変なモノ、保管します。 作:喋る観葉植物
我思
「ヒマリ先輩…。今日は一体、なんです……?」
「あなたに任せたいものがあるんです。昨日立ち上げた特殊物品および異物確保・保管部、またの名前を特殊物保管部の部長をしていただきたいのですが…」
「嫌です…。」
「ではこうしましょう、今ならミレニアム全域の自販機で使えるカフェオレ限定の割引――」
「なんとか、します」
少女の名前は佐藤アオイ。わけあってヒマリからとある部を任された。 我思
なにせ特殊物保管部とは、エブリデイ完徹上等の過労死部なので、どうにかして何らかの文章をキーワードに正気を保つ必要があるのだ。
もっとも、そんなキーワードも二年生の今となってはかなりの形骸化が目立っており、ミイラの様な雰囲気を醸し作業をこなすアオイの口から、時折おそろしい呪詛のようにもれる程度であるのだが。
ともあれその多忙さだけをして言えばヴェリタスは当然、セミナーも特異現象捜査部も、ミレニアム内のどの部や委員もかなわない。
なんならゲヘナですらほぼ無関係だというのに、彼らに休暇をやってくれといった具合の内容が書かれた嘆願書を十数枚も送り付けてくる始末。
「なんで…ゲヘナから、嘆願書が……?」
何故ゲヘナが躍起になっているのかについては簡単である。
パンちゃんはこれまでにアオイ本人の手で三体が、アオイの後輩というか部員らというか数名に五体が捕獲された。佐藤がひとり倒れるだけでコレを含めた厄介者の多数が解放される虞がある以上、形だけでも心配せねば何が起きるか分からない。
けれども哀しいかな。百鬼夜行、D.Uの観光名所、遂には憎きトリニティの素晴らしいカフェのいくつかも書類に書いたというのに、未だに特殊物保管部は活動している――どころか、とうとう当の部長が収容所の監視室で寝泊まりを始めてしまった。
『コンピューターの音、マジうるさい…。でも……ちょっと気持ちいいかも……ぐぅ…。』
寝落ち配信紛いの動画は瞬く間に拡散された。決して珍しく寝たからとかの単純な理由ではなく、ただ一つの真実をもって。
――――あれは寝たんじゃなくって、ただの気絶です!!
『気絶』
就寝ではなく気絶であったからこそ、彼女を知る人々に激震が走った。だが救護騎士団のセリナは追い打ちの如くこう話す。
「あのままではアオイさんは死んでしまいます………なんとしても、お休みをとっていただかないと」
キヴォトスにおいて死とは非日常、なのにこんなしょうもない流れで尊い命が失われては困る。それ以前に体の弱いアオイに激務をさせる馬鹿があるか。
体調的な意味での危険性に慄いたセミナーと、組織的な意味での危険性に腰が抜けた特異現象捜査部双方の合意によって、アオイはしばらくの間部活を休むことになった。
おかげで無事パンちゃんは自由を得、エンジニア部や疑似科学部エトセトラの黒歴史は解き放たれたが…そちらは今現在の問題となんら関係が無いのでおいておこう。
しばらくしてまた問題が起こる。
ある日のこと。
ゲーム開発部の面々が、顔面蒼白のユウカに呼び出された。
「お願い、そこをなんとか…!」
「ちょと待てぃ!!状況が理解できないからいっこずつ言って!?」
曰く、どこぞの過労部の部長が「最近 観葉植物が声を掛けてくる」と、随分と頓智来な内容の相談をしてきたらしい。もうここまでくるとかなりの末期だという現実は置いておくとして、これに対して開発部は「無理難題」と、なんとも当然の反応。
それでもユウカは押し通す。余裕があれば面倒を見たが、あまり時間が無い。
そして更に翌日。
「なんで居るわけ!?」
「仕事を全部、終わらせて……んーと、暇だったから…。あいつらから…ヘッドホン貰ってから……来た…。」
アオイの姿はシャーレにあった。
「というのが事のあらまし」
