天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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実はサブタイは滅茶苦茶適当に作ってます。


40話 童貞リアリティショック!

重厚な木製の扉の前に、俺とアンナは並んで立っていた。

王城の奥深く、限られた者しか立ち入ることを許されないであろう区画。廊下に敷かれた絨毯は足音を完全に吸い込み、壁を飾る調度品は一つ一つが国宝級の美術品に見える。

そんな非日常的な空間にあって、俺の心は別の意味で落ち着かなかった。

 

 

「……本当に、レオンに悪い事したな」

 

 

俺は先ほど別れたばかりのレオンの顔を思い浮かべて、思わずぽつりとこぼした。

俺とアンナがこの部屋に呼ばれたため、大人の姿から元に戻ったルミナの世話を、レオンに頼んだのだ。

パルシリアのエリート中のエリートである騎士で間違いなくトップクラスの実力者であるレオンに、子守を頼むのは凄く気が引けた。

だけど、何故か彼に頼みたかったんだ。

本当に理由も無く彼にしか頼めない気分だった。

 

 

『ああ、任せてくれ。僕もルミナちゃんと話がしたかったから』

 

 

彼は嫌な顔一つ見せなかった。

むしろ目尻を下げて心底嬉しそうに微笑んでいた。その姿は、まるで父親のように慈愛に満ち溢れていた。

どれだけ人ができているんだ、あの人は。

 

 

「何処までイケメンなんだろうな、レオンは……」

 

 

剣の腕は超一流、懐は海のように深く、ルックスも完璧。その上、子供好きで面倒見が良いと来ている。

あそこまで行くと、男としての嫉妬やひがみを感じる気すら起きない。ただ純粋に尊敬の念を抱くのみだ。隣に立つ絶世の美女、アンナの夫としてこれ以上ふさわしい男は世界中を探してもいないだろう。

 

 

「ふふっ。あの方は昔から、ああいう人なのよ。子供が大好きで、優しくて……時々、優しすぎて心配になるくらい」

 

 

アンナは愛する夫を思い出すように目を細め、誇らしげに、そして少しだけ照れくさそうに笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、俺は慌てて視線を扉へと戻した。

 

 

「さあ、入って」

 

 

アンナがノブを回し、重厚な扉を静かに押し開けた。

部屋の中は、執務室というよりも、私的な応接室のような造りになっていた。

壁際に並ぶ本棚、上質な革張りのソファー、そして中央に置かれたローテーブル。

そのソファーに、二人の人物が腰を下ろしていた。

エドワールさんとヴァリウスさんだ。

昨日会ったばかりなのに凄く懐かしい気分になる。

ステラとルミナの精神世界で過ごした時間が濃すぎだよ。

 

 

「失礼します」

 

 

俺は一礼して部屋に足を踏み入れた。だが、顔を上げてエドワールさんの姿を視界に捉えた瞬間、俺はギョッとして息を呑んだ。

 

 

「呼び出してすまんな、リオ」

 

 

エドワールさんは俺の顔を見て、いつものように温厚な微笑みを浮かべた。

だが、その顔色は控えめに言っても「最悪」だった。

 

 

「あ、いえ……大丈夫ですか!?」

 

 

思わず声が上ずってしまう。

疲れている。滅茶苦茶疲れている!

凄絶な疲労の色が色濃く沈んでいた。

昨日、レオンとアンナを紹介してくれた時も疲れているように見えたが今の状態はその比ではない。

 

 

「うむ……正直、ぐっすりと寝たいが……お前の方にも、重要な話があるのだろう?」

 

 

エドワールさんは、自嘲気味に口角を上げてみせたが、その笑顔すらも痛々しい。

 

 

「はい、あれから前みたいに精神世界で得た重要な情報があります。でも、一分一秒を争うような緊急というわけではありません。エドワールさんの体調が優先です。お話は後日に延ばしましょう」

 

 

俺は本気で心配して提案した。一国の王が過労で倒れでもしたら、それこそ国の一大事だ。

だが、エドワールさんはゆっくりと、しかし力強く首を横に振って俺の言葉を制止した。

 

 

「心遣いはありがたい。だが、余は王なのだ、リオ。国に関わる重大な情報を一刻も速く知らねばならん」

 

 

その言葉には、己の身を削ってでも国と民を守るという、王としての強烈な矜持が込められていた。ボロボロの身体を精神力だけで支えているような姿に、俺は圧倒される。

ヴァリウスさんが横から呆れたような、それでいて深い信頼を感じさせる溜息を吐いた。

 

 

「こいつの事は俺が診ているから安心しろ」

 

