神様の傍で高級クッションに座る青年と幼女。

 

なんだこの構図。

妙にシュールすぎて笑えてくる。

 

 

「腰は大事にしろよ。若いからって無理はするな」

 

「……おう」

 

 

気遣われるたびに、力が抜けていく。

最初に出会った時は、冷徹で鋼のような印象だった。

けれど今は――どう見ても、お人好しの兄ちゃんだ。

 

 

(あー……だめだ。人間味が見えちゃうと怖さが半減する)

 

 

ルミナが寝息を立てるたび、男の眼差しが柔らかくなるのが見えた。

 

 

「……楽になったか?」

 

「……ああ、助かったよ」

 

「なら、いい」

 

 

男はいつもの無表情のままだが、どこか穏やかだった。

その声音に、ほんの少しだけ“優しさ”が混じっている。

 

しばらく、沈黙が流れた。

 

湖面は相変わらず穏やかで、月の光だけが揺れている。

世界のすべてが、この小さな空間に閉じ込められたかのようだった。

 

腕の中の少女は安らかな寝息を立てている。

それだけが、この異様な世界で唯一の現実のように思えた。

 

男は、俺の隣に座っていた。

片膝を立て、剣の柄に腕をかける姿はどこか儀礼的ですらある。

月明かりがその輪郭を照らすたびに、影が湖面に溶けて消えていく。

 

まるで夜と同化しているような男だった。

 

美しく――

恐ろしく――

そして、悲しかった。

 

その背中には、誰も寄り添えないほどの孤独が見えた。

そこに“強さ”はあっても、“救い”はなかった。

 

近い。目の前にいる。

けれど、途方もない距離を感じる。

 

男は誰よりも孤高で――

そして、誰よりも孤独だった。

 

その姿が、俺にはなぜか腹立たしかった。

 

 

(……何故この男は、こんなにも……)

 

 

言葉にならない感情が胸の奥で燻る。

尊敬でもなく、憎しみでもなく、ただどうしようもない苛立ち。

理解できない。

どうしてこんな気持ちになるのか、自分でもわからない。

 

俺はこの男のことを、ほとんど知らない。

女神を殺した“神殺し”。

そして、ルミナと俺を助けてくれた――意外と優しい男。

 

それだけだ。

 

知りたい。

ふと、そんな衝動が胸を突いた。

 

知りたい。この男が何者なのか。

何を背負い、何を見て、何を失ってきたのか。

 

だが同時に、躊躇もあった。

 

 

(……聞きたいことは山ほどある。でも何を聞くべきか……いや、そもそも、聞いていいのか?)

 

 

彼が背負っているものに、無遠慮に踏み込んでいいのか。

そんな逡巡を読んだように、男が静かに口を開いた。

 

 

「聞きたいことがあるのか?」

 

 

その声は淡々としているが、不思議と優しさが滲んでいた。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

俺は少しだけ頷く。

 

 

「なら言うがいい」

 

 

男は湖面を見つめたまま言った。

 

 

「答えられないなら、答えられないと告げる」

 

「……そうか」

 

 

短く返事をして、しばらく考える。

あれだけ山ほど聞きたいことがあったはずなのに、どれも今は頭の中から消えていく。

 

そして気づく。

 

俺は――この男の名前を知らない。

 

笑えてきた、まだ“名前”を聞いてすらいなかった。

次から次へと衝撃的なことばかり起きて、すっかり忘れていたのだ。

一番単純で、一番確かめたいこと。

俺は顔を上げ、真っ直ぐに男を見た。

 

 

「……あんたの名前は?」

 

 

男の瞳が、ゆっくりと俺の方へと向けられた。

長い沈黙が降りる。

その瞳の奥は、果てしない夜のように深く、静かだった。

 

風が止む。

湖面の音が遠ざかる。

 

男はしばらく口を閉ざしていた。

月光が彼の黒い髪に鈍い輝きを宿し、冷たい光を放っている。

 

やがて――

 

 

 

 

 

 

 

「レオンハルト」

 

 

 

 

 

 

 

低く、しかし確かにその名を告げた。

 

 

「…………は?」

 

 

一瞬、時間が止まった。

空気が凍りつき、波が止まり、月明かりすら息を潜める。

 

聞き間違いではない。

確かにこの男は――

 

 

 

 

 

 

 

「レオンハルト・ジークフリードだ」

 

 

 

 

 

 

静かに、再び名を口にする。

俺の背筋に冷たいものが走った。

 

レオンハルト・ジークフリード――。

それは、パルシリア王国どころか、この大陸全土に響く名。

 

 

「……始まりの騎士」

 

 

ようやく絞り出した声は、自分のものとは思えないほど震えていた。

 

開拓の剣。

民衆の盾。

涙飲の聖人。

魔の敵対者。

黎明の救世主。

 

建国王エドワードに仕え、王国の礎を築いた最初の剣。

そして――王の子によって妻子の命を奪われた悲劇の人。

 

長い時を経た今もなお、彼の名は“騎士の理想”として崇められ続けている。

現在の騎士団長、レオネル・ジークフリード――その名に連なる者たちの“始まり”。

 

