天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
買い物でも人が多い多い。
「…………」
豪華な装飾が施された応接セットの長椅子に身を沈めながら、僕はただ静寂そのものと化していた。
重厚な織物のカーテンの隙間から、朝靄を纏った冷たい光が斜めに差し込んでいる。だが、その淡く頼りない光は、室内の底冷えする空気を温めるにはあまりにも力なく、むしろ暗闇の中に隠されていた痛々しい現実を、冷酷なまでに淡々と浮き彫りにしていくだけだった。
一睡も出来なかった。
疲労で焼き切れそうな脳の奥底に、昨夜からずっと、アンナとヴァリウスの口から告げられた絶望と奇跡の混ざり合った『真実』の重量が居座り続けている。あまりにも巨大で、あまりにも理不尽で、あまりにも尊いその事実は、僕の脳髄をゆっくりと麻痺させ、呼吸の仕方すら忘れさせそうになるほどだった。
僕の隣にはセシリア様が、テーブルを挟んだ対面にはヴァリウスが腰掛けている。
誰も何も言わない。息を吸う微かな衣擦れの音すら、この張り詰めた空間を切り裂く刃になりそうで恐ろしい。
カチ、カチ、カチ——と、壁に掛けられた大時計の振り子が規則正しく刻む冷徹な音だけが、僕たちの硬直した沈黙を嘲笑うかのように、静まり返った室内に虚しく反響していた。
ここにアンナが居てくれたなら、どれほど救われただろうか。
あの底知れぬ包容力と、いかなる過酷な現実をも受け止める強靭な母性。彼女が傍らにいてくれるだけで、砕け散りそうな僕達の心は辛うじて形を保っていられたはずだ。
だが、彼女はつい先刻、近衛騎士であるカイルの急報を受けて席を外してしまった。
リオが目を覚ましたのだという。
昨日から深い昏睡に陥り、世界を拒絶するような沈黙を守っていたあの少年が、ようやく過酷な悪夢の淵から意識を引き揚げてきたのだ。
(良かった……本当に、目を覚ましてくれて良かった……)
心底から安堵する気持ちはある。彼がそのまま二度と目覚めなかったらどうしようかという恐怖に、僕の心臓はずっと苛まれていたからだ。
だが、その報告を持ってきたカイルの顔は引き攣り、青ざめていた。そしてアンナの表情にも、どこか言い知れぬ困惑と、冷や汗を流すような異様な緊張感が漂っていたのだ。ただ「容態が安定して意識が戻った」という朗報だけで収まるような空気では到底なかった。
一体、あの少年の部屋で何が起きているというのだろう。
だが、今の僕たちには、それを確かめに立ち上がる気力すら残されていなかった。アンナが「ここは私に任せて」と、僕たちの肩を軽く叩いて去っていった以上、彼女がなんとかしてくれるはずだ……そう自分に言い聞かせて現実から目を逸らすのが、今の僕にできる限界だった。
僕は重い首を少しだけ動かし、部屋の最奥に置かれた大きな天蓋付きベッドへと視線を向けた。
そこに、微かな寝息を立てて横たわっているのは、このパルシリア王国の頂点に君臨する男——エドワールだ。
(エドワール……)
胸の奥が、万力で握り潰されたかのようにぎゅっと痛んだ。
国王であり、幼少の頃から幾多の政治的陰謀や権力闘争、国家の存亡をかけた戦乱をその強靭無比な精神力で乗り越えてきた男。僕が長年、無二の親友として、そして臣下として背中を追い続けてきたエドワールが、錯乱し、倒れた。
最初にその報せを聞いた時は、自分の耳の異常を疑った。あの、どんな絶望的な戦況でも不敵に笑ってみせる鉄の意志を持つ男が気絶するなど、天変地異が起きてもあり得ないことだと思ったからだ。