 

当代一の魔導師がそう言うのなら、俺がこれ以上口を挟むべきではないだろう。

 

 

「……わかりました」

 

 

俺は覚悟を決め、エドワールさんと対面するソファーに腰を下ろした。アンナも俺の斜め後ろに立ち、静かに控える。

 

 

「さて、お前の報告を聞く前に、俺から話さねばならない事がある」

 

 

エドワールさんが、居住まいを正して俺を見据えた。

その眼光には、先ほどまでの疲労を覆い隠すほどの、真剣な光が宿っている。

 

 

「何でしょうか?」

 

「ルミナについてだ」

 

 

『ルミナ』。

 

その名前が出た瞬間、俺の全身の筋肉が反射的に強張った。

ルミナの正体は俺も知らない、だがエドワールさんの反応からして国家の機密事項そのものと言ってもいい。

あの娘をどう扱うのか。もし、国があの娘を危険視したり、実験動物のように扱おうとしたりするなら、俺は王国全体を敵に回してでもルミナを連れて逃げる覚悟だった。

例えヴァリウスさんやレオが大丈夫だと言っても警戒心を抜く訳にはいかない。

俺が思わず身構えた姿勢をとったのを見て、背後からアンナが優しく声を掛けてきた。

 

 

「大丈夫よ、リオ」

 

 

肩に、温かく柔らかな手がそっと置かれる。

不思議なことだった。彼女が「大丈夫」と言っただけで、俺の心の中に渦巻いていた警戒心と不安が、春の雪のように溶けていくのを感じた。

まるで、絶対的な味方が背中を守ってくれているような、そんな安心感。

俺が少しだけ体の力を抜いたのを見て、エドワールさんは深く頷き、そして信じられない言葉を口にした。

 

 

「パルシリア国王、エドワールが誓おう。ルミナに危害を与える事は、決してしない」

 

「!?」

 

 

俺は絶句した。

一国の王が、俺のような平民の冒険者に対して、直接「誓い」を立てたのだ。

アンナが、エドワールさんの言葉に応じるように、凛とした声で宣言する。

 

 

「確かに、騎士アンナ・オーリンが、エドワール陛下の誓言を聞き届けました」

 

 

『騎士の前で誓言する』。

 

 

それがこの国においてどれほど重い意味を持つか、孤児院育ちの俺でも知っている。

パルシリアの法と歴史において、王が騎士を証人として立てた誓いは、絶対不可侵の契約となる。建国王と始まりの騎士が結んだ『聖約』に連なる、最も神聖な儀式。

これを破れば、王は騎士から反逆されても文句は言えず、最悪の場合は命をもって償わなければならない。

たかが身元不明の幼女一人のために、王が自らの命をチップとしてテーブルに提示したのだ。

 

 

「俺は決してあの娘に危害を与えんし、他の奴にもさせない」

 

 

エドワールさんの目は、一切の嘘偽りがない澄み切ったものだった。

 

 

「どうして、そこまで……?」

 

 

俺は震える声で尋ねた。

ルミナの出自は怪しい。危険性がないとは言い切れない。王として、国を守る立場として、そこまでリスクを背負う理由がわからない。

 

 

「俺に娘が居るのは知っているか?」

 

「はい、でも……」

 

 

エドワールさんの愛娘、フィオナ王女のことだろう。

だが、それがルミナを保護する理由になるのか?

 

 

「ならば、妹が居たことは?」

 

「……確か、伝染病で幼い時に亡くなったと……」

 

 

俺は記憶の糸をたどって答えた。

パルシリア国民なら誰もが知っている悲劇だ。

先代国王パトリック。彼は、最愛の妻と幼い娘を同時に流行り病で亡くしたショックで正気を失い、政務を放棄して愚王になったと言われている。

そして、その腐敗しきった国を立て直し、悪徳貴族を一掃して現在の平和なパルシリアを築き上げたのが、目の前にいる賢王エドワールだ。

エドワールさんは、長い、長い溜息を吐いた。

 

 

「確かに、王として非情の命令を下さねばならん時はある。国を生かすために、一部を切り捨てる決断を迫られる事も。だが、子供を……罪なき幼い命を利用するような事はしないし、俺には出来ない」

 

 

エドワールさんの瞳が、遠く過去を見つめるように細められる。

妹の死、父親としての愛情。それらが彼を「子供を守る王」たらしめているのだろうか。

 

 

「他にも色々な事情があるが……これで納得してくれ」

 

「……わかりました」

 

 