 

「……」

 

 

男――レオンハルトは、何も否定しなかった。

ただ、静かに佇んでいる。

だが、その沈黙こそが何よりも雄弁だった。

 

 

(まさか……)

 

 

俺の脳が、認識を拒もうとする。

 

 

「レオン……ハルト」

 

 

その名を呼んだ瞬間、胸の奥が熱くなる。

恐れにも似た感情が込み上げた。

 

少なくとも、パルシリアで“その名”をつける者はいない。

あまりに偉大で、あまりに神聖で、畏れ多い名。

“レオネル”や“レオン”と変えて名付けられることはある。

だが“レオンハルト”は決して使われない。

 

語ることすら恐れ多い。

王家に仕える者でさえ、その名を口にする時は必ず祈りを添える。

それほどまでに崇高で、悲劇的で、神聖な存在。

 

 

「あり得な……」

 

 

あり得ない。

そう言おうとした。

けれど、言葉が喉の奥で消えた。

 

俺は気づいていた。

否定する言葉を出せないほどに――心が確信していた。

 

理屈ではない。

血が、魂が、何かがこの男を認めてしまっていた。

 

 

「……レオンハルト・ジークフリード」

 

 

自分でも驚くほど小さな声だった。

それでも、男はゆっくりと頷いた。

 

その瞬間、空気が震えた。

 

世界が音を立てて境界を失う――そんな感覚に包まれた。

 

俺はただ、呆然とするしかなかった。

 

レオンハルト・ジークフリード。

神を殺した英雄が――今、俺の目の前に

 

 

「……レオンハルトを騙る誰か。そういうことにしてくれ」

 

 

不意に、男――いや、レオンハルトがそんなことを言った。

 

 

「いや、それは……」

 

 

否定しかけた俺の言葉を、彼は手で制した。

その仕草はあくまで静かで、けれど絶対的な拒絶の気配を帯びていた。

 

 

「いい。過去の人物がしゃしゃり出るべきではない」

 

 

その言葉には、まるで自分自身への戒めが込められていた。

湖面に揺れる月光が、彼の横顔を淡く照らす。

 

 

「……わかった」

 

 

ようやく、それだけを言うのが精一杯だった。

もし彼がレオンハルト・ジークフリードだとしたら。

俺は、どう接すればいい?

 

パルシリア王国における“神”そのものだ。

 

実際、彼を信奉する宗教がある。

レオル教。

パルシリア唯一の国教。

その根源は、この男――レオンハルト・ジークフリードへの崇拝から始まった。

 

つまり、俺は今、神話の登場人物と同じ空間に居る。

……無理だ。冷静でいろって方が無理だ。

 

ならば、“レオンハルトを名乗る誰か”と受け止めるしかない。

そう思い込まないと、きっと平常心を保てない。

 

沈黙が、長く続いた。

風も波も止まり、まるで時間そのものが固まったようだった。

 

そして彼は、再び口を開いた。

 

 

「……他に、何か聞きたいことはあるか?」

 

 

穏やかに問うその声は、どこまでも落ち着いていた。

だが俺の心は、真逆だった。

 

――ある。

聞きたいことなんて、山ほどある。

 

どうやって女神を殺したのか。

どうして生きているのか。

目的は何なのか。

 

けれど、どの問いも口にできなかった。

 

喉の奥で、言葉がつかえて出ない。

これ以上、何かを聞いてしまえば――

今度こそ、心が壊れてしまいそうだった。

 

 

「なら、俺から聞いてもいいか?」

 

 

沈黙を破ったのは、レオンハルトだった。

その声音は、静かで、重かった。

 

 

「……あ、ああ」

 

 

俺が頷くと、彼はゆっくりと目を細めた。

 

 

「抱きかかえている幼子は……ルミナ、だったか?」

 

「合ってる」

 

 

俺は腕の中の少女を見る。

眠っているルミナの表情は穏やかで、まるで何もかもを信じ切っているようだった。

 

 

「そうか……」

 

 

そして――。

 

 

「ルミナはお前にとって……何だ?」

 

 

その問いには、微塵のためらいもない。

まるで“魂を測る”ような、真っすぐな問い。

だが俺も、答えるのに一瞬も迷わなかった。

 

 

「――家族だ」

 

 

即答だった。

考えるまでもない。

この娘は、俺にとって家族だ。

血の繋がりなんて関係ない。

心がそう決めている。

 

 

「そうか……」

 

 

レオンハルトの口元に、微かな笑みが浮かんだ。

だがその笑みの裏には、言葉にならない苦悩の影が見えた。

 

彼は静かに近づいた。

湖面の光が、その姿を銀の輪郭で縁取る。

 

そして――。

 

ルミナの小さな頭に、そっと手を置いた。

 

 

「……すまなかったな」

 

 

その一言は、重かった。

謝罪の言葉に宿るのは、英雄の威厳でも、神殺しの強さでもない。

ただひとりの父親のような、優しく、切実な響きだった。

 

 

「俺が、お前の大切な人を此処に連れて来たせいで、こんな事態になってしまった」

「家族と切り離されて……怖かっただろう。本当に、すまない」

 

