天才冒険者リオの英雄譚 童貞・処女しか入れないダンジョンを攻略せよ! 作:ナオ3
「本来、僕の予想では――業魔と戦って、命からがら逃げ出すと思っていたんだ」
青白い光の管理者は、どこか苦笑したような口調で言った。声には責める気配もなく、ただ「意外だったよ」とでも言いたげな、軽い調子。
だが、俺の眉は自然とひくついた。
「加護があるとはいえ……アレと戦って命を取り留めるだって?」
思わず、少し怒った風に言い返していた。あの“業魔”の化け物じみた強さ、体格、スピード、殺意。あれに「挑んで無事帰ってきてね」なんて、あんまりにも雑すぎるだろ。
それを聞いても、管理者は特に動じる様子もなく、落ち着いた口調で説明を続けた。
「加護はね、攻撃力以上に“護り”に強く作用しているんだ。貴重な攻略者を死なせないためにね」
「……護り、ね」
確かに、思い返してみれば、あの戦いで俺は一度も“攻撃を受けて”いない。かわして、かわして、切り返して、叩き込んだ。だから、確かに“守られた感覚”ってのは薄かったかもしれない。
「君は攻撃を受けなかったから、わからないだろうけどね。少なくとも即死は避けられるし、ダメージもかなり軽減される。まあ、限度はあるけどね」
「……限度?」
「死なない、じゃなくて“死ににくくなる”って程度だよ」
なるほど。つまり過信は禁物ってことだ。そりゃそうだ。無敵バリアみたいな都合のいい力じゃないのは当然だ。
「いざという時はダンジョンの外に強制的に退去させるよ。入り口付近なら余裕だしね」
「……強制退去?」
「君がダンジョンの最奥とかじゃなく、まだ浅い階層にいたから可能だった処置さ。加護が発動していれば、自動的にね」
……なるほど。そうか。あのとき、本当にヤバい場面が来たら、強制的に外に投げ出される保険があったってわけか。俺が気絶してても発動するなら、それは心強い。
安全網があったことに、正直、安堵した。なんだ、意外と考えられてるじゃん。
管理者は淡々と続けた。
「そして、業魔の脅威を外に伝えてもらう。それが最初の攻略者の役割――僕の計画では、そうなっていたんだよ」
それを聞いた瞬間、全部が腑に落ちた。
俺は“業魔”を倒すためじゃなく、“知るため”に選ばれた存在だったのか。なるほど。道理で最初からヤバい魔物と鉢合わせになったわけだ。下手すりゃ死ぬ仕様、だけど死なせたくはない。そうして、恐ろしさを目の当たりにして、世界に警鐘を鳴らしてほしかった――それが最初の目的だったんだな。
「まさか、業魔を倒してしまうなんて誤算だった」
管理者はふふっと声を漏らす。まるで小さな子どもが嬉しそうに笑うみたいに、言葉が少し弾んでいた。
「……嬉しい誤算だけどね」
その声音に、俺は何となく嘘がないと感じた。飾ってない。打算的でもない。ただ純粋に“すごいね”とでも言いたげな、真っすぐな声だった。
俺は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「……管理者」
「ん?」
「業魔の脅威を外に伝えても、信じるかどうかは限らない。仮に信じたとしても、早急に対処するかどうかは――また別の話だ」
一瞬、空気が変わった。
嫌な予感がした。だが、ここまで来たら聞かずにはいられない。心のどこかで、これは“絶対に聞かねばならない”と直感していた。
「……その時は?」
管理者は――しばらく、何も言わなかった。
湖の上に静寂が落ちる。星のまたたきさえ、さっきより小さくなった気がする。
やがて、青白い光がわずかに揺れた。
「……アレを、外に出すつもりだったよ……」
その言葉は、どこまでも重く――冷たかった。
「予想はしていたが……マジかよ……」
言葉が口から漏れた瞬間、自分でも情けなくなる。だが、どうしようもない。こればっかりは外れて欲しい、当たってほしくなかった予感が、完璧に命中してしまったのだ。
青白い光の管理者は、淡々と――今までよりも乾いた声で言い放つ。
「これなら嫌でも君の言ったことが真実だと理解できるだろ?」
