天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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ほのぼの回です


35話 レイドバトル 蒼き獣討伐戦 参加者 童貞、幼女、英雄

 

 視界を埋め尽くすのは、果てしない白。

 上下左右の境界すら曖昧なルミナの精神世界で、俺とルミナは一匹の猛獣と対峙していた。

 張り詰めた空気が肌を刺す。

 俺の右手、そしてルミナの小さな手には、それぞれ「武器」が握られている。

 この戦いに、慈悲はない。あるのは、狩るか狩られるかという野生の掟のみ。

 目の前で身を低くし、喉を鳴らしているのは、蒼き毛を持つ美しき獣――ステラだ。

 かつて女神の残滓と呼ばれた彼女は、今や純粋な捕食者の瞳をして、俺たちの獲物を狙っている。

 

 

「……いくぞ、ルミナ」

 

「ん」

 

 

 短い言葉で意思を通わせる。

 呼吸を合わせる必要すらない。俺たちの魂は、既に一つのリズムで脈打っている。

 

 

「そらッ!」

 

 

 俺は手首のスナップを効かせ、愛剣――ならぬ『特製猫じゃらし・極』を振るった。

 先端についたフワフワの毛玉が、不規則な軌道を描いて空を裂く。チリリン、と鈴の音が涼やかに響いた瞬間、ステラの瞳孔が極限まで開いた。

 

 

「とう!」

 

 

 ステラが跳ぶ。

 その動きは、物理法則を無視したかのような鋭角な機動。まさに神速。

 だが、俺には見えている。

 俺は瞬時に手首を返し、獲物を虚空へと引き戻す。

 スカッ。

 ステラの爪が空を切る。

 勢い余って着地した彼女の背後、完全なる死角から、小さな影が躍り出た。

 

 

「えい」

 

 

 ルミナだ。

 彼女の手にあるのは、『特製猫じゃらし・天』。

 ルミナは無駄のない動作でそれを振り下ろす。ステラの目の前で揺れる魅惑の毛玉。

 

 

「とりゃあ!」

 

 

 ステラが空中で身を捻り、新たな獲物に飛びかかる。

 その反射速度は驚異的だ。だが、それすらも織り込み済み。

 ルミナは表情一つ変えず、スッと武器を引いて回避した。

 

 

「にゃっ!?」

 

 

 再び空振るステラ。

 体勢が崩れたその瞬間こそが、好機。

 

 

「いくぞ、ルミナ! 畳み掛ける!」

 

「ん……!」

 

 

 俺たちは左右から同時に仕掛ける。

 右から俺のフリフリ、左からルミナのフリフリ。

 変幻自在の波状攻撃。

 フリフリ

 フリフリフリ!

 フリフリフリフリ!!

 

 

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ!!!」

 

 

 ステラが狂乱する。

 右を追えば左が動き、左を追えば右が跳ねる。

 俺たちの絶妙なコンビネーションは、かつて神と呼ばれた存在さえも翻弄し、その理性を本能の彼方へと吹き飛ばしていく。

 俺が動きのパターンを教え、ルミナが直感で合わせる。

 言葉にしなくても、次にどう動けばステラが一番喜ぶ(悔しがる)かが手に取るようにわかる。

 ああ、楽しい!!

 ここにあるのは、純粋な遊びと、温かな充足感だ。

 俺はずっと、こういう時間を求めていたのかもしれない。

 誰かと呼吸を合わせ、笑い合い、ただ無心に遊ぶ時間。

 孤児として育った俺には縁遠かった「家族の団欒」というやつが、もしあるとすれば――きっとこんな風景なのだろう。

 

 

「……楽しそうだな」

 

 

 不意に、穏やかで深みのある声が白い空間に響いた。

 俺とルミナ、そしてステラの動きがピタリと止まる。

 視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。

 漆黒の髪、夜を映したような瞳。

 ただ立っているだけで空間そのものを支配するような、圧倒的な存在感。

 けれど、その佇まいに威圧感はない。あるのは、どこまでも静謐な凪のような空気だ。

 始まりの騎士、レオンハルト。

 伝説の英雄が、どこか微笑ましそうに俺たちを眺めていた。

 相変わらず鉄仮面のように表情の変化は乏しいが、俺にはなんとなくわかる。彼が今、とても穏やかな目をしていることが。

 

 

「レオンハルト!?」

 

「ああ、楽しんでいる所悪いな」

 