だが、今ならわかる。胃の腑が焼け付くような納得が、僕の胸を重苦しく満たしていた。
あんな真実をいきなり叩きつけられれば、誰だって正気を保っていられるはずがない。
まして……己の血筋と王家の歴史を誰よりも誇り高く、かつ厳格に背負ってきた国王であるエドワールなら、なおさらだ。
そう……かつて、至高の聖女を惨殺したあの罪深き王子の血を、継いでしまっている彼ならば。
「…………リオ、さんが」
セシリア様が、ゆっくりと唇を開いた。
長時間の沈黙のせいでカサカサに乾ききった、掠れた小さな声。昨日から何度も、何度も心の中で反芻し、それでもなお信じられずに尋ねずにはいられない悲痛な事実を、震える息と共に紡ぎ出す。
セシリア様の指先は、豪奢なドレスの膝の上で布地が破れそうなほど強く握りしめられ、血の気が引いて白く強張っていた。
「レオンハルト様と、アリアンナ様の……」
そこでセシリア様は息を詰まらせ、言葉を切った。
あまりにも恐れ多く、あまりにも残酷で、そしてあまりにも尊い二つの名前。それを口にするだけで、胸が物理的に押し潰されそうになるのだろう。
浅く荒い呼吸を整え、意を決したようにセシリア様は視線を上げた。
「子供、だというのは……本当、ですか。ヴァリウスお兄様」
名を呼ばれたヴァリウスは、声を出さずにただ、静かに、そして深く深く頷いた。
昨日、リオに殴打された際の治療の影響で、今は掠れ声一つ出すことすら叶わない状態なのだ。
だが、彼が沈黙を守り続けているのは、そうした肉体的な理由だけではない。
このような取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったこと、自分の軽率で無邪気な踏み込みがリオの魂の傷口を抉ってしまったことに対する、猛烈な自責の念が、彼の誇り高い精神を内側から圧し折っていたのだ。
長い付き合いになるが、あのヴァリウスが、これほどまでに小さく丸まり、打ちひしがれている姿を僕は一度も見たことがなかった。
彼は純粋に魔法使いとして、そして真理を探求する研究者としてリオの桁外れの才覚に惹かれ、彼を導こうとしただけなのだろう。そこに悪意など欠片もなかった。だが、その純粋さゆえに、あまりにも無防備に踏み込みすぎてしまったのだ。リオの胸の奥底に封じられていた、決して誰も触れてはならなかった禁断の傷痕に、土足で踏み入ってしまった。
しかし、僕にはそんなヴァリウスを責めることなど、到底出来なかった。
その気持ちが、痛いほどに解ってしまうからだ。
もしリオが……本当に、あの伝説のアリアンナ様の血を引く実子であるならば。
グランツ家の偉大なる祖であり、大賢者と称されたクラリス。彼女の師であり、一族にとって生涯の恩人であるアリアンナ様は、グランツ家にとっても、そして我がジークフリード家にとっても、信仰の対象と言っても過言ではない神聖不可侵の存在なのだから。
「ああ…………」
ヴァリウスの無言の肯首を受け取った瞬間、セシリア様は両手で顔を覆った。
その細い指の隙間から、堪えきれなくなった嗚咽と、漏れ出すような掠れた呻きがこぼれ落ちる。
無理もない。頭が激しく混乱し、立っている足元の地面が音を立てて崩れ去っていくような感覚に苛まれているのは、セシリア様も、そして僕も同じだった。
かつての英雄夫妻の、失われたはずの子供。
始まりの騎士レオンハルトと、終わりの聖女アリアンナの間に宿りながら、建国王の長子——あの悪名高きアルバートによって母体ごと討たれ、この世に産声をあげることすら叶わずに散った、胎児。
