天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
「じゃあ、まずは君が倒してくれた魔物について話をしよう」
管理者が唐突に口を開く。その声は淡々としているのに、妙な重さがあった。
倒してくれた? どういうことだ。思わず俺の眉がひそむ
「倒してくれた? あれは……あなたにとって不都合な存在だったのか?」
質問の意図が読みきれないまま口にすると、管理者はふっと頷いた。
「うん、アレは僕にとっても消さなくてはならない存在なんだ」
素直すぎるくらいあっさりと肯定された。敵対するのか、歓迎されてるのか、全然わからん。どこまで本気なんだ、この青白い光。
しばらく黙って考える。どういう意味だ?「ダンジョンの管理者」なら、ああいう化け物――いや、“魔物”は、自分の手駒じゃないのか?だとしたら、俺が倒して困るはずだ。でも違うのか?
思考がぐるぐるしはじめる。だが、ここはあえて核心に近づくしかない。
「管理者、俺が戦ったのは……魔物だったのか?」
あえて、少し言いよどんでみた。本当に「魔物」なのか、という漠然とした疑問が、あの時の嫌悪感と重なっている。
管理者は、俺の問いに満足そうに――いや、どこか感心したように光を揺らめかせた。
「一応、ダンジョンが作った魔物と言ってもいいよ。作られた目的が違いすぎるけど」
一応? 目的が違う? どこか引っかかる。
「どういう意味だ?」
思わず聞き返そうとしたが、それより早く管理者が続ける。
「あれはね、穢れを使って作ったんだ」
……穢れ?
聞きなれない単語。だが、同時に心の奥にざらついた感覚が蘇る。あの黒い、ねじくれた、見るだけで気持ち悪くなる異形。あの胸の底から湧き上がった拒否反応の正体――。
「穢れとは、大ざっぱに言うと世界にある“人が生み出した怒り、悲しみ、絶望”、そういった人の負の感情から発生した呪いだね。それも、非常に強力な」
淡々と語られる言葉は、湖面に落ちる月光みたいに静かで、どこまでも深い。
俺は、あの魔物を見た時のことを思い出す。理由もなく嫌悪感がこみ上げた。不快感。背筋をぞわぞわと駆け上がるような寒気。「触れちゃいけないものだ」と本能で思った。――その正体が、今なら分かる気がした。
(人の負の感情、呪い……だから、あんなにも“生理的に”無理だったのか)
「僕は、普通の魔物と分けるために“業魔”と呼んでいる」
業魔。人の“業”から生まれた魔物。
分かりやすいネーミングだ。だが、そこにこめられた意味は重い。
人の負の感情が積もり積もって、世界を蝕み、そして怪物になる。それをダンジョンが生み出し、何らかの理由で管理者にとっても「消さなくてはならない存在」になる――。
この世界って、思った以上に厄介だ。
「君が先ほどいたダンジョンはね、世界の穢れを集めて浄化する役割があるの」
静かに、管理者が言った。
世界の穢れを集め、浄化する。それが、あの“白き宮殿”ダンジョンの本当の役割。
(……そうだったのか)
ようやく、あの異質な空間や、得体の知れない恐怖の意味が分かってきた気がした。
湖面に映る満月が、やけに大きく感じた。
「長年、穢れを浄化し続けたけど――人類が増え、繁栄したことによって穢れが増えた」
青白い光の管理者が、ふっと首を振る。その言葉に、湖面の冷たい空気がさらに冷えた気がした。
「そして、処理能力を超えてしまったんだ」
背筋がひやりとする。まるでこの湖の水温が急に下がったみたいだ。
「その溢れた穢れが、魔物という形で生命を得た。それが君の戦った業魔の正体だよ」
言葉が重い。俺の脳裏に、あの黒く歪んだ怪物が浮かぶ。見ているだけで吐き気がしたあの存在――あれが、“溢れた穢れ”だというのか。
「……何故、穢れから魔物を作ったんだ?」
問いかけると、管理者は一瞬黙り込んだ後、すぐに答えてくれた。
「ダンジョン攻略者に業魔と戦ってもらい、殺してもらうためさ」
ストレートすぎる返答に、少しだけ心がざわつく。
「生命として活動し、死んでしまえば動けなくなる」
管理者は淡々と続ける。
「たとえば、ただの呪い――穢れだけでは、“世界”そのものに染み込んで、消えては湧き、湧いては消えるの繰り返しなんだ。だけど、“生命”の形を与えられた瞬間、その存在には“始まり”と“終わり”ができる」
