宮野志保に幼馴染を用意してみた   作:コ哀推進派委員会

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白い世界

〜カシャーサside〜

 

東京には珍しい雪が降り積もる、ある冬の日のことだった。

湿った雪が路面を静かに覆い、街全体が白いヴェールに包まれていく中、俺はいつも通り店のカウンターに立っていた。

 

コーヒー豆を丁寧に挽きながら、常連客の顔を思い浮かべる。

最近は、以前に比べて客層が少し変わってきた。長年贔屓にしてくれていた工藤新一くんが姿を消したのは寂しいが、その代わりにやってきたのは、なんとも騒がしい四人組の小学生たちだ。

 

「少年探偵団」――そう名乗る彼らは、街中のちょっとした事件を嬉々として追いかけているらしい。微笑ましい話だ。

彼らによれば、本当はもうひとり女の子のメンバーがいるそうだが、どうにもこのカフェには足を運びたがらないらしい。

いつか彼女も、ここを訪れる日が来ればいい――そんなことを考えていた矢先だった。

 

不意に、ポケットの中で携帯が震える。

画面には、見慣れた名が表示されていた。

 

「もしもし」

 

『仕事だ。今日18時、杯戸シティホテルに来い』

 

「唐突ですね。今日の任務に私は含まれていなかったはずですが」

 

『お前の役目は変わった。……シェリーが来る』

 

「シェリーが?」

 

『ああ、間違いない。例の薬について何か動きがあったらしくてな……。裏切り女が、のこのこと現れるって寸法だ』

 

「それで、私に彼女を捕まえろと?」

 

『お前の“目”は、裏切り者を見つけ出すためにある。使いどころだろう?』

 

皮肉めいたジンの口調が耳に残る。俺が答える間もなく、電話は一方的に切られた。

 

「……これは、面倒なことになったな」

 

杯戸シティホテル――今夜、そこで『映画監督・酒巻昭氏を偲ぶ会』が行われる。

組織の狙いは、その出席者のひとり「呑口重彦」の抹殺。

実行犯はピスコとベルモット。彼らが失敗するとは思えない。

 

だが、俺に課せられた役目は別だ。

それは、会場に現れるという“シェリー”を捕まえること。

彼女は、姉・宮野明美の死をきっかけに組織を裏切り、逃亡を続けていた。

あのガス室から、手錠を掛けられたままどうやって逃げ出したのかは未だ謎だ。

だが、死体が見つかっていない以上――生きている。それだけは間違いない。

 

この目――父親譲りの“見抜く目”がある限り、俺は彼女を見逃すつもりはなかった。

だからこそ、ジンはこの仕事を俺に任せたのだろう。

 

「さて、どうやって潜り込んだものか……」

 

招集されたはいいが、潜入ルートすら用意されていない。

毎度ながらの無茶ぶりに、思わず苦笑しながら作戦を練り始めた。

 

 

ピスコから連絡が入ったのは、会が始まってしばらく経った頃だった。

「シェリーを確保した」と、短く伝えてきたのが10分前。

 

だが――

「……いないじゃないか」

 

指定された部屋に足を踏み入れると、そこには誰の姿もなかった。

 

妙な胸騒ぎがした。

警察の動きがやけに迅速で、しかも的確だ。ピスコが捕まるなど、想定外の事態が起きていた。

だが、今回の計画で俺に課せられた役目はあくまで確認役。

ジンが来るまで、あと15分ほどだろうか。

早く済ませて、さっさと立ち去りたいものだ。

 

 

〜灰原side〜

 

 

「……はぁ、はぁ……」

 

息を殺し、私は暖炉の中に身を潜めていた。

手足はかじかみ、額には冷たい汗が浮かんでいる。

――白乾児(パイカル)を口にしたせいか、身体が突如として元に戻っていた。

まさか、こんなタイミングで……

 

そのとき、聞き覚えのある声が、部屋の外から響いた。

 

「……いないじゃんか」

 

その瞬間、心臓が跳ね上がる。

声の主――守屋貞次。

かつて同じ研究施設で、同じ運命を背負ったあの人だった。

 

