天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ!   作:ナオ3

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運命の修正力

重く、ただひたすらに重く、そしてどこまでも冷たい沈黙が空間を満たしていた。

まるで時間そのものが凍りついてしまったかのような、息苦しいほどの静寂。それは単なる音の不在ではなく、そこにいる者たちが抱え込んだ感情の質量が、物理的な重さを持って空気を押しつぶしているかのような錯覚さえ抱かせるものだった。

 

その静寂の淵から、最初に声を絞り出したのはレインだった。

 

アリアは言葉を紡ぐことができなかった。彼女の瞳には、言葉以上の重い悲哀と、どうすることもできない無力感が色濃く浮かんでおり、少しでも唇を開けば、その底知れぬ絶望が堰を切って溢れ出してしまいそうだったからだ。だからこそ、レインは彼女の代わりに、その残酷な真実を口にする役目を引き受けた。

 

彼が息を吸い込む微かな音が、静寂の中で不自然に大きく響いた。

 

 

「……リオが、ヴァージニアを攻略するのは止められない」

 

 

その声は低く、抑揚を欠いていたが、それゆえに言葉の持つ冷徹な響きが刃のように空間を切り裂いた。レインの瞳は、誰を見るでもなく、宙の目に見えない一点をじっと見据えていた。まるで、そこに避けがたい未来の光景がまざまざと映し出されているかのように。

 

 

「どう考えても、リオ以上の人間は居ない」

 

 

言葉を重ねるごとにレインの声に微かな震えが混じった。それは彼自身の内なる葛藤の表れだった。もし他の方法があるのなら、自分がその役目を担えるのなら、彼は躊躇うことなくその選択肢に飛びついただろう。しかし、無情な現実は彼にそうした逃げ道を一切許さなかった。理性を総動員して何度計算し直しても、どんなに異なる可能性を模索しても、行き着く答えは常にただ一つだったのだ。

 

 

「世界がリオを攻略者にしようとしているのは明白だ」

 

 

断絶を告げるかのようなその宣告は、決定的な響きを持って部屋の隅々にまで浸透していった。"世界"という、途方もなく巨大で、顔を持たず、意志の疎通すら不可能な絶対的な概念。それが一人の少年を、その強大な歯車の中に組み込もうとしている。その圧倒的な理不尽さが、重い鉛のように彼らの心にのしかかった。

 

レインの言葉が虚空に溶けて消えても、その残響はなおも空気を震わせていた。

 

その言葉の意味を、あるいはその言葉がもたらすであろう残酷な結末を理解するのに、ステラはしばらくの時間を要した。瞬きすら忘れたかのように、ただ呆然とレインを見つめていた。頭の中でレインの言葉が何度もリフレインし、その度にパズルのピースが一つずつ埋まっていくように、事の重大さが彼女の精神を侵食していく。

 

 

「そんな……」

 

 

ステラから零れ落ちた呟きは、掠れて、ひび割れていた。それは否定の言葉というよりも、あまりの現実の残酷さに耐えきれず、魂の底から漏れ出した悲鳴に近かった。

 

 

「世界の問題を、誰か一人に押し付けるなんて間違ってる」

 

 

彼女は激しく首を横に振った。金色の瞳に怒りと悲しみの色が急速に広がり、その視線はレインからアリアへ、そして最後にルミナの腕の中で安らかに眠るリオへと向けられた。

 

どうして、そんなことが許されるのか。世界が危機に瀕しているからといって、なぜその重荷を、たった一人に背負わさねばならないのか。それは正義でも何でもない。ただの冷酷な暴力ではないか。ステラの内奥で、理不尽に対する激しい拒絶反応が渦を巻いていた。

 

しかし、ステラの悲痛な抗議の声すらも、この場を支配する無慈悲な真実の前では、力なく虚空に消えていくだけだった。

 

ルミナは、ステラの言葉に同調するように、しかし何も言葉を発することなく、ただ静かに視線を落とした。彼女の腕の中では、世界から残酷な運命を押し付けられようとしている張本人であるリオが、規則正しい寝息を立てている。その寝顔は驚くほどに無垢で、これから自分が背負わされるであろう途方もない重圧など、微塵も感じさせていなかった。

 

ルミナは、その柔らかな頬に、恐る恐る触れた。指先から伝わってくる、ほんのりと温かい命の鼓動。それは、とても脆く、少しでも力を込めれば壊れてしまいそうなほどに儚いものだった。

 

 

(どうして?)

