天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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奇妙なトリオの会話です。


34話 童貞と幼女とお星さま

 

 真っ白な世界。

 天井も床もない、広大な意識の空間。

 視界の果てまで純白が続くこの場所で、俺たちは車座になって話し合いを始めていた。

 いや、車座と言うには変則的な配置か。

 俺はあぐらをかいて座っている。

 その俺のあぐらの中に、ルミナがすっぽりと収まっている。

 背中を俺の腹に預け、ちょこんと座る姿は完全に「特等席」といった風情だ。俺の腕が自然と彼女を囲う形になり、まるで親子のようだ。

 そして、俺の右手の上には――青白く発光する球体、元・管理者が乗っている。

 

 

「あ〜……大丈夫か、管理者?」

 

「な、なんとか……」

 

 

 俺の手のひらの上で、光の玉がプルプルと震えている。

 無理もない。

 なにしろ、この玉は俺の腕の中にいる幼女(ルミナ)によってケツ(概念)を貫かれたのだ。

 ルミナが少し動くたびに、管理者は「ひぃっ」と光を縮こまらせ、俺の指の間に隠れようとする。

 

 

「僕、ここにいていいのかな……? 食べられない? 本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だろ。ルミナも今は落ち着いてるし」

 

 

 俺はルミナの頭を撫でる。

 ルミナは「ん」と気持ちよさそうに目を細め、大人しくしている。

 「どろぼうねこー!」と叫んでいた修羅の如き形相はどこへやら。今はただの甘えん坊な幼女だ。

 その豹変ぶりに、俺も少しだけ戦慄を覚えないでもないが、可愛いから良しとする。

 

 

「さて、何から話そうか」

 

 

 レオンハルトは「話し合え」と言い残して去っていった。

 確かに、現状確認と今後の方針は決めなきゃならない。

 俺とルミナ、そして管理者の奇妙な共同生活が始まるわけだし、そもそも今の管理者がどうなっているのかも不明だ。

 

 

「えーと、いいかな? リオくん」

 

「おう、どうした?」

 

 

 管理者が遠慮がちに声を上げてくる。光が弱々しく明滅している。

 

 

「何よりも先に解決しなきゃいけない問題があるんだ」

 

「問題?」

 

「うん。……僕の名前を、決めてほしいんだ」

 

 

 ああ、そういえばそうだった。

 俺が管理者に名前を付けようとした瞬間、ルミナが金色の閃光となって突撃してきたのだ。

 あの悪夢のような「ルミナフィンガー」事件、尻へのピンポイント爆撃。

 

「そういや、中断してたな。名前がないと不便だし、さっさと済ませるか」

 

 俺は軽く頷いた。

 いつまでも「管理者」と呼ぶのも味気ない。

 それに、こいつは俺に「名前が欲しい」と願ったのだ。俺との繋がりを求めて。

 その願いを叶えてやるのが、友(?)としての筋だろう。

 

 

「じゃあ、さっそ」

 

 

 言葉が、途切れた。

 喉の奥で凍りついた。

 ゾワリ。

 背筋を氷柱で撫で上げられたような悪寒。

 生物としての本能が、最大級の警鐘を鳴らしている。

 殺気。

 それも、ただの殺気じゃない。神をも殺す、純粋で鋭利な殺意の波動。

 発生源は――俺の腕の中。

 恐る恐る視線を下ろす。

 そこには、ルミナがいた。

 さっきまで「んふ〜」と蕩けた顔をしていた愛らしい少女は、もういない。

 虚無。

 ハイライトの消えた碧眼が、俺の手のひらの上の球体をじっと見つめている。

 その視線は、熱い嫉妬ですらない。障害物を排除しようとする、冷徹な機械のような眼差し。

 

 

「……つぶす」

 

 

 ポツリと、地獄の釜の底から響くような声がした。

 次の瞬間。

 ルミナの右手が、カッと黄金の輝きを放った。

 

 

「あー! あー! あー! 光ってる! 右手が! 右手が光ってるよぉぉぉぉ!!」

 

 

 管理者が絶叫する。

 球体が激しく明滅し、俺の手の上でタップダンスのように跳ね回る。

 

 

「駄目ですルミナ様! その手はとっても駄目ですー!! 僕のお尻(概念)が疼くんですぅぅぅ!! まだ傷が癒えてないんですぅぅぅ!」

 

「ルミナ! 待て! ステイ! ステイだ!」

 

 

 俺は慌ててルミナの右手を掴む。

 小さい手だ。柔らかい手だ。

 だが、その掌には、神を穿つ絶対的な力が渦巻いている。

 握った俺の手がビリビリと痺れるほどだ。

 

 

(やべぇ……本気だ!)