 

 レオンハルトはゆっくりと歩み寄り、床(という概念がある場所)で息を切らしているステラに視線を落とした。

 

 

「ひゃう!?」

 

 

 ステラがビクリと震え上がり、瞬時に後ずさる。

 全身の毛を逆立て、耳をペタンと伏せて、ルミナの背後へ隠れようとする。

 その姿もまた滅茶苦茶に可愛いのだが……彼女にとっては死神に見えているのかもしれない。無理もない、彼女の本体である「女神」を葬り去った張本人なのだから。

 

 

「どうやら安定したようだな」

 

 

 レオンハルトはステラの怯えを気にする様子もなく、淡々と、しかし安堵を含んだ声で言った。

 

 

「安定した……ステラがヤバいって事を知ってたのか?」

 

「ステラ、か。良い名だな」

 

 

 彼はその名を口の中で転がすように繰り返した。

 

 

「かなり不安定だったからな。このままでは危ういと思ったからルミナを呼び寄せ、話をさせたんだ」

 

「そっか……」

 

 

 俺は納得すると同時に、呆れにも似た感情を抱いた。

 この英雄、どれだけ世話焼き体質なんだ?

 俺やルミナの世話を焼いて、あまつさえ敵対していたはずの女神の残滓のケアまで考えていたとは。

 強さだけじゃない。この底なしの懐の深さこそが、彼を英雄たらしめている所以なのかもしれない。

 ……あっ、そうだ。

 ルミナに彼を紹介しないと。

 ルミナはまだ、レオンハルトとまともに顔を合わせていないはずだ。

 

 

「ルミナ、彼は――」

 

 

 言葉が、途中で途切れた。

 俺は、ルミナの横顔を見て息を呑んだ。

 ルミナは、信じられないものを見るような顔でレオンハルトを見つめていた。

 普段のルミナからは想像もつかない、目を見開き、唇を震わせるほどの驚愕。

 そして、その視線はレオンハルトだけでなく、俺の顔へと忙しなく行き来している。

 俺と、レオンハルト。

 交互に見比べるその瞳には、単なる初対面の挨拶への緊張とは違う、何か切迫した色が宿っていた。

 

 

「ど、どうしたんだルミナ?」

 

 

 ルミナの様子が尋常じゃない。

 俺とレオンハルトの顔面偏差値を見比べているとか、そんな軽い次元の話ではないことは明らかだ。

 なんというか、見てはいけないもの、あるいは信じられない真実を目の当たりにしたような?

 いや、レオンハルトを見て驚くのはわかる。彼から溢れ出るオーラは常人のそれではない。

 だが、なぜ俺を見る?

 俺の顔なら見慣れているはずだし、今更驚くような要素なんてないはずだ。

 

 

「……」

 

 

 ルミナは答えず、ただ呆然と俺たちの顔を見つめ続けている。

 その瞳の奥で、幾つもの思考が激流のように渦巻いているのが伝わってくるようだった。

 

 

「……俺は、リオの友達だ」

 

 

 パニックになりかけているルミナに、レオンハルトが静かに語りかけた。

 その声は、驚くほど優しかった。

 いや、嬉しいんだけど。

 伝説の英雄に「友達」扱いは、流石に恐れ多いというか、畏れ多いというか……。

 

 

「とも……だち?」

 

 

 ルミナが、掠れた声で呟く。

 そして、すがるような目で俺の方を見た。

 なんで? なんでそんな、泣きそうな顔をするんだ?

 

 

「だって、あなたは……リオの……」

 

 

 ルミナの言葉に、レオンハルトが被せるように言った。

 強く、しかし否定ではなく、何かを包み込むような響きで。

 

 

「友達だ」

 

 

 短い一言。

 けれど、そこには「それ以上は言うな」という、無言の圧力が込められていた。

 威圧ではない。懇願に近い、制止の意思。

 

 

「……うん」

 

 

 ルミナは、小さく頷いた。

 ルミナは賢い。幼い見た目に反して、時折ドキッとするほど物事の本質を突くことがある。

 今のやり取りだけで、彼女は何かを察し、そして飲み込んだのだ。

 

 

「どうしたんだ、ルミナ?」

 

 

 俺は屈み込み、ルミナの顔を覗き込んだ。

 小さな肩が震えている気がした。

 

 

「……だいじょうぶ」

 

「でも……」

 

「だいじょうぶ、しんぱいしないで」

 

