天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
「どうぞ、セシリア」
「ありがとう、お姉様」
差し出された白磁のティーカップ。
繊細な花柄が描かれたそれを受け取りながらも、私の視線は向かいに座るアンナ・ジークフリード――今はアンナ・オーリンと名乗る方へと、どうしても吸い寄せられてしまう。
至福の時。
こうして、お姉様と二人きりでお茶を飲める日が来るなんて。
夢のようだった。
ここ数年お姉様のお加減が悪くなり、直接お会いすることが出来なくなった時からこんな穏やかな時間はもう二度と来ないと諦めていた。
『綺麗なままで居させて』
それが、お姉様が私との面会を拒絶した時の言葉だった。
残酷なほどに進行していく病と、かつての戦いで負った傷の後遺症。
自らの力で立つことすら困難になり、かつての凛々しく美しい自分を失っていく姿を、私に見せたくなかったのだ。
恐らく、自分のプライドの為ではない。私の為に拒絶したのだ。
私の心の中にある思い出を汚さない為に。私の心を護るために。
私が知るアンナお姉様はそういう人なのだ。どこまでも気高く、そして優しい。
だからこそ目の前にあるこの奇跡が、より一層眩しく感じられる。
若々しく、生命力に溢れ、かつての――いや、それ以上の美しさを放つお姉様。
私はカップをソーサーにそっと戻し、隣のベッドで規則正しい(しかし酷く弱々しい)寝息を立てている最愛の夫へと視線を向けた。
「お姉様。夫は、エドワールはどうしたのですか?」
先ほど運び込まれてきた夫の、余りにも尋常ではない姿に、私は最初はパニックになった。
我が国パルシリアの賢王と讃えられ、常に冷静沈着な夫が顔面蒼白で幼児退行して気絶するなど、前代未聞の異常事態だ。
少し抜けてる所はあるけれど、精神的に強く、誰よりも誠実な彼が、あんなふうに壊れてしまうなんて。
譫言(うわごと)を呟きながらアンナお姉様に背負われてきた夫を見た瞬間、私の頭は真っ白になった。
最初はパニックになりかけた私だったが、お姉様が落ち着かせてくれたお陰でなんとか平静を保つ事が出来ている。
夫は泥のように眠っているが、その顔に刻まれた凄絶な疲労の色は、睡眠だけでは拭い去ることができないほど深くなっているように見えた。
昨日もひどく疲れていたけれど、ここまでではなかったのに。
一体何があったというのか?
リオさんの報告が、それほどまでに恐ろしい内容だったのだろうか?
私が問いかけると、お姉様は普段の凛とした空気を少しだけ潜め、困ったように眉を下げた。
「お願い、セシリア。今は聞かないで」
「えっ……」
「貴女まで倒れると、本当に収拾がつかなくなるから」
その声は優しく、しかし確かな制止の響きを持っていた。
お姉様の言葉に私は動揺する。
「わ、わたしも、ですか!?」
この私が?
王妃としてこれまで数々の国難を夫と共に乗り越えてきたこの私が、話を聞いただけで倒れると?
確かに私は武力を持たない女だが、精神的なタフさにはそれなりに自信がある。
お姉様は重々しく頷いた。
「正直、私も混乱してるの」
その言葉に私は息を呑んだ。
あの、どんな困難を前にしても、たとえ邪竜を前にしても決して揺るがなかったアンナお姉様が、混乱している?
「そんな、お姉様が……」
背筋に冷たい汗が伝う。
想像を絶する事態だ。
一体何があったの? 国家の存亡に関わるような事態? それとも、世界そのものがひっくり返るような真実?
「ああ、でも心配しないで」
私が恐怖に呑まれそうになったのを察して、お姉様は慌てて付け加えた。
「決して悪い事では無いから。むしろ朗報よ。……朗報過ぎて、エドワールがキャパオーバーで倒れちゃったけど」
……朗報?
朗報を聞いて、人はあんなにも白目を剥いて、幼児退行して気絶するものなのだろうか?