 

 

ルミナの心の中で、声にならない叫びが木霊した。

 

 

(どうしてリオばかり……)

 

 

視界が不意に滲んだ。瞬きをすると、堪えきれなくなった一粒の涙が頬を伝い落ちる。ルミナは、リオを包み込むように、さらにきつくその小さな体を抱き寄せた。

 

ルミナには、痛いほどにわかっていた。抗うことのできない力によって、自分という存在が消えていく事への恐ろしさを。

 

彼女自身が、そうだったからだ。

 

ルミナは、かつて名も無き胎児のまま、この世に生まれることすら許されずに命を散らした存在だった。光を見ることも、風を感じることも、誰かに名前を呼ばれることもなく、ただ暗闇の中で消えていった命。その無念、その絶望は、今も彼女の魂の奥底に冷たい棘となって突き刺さっている。

 

そして腕の中にいるリオもまた、本来であれば彼女と同じ運命を辿るはずだったのだ。

 

"母殺し"という、あまりにも重く、おぞましい宿命。リオは生まれながらにしてその呪いを背負わされ、ルミナと同じように名も無き胎児として、その短い生を終えるはずだった。世界は彼が生まれる前から、すでに彼を不要なものとして切り捨てようとしていたのだ。

 

しかし、その絶望的な運命は、レインとアリアによって断ち切られた。彼らが文字通り命を懸けて、リオのための未来を強引に切り開いたのだ。彼らはリオに命を与え、名前を与え、そして生を与えた。

 

だが、それは手放しで喜べるような奇跡ではなかった。

 

未来を切り開かれた代償。皮肉にも、その彼を排除しようとした世界そのものを救うという、途方もない使命だった。生き延びるために、彼はヴァージニアという底知れぬ闇を攻略し、誰も成し遂げたことのない偉業を成し遂げなければならない。それは生きることそのものが、終わりのない苦役となることを意味していた。

 

 

(ふざけるな……)

 

 

悲しみは、やがて静かで、しかし決して消えることのない激しい怒りへと変わっていった。

 

ルミナは奥歯を強く噛み締めた。口の中に微かに血の味が広がったが、そんな痛みなどどうでもよかった。彼女の心を満たしていたのは、世界の持つあまりの理不尽さと、煮えたぎるような憎悪だった。

 

 

「..........リオ」

 

 

ルミナの口から漏れたのは、ただ一言、愛おしいその名前だけだった。その短い響きの中に、彼女のすべての感情が込められていた。怒り、悲しみ、絶望、そして、何があっても守り抜くという狂気すら帯びた強烈な決意。彼女はリオの顔に自分の頬をすり寄せ、その温もりを自分の魂に刻み込むように、何度も、何度も、彼の名前を心の中で反芻した。

 

レインはそんなルミナと、彼女に寄り添うステラの姿を、静かな、しかし深い悲哀を湛えた眼差しで見つめていた。彼の瞳の奥には、彼らが抱いているのと同じ種類の痛みが確かな熱を持って燻っていた。

 

しばらくの沈黙の後、レインは再び重い口を開いた。その声は先程までの宣告のような冷たさは消え、どこか懇願するような、切実な響きを帯びていた。

 

 

「俺とアリアがルミナとステラに頼みたいのは」

 

 

レインの言葉に、ルミナとステラは同時に顔を上げた。

レインは一つ深呼吸をし、言葉を選ぶように、ゆっくりと、はっきりと告げた。

 

 

「リオが、英雄になるのを妨げて欲しい」

 

 

その言葉は、あまりにも予想外だった。

 

