天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
先王の正体が判明します
少しグロいので注意して下さい
パルシリア王城、その最奥に位置する秘密会議室。
厚い石壁に囲まれたこの空間には、重苦しい沈黙が澱(よど)みのように溜まっていた。
揺らめく魔導ランプの灯火が、俺――エドワール・パルシリアの影を長く、そして歪(いびつ)に壁へと投影する。
目の前には、友であり、今は若返りという奇跡を経て新たな生を歩む二人。
騎士団長レオネル、いや今はレオンと名乗る男と、その妻アンナ。
俺は、玉座に座る王としてではなく、罪深き血を引く一人の男として、彼らに向かって深く頭を下げていた。
「先ずは謝らせてくれ」
喉から絞り出した声は、予想以上に掠(かす)れていた。
「レオネル、アンナ……。先王、我が父パトリックの仕打ちを。許してくれとは言わない、本当にすまなかった」
視界が床の絨毯の模様に固定される。
謝罪などという言葉で贖(あがな)えるものではないことは、俺が一番理解している。
アンナの妊娠を隠蔽した父。
身重の彼女を前線へ送り出し、その結果、彼女は重傷を負い、腹の中の小さな命は光を見ることなく消えた。
レオネルとアンナから、我が子の死すらも奪ったのだ。
それは、人の道を踏み外した鬼畜の所業。
「エドワール……」
レオネルの、困惑と痛みを帯びた声が頭上から降ってくる。
顔を上げる勇気が持てない。だが、アンナの静かな、しかし芯の通った問いかけが俺を縛り付けた。
「……何故、先王はそんな事をしたの?」
彼女の声には、怒りよりも深い困惑が滲(にじ)んでいた。
「隠蔽する理由がわからないの。確かにあの時の私は騎士団でも上位の実力者だったわ。そんな私が邪竜との戦いを離脱したら戦力低下すると判断してしまうのも、まあわかるわ」
アンナの言葉は理知的だ。だが、それだけでは説明がつかない狂気がそこにはある。
「でも、聖約を破ってままで? パルシリアの建国王が作ったとんでもない罰則を、誰でも知っているわ」
『聖約』。
その単語が出た瞬間、私の心臓が冷たい手で鷲掴みにされたように縮み上がった。
それは騎士たちの人権を保護するための絶対不可侵の契約。
特に、騎士の子供に関する条項は、極めて重い。
もし王家がそれを害したならば、騎士たちは王家に対する生殺与奪の権を与えられ、義務として王を罰さねばならない。
かつて、英雄であり親友であったレオンハルトの妻子を、我が子が殺してしまった。
その罪悪感に苛まれ、発狂寸前で建国王が遺した呪いの言葉。
『同じ過ちを繰り返したなら滅べ』
その遺言は、パルシリア王家の血に呪詛のように刻み込まれている。
父がそれを知らぬはずがない。
知りながら、彼はあえてその禁忌を犯した。
俺はゆっくりと顔を上げ、二人を見据えた。
胃の腑に鉛を流し込まれたような重圧を感じながら、それでも語らねばならない。
それが、俺の義務だ。
「……語ろう。お前達には聞く権利がある」
私は一度、大きく息を吸い込み、肺の中の淀んだ空気を吐き出した。
「俺の父、パトリックの本当の姿を」
記憶の扉を開く。
それは20年前。邪竜討伐が終わった直後のことだ。
当時の俺は、若く、そして怒りに燃えていた。
父パトリックは、10年前に流行り病で妻と娘を失って以来、人が変わったように愚鈍になり、政務を放棄し、遊興に耽(ふけ)っていた。
そして邪竜との決戦。あろうことか父は、前線から逃亡したのだ。
(あの男は! レオネルとアンナだけでなく、多くの者が傷ついたというのに! 逃げやがった!!)