青白い光の管理者が、湖の上でそっと手を広げる。その仕草は神秘的で、だけどどこか人間くさかった。
「命が宿った存在は、どんなに強靭でも必ず“死”に至る。その瞬間、“穢れ”は世界から切り離されるんだ。ただ閉じ込めておくだけじゃ、永遠にぐるぐると巡り続ける。だけど“生き物”として一度生まれ、そして確かに死ぬことで、初めて完全に“消滅”させられる。だから、あの魔物たちは“倒される”ために作られる」
なるほど――確かに、言われてみれば理にかなっている。ただ呪いとして世界に漂わせておくだけでは、どうしても完全な“消滅”はできない。でも、生き物にすれば“終わり”が与えられる。そういう仕組みか。
しばし沈黙。俺は湖面を見つめながら、その言葉を何度も反芻した。
「つまり、命を持って動き、そして討伐されること――それだけが、このダンジョン以外で穢れを浄化する唯一の方法なんだよ」
唯一――。他に道はないのか。
管理者は小さく首を振り、寂しそうに光を揺らした。
「ただ、どうしても非常に強力な魔物になってしまうんだ。だから僕も、なるべく手助けをしている」
手助け? あの死闘の最中、確かに何か妙な“力”を感じた瞬間があった。
俺はしばらく考えてから、ずっと胸に引っかかっていた疑問を口にした。
「業魔と戦っている最中に、青白い光が出て、切れるようになったのは……あなたの援護か?」
管理者はふっと微笑んだような雰囲気で首をかしげる。
「援護というよりも――加護かな」
「加護?」
「ダンジョンに入ったものは自動的に加護が得られる。君も、扉に触れた瞬間に与えられた筈だよ」
扉に触れた瞬間――。確かに、あの時から俺の身体は何かが変わった気がしていた。剣が青白い光を帯びたあの瞬間の感触。あれは“加護”という力だったのか。
沈黙。
俺は、心の奥にずっとあった“絶対に知りたいこと”を問いかける決意をした。
この機会を逃したら、もう一生知ることができない。絶対に、ここで聞かなきゃいけない。
「管理者……」
管理者が、静かに俺を見つめている。
そう――これだけは、どうしても聞きたかった。
「管理者……このダンジョンが童貞・処女しか入れないというのは、その“加護”が関係しているのか?」
静寂。湖面に月が浮かび、星が瞬く。
俺は息をのんで、管理者の答えを待った。
童貞・処女しか入れないダンジョン――。
改めて思い返しても、間抜けすぎる名前だ。誰が考えたんだよ、こんな規格外の設定。悪ふざけにもほどがある。
……けど、そのおかげで、俺の運命はとんでもなく変わった。いや、むしろ全てぶっ壊れたと言っていい。
もし、ダンジョンの入場条件が“童貞・処女限定”なんてアホみたいなルールじゃなかったら――
俺の青春は、もっと穏やかに、普通に終わっていたはずだった。
例えば――
ミリアの十八歳の誕生日に、勇気を出して告白する。玉砕する。それだけだ。
ゼインと付き合ってるって知って、そりゃショックだけど、まあ、それはそれ。しばらく部屋で寝込むだろうけど、数日もすれば立ち直る。
ガルドとレイナに酒を奢ってもらいながら、夜通し愚痴を聞いてもらう。「あーあ、俺もついに失恋かぁ」とか笑って、
ついでにゼインを殴って、「お前、男なら最初から相談しろ!」って文句を言って――
最後は、しっかりミリアを祝福して、「幸せになれよ!」なんて言ってやる。
みんなでバカやって、少し泣いて、すこし笑って――
どこにでもある、ありふれた青春の終わり。
……そのはずだった。
でも現実は違った。
よりにもよって、“童貞・処女しか入れないダンジョン”。
よりにもよって、謁見の間という公開処刑会場で。
よりにもよって、大勢の王族、貴族、兵士に見守られながら。
俺以外の全員がすでに“大人の階段”を上ってしまっていたことも、
ミリアが俺の気持ちを知っていて黙っていたことも――
全部、一気に叩きつけられた。
そしてあのミリアの「……ごめんなさい」だ。あれは反則だろ!?告白して振られるならまだ分かるけど、告白する前に振られて終わるとか、青春殺人事件でしかない。いや、ほんとに黒歴史だから。あれを思い出すと、精神が毎回HP0まで削られる。
あんなの、耐えられるわけないだろ!