私の知る限り、人間の精神構造はそういう風には出来ていないはずだが。
「安心出来ませんよ、お姉様……。それって、エドワールが多大なショックを受ける『真実』っていう事ですよね?」
「そうね」
お姉様は、ふふっ、と短く笑い、困ったような、それでいてどこか優しげな苦笑を浮かべた。
その瞬間。
(ああ……なんて尊い)
不意に、私の心の奥底で厳重に封印していたはずの「何か」が疼(うず)いた。
困り顔のお姉様。少しだけ弱さを見せるお姉様。
昔は決して見せなかった、その人間らしいギャップ。
たまらない。
(いけない!)
私は慌てて頭を振って、湧き上がる邪念を追い出す。
駄目よセシリア、貴女は王妃であり、夫と四人の子を持つ立派な大人なのだから。
若き日の、あの血の気の多かった頃とは違うのです……!
心の中で、自分自身の頬を往復ビンタする。
目を覚ませ、私。
「セシリア?」
突然ブルブルと頭を振り始めた私を見て、お姉様が不思議そうに小首を傾げる。
その仕草だけで、私の心臓が音を立てて爆発しそうになる。
(くっ……破壊力が高すぎる……!)
駄目よセシリア、お姉様に長年隠してきた私の「本性」を、今更曝け出しちゃ駄目。
私はただの清廉潔白な親友。そう、親友モードよ。
「すみません、お姉様。少し、考え事が……」
「無理もないわ。貴女も色々大変だから、仕方ないわよ」
お姉様は、慈愛に満ちた微笑みを私に向けた。
あっ。
だめ。
尊い。
歳を重ねて精神的な深みを増し、さらに肉体的な若さまで取り戻したお姉様の完璧なオーラが、私の心の防壁を容赦なく焼いていく。
封印の扉の向こう側で、若き日の私が血の涙を流しながら叫んでいる。
『お姉様はもう元気になったんだから、少しは良いよね!? ちょっとくらい愛でても良いよね!!?』
いいわけ無いでしょ!!
かつて、お姉様が邪竜との戦いで致命的な傷を負い、長く生きる事は出来ないと宣告されたあの時。
私は泣き崩れ、そして誓ったのだ。
彼女の残り少ない時間を、ただの熱狂的な「崇拝者」としてではなく、彼女を精神的に支える「対等な親友」として寄り添うために、己の変態的な情熱を全て封印すると。
立派な王妃になり、彼女が命懸けで守ったこのパルシリア王国をエドワールと共に立派に支え続けると。
私は、お姉様のスケッチや、こっそり回収した手袋などの「お姉様コレクション」を涙ながらに燃やしながら誓ったのだ。
その血を吐くような誓いがあったからこそ、私は今日まで「完璧な王妃」という仮面を被り続けることができたのだ。
たとえ、胸の奥底で燻(くすぶ)る熱い想いがあろうとも。
だが今、奇跡の物質『マテリアル』の力によって、お姉様は完全なる健康と若き日の肉体を取り戻した。
いや、ただ若返っただけではない。
様々な苦難を乗り越えてきた精神的な成熟が加わった今の彼女は、かつての何倍も、何十倍も魅力的だ。
圧倒的な美の暴力。
だからこそ、長年抑圧されてきた私の「変態の魂」が、活動期に入った火山のようにマグマを噴出させそうになるのだ!
「ありがとうございます」
私は残された全ての精神力を振り絞り、這い上がってこようとする若き日の私を、心の牢獄へとねじ伏せた。
ふう、危ないところだった。もう少しで「お姉様、そのティーカップを私にください」と口走るところだった。
「この話は、ここまでにしましょう。貴女も私も、今は疲れてるのだから」
「はい。正直、ありがたいです」
エドワールの事は心配だけど、これ以上深入りして私まで倒れてしまう訳にはいかない。
休まなければならない。夫が目覚めた時に、安心させる為にも。
「丁度いいわ。一つ、セシリアに聞きたい事があるのだけど」
「何でしょうか?」
お姉様は、少し言い淀むように視線を落とした。
「貴女の娘の、フィオナちゃんについてなんだけど……」
「フィ、フィオナの?」
私は思わず声裏返らせてしまった。
フィオナがどうして?
まさか、まさか私より先にお姉様に何か粗相を!?
いやあああああああああああ!!!