 

 

 冗談や脅しじゃない。

 ルミナは本気で、この光る玉を「排除」しようとしている。

 

 

「リオ……」

 

 

 ルミナが俺を見上げる。

 その瞳には奥底には暗い炎が燃えている。

 え?どうして?何でマジギレしてんの?

 

 

「……管理者、これ、今すぐ必要なのか? 後回しじゃダメか?」

 

 

 俺は冷や汗を流しながら管理者に問う。

 今は時期が悪い。空気が悪い。命運が悪い。

 下手しなくてもこの白い世界に管理者が飛び散ることになる。

 

 

「必要! めっちゃ必要! 今すぐじゃないと死ぬ!」

 

 

 だが、管理者は必死だった。

 光を点滅させながら、悲痛な叫びをあげる。

 

 

「名前はどうしても必要なのー! このままじゃ僕、ルミナちゃんに溶けちゃうよ! 自我が消滅して、ただのエネルギーになっちゃう!」

 

「はあ!? どういうことだよ!」

 

「なんか僕、本体から独立しちゃってるの!」

 

 

 聞き捨てならない言葉に、俺は思わずツッコミを入れた。

 

 

「お前、本体と別々になってんの!? あそこ(ダンジョン)にいるのがお前じゃないのか?」

 

「本体は……完全に抜け殻。空っぽだよ」

 

「抜け殻ぁ!?」

 

「うん……身体(神体)と力の大部分はダンジョンにあって、意識という『核』だけがルミナちゃんの中に引っ張り出されちゃったんだ!」

 

 

 管理者の説明に、俺は愕然とする。

 つまり、今のこの球体こそが管理者の魂そのもの。

 ダンジョンに残っているのは、システムとして稼働するだけの空虚な器ということか。

 

 

「やべぇじゃねぇかおい!! 女神と同じ事が起きたのかよ!?」

 

 

 俺の脳裏に、かつて管理者が語った女神の所業が蘇る。

 力の大半と「貞淑・謙虚・慈愛」という面倒な部分をダンジョンに押し付け、意識だけで自由を謳歌しにいったあの女神。

 形は違えど、状況が酷似している。

 歴史は繰り返すのか。しかも、こんな間抜けな形で。

 

 

「リンクは消えてないから、ここからでもダンジョンの管理は出来るよ!」

 

「ならいいじゃねぇか」

 

「良くないよ! 僕という『個』の境界線が曖昧なの! 名前で僕を定義して、ルミナちゃんとは別の存在として安定させないと……今の僕は、海に投げ込まれた塩だよ! 溶けて消えちゃうよぉぉぉ!」

 

 

 管理者が泣き叫ぶ(玉だけど)。

 なるほど、海に投げ込まれた塩。わかりやすい例えだ。

 ルミナという巨大な器の中で、管理者という個我が希釈されて消えかかっているわけか。

 それを繋ぎ止めるための「楔」として、名前が必要だと。

 名付けの必要性は理解した。

 放置すれば管理者は死ぬ(消える)。それは寝覚めが悪いし、ダンジョンの管理放棄にも繋がりかねない。

 何より、友を見殺しにはできない。

 だが――。

 俺は、腕の中のルミナを見る。

 背筋が凍りつく。

 産毛が逆立つ感覚。

 ルミナは、じっと俺を見ている。

 その目は「名前つけたら、こいつ殺す」と雄弁に語っていた。

 殺意の波動に目覚めた幼女。

 右手には再び黄金の光が集束し始めている。チャージ完了まであと数秒だ。

 俺はこの時点でようやく悟る。

 

 

(やばい)

(ルミナにとって、俺からの名付けは滅茶苦茶重いんだ!)

 

 

 俺がルミナに名を与えた時。

 初めて与えられた贈り物。

 それは彼女にとって、世界に産み落とされた瞬間であり、存在を確立された瞬間だった。

 だからこそ、俺が他の誰かに名前を与えるという行為は、彼女にとって「自分だけの特別な繋がり」を侵される暴挙に他ならない。

 浮気現場を目撃された妻のような、いやそれ以上に根本的な生存本能に近い拒絶。

 

 

(俺が名付けたら、確実に拗れる!)

 

 

 そして、ルミナフィンガー事件の事を思い出す。

 

 

(今思えば、俺が名前をつけようとした瞬間にブチ切れてたような!? あれは嫉妬だけじゃなく自分の存在意義を賭けた防衛行動か!?)

