天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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日が空いてすみません、暫く猛烈に忙しくなりそうです。


32話 童貞絶体絶命!

 

 恐る恐る、目だけを動かして周囲を確認する。

 見慣れない天井……いや、見覚えはある。

 ここは、エドワールさんが俺に貸してくれた王城の一室だ。

 今じゃ俺とルミナの部屋になっている。

 窓の外は薄っすらと明るい。夜明け前、あるいは早朝といったところか。

 そして、視線を限界まで上に向ける。

 俺の顔を埋めている「柔らかい何か」の主を再度確認するために。

 そこには――全裸の美女がいた。

 金色の髪が枕に散らばり、朝日を受けて輝いている。

 閉じた瞼から伸びる長い睫毛。

 透き通るような白い肌。

 整いすぎた鼻筋と、薄桃色の唇。

 恐ろしいほど美しい女性だ。傾国とか、女神とか、そういう単語が陳腐に思えるレベルの美貌。

 だが、俺の直感が、魂が、本能が告げている。

 

 

(間違いない、ルミナだ)

 

 

 普段の幼女とは完全にかけ離れた姿だ。

 昨夜までは、俺の腰くらいまでの背丈しかなかったはずだ。

 それがどうだ。

 寝顔はあどけなさを残しているが、顔つきは完全に大人びている。

 背が高く、すらりと伸びた手足が俺の体に絡みついている。

 そして決定的なのは……俺の顔を包み込み、視界を遮断している禁断の果実!

 普段は俺の腕の中にすっぽり収まっているあの娘が、今は俺を抱きしめている。

 サイズ感が逆転している。

 

 

(何故ルミナが大人に……神殺しの影響か?)

 

 

 俺の脳裏に、あの黒尽くめの男――レオンハルトの言葉が蘇る。

 『神殺しを行うと神の力を奪える』

 『神の力は、想いによって変質する特性がある』

 確かに言ってた。言ってたけどさぁ!

 姿形がここまで変わるなんて予想できねぇよ!

 成長期ってレベルじゃねえ、変態(メタモルフォーゼ)だよこれじゃあ!

 

 

(ああくそ、考えが纏まらない……)

 

 

 美女に裸で抱きしめられているという現実から必死に目を逸らそうとするが、五感がそれを許さない。

 視覚は遮断されても、触覚と嗅覚がフル稼働している。

 顔にかかる柔らかな感触。

 鼻腔をくすぐる甘い体臭。

 肌と肌が触れ合う熱。

 

 

(ああ……めっちゃ好みだ)

 

 

 不覚にも、そう思ってしまった。

 理想的、いや理想を遥かに超えている。

 俺がもし、酒場で「理想のタイプは?」と聞かれたら、今後一生この姿を思い浮かべるだろう。

 こんな美女に裸で抱きしめられるなんて、男にとっちゃ血涙もののシチュエーションだ。

 それでも。

 今はこの、ある意味で絶体絶命の状況をどうにかしないと。

 俺はすかさず冷静さを取り戻そうとする。

 伊達に数多の死線とハプニングを越えて来たわけじゃない。どんな状況でも慌てないのが、一流の冒険者(自称)だ!

 

 

(よ〜し、落ち着けリオ……落ち着……無理だぁ!)

 

 

 心の中で絶叫する。

 だって、状況がカオスすぎる。

 まず、感触が違う。

 ガルドの岩のような大胸筋じゃない。

 マシュマロ? いや、もっと高級なシルクで包んだ最上級のパン生地?

 柔らかくて、温かくて、甘い香りがする。

 俺の顔面は、その極上の柔らかさに埋もれていた。

 

 

(裸の超美人な姉ちゃんに抱きしめられて落ち着ける程悟ってねぇよ……)

 

 

 ていうか女とここまで密着するのが初めてなルーキー中のルーキーだよ俺!

 ミリアとレイナですら密着したことねぇ!

 冒険者ギルドの野郎共に話したら、嫉妬で刺されるかもしれない。

 だが!

 

 

(落ち着けリオ、理性を手放すな!)

 

 

 俺は必死に自分に言い聞かせる。

 眼の前の美女の真実の姿は――

 幼女だ。

 家族だ。

 ルミナだ。

 

 

(ルミナに絶対手を出さねぇ……!)

 

 

 中身はあの無邪気な子供のままだぞ?