「はぁ……」
ため息しか出ない。ここ湖の上だけど、むしろ溺れてしまいたい。
それでも、俺は満面の営業スマイルを浮かべて、管理者――青白い光の存在に、声をかけた。
「とりあえず、まともな理由なんだろうな?」
内心、殺気MAXだ。これで「趣味だよ!」とか「僕、童貞・処女大好き!」なんて答えが返ってきたら、そのまま全身全霊で殴り飛ばす。湖の上だけど、ためらいはない。水柱が立つかもしれないけど知ったことか。
そんな俺の思考がダダ漏れだったのか、管理者が明らかにビビってる。
「うん、大いに関係あるから、その殺気収めて。ね、ね?」
めっちゃ動揺してる。あれ、意外と可愛いリアクションじゃないか?まあ、だからと言って殴らないとは言ってない。
……まあ、冗談はさておき、やっと少し冷静になってきた。深呼吸、深呼吸。
「ごほん。加護は――童貞・処女……つまり“純潔”を保ったものにしか付与できないんだ」
青白い光が盛大に咳払いした。光なのに咳ってどういう理屈だ。何でもアリか。
思わず口からため息が漏れる。ああ、よかった。趣味とか悪趣味とかじゃなかった。それなら少しは許せる。……いや、許せるというか、納得できる。
管理者は続ける。
「そして、ダンジョンに入れないのは、加護を得る資格が無いものを弾くようにしているからなんだ。加護なしで入っても、死ぬだけだし」
(……死ぬだけ、か)
つまり、俺はあの時、童貞じゃなかったら、普通に死んでたってことだ。……いや笑えない。冷静に考えたら笑えなさすぎて逆に乾いた笑いが出る。
そうか――このダンジョンは、童貞・処女しか生きて出られない、まさに“純潔限定生存空間”だったわけだ。
誰だよ、“童貞しか入れない”ってバカにしてたのは。全然バカじゃないじゃん。いや、バカなんだけど、死ぬほど大事なことだったんだな。
納得した。あの化け物、正直加護なしだったら1秒も保たずに即死だった。あれを加護なしで挑むとか、正気の沙汰じゃない。むしろ童貞・処女じゃないと即死ダンジョン、なんだこれ。
正確には「童貞・処女じゃないと死ぬダンジョン」かよ。どうしてこうなった。
一周回って納得するしかない俺。世界の理不尽に腹を立てても仕方ない。どのみち、俺の人生は童貞ダンジョンのせいで大回転だ。
「そうか……」
思わず呟いてしまう。
星がきらめき、月が静かに湖面を照らしている。その下で、俺は自分の“運命”について、しみじみと考えていた。
まあ、理由が“管理者の性癖”とか“悪趣味”じゃなくて、本当に良かった。もしそうだったら、青白い光ごと空の果てまでふっ飛ばすところだった。
とりあえず今は、色々と納得した。だけど、どこかで「まだ続きがありそうな」嫌な予感が、満月の光と一緒に胸の中でチリチリと燃え続けているのだった。
明晰な頭脳を恋愛に全く活用できないのが童貞主人公リオです。
説明回はちょっとくどいのがテンプレですが容赦を。