 

 

 俺は自分が名付けるのはマズイと判断した。

 ここで強行すれば、管理者は名前を得て安定するかもしれないが、その瞬間にルミナの手によって物理的に消滅させられる可能性が高い。

 本末転倒だ。安定した瞬間に爆散とか笑えない。

 

 

(俺からは絶対に駄目だ!)

(俺以外の誰か……誰か……)

 

 

 この場にいるのは、俺と、管理者と、ルミナだけ。

 レオンハルトはもういない。

 俺と管理者と……ルミナ。

 俺がダメなら、残る選択肢は一つしかない。

 

 

(俺が駄目なら……ルミナにやらせるしかない)

 

 

 毒を以て毒を制す。

 ルミナ自身が名前をつけるなら、彼女も納得するはずだ、たぶん、きっと。

 自分の所有物に名前をつけるような感覚で。

 「これは私のもの」というタグ付けとして。

 俺はそっと管理者に顔を寄せる。

 

 

「管理者」

 

「な、なに、リオくん?なんかルミナちゃんの目が据わってるよ!」

 

「ルミナが名付けても大丈夫か?」

 

「えっ?」

 

 

 管理者が光を点滅させる。

 

 

「俺がやったら……たぶんお前、死ぬぞ。ルミナフィンガー・ツーが炸裂する」

 

「……うん。僕も薄々そんな気はしてた。殺気が痛いもん。肌(ないけど)がピリピリするもん」

 

「ルミナからの名付けでも、効果はあるのか?」

 

「……多分、いける。今の僕はルミナちゃんの一部みたいなものだし、彼女が僕を『別の存在』として認識して名前をくれれば、分離・安定できるはずだよ。むしろ、そっちの方が繋がりが強固になるかも」

 

 

 よし、言質は取った。

 俺は深呼吸をして、表情を和らげる。

 できるだけ優しく、諭すように。

 これから猛獣の檻に手を入れるような緊張感だ。

 大丈夫だ、俺は地雷処理の天才だ!(という事にする)

 

 

「ルミナ」

 

「……なに?」

 

 

 ルミナが不機嫌そうに俺を見上げる。

 右手はまだ光っている。いつでも発射オーライな状態だ。

 こわい。

 

 

「管理者……この玉っころにな、名前をつけてやってくれないか?」

 

「……リオが、つけるんじゃないの?」

 

 

 鋭い。

 俺は冷や汗を隠して笑う。

 

 

「管理者はこれからルミナと一緒にいることになる。だったら、ルミナが呼びやすい名前の方がいいだろ?」

 

 

 俺は必死に言葉を紡ぐ。

 「俺のものじゃない、お前のペットみたいなもんだ」というニュアンスを込めて。

 

 

「ルミナが名前をくれれば、管理者はルミナの家来……みたいなもんになるぞ? 言うこと聞くし、便利だぞ?」

 

「……けらい」

 

 

 その言葉に、ルミナの目がピクリと動いた。

 右手の光が少し弱まる。

 よし、食いついた。

 

 

「どうだ? こいつにお前だけの名前をつけてやってくれないか?」

 

 

 ルミナはしばらく考え込むように黙り込んだ。

 ジッと管理者を見つめる。

 管理者は「ひぃぃ……お手柔らかに……変な名前はやめてね……」と震えている。

 やがて、ルミナは俺の方を見て、小さく口を開いた。

 

 

「……リオはどうして、ルミナってなづけたの?」

 

「え?」

 

 

 不意打ちの質問に、俺は瞬きをした。

 どうして、か。

 ルミナは真剣な目で俺を見ている。

 名付けの意味を知りたがっている。

 あの時のことを思い出す。

 月明かりの下、名もなき幽霊だった少女。

 儚くて、消えてしまいそうで。でも、確かにそこにいて。

 放っておけなくて。

 

 

「……ルミナは、光という意味なんだ」

 

 

 俺は正直に答えることにした。

 照れくさいけれど、ごまかすようなことじゃない。

 

 

「暗闇の中にいたお前が、光を見つけられますようにと祈りを込めたんだよ」

 

 

 俺を見つめる碧い瞳が揺れる。

 

 

「そして……誰かの光になれるようにと」

 

 

 俺の言葉に、ルミナは小さく息を吸い込んだ。

 その小さな胸に、俺の想いが届いていると信じて。

 

 

「……少なくとも、俺にとってルミナは光だよ。あの日、お前を見つけた時から」

 

 

 言ってから、顔が熱くなるのを感じた。

 キザすぎるだろ俺。

 少女漫画のヒーローかよ。

 でも、本心だ。嘘偽りのない、俺の気持ちだ。

 俺は微笑んで、ルミナの頭を撫でた。

 さらさらとした髪の感触が心地よい。

 

 

「ん……」

 

 

 ルミナは気持ちよさそうに目を細め、俺の胸に顔を擦り付けた。

 右手の光は、いつの間にか完全に消えていた。

 殺気も霧散している。

 どうやら俺の言葉で機嫌を直してくれたらしい。

 ちょっと嬉しそうだ。

 なんか管理者が「ぬおおおお!!甘酸っぺええええ!!」って呻いてる。

 ……レオンハルトみたいに握り潰したろうかコイツ?