アリアは、レインの言葉を補完するように、深く、静かに頷いた。彼女の表情には迷いがなく、それが彼ら二人が長い時間をかけて導き出した、唯一の答えであることが窺えた。

 

 

「...え?」

 

 

ルミナは、自分の耳を疑ったかのような小さな声を漏らした。なぜ、彼が英雄になるのを"妨げる"というのか。

ステラもまた、完全に混乱した様子で首を傾げた。

 

 

「...どうやって?」

 

 

英雄になるのを妨げる。しかし、それが具体的に何を意味するのか、どうすればそんなことができるのか、彼女たちの思考は完全に停止してしまっていた。

 

そんな二人の戸惑いを受け止めるように、レインの口元に、ほんの微かな、しかしとても穏やかで温かい笑みが浮かんだ。それは、彼がこれまでの厳しい戦いの中で決して見せることのなかった、どこまでも人間らしい表情だった。

 

 

「難しい事じゃない」

 

 

レインの声はとても優しかった。まるで、怯える子供を諭すような、そんな包容力に満ちていた。

 

 

「リオの家族として、一緒に遊んだり、困らせたりして思い出を沢山作ってくれ」

 

 

その言葉は、凍りついていた空気をゆっくりと、確実に溶かしていった。

 

一緒に遊ぶ。困らせる。思い出を作る。それはごく普通の家族が、ごく当たり前に送る日常の風景だ。世界の危機とか、過酷な宿命とか、そんな途方もないスケールの話とは対極にある、ささやかで、ありふれた、だからこそ何よりも尊いもの。

 

 

「それこそが、人を人たらしめるものなんだ」

 

 

レインの言葉には、確固たる信念が宿っていた。

 

レオンハルトという存在。彼にとって、"英雄"という言葉は、決して輝かしいものではなかった。それは栄光の象徴などではなく、徹底した孤独と、自己の喪失、そして人間性の剥奪を意味する呪いの言葉だった。

 

英雄とは、常に誰かのために自己を犠牲にしなければならない。大局のために個人の感情を殺し、理不尽に耐え、誰も手が届かない高みでたった一人で戦い続けなければならない。その過程で英雄は少しずつ人間としての温もりを失い、ただの機能、ただの偶像へと変貌していく。レオンハルトは、レインは、その恐ろしさを、その虚しさを、誰よりも深く、骨の髄まで理解していた。

 

だからこそ、彼はリオに同じ道を歩ませたくなかった。世界を救うために彼がヴァージニアを攻略しなければならないのだとしても、その心が、その魂が、英雄という名の孤独に侵食されることだけは、何としても阻止しなければならなかった。

 

リオには自分が帰るべき場所があること、自分を無条件で愛してくれる家族がいること、そして、自分は決して孤独ではないことを、心の底から理解させる必要がある。日々のささやかな喜び、悲しみ、怒り、笑い。それらを共有する相手がいること。それこそが、彼を冷たい英雄の座から引きずり下ろし、血の通った一人の人間として繋ぎ止める、唯一にして最強の楔となるのだ。

 

レインの真意を理解した瞬間、ルミナの瞳から迷いが消え去った。

 

彼女の内にあったのは、もはや理不尽な運命に対する怒りや悲しみだけではなかった。自分が成すべきこと、自分にしかできないことが明確になったことで、彼女の心には一本の強靭な芯が通った。

 

ルミナは、決して小さくはない決意を込めて、力強く頷いた。そして、腕の中で眠るリオの柔らかな髪を、慈しむように優しく撫でた。

 

 

「ひとりにさせないから」

 

 

その声は静かだったが、どんな誓いの言葉よりも重く、確かな響きを持っていた。世界がどれほどリオを孤独な戦いへと追いやろうとも、私だけは絶対に彼の手を離さない。

 

ルミナの決意に呼応するようにステラが動いた。彼女は軽い身のこなしでルミナの肩にふわりと登ると、そこにちょこんと座り込み、ルミナの腕の中にいるリオの顔を至近距離からじっと見つめた。