 碌に知識も恋の経験も無い幼子に手を出すなんぞ言語道断。

 そんなことをしたら、俺は人間として終わる。パルシリア王国の法律以前に、俺の中の倫理観が死刑判決を下す。

 

 

「……んぅ……」

 

 

 ルミナが寝言を漏らし、身じろぎをする。

 そのたびに、柔らかい二つの丘が俺の顔を圧迫し、滑らかな太ももが俺の腰を擦る。

 

 

(ッ~~~~~~~!!)

 

 

 理性の堤防が決壊寸前だ。

 俺の可愛くない家族(息子)が、かつてないほどの反抗期を迎えている。

 朝という生理現象と、ルミナという超絶刺激のダブルパンチ。

 やめろ、今立つな! 空気読め! いや空気読んだ結果がこれなのか!?

 このままだと、死にたくなる結末が俺を待っている。

 俺はルミナを起こそうとした。

 

 

(ルミナ! 起きてくれぇ!)

 

 

 叫ぼうとした。

 

 

(あああああ!?声が出せねぇ!)

 

 

 おっぱい(真)で口が完全に塞がれている!

 「ふごっ、むぐっ」と、情けない音しか出ない。

 

 

(何とかして抜け出さないと!)

 

 

 無理矢理にでも抜け出そうと決意する。

 ルミナの安眠を妨害するのは心が痛むが、俺の倫理観の死とルミナの安全のためには仕方がない。

 

 

(ごめん、ルミナ)

 

 

 ルミナの包容を無理矢理解く事に罪悪感を感じる。

 だがこのままでは理性が危うくなる、爆発しそうな愚息を一刻も早く鎮圧しなければ!

 

 

(ふん!)

 

 

 俺は全身に力を込め、腕を突っ張って距離を取ろうとした。

 ガルドとの力比べでも負けない自信がある俺の腕力だ。

 女の抱擁くらい、簡単に解けるはず――

 ピクリともしない。

 

 

(あれ?)

 

 

 岩か? 岩に挟まれてるのか俺は?

 いや、感触は極上のマシュマロだ。なのに、動かない。

 

 

(手加減しすぎたかな?)

 

 

 そう思い直し、今度は本気で力を込める。

 血管が浮き上がる勢いで。

 

 

(ぐぎぎがごごごご!!?)

 

 

 全身の筋肉を軋ませ、全力で脱出を試みる。

 だが――動かない。

 ルミナの腕は、まるで鋼鉄の鎖のように俺を縛り付けている。

 

 

(なんでぇ!?)

 

 

 俺のプライドに罅が入る音がした。

 結構力に自信があったのに……。

 魔物だって素手で殴り殺せる腕力あるんだよ?

 それが、寝ている女の抱擁一つ解けないなんて!

 何とか出ようとジタバタと藻掻いて居ると、ルミナの眉間しわが寄った。

 眠りを妨げられた不快感か、それとも抱き枕(俺)が暴れるのが鬱陶しいのか。

 

 

「むぅ」

 

 

 不機嫌な声と共に。

 ルミナの腕に、さらなる力が込められた。

 

 

 ムギュウッ!

 

 

(ぐへあっ!?)

 

 

 俺の顔が、物理的に胸の谷間に埋没した。

 もはや埋まったと言っていい。

 顔だけじゃない。長い手足を使って、俺の身体を完全に拘束していく。

 太ももで俺の脚を挟み込み、腕で俺の背中をがっちりとロック。

 今までの比じゃないレベルの密着具合!

 なんかもう「ぜってぇにがさねぇ!」という意志が込められた抱擁だ。

 空気が薄い。

 代わりに濃厚な甘い香りが俺に入り込む。

 ルミナの体臭を思いっきり吸い込んで、脳髄が痺れる。

 理性が、音を立てて砕けていく。

 

 

(ああ……もう駄目だ)

 

 

 俺の脳裏に、走馬灯のように未来の光景が浮かぶ。

 

 

(俺は謁見の間での青春殺人事件という伝説だけでなく……)

 

(幼女のおっぱいに溺れて社会的に死んだ男として歴史に名を刻むのか?)

 

 

 きっと孫の孫の代まで笑い継がれるだろう。

 吟遊詩人が歌うんだ。

 「英雄リオは、幼女のおっぱいには勝てなかった」と。

 どんな苦境でも諦めるつもりはないが……今のルミナが相手じゃ無理だぁ。

 物理的にも、精神的にも、勝てる気がしない。

 

 

(グッバイ、童貞紳士)

(ハロー、変態野郎)

 

 

 俺は幼女に走るド変態に成り下がる!

 薄れゆく意識の中で、俺はルミナの温もりに身を委ねようとした。

 もういいや、気持ちいいし。

 このまま天国へ行こう――

 そしてルミナに溺れそうになる瞬間。

 

 

 バチィ!!