「志保さん、いるなら返事してくれ。僕は清掃員の変装をしてホテルに潜り込んでる。今なら君を荷物として、ここから運び出せる」

 

――あのときと同じ、柔らかく、どこまでも穏やかな声。

けれど、私は動けない。

彼に助けられれば、きっと逃げられるだろう。でも、私はそれを選べなかった。

 

彼は、私のためならどんな危険も厭わない。

それが分かっているからこそ、私は――彼を巻き込むわけにはいかない。

 

これは、私の選んだ償い。

幼児化して生き延びた、罪深き私に残された唯一の責任だった。

 

「もうすぐジンが来てしまう、だから、いるなら早く出てきてくれ!」

 

ごめんね、貞次くん。

あなたには、もう会えない。

――私のせいで、あなたが傷つくことだけは、絶対に避けなければならない。

 

 

「遅いぞ、カシャーサ」

 

その声と共に、荒々しくドアが開かれる。

ジンとウォッカ。黒ずくめの男たちが、冷気と共に部屋に踏み込んできた。

 

「シェリーのやつ、いませんぜ」

 

「どういうことだ?」

 

「さあ。ピスコから“捕まえた”と連絡があったから確認しに来たんですが、この通り……誰もいない」

 

「……お前が匿ってるんじゃないだろうな?」

 

「まさか。もしそうなら、とうに連れ出してますよ」

 

「どちらにしろ兄貴、このホテルから早くずらかった方がよさそうですぜ」

 

「……ああ、そうだな」

 

3人の足音が徐々に遠ざかっていく。

私は、じっと息を潜めたまま、その場から動けなかった。

全身の筋肉が強張り、指一本動かすことすら難しい。

 

「奴らは行っちまったか?」

 

聞き覚えのある声が、暖炉の外から優しく響いた。

工藤新一――

その声が、凍りついていた私の心をふっと温めていく。

 

「それで? おまえ、服は……」

 

「……エッチ」

 

こんな状況なのに。

思わず口に出た言葉に、私自身も少しだけ肩の力が抜けた。

 

「ちゃんと着てるわよ。酒蔵にあった清掃員のツナギをね。でも驚いたわ……あの白乾児(パイカル)ってお酒、細胞の増殖速度を促進する成分でも含まれているのかしら?」

 

思わず自分の腕を見下ろす。

元の姿に戻ったはずのこの体は、今では自分のものなのに、どこか借り物のような違和感を覚える。

 

「安心しろ。その効果は一時的だ。子供の姿に戻る前に、煙突の先から脱出するんだ」

 

「まるで、井戸から這い上がるコーデリアね……気が遠くなりそう」

 

それでも登らなければ。

再び捕まったら今度こそ命はない。

 

震える手で煙突の内壁を這い、懸命に腕を伸ばす。

煤で滑る足場を何度も踏み外しそうになりながら、私は必死に、暗闇の穴をよじ登った。

 

そして、ようやく――

夜の冷気が肌を刺す。

視界が開け、屋上に這い出た私は、力なくその場に膝をついた。

 

空はすでに真っ暗で、白い雪がしとしとと降り続いていた。

その静寂を切り裂いたのは、無線越しの阿笠博士の声だった。

 

「よくやった、哀くん! そこがどこかわかるかの?」

 

「……どこかの屋上みたい……く、工藤くんは?」

 

「目暮警部と話しておったが、慌ててホテルに戻っていったぞい」

 

頼りないナビゲーターではあるが、いないよりはずっとマシだ。

少しだけ、肩の力を抜いたその瞬間――

 

パンッ、と空気を裂くような音。

 

「……ッ!」

 

次の瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。

熱いものが皮膚を焼く感覚。

視線を落とすと、真っ白な雪の上に、赤い染みが広がっていた。

 

体勢を崩し、屋根の縁に倒れ込む。

 

――銃声。

 

撃たれたのだ。私が、狙われたのだ。

 