 

俺の胸が締め付けられる。

その言葉の中に、彼自身の過去の痛みが滲んでいる気がした。

かつて妻と子を理不尽に奪われた男の、深い悔恨が。

 

思わず口を開いた。

 

 

「……俺をここに連れてきたのは、貴方だけど、ルミナは?」

 

 

そうだ。

俺は確かに、レオンハルトに導かれてここへ来た。

だがルミナは、誰にも呼ばれずに現れた。

 

レオンハルトはゆっくりと顔を上げた。

瞳の奥に、月光が反射して静かに揺れる。

 

 

「――ルミナは、自力で来たんだろうな」

 

「自力で?」

 

「ああ。お前との“繋がり”を辿ってな」

 

 

繋がり。

その言葉が、静かに胸に染み込む。

彼の声が続く。

 

 

「恐らく、魂の深いところで、お前を感じ取ったんだ」

 

 

息を呑む。

言葉が出てこない。

 

レオンハルトは立ち上がり、俺の方を向いた。

その眼差しは穏やかで、それでいて絶対の力を秘めていた。

 

 

「大事にしろよ」

 

 

たった一言。

だが、それはどんな説教よりも重く、優しい言葉だった。

 

 

「……おう」

 

 

自然と声が出た。

胸の奥が熱くなって、視界がぼやけた。

 

それだけ言葉を交わして、俺たちは黙った。

波紋が広がる音だけが耳に届く。

 

だが、不思議と嫌ではなかった。

むしろ心地よい沈黙だった。

 

伝説の英雄と、一介の冒険者。

交わした言葉は少なくても――その沈黙には、確かな重みがあった。

 

湖面の光が一段と強くなり、世界がきしむように揺れた。

ルミナと管理者の身体が同時に淡い光を放ち、輪郭がぼやけていく。

 

 

「……そろそろだな」

 

 

レオンハルトが低く呟いた。

次の瞬間、二人の光はそれぞれ球体となり、空中に浮かび上がる。

まるで二つの小さな星が、ゆっくりと軌道を描くように近づいていく。

 

 

「ルミナ! 管理者!」

 

 

俺は思わず声を張り上げ、手を伸ばした。

届きそうで届かない距離。

そのとき、レオンハルトの大きな手が俺の肩を押さえた。

 

 

「落ち着け、大丈夫だ」

 

 

低い声に、不思議と心が静まっていく。

焦燥がすっと引いて、胸の奥の熱が鎮まった。

 

二つの光の球はゆっくりと重なり合い、ひとつの大きな球体となった。

そして球体は俺のもとに降りていく。

 

俺は息を呑み、両手を差し出した。

掌に広がったのは、熱でも冷たさでもない――魂のぬくもりだった。

溶け込むように、血の中に流れ込んでくる。

 

ゴゴゴゴ……ッ

 

 

「地震!?」

 

 

足元の水面が激しく波打ち、揺れが伝わってくる。

 

 

「新たな神殺しが誕生したんだ。拒絶反応だろう」

 

 

レオンハルトの声は落ち着いていた。

まるでこの現象すら想定内だと言わんばかりに。

 

 

「早くここから出ないと……」

 

 

俺は周囲を見渡したが、この世界から抜け出す方法など思い浮かばない。

この空間は管理者の領域だ。

出口なんて、そもそも見たことがない。

 

レオンハルトは溜息を吐いた。

 

 

「忘れたのか?」

 

「え……?」

 

「この世界にお前を連れてきたのは、俺だ」

 

 

ハッとする。そうだった。

俺はこの男に導かれてここへ来たのだ。

 

 

「連れ出してやる。ルミナも一緒にな」

 

 

その言葉に胸が熱くなる。

 

 

「ありがとう」

 

「俺がここに連れてきたんだ。礼はいい」

 

「それでもだ」

 

 

レオンハルトは一瞬だけ目を開き、柔らかな光を宿した視線を俺に向けて、それからゆっくりと頷いた。

 

 

「……受け取ろう」

 

 

俺は命を手に抱えながらも、問わずにはいられなかった。

 

 

「また、会えるか?」

 

「お前が望むなら」

 

 

胸の奥にじわりと熱が広がる。思わず笑みが零れた。

「そうか……またな」

 

 

レオンハルトも微かな笑みを浮かべる。

「……またな、リオ」

 

 

その声が、遠くに聞こえていく。

視界が白くかすみ、光が世界を包み込む。

体がふわりと浮かぶような感覚の中、意識が途切れていった。

 

胸の奥には、再会の約束だけがはっきりと刻まれていた。

 

 

 




シリアスな話をしている傍に手を突っ込まれている管理者が居ますが無視してくださいw
本文に入れませんでしたが、管理者が危険だと判断したらリオとルミナを救出して始末するつもりでした。
実は管理者と最初の邂逅時にも監視していたので地味に危なかったですね。
特に本体を出してリオの魂が溶けそうな時は剣を抜きかけていました。
もう少ししたらリオではなく管理者が死んでいましたねw


先代国王のやらかしがどれだけヤバいかわかっていただけたでしょうか?
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