憤激に駆られた俺は、失踪した父と、それに連なる有力貴族たちの動向を独自に調査した。
父を軽蔑していた。廃位させ、俺が国を立て直さねばならないと本気で思っていた。
そして、ある貴族の屋敷にたどり着いた時、俺の世界は反転した。
「……え?」
鼻をつく強烈な鉄錆の臭い。
豪華な調度品が並ぶ部屋は、地獄絵図と化していた。
そこには、凄惨な拷問を受け、もはや肉塊と化した貴族とその家族たちの死体。
その中心で、返り血で全身を赤く染めながら、優雅にワイングラスを揺らす父、パトリックがいた。
「待ちわびたぞ」
父の声は、城で見せていた間の抜けたものではなく、冷徹な刃物のようだった。
「ち、父上?」
「見てみろよ」
父は、無造作に足元の死体を小突いた。それは失踪した有力貴族の成れの果てだ。
「どうだエドワール、傑作だろう! コイツら、妻を、子を、孫を助けてくれとほざいてたぞ!」
父の顔に浮かんでいたのは、恍惚とも狂気ともつかない凄絶な笑みだった。
「凄いよなあ、俺のソフィアとフィーナをあんな形で奪っておいて、どれだけ面の皮が厚いんだ?」
ソフィア。俺の母。
フィーナ。俺の妹。
俺は父が何を言っているのか理解出来なかった、理解したくなかった。
「……母上とフィーナは流行り病で……」
「嘘さ」
父は即答した。吐き捨てるように。
「口にするのも悍(おぞ)ましいやり方で殺されたんだよ」
父の瞳に宿る暗い炎が、私を射抜く。
「そんな……母上とフィーナは……ぐ、ううう!?」
突きつけられた真実に、俺は言葉を失い、激しい嘔吐感に襲われた。
流行り病ではなかった?
殺された? 母と妹が?
それも...
「こいつらはソフィアとフィーナを凌辱して殺した汚物共に、餌を貰ってた奴らだ、よ!」
父は死体を蹴り飛ばしながら続ける。
家族の無惨な真実に心が千切れる。
「今まで家族を亡くして愚鈍になったフリをして、情報を集めてた結果、ようやく辿り着けた……!」
10年。
この人は、10年もの間、道化を演じ続けていたのか。
愛する妻と娘を奪った者たちにへつらい、無能を装い、ただひたすらに牙を研いでいたのか。
「なんで……なんで俺に言ってくれなかったのです、父上!!!」
俺は叫んだ。涙が止まらなかった。
父を恨んでいた自分が、浅ましく、惨めでならなかった。
「俺は貴方を軽蔑していた!! 本当の事を知らずに!!」
「すまんな、エドワール」
父は、憑き物が落ちたように穏やかに微笑んだ。
その笑顔は、俺の幼い頃の記憶にある、優しい父の顔だった。
父は持っていたグラスのワインを飲もうとした。
「父上!?」
嫌な予感がした。
制止しようとしたが、間に合わなかった。
「ふ~、酒が美味い!」
父の体が、ぐらりと揺れた。
口元から、黒い血が糸を引く。
「父上!?」
「後は頼んだ。家族を大事にしろよ……」
それが最期だった。
ワインには猛毒が含まれていたのだ。
復讐という名の業火ですべてを焼き尽くし、自分自身さえも灰にして、父は逝った。
「父上……父さん……あ、あああああああああああああ!!!」
屋敷に響き渡った俺の慟哭は、今も耳の奥にこびりついて離れない。
父が遺した膨大な証拠資料。
それを元に調査を進めると、殺された貴族たちは、腐敗した隣国と繋がり、国を売っていたことが判明した。
この一件で、パルシリア王国の内憂は一掃されたのだ。
父が、その命と魂を引き換えにして。
「これが、父の真実だ……」
語り終えた俺は、深い溜息をついた。
レオネルとアンナは絶句している。
パルシリア始まって以来の愚王と呼ばれた男。その仮面の下にあったのは、あまりにも悲しく、壮絶な愛と復讐の物語だった。
「俺の推測だと、アンナの妊娠を隠蔽したのは売国奴共を炙り出す為に行ったのだと思う」
俺は、最も残酷な事実を口にする。
「聖約を破るのはパルシリア王家の禁忌中の禁忌だ。あの汚物共にとって、それは垂涎の情報だろうな。……思わず不用意に動いてしまう程に」
父は、アンナを利用したのだ。
聖約を破るという爆弾を餌にして、国を巣食う虫たちを誘き寄せた。
その結果として、レオネルとアンナは地獄を見た。
父の復讐のために、彼らの幸せが薪として焚べられたのだ。
疲労が、泥のように体にのしかかる。
アンナたちには申し訳ないが、父の心情に共感してしまう自分もいるのだ。