「うん。フィオナちゃんって、確か八歳だったわよね? ルミナと外見年齢が同じくらいかなって思って」
「そ、そうですか……。確かに、ルミナちゃんとほぼ同年齢に見えますね」
私は冷や汗をかきながら、当たり障りのない相槌を打つ。
「でしょ? あの娘、ずっと一人だったから、お友達になれる年頃の女の子は居ないかなって考えてたの。それで、フィオナちゃんとお友達になれたら嬉しいなって。……私も、ママ友って奴に憧れてたしね」
照れたように、少し頬を染めて微笑むお姉様。
うっ。
鼻血が出そう。
『絶対に誘ってるよね!? この無防備な上目遣い! 押し倒しても無罪!!』
心の奥底で暴れる内なる私を、鉄の意志で黙殺する。
「わ、たし、うれしいですぅ」
声が震えて、変なイントネーションになってしまった。
「ほ、本当に大丈夫? 顔が赤いわよ?」
「は、はいい。大丈夫です。光栄の至りです」
「そ、そう。でも、ルミナって結構個性が強いから、フィオナちゃんと上手くやっていけるか大丈夫かしら?」
「あっ、それは心配しなくてもいいです」
私は即答した。
あの娘も個性の塊みたいだし。
非常に賢くて、誰でも分け隔て無く接する事が出来る優しい娘だけど……。非常にアクが強い。
特に、専属侍女のメリルちゃんなんて、毎日振り回されまくって半泣きになっているくらいだ。
フィオナ。私の愛娘。
あの娘の顔を思い浮かべると、私は急に気分が重くなってきた。
愛しい娘を、政治的に利用しようとしている自分の罪深さに。
『聖約』による家族の喪失。
それを避ける為に、私達は玉座を捨てる決断をした。
子供たちの命を守るためとはいえ、国を率いる王族としての責任を放棄する行為。
そしてその空白になった玉座に、騎士派の支持を全面的に得られるリオさんを座らせようと画策した。
我ながら本当に酷い母親であり、酷い王妃だと思う。
平民として自由に生きて来た彼を、自分たちの家族可愛さに、王という不自由な鳥籠に閉じ込めようとしているのだ。最低な行為だ。
だけど、私は家族を誰一人として欠けたくない。
夫も、子供たちも、全員で笑い合って生きていきたい。
その為なら、王族であることなど喜んで捨てられる。
これは夫も息子達も同じ考えだ。家族全員が同じ想いを抱いている事を嬉しく思う反面、巻き込んでしまうリオさんには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
もしも彼が本当に王になってくれるというのなら、私達は家族総出で彼を支えよう。
裏方に回り、彼が玉座で苦しまないように、全力を尽くす。
だから、その一環としてフィオナを彼に嫁がせる事で、政治的にも血統的にも盤石な体制を作ろうと思ったのだけど……。
早まったかもしれない。
フィオナは良い子なんだけど、大人しく「お飾りのお嫁さん」で居られるような娘じゃない。
いやでも、リオさんは突然現れたルミナちゃんを直に懐に入れ、家族として愛せるような、器の大きい殿方だと聞いている。
エドワールから聞いただけだから断言は出来ないけど、フィオナを嫁がせるという話が出た時も、相手として不満とかは無さそうだったし、人格は問題無さそうだ。
夫の人を見る目は、誰よりも信頼出来る。
彼ならきっと、フィオナを、そしてルミナちゃんと一緒に…………。
…………!?
私は、今まで無意識のうちに目を逸らしてきた、ある恐ろしい事実に気付いてしまった。
「ああああああああああああ!!!?」
「どうしたの、セシリア!?」
突然叫び声を上げた私に、お姉様が驚いて肩をビクッと跳ねさせた。
でも、そんなことを気にしている余裕は無い!
そうだ、フィオナは私の娘だった!!
そう、忌まわしき私の血を、誰よりも濃く継いでしまったフィオナ。
わかる。母親の直感でわかる。あの娘は、私の同類だ。
『尊い』を見つけたら、周囲が見えなくなるほどのめり込んでしまう、恐るべきオタクの性質(サガ)を秘めている。
今はまだ城という狭い世界で、本当の意味での『尊い』対象を見つけていないから、あれでもまだ大人しくしているだけなのだ。
そんな娘が、もし。
もし、お姉様の娘であるルミナちゃんに会ってしまったら……!