語り継がれてきた、取り返しのつかない大罪の犠牲者。
その命が……いま、リオという一人の少年として、僕たちの手の届く場所に存在しているのだ。
常識的な理屈で考えれば、到底信じられる話ではない。
母の胎内で殺された胎児が、時を超えて現代に生まれ変わる、あるいは蘇るなどと、どんな突拍子もない狂言だ。普通の歴史学者や神官であれば、狂人の戯言として一笑に付すのが当たり前だろう。
だが、僕にはそれを「あり得ない」と切り捨てることなど絶対に出来なかった。
なぜなら、僕はすでに、あまりにも身近なところで『前例』を知ってしまっていたからだ。
(ルミナ……)
心の中で、愛しい愛娘の名をそっと呟く。
そうだ。僕とアンナの娘であるルミナもまた、かつての悲惨な戦場で、母体の中で生まれる前に儚く散ってしまった命だった。それが、神の奇跡か悪戯か、現代にこうして肉体を持って僕たちの元へ還ってきてくれたのだ。
いや、リオの境遇は、ある意味で僕たちやルミナよりも遥かに残酷で、遥かに重い業を背負わされている。
なぜなら僕とアンナは、自分たちにそんな胎児が存在したことすら、最近になってルミナと出会うまで知らされていなかったのだから。知らなかったからこそ、喪失の絶望を味わわずに済んだという救いがあった。
だが、レオンハルト様とアリアンナ様は違ったはずだ。愛する者との間に命を宿した至上の喜びと、それを目の前で無残に踏みにじられた底なしの絶望を、その身と心をもって直接、永遠に焼き付けられたのだから。
ヴァリウスは昨日、リオの瞳の奥深くに、確かに『虹』を確認したと震える手で書き残した。
アリアンナ様がかつて宿していたとされる、世界の理や魔力の構造、果ては運命の糸すらも見抜くと言われた伝説の『眼』。ごく限られた歴史の古文書にしか記されておらず、単なるお伽噺の誇張表現として片付けられていたその色彩を、ヴァリウスはその目で確かに見たのだ。
間違いなく、リオはアリアンナ様の子供だ。疑う余地など、どこにもない。
だが——僕の思考は、そこからさらに深く、底知れぬ恐ろしい領域へと踏み込んでいく。
(レインが……アリアンナ様なのか……?)
かつて僕たちの前に姿を現し、圧倒的な存在感を放っていたあの『レイン』と名乗る女性。
彼女は僕たちに対して、自らの口で「自分がリオを産んだ」と告げた。
その言葉の表面だけを素直に受け取るならば、レインこそが姿を変えて現代に現れたアリアンナ様本人であるという結論に至る。僕も最初は、奇跡の再臨としてその可能性を信じようとした。
だが、僕の肉体に流れる血が、生涯を剣に捧げてきた剣士としての本能が、それを猛烈な勢いで否定していた。
あの女性の立ち姿。周囲の空気を切り裂くような研ぎ澄まされた気配。
彼女は、間違いなく『剣士』だった。
それも、僕やアンナといった、現代のパルシリアにおいて最高峰と称される剣士が束になって挑んだところで、爪の先すら届かないであろう、完全に次元の異なる絶対的な神域の覇気。
もし、この世界の歴史上に、そんな途方もない怪物が一人でも存在したとするならば。
僕の脳裏に浮かび上がる名は、ただひとつしかなかった。
(始まりの騎士、レオンハルト)
レインの正体は、アリアンナ様ではなく、レオンハルト様その人なのではないか。
滑稽で、荒唐無稽で、常識で考えれば馬鹿馬鹿しいにも程がある妄想だと自分でも思う。歴史に燦然と名を残す偉大なる『始まりの騎士』は屈強な男性であり、アリアンナ様の夫だ。男が子供を妊娠し、産み落とせるはずがない。
だが——。
(僕の魂が、ライオネルの血が叫んでいるんだ……!)