 ルミナは暫く考えた後に顔を上げ、真剣な表情で管理者に向き直った。

 

 

「……きめた」

 

「ほ、本当? 変な名前じゃないよね? 『げぼく1号』とか『ボール』とかじゃないよね?」

 

 

 管理者が恐る恐る尋ねる。

 ルミナはそれを無視して、厳かに告げた。

 

 

「……ステラ」

 

 

 ステラ。

 星、か。

 

 

「へえ、いい名前じゃないか」

 

 

 俺は感心した。

 ルミナ(光)に対して、ステラ(星)。

 夜空に輝くもの同士、対になっているようでもあり、寄り添っているようでもある。

 ルミナは続ける。

 

 

「ずっと、ひとりだったんでしょ」

 

 

 管理者に語りかける声は、不思議と優しかった。

 さっきまでの殺意が嘘のようだ。

 

 

「だから……たくさん、ともだちができるように」

 

 

 星の数ほど、友達ができますように。

 孤独な時間を過ごしてきた管理者が、これからは一人じゃないように。

 そんな祈りが込められている気がした。

 ルミナ自身が孤独を知っているからこそ、贈れる名前だ。

 

 

 「な、んて素敵な名前なんだ!」

 

 

 感激したように震える管理者、右手がブルブル震えてくすぐったい。

 

 

 「わかったよルミナちゃん!」

 

 

 決意を口にする、力強く堂々と。

 

 

 「僕は……ルミナちゃんとリオ君のお星様(ステラ)になる!」

 

 

 管理者――いや、ステラの光が、カッと強く輝いた。

 

 

「う、うわぁぁぁぁ! 力が! 形が! 定着するぅぅぅ!!」

 

 

 名前という「枠」を得て、曖昧だった存在が確定していく。

 白い空間に、まばゆい閃光が走る。

 俺は眩しさに目を細めた。

 光が収束し、形を変えていく。

 球体から、四肢が生え、尾が伸び、耳が立ち――。

 ポンッ!

 そんな間の抜けた音と共に、変身は完了した。

 俺の手の上にいたのは。

 

 

「……猫?」

 

 

 青い毛並みの、子猫だった。

 深い夜空のようなブルーの毛並み。

 瞳は金色に輝き、額には星のような白い模様がある。

 滅茶苦茶可愛い、子猫だ。

 どこからどう見ても、愛玩動物の極み。

 

 

「にゃ……?」

 

 

 ステラとなった管理者は、自分の手(前足)を見た。

 プニプニとしたピンク色の肉球。

 ふわっとした青い毛。

 動かすと、爪がシャキッと出る。

 

 

「ニャンじゃこりゃあああああ!!!?」

 

 

 絶叫。

 だが、その声は以前の中性的なものとは違い、高く、愛らしい女の子の声になっていた。

 俺とステラは、揃って口をあんぐりと開けた(猫も口を開けた)。

 

 

「ル、ルミナ? なんで猫なんだ?」

 

「そうだよ! ステラって女の子っぽい名前じゃん!? なんで猫!? しかも子猫!? 威厳のカケラもないよ!」

 

 

 ステラが自分の尻尾を追いかけてクルクル回りながら叫ぶ。

 可愛い。動きがいちいちあざといほど可愛い。

 だが、当の本人は大混乱だ。

 ルミナは、そんなステラを指差して、ビシッと言い放った。

 

 

「どろぼうねこ」

 

「……あ」

 

 

 俺は思い出した。

 ルミナフィンガーが炸裂すると同時に、ルミナが叫んだ罵倒を。

 『この……どろぼう……ねこおおおおおおおお!!』

 あれか。

 あれでルミナの中で管理者のイメージが「どろぼうねこ」に固定されてしまったのか。

 名前による定義づけと、ルミナの深層意識にあるイメージが融合して、この姿になったということか。

 恐ろしい。イメージを現実に変えてしまうとは。

 

 

「イメージの力ってすげーな……」

 

「ひどいよぉ! 僕、腐りまくっても神様だよ!?なんで畜生道に落ちてるのぉ!?」

 

 