 

 ルミナは気丈に振る舞い、俺の手をぎゅっと握り返してきた。

 その手は温かいのに、どこか寂しげだ。

 

 

「そうか、何かあったら言ってくれよ」

 

「ん」

 

 

 悲しそうに、けれど慈しむように、俺とレオンハルトを見るルミナ。

 ルミナは一体、何を感じ取ったというのだろう。

 俺には見えない何かが、彼女の目には映っているのだろうか。

 

 

「リオ、わかったぞ」

 

 

 不意に、レオンハルトが話題を転換した。

 その声のトーンが変わったことで、場の空気が切り替わる。

 わかった……ルミナの正体か!?

 心臓がドクンと跳ねた。

 そうだ、レオンハルトはルミナを護る方法を考えるために、一度席を外していたんだった。

 ルミナが何者で、どうして俺の前に現れたのか。その根源を知るために。

 でも、早すぎないか!?

 まだそんなに時間は経っていないはずだ。さすが英雄、調査能力も神速だというのか。

 

 

「そうか……」

 

 

 俺は、無意識にゴクリと喉を鳴らした。

 ルミナの正体。

 俺は、それを知るべきなんだろう。

 この子を護ると決めた以上、過去も、背負っているものも、全て受け入れる覚悟が必要だ。

 だが。

 

 

(怖い、な)

 

 

 胸の奥底に、冷たい澱(おり)のような感情が湧き上がるのを止められなかった。

 もし、ルミナに「本当の家族」が居るとしたら?

 俺は、孤児だ。

 顔も知らない親に捨てられ、家族というものの温もりを知らずに生きてきた。

 だから、ルミナとの関係も、どこかで「家族ごっこ」の域を出ないのではないかという負い目がある。

 血の繋がりもない。過ごした時間も短い。

 そんな俺が、家族面をしていいのだろうか。

 もし、ルミナの本当の両親が生きていて、彼女を愛していたとしたら。

 俺は、ただの「誘拐犯」のようなものじゃないのか。

 その真実を知った時、俺はこの手を離さずにいられるだろうか。

 あるいは、ルミナの方が俺の手を離して、本当の居場所へと帰ってしまうのではないか。

 それが、どうしようもなく怖い。

 

 

「リオ……」

 

 

 不安が顔に出ていたのかもしれない。

 ルミナが、心配そうに俺を見つめていた。

 ……情けない。この小さな娘に、こんな顔をさせるなんて。

 大人の俺が、どっしりと構えていなきゃいけないのに。

 だが、俺は……。

 

 

「取り敢えず、問題は無い。それだけ知っていればいい」

 

 

 レオンハルトの言葉が、俺の迷いを断ち切るように響いた。

 

 

「え?」

 

「良いんだ。ルミナはお前の家族。それだけでいい」

 

 

 俺はハッとして顔を上げた。

 レオンハルトは、真っ直ぐに俺を見ていた。

 その瞳は、全てを見透かしているようだった。俺の出自への劣等感も、ルミナを失うことへの恐怖も、全て。

 彼は、あえて詳細を語らなかったのだ。

 今の俺に、その真実は重すぎるか、あるいは不要だと判断して。

 ただ、「家族であれ」と肯定してくれた。

 血の繋がりがなんだ。過去がなんだ。

 今、ここに在る絆だけが真実だと、彼はそう言っている気がした。

 俺の内心の不安を読み取ってくれたのだろう。

 胸のつかえが、すっと降りていく。

 感謝しかない。

 未だ「家族ごっこ」かもしれない。

 でも、この英雄が認めてくれたなら。

 俺は、胸を張って本物を目指そう。

 嘘から出た真(まこと)だってある。ごっこ遊びを一生続ければ、それはいつか真実になるはずだ。

 

 

「……ありがとう、レオンハルト」

 

「礼を言われることではない」

 

 

 彼は短く答えたが、その口元は僅かに緩んでいるように見えた。

 

 

「あの〜」

 

 

 おずおずとした声が割り込んだ。

 すっかり存在を忘れていた(ごめん)ステラが、意を決したようにレオンハルトに話しかけたのだ。

 

 

「どうした?」

 

 

 レオンハルトが視線を向ける。

 

 

「はう!?」

 

 

 ステラがビクリと肩を跳ねさせた。

 条件反射レベルの恐怖心。可哀想に、本体ぶっ殺した男は怖いよな。

 