俺は深く頭を下げた。

ここまでされてしまえば、納得するしかない。いや、疑うこと自体が彼の覚悟に対する冒涜だ。

ルミナは、このパルシリア王国で安全に生きていける。エドワールさんが王である限り、彼女の未来は保証されたのだ。

俺が安堵の息を吐くと、ヴァリウスさんはそんなエドワールさんを、少し呆れたような、それでいて温かい目で見守っていた。

その顔に悪感情はない。長年の友人の、不器用だが真っ直ぐな生き方を認めているような顔だった。

 

 

(貴方の言った通りでしたよ、ヴァリウスさん)

 

 

俺は心の中で、かつてヴァリウスさんが言った言葉を反芻する。

エドワールさんは、非道な真似をするような人ではない。ルミナに危害を加えられるような人じゃなかった。

俺は、どこかで「権力者」という言葉に対して、偏見を持っていたのだ。自分の薄汚れたフィルターで、彼の人となりを歪めて見ていたことを自省する。

 

 

「ルミナに関して、俺が不審な態度をとっていたのは自覚している。お前が警戒するのはおかしくない」

 

 

エドワールさんが、申し訳なさを滲ませて言った。

 

 

「その理由を、言うつもりは?」

 

 

俺の問いかけに、エドワールさんはゆっくりと首を横に振った。

 

 

「……すまない」

 

 

言葉少なな謝罪。

やはり、ルミナから直接聞くしかないか。

だが俺はあの娘から自発的に話してくれない限り、無理に聞き出すつもりはない。ルミナにはルミナのペースがある。

...俺の臆病な心を護るという意味でも助かる。

いつか向かい合わねばならない、俺の弱さに。

 

 

「ルミナに関してはここまでだ」

 

 

少し重くなった空気を断ち切るように、ヴァリウスさんがパンと手を叩いた。

 

 

「先ずは教えてくれ。昨日、レオンと剣を交わした後に何が起きた?……お前は何を知った?」

 

 

俺は頷き、口を開きかけたところで、背後のアンナが前に進み出た。

 

 

「私も聞かせて」

 

 

重要な軍議や国家機密に関わる場に、一介の騎士(しかも護衛として呼ばれただけの立場)が同席を求める。

普通なら不敬に当たるかもしれない。だが、俺がエドワールさんとヴァリウスさんの方を向くと、二人は当然のように深く頷いた。

 

 

「構わん。アンナには聞く権利がある」

 

 

やはり、アンナはただの護衛騎士ではない。

昨日出会ったばかりだが、彼女が纏う空気、そして王や筆頭魔導師からのこの絶大な信頼。

彼女は、かつての英雄・アンナ・ジークフリード様と同じ名前を許されただけの事はある、特別な存在なのだ。

 

 

「わかりました」

 

 

俺は、昨日レオンと剣を交わした後に起きた事、意識を失って精神世界に引きずり込まれた事、そして、そこで出会った管理者――ステラから聞かされた真実を、順を追って包み隠さず話した。

 

童貞・処女しか入れない神域ダンジョン「ヴァージニア」の真の正体。

それが、世界を汚し続けた女神が残した「神体」であり、世界の穢れ(業)を浄化するための巨大な濾過装置であること。

そして、その業を浄化して得られる『マテリアル』は、単なるレアアイテムなどではなく、言わば「神の一部」に等しい力を持っていること。

真剣な顔をして俺の話を聞く3人。

部屋の空気は、水を打ったように静まり返り、それぞれの呼吸音すら聞こえそうだった。

ヴァリウスさんは、腕を組み、重い声で呟いた。

 

 

「あのダンジョンが女神の体で……マテリアルは、神の一部という事か……」

 

 

彼ほどの叡智を持つ魔法使いでも、スケールが大きすぎる真実に思考を巡らせているのがわかる。

エドワールさんも、眉間に深いしわを刻みながら頷いた。

少しの間、考え込むように視線を宙に泳がせた後、俺を真っ直ぐに見た。

 

「管理者……今はステラと名乗っていると言ったな。直接会ったわけではないから手放しで鵜呑みには出来んが、その者がかつての女神が捨て去った『慈愛』『謙虚』『純潔』を司る善性の存在であることが理解出来たのが、何よりも大きい。彼女は、我々人類に協力する意志はあるのだな?」

 

 

俺は力強く頷いた。

 

 

「はい。ステラは、人間を助けたいと願っています。全面的に協力してくれるでしょう」

 

 

ただ、と俺は付け加える。

 

 