ルミナちゃんを、お姉様の血を受け継ぐあの娘を『尊い』と思ってしまったら……!!
「おおお、お姉様!!」
「は、はい!?」
「フィオナとルミナちゃんを会わせるのは、少し待ってくだ――」
私が必死に懇願しようとした、その時。
コンコン。
控えめなノックの音と共に、途中で一人の女性が部屋に入って来た。
「失礼いたします」
アリッサちゃん?
フィオナの警護(兼、イジられ役の生贄)に、カイル君と一緒によく就いて貰っている女性騎士だ。
侍女のメリルちゃんに次いで、フィオナの被害に遭っている苦労人。
何故彼女が……!
果てしなく嫌な予感がする!!
ちょうど今、フィオナについて喋っていた、この最悪のタイミングで。
「誠に申し訳ありません、セシリア様!……って、アンナ様!?」
アリッサは、部屋にアンナお姉様がいるのを見て驚愕した。
お姉様はアリッサの様子を見て緊急事態だと察し
「席外した方がいい?」
「いいえ! アンナ様も、知るべきかと存じます!!」
お姉様の気遣いを、アリッサが悲壮な顔で遮る。
ああ、嫌な予感が風船のように膨れ上がっていく。破裂寸前だ。
それでも……聞かなきゃ。母親として。
「ア、アリッサ。簡潔に用件を……」
声が震えてるのが自分でも良くわかる。
お願い、私の予想、外れて!
「フィオナ様がオヤツをこぼしました」程度の可愛い報告であって!
「姫様が、ルミナ様に面会に来られまして」
それだけ聞いて、私の意識がスッと遠のきかけた。
いや、まだです! まだ致命傷じゃない!
あの娘の事だから、噂のルミナちゃんの顔を見て『へっ! 私の方がかわいいじゃない!!』と、高飛車に宣言しただけだわ!
もうそれだけでお姉様に土下座ものだし、胃が痛くなってくるけど、まだ取り返しはつく。
そんな私の儚い願望を知ってか知らずか、アリッサが深呼吸をして、とどめの一撃を放った。
「そして、ルミナ様に向かって……『お姉ちゃん』宣言をしました……」
「…………」
お姉様は不思議そうに小首をかしげた。
「お姉ちゃん? フィオナちゃんが、ルミナのお姉ちゃんに?」
私の目の前が完全に真っ暗になった。
世界から光が消えた。
お姉ちゃん宣言。
もう、それだけで全てを察した。
忌まわしい血は、確実に、そして色濃く、娘に受け継がれていたのだ。
『尊い』存在を見つけ、愛でようとする宿業。
幸運でしたね、エドワール。
私達の愛娘が、「そっち側」に覚醒した瞬間を、シラフで目撃しなくて済むのですから。
幼児退行して眠っているあなたが、今は心底羨ましい。
私は薄れゆく意識を気合で取り戻し、ガバッと顔を上げた。
「お姉様、エドワールを看ていて下さい」
「えっ?」
「お願いします」
今の無防備で幼児退行している夫を託せるのはお姉様だけだ。
それに、何より。
お姉様に、これからリオさんの部屋で繰り広げられているであろう『惨状』を見せたくない。
私の娘が、ハアハアと荒い息を吐きながら、お姉様の娘に迫る光景。
想像しただけで吐きそうだ。
「わ、わかったわ。任せて」
お姉様が力強く頷く。
これでエドワールの安全と、お姉様の精神衛生は確保出来た。
なら。
「アリッサ。リオさんの部屋に案内して」
「で、でも……セシリア様がご覧になるのは、その……」
アリッサがひどく言いにくそうに視線を泳がせる。
私に見せても良い光景なのか、躊躇っている様子がよくわかる。
どれだけ酷い状態になっているのか。
それでも。
「アリッサ」
私は、王妃の威厳を振り絞って名を呼んだ。
私は王妃なのだ。そして、母親なのだ。
どれだけ目を背けたい現実が待っていても、直視せねばならない。
例えそれが、娘の痴態であったとしても……!