もしセシリアや子供たちが同じ目に遭わされたら、俺は父と同じ修羅の道を歩まなかったと言い切れるだろうか。
(疑問はまだあるが……証拠は、無い)
「すまんが、父の事はここまでにさせてくれ……」
これ以上、父の罪を口にするのは、心が持たなかった。
レオネルが、沈痛な面持ちで頷く。
「ああ……辛かったね、エドワール」
その言葉の温かさが、逆に胸を抉(えグ)る。
被害者であるはずの彼に、慰められているなど。
「そうね……あまり思い詰めないで。先王の罪は先王だけのものよ」
アンナもまた、穏やかな声で言った。
「少なくとも私はそう思ってる。ルミナ、私の娘と会えたしね」
その言葉に、俺はハッとした。
そうだ、彼女たちは失われた絆を取り戻したのだ。
「アンナ……ルミナと話しが出来たか?」
「ええ、一緒に積み木遊びをしたわ。まあ途中で寝ちゃったけど、セシリアとお話出来たしね」
セシリア。我が愛妻。
彼女の名前を聞いた瞬間、胃袋が冷たく痙攣した。
妻と息子達にも、この事実を伝えねばならない。
セシリアとフィーナは親友だった。
流行り病で死んだと聞いた時、誰よりも泣き崩れていたセシリア。
彼女が真実を知れば――フィーナが無残に凌辱され殺されたと知れば、どれだけ傷つくだろうか。心が壊れてしまうかもしれない。
そして息子たちも激怒するだろう。
祖母と叔母を汚し、祖父を狂わせた外道国家達に対して。
「そうか、セシリアと……父の事で悩んでいただろ?」
「ええ……貴方の子供達について聞いた」
アンナの声色が、僅かに変わった。
核心を突く鋭さが宿る。
「……そうか」
ああ、セシリアは話してしまったのか。
いや、隠し通せることではない。
「アンナ? 殿下がどうしたんだい?」
何も知らないレオネルが、不思議そうに尋ねる。
アンナは沈痛な表情を浮かべ、夫の方を向いた。
「……殿下たちの継承権を剥奪して、リオを王にしようとしてるの……」
「何だって!?」
レオネルが目を見開き、驚愕の声を上げた。
「どうしてリオが!? 彼は平民の冒険者なんだぞ!?」
もっともな反応だ。
だが、俺には他に道がなかった。
「そうだ。俺は我が子可愛さに、リオを王にしようとしているロクデナシだ」
俺は自嘲気味に笑った。
聖約を破った王家は、血を持って償わねばならない。それが掟だ。
だが、騎士派は慈悲をくれた。
『玉座に座らなければ命を取らない』と。
息子の誰かを王にしようとしたら、俺とセシリアの命が必要になる。
そして、息子たちは王冠よりも家族を選んだ。
俺とセシリアを選んでくれたのだ。
まったく、困った奴らだ。優しすぎる。
だから俺が、泥を被らねばならない。
「レオネル、俺は――」
その時だった。
空気が、凍りついた。
比喩ではない。
肌を刺すような、物理的な圧力を伴う濃密で鋭い殺気が、部屋の中に充満したのだ。
呼吸すら困難なほどの威圧感。
歴戦の騎士であるレオネルとアンナが、瞬時に身構える。
発生源は、部屋の入り口。
いつの間にか、そこに『影』が立っていた。
「……ッ!」
黒ずくめの服を纏(まと)い、腰に一振りの剣を差した、長身の『女』。
フードの陰から覗くその容姿は、息を呑むほどに美しかった。
だが、その美しさは人間のものではない。
研ぎ澄まされた刃のような、触れれば切れる、危険な美貌。
立ち居振る舞いだけでわかる。
次元が違う。
レオネルやアンナでさえも霞むほどの、圧倒的な「死」の気配。
女が口を開いた。
鈴を転がすような、しかし背筋に氷柱を差し込まれるような、冷たく美しい声。
「その話」
「詳しく聞かせてもらおうか」
女が一歩、踏み出す。
それだけで、部屋の重力が倍増した錯覚に陥る。
「リオを」
「どうすると?」
その瞳。
私は、その女の瞳を見て、全身の血が逆流する感覚を覚えた。
既視感がある。
あれは。
あの屋敷で、血塗れになって笑っていた父、パトリックと同じ目だ。
愛の為なら全てを捨てられる。
愛の為なら、世界を敵に回しても構わない。
愛の為なら、どんな残虐なことでも平然とやってのける。
狂気的なまでの、純粋な愛情。
この女は、リオの為なら、この場で我々全員を肉塊に変えることも躊躇わないだろう。
私は、震える唇を噛み締め、その狂気の瞳と対峙した。
謎の女性が出てきました、リオくんの色んな意味で最強のヒロインですよ!