声の温度が下がった気がした。さっきまでどこかコミカルで人間味のあった管理者が、今は事務的な顔(顔は無いけど)で俺に現実を突きつけてくる。その冷たさに、背筋がじわりと冷える。
(……ああ、ほんとに“もしもの時”には迷いなくやるつもりだったんだな)
湖の上に立つ俺は、空気の重みで足元がさらに沈む気さえする。だけど――
「アレが外に出たら……どれだけ楽観的に見積もっても、王国の半分は殺されるだろうね」
その言葉が、ずしんと胸に落ちる。想像を絶する規模の“絶望”が、ひんやりと現実味を帯びて襲いかかってきた。
だが、俺は思わず反論してしまう。
「いくら何でも言いすぎだ! 王国には俺よりも強いやつが多くいる! 俺は確かに冒険者の中でも上澄みかもしれないけど、兵士や騎士、王国騎士団なんて“戦うためだけ”に生きてる奴らだぞ。中には俺より強いのがゴロゴロしてる。パルシリア王国が大国なのは伊達じゃないんだ!」
本気で思った。俺は剣士としては自信があるし、実際に色んな死線を潜ってきた。でも、世の中には“とんでもねぇ奴ら”が確かにいる。ベテランの騎士、歴戦の兵士、魔法に秀でた者、強靭な冒険者たち――王国の底力は“俺の上”で支えられていると言ってもいいくらいだ。
「王都には魔術師団だっているし、どんな魔物でも討伐してきた歴戦の勇士が揃ってる。いくら業魔が強くても――」
そう言いかけたところで、管理者が静かに遮った。
「……アレは、業魔は、ダンジョンの中で“弱体化”しているんだ」
その一言が、湖面に鋭く響いた。
(――は?)
思考が止まる。
ダンジョンの中で弱体化――?
管理者の光が月明かりに揺れる。まるで、その正体を告げるのが重荷だと言いたげな沈黙。
俺は言葉を失って、そのまま動けなくなった。
(……つまり、あれで“本気”じゃなかったのか?)
ダンジョンの中――“結界”のようなものがある場所ですら、アレほどの殺意と破壊力。だとしたら、外の世界で“枷”が外れた瞬間――どうなる?
背筋が、今度こそ本当に凍る。
さっきまで自分の強さを信じていたのに、今では膝が震えているのが分かった。
絶句した。
声が出ない。本当に出なかった。
「業魔はこのダンジョン内なら、ほとんど力を発揮できない」
管理者の淡々とした説明が、湖面に落ちる雫みたいに静かに俺の頭の中に染み込んでいく。――それが、逆に怖い。今までの戦いですら命がけだったのに、アレが“本気”じゃなかったなんて。
「身体能力の半分以下に低下し、再生能力も完全に封印している」
やめてくれ。その先を聞きたくない。でも、聞かないわけにはいかない。俺は拳をぎゅっと握りしめて、ただ静かに管理者の声に耳を傾ける。
「何より、認識するだけで始まってしまう魂への汚染も遮断されている」
魂への汚染。
あの、見るだけで全身が冷えて、吐き気がして、胸が苦しくなった“あの感覚”――それすら、ダンジョン内では守られていた結果だったのか。
つまり、あの業魔は、本来もっとずっと“危険な存在”だった。
「王国の半分が死に絶えるのも、“討伐される”のではなく、“時間切れ”による消滅さ」
時間切れ――?
「業魔は外の世界では長く存在できないし、人を殺せば消滅していく」
業魔は“人間が積み重ねてきた罪そのもの”だ。だから人間に対して圧倒的な優位性を持っている――そう、管理者は淡々と言い切った。
「そして、外では加護も力を発揮できない」
加護がない状態で、あれと戦うことになる。どれほど強い騎士だろうと、魔法使いだろうと、何の加護もなければ……想像しただけで、膝が震えそうだった。
自分が相手にした“あの魔物”は、実は“かなり甘口”にされていた。それでも死ぬほどギリギリの勝負だったのに、もし外で“本物”と戦っていたら――絶対に勝ち目なんて無い。
「絶対にダンジョンで戦ってもらう。外に出したら、どうしようもなくなる」
管理者の言葉は、もはや“命令”というより、“祈り”のようだった。
管理者の青白い光が、ふっと揺れる。どことなく申し訳なさそうな気配――嫌な予感が全身を駆け抜ける。
「リオ君……君が打ち取った業魔は、外の世界で言うとスライムやゴブリンみたいなものなんだ」
…………は?