 

 

(ピギィ!?)

 

 

 全身を、雷に打たれたような激痛が走った。

 みっともねぇ悲鳴をあげる。

 いや、ルミナに口塞がれて声出せないんだけどね。

 脳内で絶叫した。

 レイナの電撃魔法なんて目じゃない程の痛み!

 

 全身に走る痛みで、溶けかけていた理性が強制的に叩き起こされる。

 グズグズな意識がシャキッとする。

 すると――男の声が聞こえた。

 

 

『無事かリオ!?』

 

 

 低く、焦りを帯びた声。

 レオンハルトの声だ。

 ……いや、待てよ?

 なんでレオンハルトの声が聞こえるんだ?

 耳からじゃなく、頭の中に直接聞こえてくる。

 魔法での念話とはまた違う、もっと内側から聞こえてくる感じがする。

 

 

(レ、レオンハルト……?)

 

『そうだ、レオンハルトだ!』

 

 

 あの落ち着いて居たレオンハルトとは思えない、慌てた声。

 伝説の英雄がテンパってる、凄えレア体験だ!

 

 

『スマン、かなり手荒い事をした。こうでもしないと手遅れになりそうだった』

 

 

 さっきの激痛はレオンハルトの仕業だったようだ。

 どうやったか知らんが強制的に覚醒させたらしい。

 この様子だと、どうやら俺は相当危険な状態だったらしい。

 あと少し遅れていたら、俺は何してたかわかったもんじゃない。

 

 

(ありがとう……助かったよ)

 

 

 本心でそう思う。

 あのままだったら、ルミナに手を出していたかも知れない。

 

 

『……ルミナは近くに居るか?』

 

 

 レオンハルトの問いかけに、俺は脂汗を垂らしながら頷いた。

 近くに居るどころの話じゃない。ゼロ距離だ。めり込んでいる。

 だが今はそんな恥じらいを捨ててでも、現状を伝えなければならない。ルミナの身に何が起きているのか、神殺しの先輩であるレオンハルトなら分かるかもしれないからだ。

 

 

(あ、ああ……居るよ。居るんだが……その、ちょっと状況が複雑でな……)

 

 

 俺は必死に思考を言語化しようと試みる。だが、脳みそがピンク色の霧に包まれていて上手く回らない。

 目の前には美女の裸体。

 鼻腔を満たす甘い香り。

 全身を包む柔らかな感触。

 これを「複雑な状況」の一言で済ませようとする俺の語彙力が恨めしい!

 

 

『複雑? ルミナの身に何が?』

 

 

 レオンハルトの声が鋭くなる。緊迫した空気が脳内に伝わってくる。

 違うんだ、そうじゃない。いや、ある意味で俺の貞操という名の砦には敵襲警報が鳴り響いているんだが!

 

 

(……ルミナが、変貌したんだ)

 

『変貌? 詳しく説明してくれ』

 

(昨夜までは子供だったのに、目が覚めたら……その、大人の女性の姿になっていて……!)

 

 

 言ってしまった。

 自分の口(というか思念)で伝えておきながら、あまりの荒唐無稽さに頭を抱えたくなる。

 一晩で成長? 植物だってそんな急には伸びないぞ。ネズミだって引くレベルだ。

 だが、レオンハルトは笑わなかった。むしろ、その声には凍てつくような戦慄が混じった。

 

 

『……なんだと? 』

 

(ああ、そうだ! しかも……その……俺に抱きついて離れないんだよ!)

 

 

 羞恥心で魂が爆発しそうになりながらも、俺は事実を(全裸を除く)ありのままに伝えた。

 頼む、変な誤解をしないでくれ。役得とかそういう次元を超えた、(社会的)生命の危機を感じるレベルの抱擁なんだ!

 俺の悲痛な叫びを聞いたレオンハルトは、しばらく沈黙した。

 そして、信じられないといった様子で、呻くように声を絞り出した。

 

 

『……幾らなんでも、早すぎる』

 

 

 その声には明らかな動揺があった。あの沈着冷静な英雄が、言葉を失っている。

 

 

『俺が神殺しになってから、その力に馴染むまでに……血の滲むような修練と、相当な年月が掛かったぞ』

 

 

 レオンハルトの言葉が重く響く。

 神の力。それは人の器には余る、過ぎた代物だ。

 彼ほどの傑物が、長い時間をかけてようやく制御できたもの。それを、ルミナは――。

 

 

『たった一晩……いや、数時間か? 無意識のうちに神の力を取り込み、肉体を再構成したというのか……?』

 

 

 レオンハルトの驚愕がそのまま俺にも伝染する。

 肉体の再構成。

 つまり、今のルミナの姿は、神の力によって作り変えられた結果だというのか。

 どちらにせよ、規格外なんて言葉じゃ生温い。

 

 

『本当に……どんな生まれなんだ、ルミナは?』

 

 

 レオンハルトが畏怖すら滲ませて呟く。

 俺も知りたいよ! 神様の尻に手を突き刺して神殺しになって、翌朝には絶世の美女になってるなんて!