 

 

「当然、僕も一緒だからね」

 

 

彼女の瞳は真剣そのものであり、その小さな体から発せられる存在感は、とても力強かった。

 

 

「管理者としてでなく、ステラとして」

 

 

それは彼女自身の存在意義を懸けた宣言だった。管理するためのシステムの一部としてではなく、心を持ち、感情を共有する一人の友人として、一つの家族として、リオの傍に在り続ける。彼女は与えられた役割を捨て、自らの意志でリオと共に歩むことを選択したのだ。

 

二人の力強い意志を確認しレインは深く、安堵の息を吐いた。彼の表情からは、先程までの重圧が少しだけ和らいでいるように見えた。彼は悲しげな、しかしどこか満足そうな笑みを浮かべて頷くと、視線を隣に立つアリアへと向けた。

 

 

「アリア、リオは決して一人じゃない」

 

 

レインの言葉は、アリアの心に重くのしかかっていた自責の念を少しだけ軽くしてくれた。

 

 

「ルミナやステラ以外にも、この子を助けようとする者は居るんだ」

 

 

世界は残酷かもしれないが、決して無慈悲なだけの場所ではない。暗闇の中にも、確実に光を灯そうとする者たちはいるのだ。

 

 

「悲観する必要は無い」

 

 

その言葉はアリアへの慰めであると同時に、レイン自身に対する言い聞かせでもあった。どれほど状況が絶望的であろうとも、希望の火種がある限り、決して諦めてはならない。

 

アリアは、レインの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく、しかし確かな意志を持って頷いた。

 

 

「...うん」

 

 

彼女の瞳から絶望の色が少しだけ後退し、代わりに静かな闘志が宿り始めていた。リオを守る。そのために自分ができることはすべてやる。その決意が、彼女の顔に凛とした美しさを与えていた。

 

レインは空気が少しだけ前向きなものに変わったのを感じ取り、表情を引き締めた。ここからは、ただ感情を共有するだけでなく、具体的な解決策を模索しなければならない。

 

 

「...俺も、傍観者で居られん」

 

 

レインの声には先程までの優しさとは打って変わって、鋼のような硬質な響きが宿っていた。彼は自らの内にある力、そして自らが背負うべき責任を自覚し、立ち向かう覚悟を決めていた。

 

彼はアリア、そしてステラへと順番に視線を向けた。その眼差しは、真実を探求する者のそれだった。

 

 

「アリア、ステラ」

 

 

名前を呼ばれ、二人は姿勢を正した。レインがこれから口にするであろう言葉が、核心に触れるものであることを直感したからだ。

 

 

「世界の″修正力″」

 

 

その言葉が発せられた瞬間、部屋の空気が微かに張り詰めた。それは、彼らがこれから立ち向かわなければならない、最大の壁であり、最も厄介な概念の名称だった。

 

 

「それをどうにかする方法は無いか?」

 

 

アリアは、レインの問いに対してすぐには答えられなかった。彼女は少し困ったように眉を寄せ、視線を床に落として深く考え込んだ。彼女の卓越した頭脳をもってしても、″修正力″というシステムそのものをどうにかする方法など、すぐに見つかるはずもなかった。

 

一方、ステラは、二人の間に流れる深刻な空気を読み取れていないのか、それとも本当に理解できていないのか、不思議そうな表情で首を傾げた。

 

 

「え〜と」

 

 

彼女は、申し訳なさそうに、しかし堂々と尋ねた。

 

 

「″修正力″ってなに?」

 

 

その無邪気な質問が空間に響き渡った瞬間、レインとアリアの動きがピタリと止まった。

 

二人は顔を見合わせ、それから、まるで示し合わせたかのように、大きく、そして深い呆れを含んだ溜息を吐いた。

 

 

「...やはり、あの女神は知らんかったようだな」

 

 

レインは、こめかみを押さえながら、疲れたような声で言った。彼の顔には、「まさかとは思っていたが、やっぱりか」という呆れと諦めの感情がはっきりと浮かんでいた。

 