「……ただ、彼女は生まれてからずっとダンジョン内で一人で過ごしていて、外界の知識も多分穴だらけだと思います。正直に言うと、神にも等しい力を持ってはいても精神性は子供とほぼ変わりはありません……どうか、政治的な駆け引きの道具にしたり、無理な要求をしたりせず、一人の無垢な子供として配慮をお願いします」

 

 

俺の懸命な訴えに、エドワールさんは深く頷いた。

 

 

「わかった。肝に銘じておこう。ルミナと同様、彼女にも敬意と保護をもって接する事を約束する」

 

「ありがとうございます」

 

 

最大の懸念事項であったルミナとステラの安全が確保され、俺の肩の荷が大きく下りた。

 

 

「さて」

 

 

エドワールさんが、ふうっと小さく息を吐き、姿勢を正した。

その瞳が、スッと細められ、俺の眼の奥底を覗き込んでくる。

 

 

「俺は言いたい事を言ったし、お前の報告も受けた。……だが、お前はまだ、何か言ってない事があるのではないか?」

 

 

ドキリとした。

尋ねてくる形をとっているが、その口調には確信が満ちていた。

王の直感か、それとも俺の態度に不自然な点があったのか。

 

 

(レオ……レオンハルトの事を言うべきか?)

 

 

精神世界で出会った、あの男の事を。

幾ら何でも始まりの騎士が突如俺の前に現れて、重要な情報をもたらし、俺とルミナとステラのケアまでしてくれたなんて……。

 

 

(頭がおかしくなったと思われても仕方が無いぞ)

 

 

レオは彼自身の存在を公にすることについて、任せると言っていた。

だが、言うべきなのか、こんな突拍子も無い話を?

 

 

(だが……)

 

 

俺は、エドワールさんの疲労の色が濃い、それでも誠実に俺に向き合ってくれている目を見返した。

彼は、王としての誓言まで立てて俺の家族(ルミナ)を守ると言ってくれたのだ。

 

 

(……言うべきだ)

(この信頼を裏切る様な真似は出来ない。隠し事をしたまま、彼らの協力を仰ぐなんて不誠実だ)

 

 

俺は覚悟を決めた。

荒唐無稽だと言われても構わない。真実を語ろう。

 

 

「……実は、精神世界でもう一人、ある男が現れたのです」

 

 

俺の言葉に、エドワールさんの眉がピクリと動いた。

 

 

「……『男』?」

 

 

ん?

俺は僅かな違和感を覚えた。

エドワールさんの反応が、少しおかしい。

「誰が現れたんだ?」という疑問よりも、「男」という単語そのものに対して、鋭く反応したように見えた。

 

 

「はい、男です」

 

 

俺は気にせずに続けた。

 

 

「黒髪で黒目の、背が高くて、鉄仮面みたいに無表情な……でも、とても優しい人です。彼は俺達を助けてくれました」

 

 

俺は、大きく深呼吸をして、目を閉じた。

 

 

 

「彼の名は」

 

 

 

これから口にする名前の重さを噛み締めながら。

 

 

 

「レオンハルト・ジークフリード」

「始まりの騎士、その人です」

 

 

俺は彼の名を告げた。

 

 

 

――部屋が、完璧な沈黙に支配された。

呼吸音すら消えたかのような、真空の静寂。

 

 

(何言ってんだこいつ、って空気だな)

(そりゃそうだ)

(幾ら不思議な事が目白押しとは言え、伝説の英雄が突如現れましたなんて)

(普通、信じるわけがない。頭が湧いたと呆れられているんだろう)

 

 

俺は、冷や汗をかきながら、覚悟を決めて彼らの顔を見据えた。

呆れ顔か、それとも怒りの表情か。

 

 

「いい!?」

 

 

だが、彼らの顔を見た瞬間、俺の口から思わず変な裏返った声が漏れた。

予想していた反応と、全く違ったのだ。

ヴァリウスさんは目をひん剥いている。『氷の叡智』の肩書きを彼から見出す事が出来ない顔だ。

アンナは両手で口元を覆い、顔の筋肉が引きつりまくっている。あの冷静沈着な彼女が明らかなパニックを起こしていた。

そして、何より。

 

 

「エ、エドワールさん!?」

 

 

エドワールさんの様子が異常だった。

青褪めるどころの話ではない。顔色が完全に土気色――いや、灰のように白くなり、生気が一滴残らず抜け落ちていた。

ルミナの存在を初めて知った時よりも遥かに酷い顔だ。

今にも呼吸が止まり、末期の患者みたいにポックリ逝きそうなほど限界ギリギリの顔面蒼白。ガタガタと、彼が座っているソファーごと震えているのがわかる。

 

 

「あ、あの! レオンハルトと言っても、何か証拠があるわけじゃなくてですね!? 信じられない方が当然かと……!」

 

 

俺は慌ててフォローを入れようとした。

しかし彼らの反応は「疑っている」のではない。

何故か、俺の言葉を『完全に信じ切っている』上に恐怖と驚愕のリアクションなのだ。

どうして!?