 ステラが俺の腕をよじ登り、肩の上で抗議の声を上げる。

 爪が立って地味に痛い。でも肉球の感触が気持ちいい。複雑だ。

 

 

「まあ、いいじゃないか。可愛いし」

 

「可愛さで世界は救えないんだよぉ! 威厳が! 僕の威厳がゼロだよぉ! こんな姿じゃ誰もひれ伏してくれないよぉ!」

 

「元からゼロだったろ」

 

 

 俺の冷静なツッコミに、ステラは「ぐぬぬ」と唸り声を上げた。

 そして「シャーッ!」と威嚇してくるが、子猫なので全く怖くない。むしろ撫でたい。

 ルミナが、俺の肩に乗ったステラを見つめている。

 その瞳は、獲物を狙うハンターのようでもあり、新しいおもちゃを見つけた子供のようでもあった。

 

 

「ステラ」

 

「な、なんでしょう……? ご主人様……」

 

 

 ステラがビクッとしてルミナを見る。

 完全に上下関係が出来上がっている。名付け親には逆らえないらしい。

 魂レベルでの服従。

 

 

「おいで」

 

 

 ルミナが両手を広げる。

 ステラは一瞬俺に助けを求めるような目をしたが、俺が無言で頷くと、観念したように俺の肩からルミナの腕の中へ飛び移った。

 ぽすっ。

 ルミナはステラを抱きしめ、その頭を撫でる。

 

 

「ん」

 

 

 よしよし、という手つき。

 先ほどまでの殺意はどこへやら、今は慈愛に満ちている。

 ステラは最初は強張っていたが、ルミナのルミナハンド・ナデナデを受けるうちに、次第に力が抜けていった。

 

 

「おおう……」

 

 

 喉をゴロゴロと鳴らし始める。

 抗えない。猫の本能に抗えない。

 

 

「まあべらぁす……」

 

 

 ふやけた顔をするステラ。

 完全に堕ちたな。

 猫の本能には抗えないらしい。というか、元々「慈愛・謙虚・貞淑」の化身なら、撫でられるのとか好きそうではある。

 愛されたがりな女神の残滓。それが猫になった。ある意味、適役かもしれない。

 

 

「……これにて一件落着か?」

 

 

 俺は大きく息を吐き、その光景を眺めた。

 あぐらをかいた俺の腕の中に、ルミナ。

 ルミナの腕の中に、子猫のステラ。

 マトリョーシカみたいな状態だが、不思議と収まりがいい。

 殺伐とした空気は消え、平和な時間が流れている。

 ステラがルミナの腕の中でとろんとした目をしながら、俺に声をかけてきた。

 

 

「そうだね……この幼女殺し」

 

「はあ!?」

 

 

 俺は耳を疑った。

 今、なんて言ったこの猫?

 

 

「幼女殺しってなんだよ! 人聞きの悪い! 」

 

「うっせえ!」

 

 

 ステラが猫パンチを繰り出す(空振り)。

 

 

「ルミナちゃんと繋がった事で、彼女の記憶を共有したよ! 全部見たからね! 出会いから今までの全部!」

 

「全部って……」

 

「何が『誕生日おめでとう、ルミナ』だ! キザか! ヒーローか!?」

 

 

 ステラが俺の顔を指差して(肉球で)糾弾する。

 

 

「あんなこと言われたら、産まれたての純真な心がどうなると思ってんだ! イチコロだよ! 女の子の脳みそ焼きまくった君にも原因あるだろうが!」

 

「どういうこっちゃ!?」

 

 

 俺は叫んだ。

 脳みそ焼いたってなんだよ。俺はただ、名前をつけて、祝ってやっただけで……。

 純粋な善意だぞ!?

 

 

「自覚がないのが一番タチが悪いんだよ! 天然ジゴロ! 女たらし! おっぱい野郎!」

 

「男がおっぱい好きで何が悪い!」

 

 

 俺の反論は、白い世界に虚しく響いた。

 ルミナは我関せずといった様子で、ステラのお腹に顔を埋めてモフモフを堪能している。

 ステラは「やめろぉ、そこは弱点なんだぁ」と情けない声を上げながらも、まんざらでもなさそうだ。

 こうして。

 俺たちの話し合い(?)は、一応の決着を見た。

 神殺しの幼女と、猫になった神様。

 そして、幼女殺しの汚名を着せられた俺。

 ……前途多難なんてレベルじゃない気がする。

 俺は白い天井(ないけど)を見上げ、深く深くため息をついたのだった。

 




ようやく名前をつけられました、寄り道しまくったなぁ...
ルミナにとって名付けは神聖なものなので真剣に考えました。
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