耳を疑った。というか、脳みそが処理を拒否した。いやいやいや、何言ってんだこいつ?あれだけ死ぬ気で戦って、ゾーンに入って、限界突破して、もうちょいで魂ごと消し飛ぶかと思った、あの最凶最悪の化け物が――
「……は?」
自分でも間抜けな声が漏れる。何度も脳内でリプレイするが、どう考えても“俺が今まで冒険で出くわしたどんな魔物よりヤバかった”ぞ?むしろ、あれがスライムやゴブリン扱いって……世界、詰んでるだろ。
だが、管理者はうなだれるように続ける。
「あの業魔は、僕が危険性を知らせるために一匹だけ用意したんだ」
一匹だけ――。
「アレより強力な業魔は奥に沢山いる。それを僕が抑えているんだ」
…………。
そうか、そういうことか。
俺は思い至った。なんで管理者が自分で討伐に行かないのか。なんでわざわざ“攻略者”に倒させるのか。
――完全に、手一杯なんだ。
“抑える”のが精一杯。戦いに行く余力なんて無い。もし手を離したら、奥にいる“もっとヤバい奴ら”が一気に外に溢れ出す。だから俺みたいな冒険者に“討伐”の役割を託すしかない。……管理者が、何としてでも“業魔の危険性”を伝えたかった理由、今なら痛いほどわかる。
「これで僕が何としてでも業魔の危険性を伝えようとしたかわかるかい?」
管理者の問いかけに、俺は無言で、かろうじて頷いた。
――人類滅亡。そんな安っぽい言葉が、今だけは現実味を帯びて感じられる。
「今抑えている魔物が外に出てしまったら、人類は滅亡だ」
満月の下、青白い光がどこまでも静かに揺れる。その声に、嘘も冗談も一切なかった。
「――あふれ出る前に業魔を減らす。それ以外に、人が生き残るすべはない」
その言葉は、冗談にもならなかった。いや、本当にそんな事態が“近くまで来ている”のかもしれない。俺は自分の全身が、心の奥底までぞくりと冷えるのを感じていた。
……何の力も無かった頃なら、きっと聞き流してた。だけど今は――
この現実を、絶対に見て見ぬふりはできなかった。
管理者はふうっと、長いため息をついた。さっきまでと違って、どこか優しい声で語りかけてくる。
「……怖がらせてしまってごめんね。多分、王国は業魔の事を信じるよ。君のおかげで」
「……俺の?」
心底意外そうな声が出た。いや、だって、俺は必死で生き延びただけだぞ?死にそうな思いで剣を振り回し、あの得体の知れない化け物を何とか倒した、それだけのことだ。
「そうさ。君はあの業魔を倒し、遺骸をダンジョンの外に出した。それが、嬉しい誤算なんだ」
(……あ。)
言われてようやく思い出す。そうだ、ダンジョンの中で息も絶え絶え、まるでゾンビみたいになりながら、俺は魔物の遺骸を必死に引きずって、外へ運び出したんだった。あのときは情報が欲しいからそうしただけだけど。
「業魔の異常性は、あの遺骸を見れば分かる。余程の暗愚じゃない限り、対策を考えるだろうさ」
管理者の声に、ふと国王の顔が浮かぶ。
王のくせにやたらフレンドリーでノリがよくて、謁見の間で“童貞か?”とか“女を抱いたことは?”なんて大声で聞いてくるような人だけど、自分の青春が終わった瞬間、涙を流してくれた――心の熱いおっさん。見かけによらず、国のために本気で悩み、考え、行動する王様。
(あの人なら、大丈夫だ)
「……ああ、王だけじゃない。上の人間は、皆、真剣に考えてくれるだろうさ」
俺の言葉に、心の奥がほんの少しだけ温かくなった。なんだろうな。どこか誇らしい気持ちすら芽生えてくる。今まで冒険で色んなヤツらを見てきたけど、うちの国の上の連中は伊達じゃない。苦しい時ほど、きちんと現実を見る人間が多い。それは断言できる。
管理者は、俺の言葉を聞いてしばらく黙り込む。その青白い光が、湖面に柔らかく反射して、さっきよりも穏やかに揺れていた。
「そっか、うん、そう……業魔を外に出すなんて事やらなくてもいいんだ……」
本当に、心の底から安堵しているみたいだった。
(これで、“外に出す”なんて最悪の手段を選ばせずにすんだ――)
ふと、胸が少し軽くなった。危機が去ったわけじゃない。むしろこれからが大変なんだろう。でも、“最悪”だけは避けられた。その事実が、妙に嬉しかった。
問題を丸投げするのもテンプレよな。
管理者はかなりギリギリです。