全身の毛穴が開き、背骨の髄を熱い奔流が駆け抜けていく。
ジークフリードの、否、始祖ライオネルの血脈が、僕の体内で激しく脈動し、警鐘と確信を打ち鳴らしている。
「レインはレオンハルト様だ」と。
「そして……リオは、レオンハルト様とアリアンナ様が命を懸けて繋いだ、正統なる御子なのだ」と。
我が家に散り散りになって語り継がれてきた断片的な伝承、途切れ途切れの手記の記述、そして剣士としての直感。それらのバラバラだったパズルのピースが、恐ろしいほどの精度で音を立てて噛み合っていく。
男であったはずのレオンハルト様が、愛する妻を救うため、いかなる奇跡か禁忌の呪いによって女性の肉体へと己を変容させ、自らの胎内で我が子を現代の世に産み落とした。
そんな神話すら生ぬるい壮絶な物語ですら、今の僕には、否定しようのない唯一の真実として腑に落ちてしまうのだった。
だが、その事実が真実であればあるほど、それは鋭利な刃となって僕の心を苛み、深々とえぐり抜いていく。
(リオを……僕たちは、戦わせないといけないのか……?)
胸の中に、冷たくて重い鉛の塊が沈み込んでいく。
我が血脈の祖、ライオネル。
彼は、レオンハルト様とアリアンナ様の義弟であり、何よりもアリアンナ様の身辺を命懸けで護る護衛騎士の任に就いていた。
だが、彼はアリアンナ様を護れなかったのだ。
当時の無二の親友であった建国王の長子、アルバートによってアリアンナ様の傍らから引き離され、その致命的な隙を突かれて、アリアンナ様は胎内の御子諸共、無残に惨殺されてしまった。
その時にライオネルが味わった狂おしいほどの後悔と絶望は、彼の生涯を黒い影となって焼き尽くし、死ぬまで苛み続けたと伝えられている。
敬愛する姉を護れなかったこと。兄として慕っていたレオンハルト様を、底なしの孤独と絶望の地獄へと叩き落としてしまったこと。
そして何より——これから産まれてくるはずだった、自分の愛しい弟か妹になるはずだった命を、自らの不覚によって死なせてしまったこと。
ライオネルが遺した手記には、震える筆跡でこう記されていたのだ。
『今日は僕の生涯で最高の日だ』
『兄上と姉上に、新しい命が宿られた』
『その報せを聞いた瞬間の、兄上のあの誇らしげで、どこか照れくさそうな顔。姉上の、春の陽だまりのように柔らかく美しい微笑み。僕は生涯、あの光景を忘れることはないだろう』
『ああ、本当に待ち遠しい。楽しみで仕方がない』
『僕が、産まれてくる子の兄になるのだ。命に代えても護り抜いて見せる』
『早く会いたい。僕たちの希望の光に』
その、始祖ライオネルが命を懸けても護りきれなかった子供が、奇跡の果てに、今こうして生きていてくれているのだ。
時を超えて、失われたはずの奇跡の命が、現代にこうして息づいているというのに。
僕たちは……ジークフリードの名を継ぐ僕たちは、その子を、過酷な戦場へと送り出さなければならないというのか?
本当なら、リオは僕たちジークフリード家が全霊を賭して、安全な場所に匿い、護り抜かなければならない絶対的な存在だ。我が家の存続理由、いや、僕たちが剣を握る理由そのものと言ってもいい。
彼を業魔やヴァージニアとの凄惨な戦いに巻き込むなど、言語道断。そんな暴挙を許してしまえば、僕たちジークフリード家の存在意義そのものが根底から崩壊してしまう。
だけど。
(わかってる……そんなこと、僕にだって痛いほどわかっているんだ……)
膝の上で握りしめた、自らの無力な拳を見つめる。
リオがダンジョンへ挑むのを止めることなど、この世界の誰にも出来はしないのだ。
ここまで複雑怪奇に、そして恐ろしいほど緻密に運命の糸が絡み合ってしまっている。レインが告げていた通り、これはリオに課せられた、決して避けては通れない運命なのだから。
そして、もう一人。
「ルミナ……」
ぽつりと、掠れた声で愛娘の名を呼ぶ。
ルミナもまた、その過酷な戦いの連鎖から逃げることなど出来やしないのだ。
あの娘は、リオの側を離れることなど、微塵も考えていない。
なにせ、あの娘には僕とアンナの血が——そして、途方もない執念と頑固さを秘めたライオネルの血が、色濃く流れているのだから。
「ぐ……っ、う……」
不意に、部屋の奥の天蓋付きベッドから、空気を震わせるような低く重い呻き声が漏れ聞こえた。
「あなた……!」
セシリア様が弾かれたように椅子から立ち上がり、悲鳴に近い声を上げてベッドへと駆け寄った。僕とヴァリウスも、座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、息を呑んでその光景を見つめる。
ベッドの上で、上質な絹のシーツが大きく擦れる乾いた音がした。
ゆっくりと、軋む関節を無理やり動かすかのように、エドワールの上半身が持ち上がっていく。
エドワールが、ついに昏睡から目を覚ましたのだ。
(どうすればいい……?)