 どんな英雄譚でもこんな設定盛られないぞ!?

 

 

(レオンハルト、感心してる場合じゃない! このままだと俺がルミナの……その、大変な事になる!)

 

 

 俺は必死に訴える。

 窒息だけならまだいい(良くないが)。

 問題はこの力が暴走していないか、ルミナ自身に負担がかかっていないかだ。

 急激な成長なんて体にいいわけがない。

 

 

『……そうだな。考えるのは後だ』

 

 

 レオンハルトの声が瞬時に切り替わった。

 戦士の、指導者の声だ。

 

 

『今はルミナの対処をしないと。その状態が安定しているとは限らない。神の力に振り回されれば、自我さえも吹き飛ぶ可能性がある』

 

(なっ……!?)

 

 

 自我が吹き飛ぶ。

 その言葉に俺の背筋が凍りついた。

 あの無邪気な笑顔が、俺を呼ぶ声が、消えてしまうかもしれない?

 そんなこと絶対にさせない。

 

 

『幸い、宛はあるしな』

 

(宛……?)

 

『ああ。神の力について、そして今のルミナの状態について……詳しい奴が近くにいる』

 

 

 詳しい奴? 誰だ?

 ヴァリウスさんか? いや、彼は魔法の専門家だが神殺しについては未知のはずだ。

 じゃあ誰だ。この状況で頼れる、神の事情に通じた存在なんて――。

 

 

『少し待ってくれ。お前の意識を、誘導する』

 

(誘導って、ちょ――)

 

 

 俺が問い返す間もなく。

 フッ、と。

 世界が反転した。

 感覚が遠のく。

 ルミナの柔らかい感触も、甘い香りも、俺の息子(下半身)の主張も、全てが急速に薄れていく。

 まるで深い水底へと沈んでいくような、あるいは空の彼方へ吸い込まれていくような浮遊感。

 意識が肉体から切り離されていく。

 

 

(ちょ、またかよぉおおおおおおおおお!!)

 

 

 俺の叫びは、声にならずに溶けていった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ――白。

 目を開けると、そこは一面の白だった。

 天井も、壁も、床もない。

 ただ広大な純白の空間。

 管理者のいた湖の世界とは違う。あそこは夜だった。静謐で、どこか寂しい美しさがあった。

 ここは違う。

 何も無いけれど、どこか温かい。陽だまりの中にいるような、不思議な安心感がある場所だ。

 だが、奇妙な圧迫感を感じる。

 まるで嵐が吹き荒れる前兆の様な空気の重み。

 

 

「……ここは?」

 

 

 俺は自分の体を見下ろす。

 服を着ている。いつもの冒険者姿だ。

 さっきまでの全裸美女との密着イベントが嘘のように身軽になっている。

 ……少しだけ残念な気がするのは男の性(サガ)として許してほしい。

 

 

「此処はルミナの世界だ」

 

 

 背後から声がした。

 振り返るとそこには黒いコートを纏ったレオンハルトが立っていた。

 相変わらずそこにいるだけで空間が引き締まるような威圧感と、安心感を同時に放っている。

 

 

(ああ、でも...こんな形で再会したくなかった)

 

 

 別れた時、再会の約束をしたけどさぁ。

 こんなに早く、そしてこんな状況で再会したくなかった……

 

 あの時のしんみりとした別れはなんだったの!?

 感動を返せ! 

 俺は心の中で泣いていた。

 管理者の事といい、締まらない再会が俺の運命なの?

 俺の人生、シリアスが長続きしない呪いでもかかってるの?