 

「やっぱり」

 

 

アリアもまた、レインに同意するように短く応えた。彼女の表情には、怒りというよりも、あまりの無責任さに対する呆気にとられたような色が浮かんでいた。

 

二人の反応に、ステラはますます混乱した。

 

 

「えっ、どういう事なの?」

 

 

彼女は二人の顔を交互に見比べ、説明を求めた。なぜ二人がこれほどまでに呆れているのか、なぜあの女神の話が出てくるのか、ステラにはまったく状況が理解できなかった。

 

レインは再び深いため息を吐くと、ステラに向き直り、ゆっくりとした口調で説明を始めた。

 

 

「ステラ」

 

 

レインの声は、どこか諦念を含んでいた。

 

 

「神の力を私的な目的で乱用すると、必ず失敗に終わるんだ」

 

 

それは宇宙の真理のようなものだった。神の力という、あまりにも強大で、世界の理に直接干渉できる力。それを一個人の矮小な欲望や、短絡的な目的のために振るえば、必ず世界から手痛いしっぺ返しを食らう。それは絶対の法則だった。

 

 

「″業魔″が誕生して世界が滅びかけたのも、″修正力″が極端なまでに作用した結果らしい」

 

 

かつて世界を未曾有の危機に陥れた存在、業魔。それは単なる災害や突然変異ではなく、世界のバランスが崩れた結果として生み出された、ある種の免疫反応のようなものだった。

 

 

「かつて、あの女神が神の力で多くの人々を狂わせ、弄んだ結果だ」

 

 

レインの言葉に静かな怒りが混じった。あの女神。自らの気まぐれと傲慢さで、数え切れないほどの命を弄び、世界を混沌の渦に叩き込んだ存在。彼女の無責任な行動が、結果的に世界そのものを破壊するような巨大な反動を引き起こしたのだ。

 

 

「そして、″修正力″は神々の中で常識だったんだ」

 

 

レインは信じられないというように首を横に振った。神としての力を持つ者であれば誰もが知っていて当然の、いわば基礎知識。力を使うことのリスク、その代償。それを知らないまま力を振るうなど愚かにも程があった。

 

ステラはレインの説明を聞いて完全に言葉を失っていた。彼女の口は半分開いたままで、目は大きく見開かれていた。

 

 

「...はい?」

 

 

ようやく絞り出した声は、完全に裏返っていた。

 

 

「いや待って、いくらアイツでもそんな重要な事を忘れてるなんて...忘れてるなんて...」

 

 

その言葉は自分でも信じられないというように、尻すぼみになっていった。彼女自身、あの女神がどれほどいい加減で、後先考えずに行動する性格であるかを、誰よりもよく知っていたからだ。

 

 

「忘れてるな間違いなく」

 

 

数秒の沈黙の後、ステラは力強く断言した。

 

 

「根拠も無く自分は大丈夫だと思い込んでいただろうさ!」

 

 

ステラの言葉には怒りを通り越して、ある種の清々しさすら感じられた。あの女神なら絶対にそう考える。「自分は特別だから」「自分なら上手くやれるから」そんな何の根拠もない自信だけで。それが彼女という存在の恐ろしさであり、愚かさだった。

 

アリアもまた、ステラの言葉に深く頷き、疲労感に満ちた溜息を吐いた。

 

 

「そうだね」

 

 

アリアの声には、過去の苦労を思い出しての徒労感が滲み出ていた。

 

 

「丹精込めて作った″アリアンナ″は反逆する気満々だったし」

 

 

アリア自身、その女神によって作られた存在であった。女神は自分の都合の良いようにアリアンナを作り上げたはずだったが、結果は完全に裏目に出た。アリアンナは女神の思惑から外れ、自らの意志を持ち、そして女神に反旗を翻したのだ。

 

 

「挙句の果てには″レオンハルト″という突然誕生した超人と組んで殺しに来る」

 

 