なんで何の証拠もない俺の話を一片も疑わずに信じてるんだ!?

ガタガタと震えるエドワールさんが、ようやく、ひゅっと息を吸い込んで口を開いた。

 

 

「あ、いえ……大丈夫、ですよ……リオ、様」

 

「は?」

 

 

俺の思考がフリーズした。

 

 

「ぜ、全然これっぽっちも大丈夫じゃないですよ、エドワールさん!!? 顔色が死人みたいです!」

 

 

それになんだ、「リオ様」って!?

一国の王が、俺に様付け!?

 

 

「わたくしごときおとこをしんぱいしてくださり、たいへんきょうしゅくです」

 

 

エドワールさんの口から、抑揚の全くない、機械のような言葉が滑り出た。

まるで絶対的な恐怖を前にして自我が崩壊し、防衛本能だけで喋っているような、不気味なほどの低姿勢。

 

 

「ありがとうございますりおさま、あなたはおかあさまにとてもよくにてますね」

 

「ちょお!?」

 

 

俺はソファーから腰を浮かせて叫んだ。

 

 

「お母様って誰ですか!? 俺は物心ついた時から孤児ですよ!?」

 

 

親の顔なんて知らないし、ましてや王様が知っているような高貴な母親がいるはずがない。

居るはずがない母親をこの人は見えてんの!?

どう見てもマトモな精神状態じゃない。

もしかして、恐怖と疲労のあまり精神が幼児退行しているのか!?

さっきまでの、威厳に満ちた格好いい王様の姿は、完全に煙となってお亡くなりになってしまった!

 

 

「ヒィッ……あの方が見ている……俺の首を……」

 

 

エドワールさんは、虚空を見つめながらブツブツと譫言(うわごと)を呟き始めた。

見かねたヴァリウスさんが、バン!とテーブルを叩いて立ち上がった。

 

 

「アンナ! エドワールを連れて行ってくれ!! これ以上は奴の精神がもたん!」

 

「はい!」

 

 

アンナが弾かれたように動き、エドワールさんの腕を掴むと、ひょいっと自分の背中に担ぎ上げた。

一国の王が女性騎士に背負われるというシュール極まりない光景。

 

 

「陛下、休みましょう。この件は一旦忘れてセシリア……様に思い切り甘えて癒して貰いなさい!」

 

 

アンナが、必死の形相でエドワールさんを励ます(?)。

 

 

「うん、母ちゃん……」

 

 

エドワールさんが、虚ろな瞳でアンナの背中にすり寄った。

 

 

「ああもう! 完全に子供になってるじゃないの!!」

 

 

アンナがやけくそ気味に叫んだ。

彼女が、ここまで取り乱すなんて。

 

 

「失礼するわ、リオ! また後で!」

 

 

アンナは、エドワールさんを背負ったまま、疾風のような速さで応接室を飛び出していった。

バタン!と扉が閉まる音が、空虚に響く。

 

 

「…………」

 

 

残された俺とヴァリウスさんの間に、気まずい、シーンとした沈黙が降りた。

俺は、呆然と閉まった扉を見つめ、それからヴァリウスさんの方へ顔を向けた。

 

 

「あの……俺、何かマズい事言いました?」

 

 

ヴァリウスさんは、深く、深ーく溜息を吐き、自分のこめかみを揉みほぐした。

 

 

「いや、お前は悪くない。……すまんが、エドワールは暫く休ませる。あいつの精神の限界点(キャパシティ)を超えたらしい」

 

「はあ……」

 

「後は、俺が聞こう」

 

 

ヴァリウスさんは、真剣な、しかしどこか諦観の入り混じった瞳で俺を見た。

 

 

「どんなに荒唐無稽な話でも、どんなに恐ろしい真実でも、俺は全て受け止めて聞く。だから、レオンハルト……彼がお前に何を語ったのか、包み隠さず正直に話してくれ」

 

 

俺はまだ混乱の渦中にあったが、ヴァリウスさんの真摯な態度に頷くしかなかった。

 

 

「……はい」

 

 

俺と、ヴァリウスさん。

二人きりになった部屋で、俺は世界を揺るがす真実を語り始めた。

 

 

 

 




エドワールさんのsan値の行方はどうなるのやら...
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