 後で思う存分泣こう、今は。

 

「レオンハルト……! ルミナの世界って、精神世界みたいなものか?」

 

「ああ。神の力を取り込んだ影響で、彼女の内面世界が拡張されている。俺たちは今、お前とルミナの〝繋がり〟を辿って、彼女の深層に入り込んでいる状態だ」

 

 

 なるほど、わからん。

 いや、理屈はなんとなく分かるが、それを「ちょっと散歩に行こうぜ」みたいなノリで実行するこの男が怖すぎる。

 だが今はそんなことよりルミナだ。

 

 

「ルミナは!? あいつは無事なのか?」

 

「本体は眠っている。急激な変化に精神が追いついていないだけだろう。後はアイツに聞こう」

 

「アイツ?」

 

 

 レオンハルトが指を差す。

 その指先が示す方向。

 何もない純白の空間の彼方に、ぽつんと、何かが浮かんでいた。

 

 

「俺の言った宛とは……あそこだ」

 

 

 俺は目を凝らす。

 遠近感が狂うような白い世界の中で、それは微弱な光を放っていた。

 青白い、今にも消え入りそうな光。

 球状のナニカ。

 

 

(……あれは)

 

 

 見覚えがある。

 いや、見覚えなんてもんじゃない。

 あの色。あの頼りなさげな揺らぎ。

 そして何より、俺の魂が告げている。

 

 

「……管理者?」

 

 

 俺は思わず呟いた。

 間違いない。あの青白い光は管理者だ。

 だが、どうして?

 管理者の本体は、あの湖の世界――ダンジョンの中枢にあるはずだ。

 俺たちの目の前にあるのは、手に抱えられる大きさの、弱々しく明滅する光の玉だ。

 あんな風前の灯火みたいな状態の管理者は見たことがない。

 

 

「なんで管理者がここに居るんだよ!? 本体はダンジョンにあるはずだろ!?」

 

 

 俺は叫びながら、光の玉に向かって駆け出した。

 レオンハルトも無言でついてくる。

 近づくにつれて、その〝球〟の正体がはっきりとしてくる。

 やはり管理者だ。

 正確には、管理者の気配を濃厚に纏った球体。

 だが、どう見ても元気がない。

 しわしわに萎んだ風船みたいに、光がへろへろと波打っている。

 

 

(まさか……ルミナに取り込まれたのか?)

 

 

 あの時。

 ルミナが必殺の「ルミナフィンガー」を管理者の尻に突き刺した、あの悪夢のような瞬間。

 神殺しが成立し、力がルミナに流入した。

 その時、力と一緒に〝管理者の一部〟までもがルミナの中に引きずり込まれてしまったとでも言うのか?

 

 

「管理者!」

 

 

 俺は光の玉の前に滑り込み、呼びかけた。

 心配だった。

 なんだかんだ言っても、こいつは俺に良くしてくれた。

 世界の真実を教えてくれたし、俺の事を気遣ってくれた。

 その恩人が、俺の家族(ルミナ)の手によって尻を貫かれ、こんな姿になっているなんて。

 罪悪感で胃が痛い。

 

 

「おい、しっかりしろ! 生きてるか!?」

 

 

 俺は光の玉に手を伸ばす。

 触れると、ほんのりと温かい。

 だが反応がない。

 気絶しているのか? それとも、自我が崩壊してしまったのか?

 その時だった。

 光の玉から、微かな声が聞こえてきた。

 震えるような、今にも消え入りそうな声。

 それは、深い絶望と、逃れられないトラウマに彩られた寝言だった。

 

 

「……うぅ……」

 

「管理者! 俺だ、分かるか!」

 

 

 俺は必死に呼びかける。

 頼む、正気に戻ってくれ。

 そして、ルミナの身体について教えてくれ。

 いや、その前に謝らせてくれ! うちの子が本当にすいませんでした!

 管理者の光がビクンと跳ねた。

 そして、魂の底から絞り出すような声が響いた。

 

 

「……リオくん……」

 

「おお! 気がついたか!」

 

 

 良かった、認識できている!

 俺は安堵の息を吐きかけた。

 だが、続く言葉が俺の情緒を粉砕した。

 

 

「……おしりは……だめぇ……」

 

 

 一瞬の静寂。

 真っ白な空間にその情けない寝言だけが木霊する。

 

 

「……は?」

 

 

 俺の思考が停止した。

 今、こいつ、なんて言った?

 おしりは? だめ?

 リオくん?

 脳内でシナリオが繋がる。

 夢の中のリオくん(俺)に、尻を狙われているシチュエーション!?

 

 

「オドレはどんな夢見とんじゃい!!!」

 

 

 俺の右手が閃いた。

 音速を超えたツッコミの手刀が光の玉の脳天(と思われる部分)に炸裂する。

 

 

 バシーン!!

 

 

 いい音がした。精神世界なのに凄くいい音がした。

 

 

「あひぃぃッ!?」

 

 

 管理者が情けない悲鳴を上げて飛び起きた(玉だけど)。

 

 




暫く不定期になります。
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