アリアは横にいるレインをちらりと見た。女神の想定外のイレギュラーの連続。自分の力を過信し、世界を自分の箱庭のように弄んだ結果、彼女は自らが生み出したものたちによって破滅の淵に追いやられることになった。

 

 

「何もかもが裏目に出たね、アイツ」

 

 

アリアの言葉は冷酷なまでの事実だった。神の力を私物化し、修正力という常識すら知らずに振る舞った結果が、すべて自分自身に返ってきたのだ。それは喜劇としか言いようのない、あまりにも滑稽な結末だった。

 

三人のやり取りを、ルミナは静かに聞いていた。

 

彼女はまだ幼く、神々や世界の理、修正力といった複雑な概念を完全に理解することはできなかった。しかし、三人の言葉の端々から伝わってくる感情、そして、あの女神がどれほど愚かで、周りに迷惑をかける存在であったかということは、感覚的にしっかりと理解できていた。

 

ルミナは、腕の中のリオをもう一度見つめ、それから、誰に言うともなく、ポツリと呟いた。

 

 

「...ばか?」

 

 

その短く、しかし本質を射抜いた一言は、奇妙なほどにこの場にいる全員の心に響いた。

 

レイン、アリア、ステラの三人は、ルミナのその言葉を聞いて、一瞬だけ呆気にとられたような顔をした。しかし、すぐにその言葉のあまりの的確さに、全員が深く頷いた。

 

 

「うん」

 

 

ステラが、どこかスッキリしたような顔で言った。

 

 

「ああ」

 

 

レインが、苦笑いを浮かべながら同意した。

 

 

「ええ」

 

 

アリアが、静かに、しかし力強く肯定した。

 

幼い子供の素直な感想が、この複雑で理不尽な状況に一瞬だけ奇妙な一体感と、ほんの少しの安らぎをもたらした。皆の気持ちが一時的にではあるが、一つの方向に向いた瞬間だった。あの女神は、間違いなく馬鹿だったのだと。

 

しかし、その安らぎも長くは続かなかった。彼らが直面している現実は、女神の愚かさを笑っているだけで解決するような生易しいものではなかったからだ。

 

レインは部屋の空気を入れ替えるように、小さく咳払いをした。彼の表情は再び引き締まり、その瞳には強い光が宿っていた。

 

 

「俺は、アリアと同じく半神と言うべきだ存在だ」

 

 

レインは自らの立ち位置を明確にするように宣言した。彼はただの人間ではない。その内には、世界に干渉しうる強大な力が眠っている。

 

 

「そんな俺が何も考えずに力を振るえば女神の二の舞になる」

 

 

それは彼自身への強い戒めだった。力を持つからこそ、その使い方には細心の注意を払わなければならない。かつての女神と同じように修正力という反動を引き起こし、結果としてリオや彼の大切なものすべてを破壊してしまうかもしれない。

 

 

「問題を解決するために、より大きな問題を引き起こすなぞ、笑えん」

 

 

レインの言葉は重かった。リオを救うという目的のために、世界そのものを滅ぼしてしまっては本末転倒だ。彼らは非常に繊細で、危険な綱渡りを強いられているのだ。力で強引に解決するのではなく、知恵を絞り、理に沿った方法で、この絶望的な運命に抗わなければならない。

 

レインの言葉を受け、部屋に再び重い沈黙が降りようとしたその時、アリアが静かに口を開いた。

 

 

「一つ、方法があるの」

 

 

彼女の声は決して大きくはなかったが、その場にいる全員の鼓膜を、そして心を強く打つほどの確かな響きを持っていた。彼女の瞳には、絶望の闇の中に微かな光を見出したかのような、鋭い知性の光が宿っていた。

 

その言葉に、視線が一斉にアリアへと注がれる。

 

アリアは彼らの視線を正面から受け止め、ゆっくりと、しかし力強く語り始めるのだった。

 

 





修正力に関してですが、勇者と魔王を想像してくれたら良いかと。
魔王が現れると勇者が現れるという法則です。
クソ女神(魔王)に対する業魔(勇者)ですね。
最悪の勇者と魔王だ...
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