僕の思考は、激しい焦燥感と動転の渦に呑み込まれていた。
たった一日。彼が眠っていた、たった一日の間に、僕たちの世界の前提は跡形もなくひっくり返ってしまったのだ。
ついさっき過酷な気絶から目覚めたばかりの親友に、この残酷すぎる現実の全てを、一体どうやって告げればいいというのか。あまりにも酷すぎる。あまりにも、彼という人間を打ちのめしすぎる。
「……セシリア、か……?」
エドワールの声はひどく掠れ、枯れ葉が擦れ合うような頼りない音だった。
彼は焦点の定まらない瞳で薄暗い室内をゆっくりと見回し、やがてベッドの脇で涙ぐむセシリア様、そして少し離れた場所に直立する僕とヴァリウスの姿を、その視界に収めた。
「レオネル……ヴァリウスも、いるのか……」
弱々しく、確認するように僕たちの名前を呼ぶ。
だが、その瞳の奥底に灯る知性の光は、決して失われてはいなかった。
彼は数秒間、自らが置かれた状況と、部屋を満たす異様な静寂を反芻するように思考を巡らせると、急激にその険しい眉根を中央へと寄せた。
「……何が、あった?」
その問いかけは、低く、鉛のように重かった。
エドワールは、目覚めてわずか数秒で直感したのだ。自分が意識を失っていた短い時間の間に、ただならぬ事態——自分を除いたその場にいる全員の顔色を奪い去り、魂を凍りつかせるほどの致命的な何かが起きたのだと。
いつもなら、彼のその並外れた聡明さと、瞬時に状況の本質を見抜く鋭い察知能力は、国家の危機において何よりも頼もしい最強の武器だった。
だが、今この瞬間だけは、僕はその聡明さを呪いたかった。
少しでいいから、鈍感でいて欲しかった。何も気づかず、ただの疲労だと笑って、呑気にベッドで静養していて欲しかった。
僕の困惑と躊躇いを察したのだろう、隣に立つヴァリウスも、ベッド脇のセシリア様も、まったく同じ苦渋に満ちた表情で唇を固く噛み締め、耐えるように俯いていた。
だが、エドワールはそんな僕たちの微細な筋肉の強張り、部屋の空気の揺らぎすらも、決して見逃しはしなかった。
彼の鋭く研ぎ澄まされた眼光が、逃れようのない切先のように、真っ直ぐに僕の目を射抜く。
「教えてくれ、レオネル。一体何があったんだ?」
逃げ場は、どこにも残されていなかった。
これ以上、彼に対して嘘をつくことも、言葉を濁して誤魔化すことも出来やしない。
僕は肺の空気をすべて吐き出すように深く、長く息を吐き、胸の奥で荒れ狂う激情と恐怖を必死に押し殺しながら、親友の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
観念するしかなかったのだ。
僕は今まで起きた全ての真実を、親友として、そして臣下として、背を向けずに語り始めるしかなかった。
「エドワール、落ち着いて聞いてくれ」
僕は鉛のように重い脚を前に踏み出し、ベッドの脇へと静かに歩み寄った。
ライオネルさんは兄と姉と同じくらい、子どもが無事に産まれてくることを願っていました。