アリッサも私の決意の固さに諦めたのか、深く頭を下げた。
「……はい。ご案内いたします」
アリッサの先導で、城の廊下を急ぎ足で進む。
そして、リオさんの部屋の前に到着した。
そこには扉を背にして立つカイル君が居た。
彼の顔にも、疲労と困惑が色濃く浮かんでいる。
「セシリア様!? アリッサ! 連れてきちまったのかよ!?」
「仕方ないでしょ!? 私達だけじゃ、もう姫様を止められないの!!」
言い争う二人。
ああ、二人の様子だけで扉の向こうの凄惨たる光景が目に浮かぶ……。
「入りますよ」
私がそう告げると、カイル君が慌てて制止した。
「いや、でも、今はやめといたほうがいいかと愚考する次第で……! 王妃様の精神衛生上、非常によろしくないというか……!」
きっとカイル君は、私の為を思って止めてくれているのだろう。優しい子だ。
だけど。
「入りますよ」
知らねばならない。
王妃としてで無く、一人の母親として、娘の業の深さを……!
「……はい」
諦めて扉を開けようとするカイル君。
「待って下さい」
私はカイル君を止める。
その役目は……。
「私が、開けます」
そう、自分が開けないといけないのだ。この禁断の扉を。
処刑台の階段を登るような、重く冷たい気持ちで扉のノブを握る。
私でも簡単に開けられる重さの扉なのに、何故か鉛のように重く感じた。
そして。
思い切って扉を開けた瞬間に、私の目に飛び込んできたのは――。
「近寄るな変態!!」
「ああんっ、ルミナの香り……脳が溶けちゃう……っ」
「???」
青い子猫にポカポカと猫パンチで殴られながら、至福の表情でルミナちゃんに抱きつこうと身をよじるフィオナの姿。
体臭を嗅ぎながら、完全に悦に入っているフィオナ。
フィオナの顔面を容赦なく殴り続ける、喋る猫。
何が起きているのか全くわかっておらず、ただキョトンとしているルミナちゃん。
「フィオナ様が……フィオナ様があぁぁぁぁ……」
部屋の隅で気絶し、白目を剥いて呻いているメリルちゃん。
そして、そんな地獄絵図の中でただ一人、メリルちゃんを心配そうに介抱している大柄な騎士。
彼は、扉の音に気づいて私の方に顔を向けた。
「セシリア様?」
ああ、懐かしい。
レオネルお兄様。
いえ、今はレオンでしたね。
彼もまた、お姉様と一緒にマテリアルの奇跡を享受し、新たな人生を歩めるのでしたね。
本当なら二人の幸せを心から喜びたい。
二人に起きた奇跡を、涙を流して祝福したい。抱き合って喜びを分かち合いたい。
でも。
ごめんなさい、レオネルお兄様。
今の私には、貴方の事を気にしてる余裕は無いの。
フィオナは私に気付くと、八歳の子供とは到底思えない、妙に艶やかでねっとりとした表情を浮かべた。
「ママ」
そして、獲物を見つけた捕食者のような笑みを浮かべて、宣言したのだ。
「見つけたわ。私の『尊い』を」
「――――ッ」
その言葉を聞いた瞬間。
私の中で、何かがプツンと切れた。
そして私はその場に膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。
ああ、終わった。
きっとこの娘は、もうルミナちゃんから離れない。執念深く付き纏うだろう。
そして、ルミナちゃんもリオさんから離れない。
結果としてフィオナはルミナちゃんの傍にいるために、手段を選ばずリオさんの妻という立場に収まるだろう。
私の場合、お姉様にはレオネルお兄様という心に決めた相手が居たから彼女への慕情を抑える事ができた。
でも、この娘にはそんな殊勝さはない。障害があればあるほど燃え上がるタイプだ。
結果として、リオさんの妻にするという当初の政治的な目的に沿うことにはなっている。
なっているけれど……!
(ごめんなさい……リオさん……!!)
こんな、血の業が深すぎる、厄介極まりない変態娘を押し付けてしまって。
私は、まだ見ぬ若き王の候補者に対し、心の中で土下座をして、ただひたすらに謝り続けた。
涙が、絨毯にポタポタと染み込んでいった。
親友を失ってから塞ぎ込みがちな所に、アンナさんのスパダリムーヴがこうスーと...アンナさんが悪い(確信)