 

「落ち着け、ステラ。彼なら大丈夫だ」

 

「う、うん……」

 

 

 俺が助け舟を出すと、ステラは涙目で頷いた。

 レオンハルトは、威圧感を消して、黙ってステラを見守っている。

 その沈黙が、今のステラには一番の優しさなのだろう。

 

 

「その……ありがとう。あいつを……止めてくれて」

 

 

 ステラが、絞り出すように言った。

 「あいつ」。あの狂った女神のことだ。

 かつて自分自身であり、忌むべき半身。

 こっそりとレオンハルトが女神を殺したことを伝えた時、ステラは滅茶苦茶驚いていた。

 そして、死ぬほどビビっていた。

 近くにルミナが居るから、殺してくれてありがとうなんて物騒なことは言わなかったが、彼女はずっと感謝していたのだ。

 

 

「……どういたしまして」

 

 

 レオンハルトは、意外なほど柔らかく答えた。

 

 

「俺は、お前もアレの被害者だと認識している。怯える必要は無い」

 

「……ありがとう」

 

 

 ステラの表情が、ふわりと緩んだ。

 空気は和らいだ。

 だが、まだどこか硬い。

 神殺しの英雄と、元女神の残滓。組み合わせが特殊すぎるせいか、微妙な距離感がある。

 どうしよう? 何か話題を振るべきか?

 すると、ルミナがトテトテとレオンハルトに近づいた。

 そして、無言で手を差し出す。

 

 

「……これ」

 

 

 彼女の手には、予備の『特製猫じゃらし・絶』が握られていた。

 それを、真っ直ぐにレオンハルトに向ける。

 えっ?

 まさか、ルミナ?

 伝説の英雄に、猫じゃらしを振れと?

 俺は冷や汗をかいた。

 いくらなんでも、それは不敬というか、シュールすぎるというか――

 

 

「頂こう」

 

 

 レオンハルトは、真顔でそれを受け取った。

 まるで聖剣を受け取るかのような、厳粛な手つきで。

 マジかよ。

 

 

「……いくぞ」

 

 

 レオンハルトが構える。

 猫じゃらしを、正眼に。

 隙がない。猫じゃらしを構えているだけなのに、鉄壁の城塞に見える。

 俺は吹き出しそうになるのを堪え、自分の武器を構え直した。

 

 

「よし、ステラ! 第二ラウンドだ!」

 

「えっ!?」

 

「そらそらそら!」

 

 

 問答無用。

 俺は手首を高速回転させ、フリフリラッシュを繰り出した。

 

 

「にゃおん!」

 

 

 ステラの体が勝手に反応する。悲しき猫の性(さが)。

 

 

「とうていやー」

 

 

 ルミナも負けじと、逆サイドから攻める。

 フーリフーリフリ。

 独特のリズム。緩急自在の動きに、ステラが翻弄される。

 

 

「にゃにゃにゃにゃにゃ!!」

 

 

 そして、真打ち登場。

 

 

「ふっ、はっ、せい!」

 

 

 レオンハルトの気合と共に、猫じゃらしが閃いた。

 速い。

 目にも止まらぬ速さで繰り出される突き、払い、そして斬撃(猫じゃらしです)。

 その軌跡は芸術的でさえあり、毛玉が残像となってステラの周囲を取り囲む。

 シュバババババッ!

 風切り音が、もはや楽器のような音色を奏でている。

 

 

「にゃう〜ん!!!」

 

 

 ステラは歓喜(?)の悲鳴を上げながら、三つの毛玉を必死に追いかけた。

 俺と、ルミナと、レオンハルト。

 奇妙な組み合わせの三人が、一匹の猫(元女神)を囲んで遊んでいる。

 白い空間に、笑い声と鈴の音が響き渡る。

 レオンハルトが、ふと俺を見て、微かに笑った気がした。

 ルミナも、楽しそうに笑っている。

 家族。

 その形がどんなものかは、まだはっきりとは分からないけれど。

 今、この瞬間が最高に幸せであることだけは、間違いない。




猫じゃらしはリオ君が教えてルミナが作ってくれました。
試しにやってみたら出来ちゃった。

リオがルミナの正体に触れようとしない理由は、本当の家族が居たらどうしようかと恐れていた為でもあります。
それ以上にルミナも打ち明けたらリオが離れるかもしれないと恐れていますが。
そんな状態で彼を見たら...ねえ?
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