「“どういう事?!?!”」
さてはて何が起きたのか。
すこし前に先生と知り合ったアオイは、サンクトゥムタワーの権限云々やら、あとはシャーレにお邪魔したりもして。
何時もより多くの時間を他人と過ごしたせいあってか、彼女は「そろそろ監視室の冷たい鉄製の床が恋しいから、ここいらでお暇しようかな?」と考えていた。
「“…ちょっといいかな”」
「なんですか、先生」
他事を考えるのをやめて返事をすると、先生はこてんと首を傾げて手を合わせる。
「“書類が凄い多くってね。すこしだけ手伝って?”」
「わかりました。それじゃぁ、半分はもらいますね」
どうやら書類を一緒に片付ければいいようで、けれどもなるほど確かに多い。手に持った分だけでも軽く分厚い辞書になりそうな量だ。
「これは気合入れますか~……」とやや抜けた声を出して早速取り掛かろうとしたところ、先生から待ったをかけられる。
「“このまえ聞きたかったんだけど、その―――”」
「“やっぱり、今の喋り方のほうが素なのかなって”」
「…そうですね…。こっちの方が、はい……素に近くはありますね……」
しょうがない。喋るのは得意分野とは全くの別ジャンル。
他人にそれっぽい事を伝えたり、誰かに仕事や役割を宛がう際にちょっとだけ言葉を発するのが関の山。ついでに最近は観葉植物との幻聴トークがもっぱらで最後に会話らしい会話をやったのは、部の方に行けば必ず顔をあわせることになる、いつメンとの会議の時……というかそもそもとして大した話のネタがあんまりない。
そのうえ会議ですら「うん」「ううん」「だめ」「いいよ」の四択に加え、プラスアルファの「なんとか、する」を状況次第で上手く使い分けるといった省エネ最重視な姿は、一部の人々から『ものぐさ大魔神』と呼ばれるくらい。圧倒的に佐藤は話下手なのである。
コミュニケーション不足と単独で突っ走りたがる性分を知り、「ひょっとしたら、いじめにでもあうんじゃないか」と心配したセミナーが、たった一度だけコミュニケーション講座を開いた事もあったが――
「……。」
「むすっとしてないでなんか喋りなさいよ。」
「なんか」
「いやそうじゃなくって!!!」
――と惨敗に終わった。
とにかく通常であればだが。そうはきはきと、口数多く喋るような性格ではないのだ。
通常であれば。
『ミレニアムサイエンススクール所属にして特殊物保管部の部長、二年生の佐藤アオイです。現状を打破するうえで少々力不足やもしれませんが、できる限りの事をやりますので何卒よろしくお願いいたします』
死んだ魚の様な光の無い目と隈が彩色を目立たせる、黄色混じりの橙色の瞳。ユウカの髪色と似たボブヘアの右目を隠した何某かは、一見すれば普通の少女だった。
顔を見ればかなりの苦労人であるとうかがえるのは当然。だが、にしては随分と明るいものだから、気付けない人は「今日はたまたま疲れてるんだろ」と誤解する。
蓋し先生は、少女の言動を自然体だと思えない
かったるい、面倒くさいといった言葉ですら物足りない感情が、彼女のあり方からひしひしと伝わる。
だからなのか、どうしても「ある事」について気になってしまう。
「“最近、楽しかった事とかってあった?”」
「あー…。あったような、無かったような……どっちだろ…あったかな……」
「“……。”」
青春はかくあれかしといえるものが無い。生徒達ならば誰しもが持つもの ―好きなものや挑戦してみたい物事― が、酷くかけている。
「あぁ~…。最近、部室近くの自販機に……メロンソーダが、確か…きたっけ……?」
「“メロンソーダ、好きなの?”」
「程よい炭酸があるんで……まぁ…はい、多分…。」
「“炭酸?”」
特に理由もなく飲んでるんで理由はない。アオイはそう呟いて以降、帰るまで一言も口に出さなかった。