振り返ると、黒ずくめの男たちがこちらを見下ろしていた。

ジンと、ウォッカ。そして――

 

「……会いたかったぜ、シェリー」

 

ジンの冷たい声が、耳の奥に突き刺さる。

その背後には、守屋貞次――カシャーサの姿もあった。

 

「よくわかったわね……私がここに来るって」

 

「見つけたんだよ、暖炉のそばでお前の赤みがかった髪をな。聞こえてたぜ、震える吐息も。あの薄汚れた炉の中で殺ってもよかったんだが……カシャーサの野郎が止めやがった」

 

「守屋くん……」

 

一瞬、救いのような感情が胸をよぎった。

だけど――

 

「……カシャーサが言ったんだ。“あの女には協力者がいる”とな。ピスコの一件、警察の動きが早すぎる。これは計画を予め読まれてた証拠だ」

 

「……知らない。私には、仲間なんていないわ」

 

「そうか。じゃあ、思い出すまで撃つまでだ――」

 

ふたたび、銃口がこちらに向けられる

 

どこかで、また体の一部が撃ち抜かれる。

激痛が全身を駆け巡り、意識が遠のく。

もはや、どこが痛いのかさえわからない。

 

でも――

絶対に、工藤くんのことは知られちゃいけない。

 

「兄貴……この女、口を割りませんぜ」

 

「……なら、送ってやるか。先に逝った姉の元へな」

 

銃口が顔に向けられる。

凍てついた夜の空に、死が目前まで迫っていた。

 

――でも、私は後悔していない。

 

最後まで、工藤くんのことを守れた。

そして、守屋さんを裏切らなかった。

それだけが、私の誇り。

たとえ、この命が尽きても。

 

そのとき――ジンが、突然うずくまった。

 

「なっ……!?」

 

「煙突だ! 煙突の中に入れ!」

 

誰かの叫び声が響く。

すかさずウォッカが怒声を上げ、発砲する音が続いた。

 

私は、傷だらけの体を引きずるようにして、煙突の口へと這っていく。

そのまま、意識を手放すように、体を煙突の中へと投げ込んだ――。

 

 

〜カシャーサside〜

 

ジンの銃声と、ピスコの断末魔――

その両方を耳にした俺は、静かにホテルを後にした。

 

吐く息は白く、頬をかすめる風は冷たい。

だが、その寒さよりも、胸の奥に渦巻く感情のほうが、ずっと凍えるものだった。

 

ホテルの前に停まっていたのは、鮮やかな青のボディが目を引くオープンカー――ACコブラ427。

運転席には、長いブロンドの髪を風に踊らせながら、ベルモットが座っていた。

 

彼女は俺を一瞥すると、無言のままアクセルを踏み込む。

雪を巻き上げ、車体は夜の街を滑るように走り出した。

 

「……それで、どうだったの?」

 

沈黙を破ったのはベルモットだった。

その問いが意味するものを、俺は理解していた。

 

「ピスコは、ジンが“処理”していましたよ」

 

「そっちの話じゃないわ。……愛しの恋人には再会できたの?」

 

まるで挑発するような声色に、俺は一瞬だけ口元を歪める。

だが、すぐに事務的な声に戻して答えた。

 

「……ええ。まだ、生きていました」

 

あくまで淡々と。

何の感情も持ち合わせていない、ただの報告であるかのように。

 

だが、ベルモットは俺の虚勢など見抜いていた。

 

「その芝居、よくできてるけど……私には通用しないわね」

 

「世界的な女優様のお眼鏡には敵いませんか」

 

「ふふ、皮肉ね。でも気になるの。シェリーの“協力者”……誰か見えた?」

 

「姿は確認できませんでしたが、ヒントは得ました。ジンに麻酔を撃った直後、そいつの足だけが一瞬、煙突の縁に見えたんです。サイズは……19から21センチ。小学生くらいですね」

 

「……冗談でしょ? 協力者が“小学生”って……。シェリーを庇うにしても、もう少しマシな嘘があると思うけど」

 

「嘘をつく気なんてありませんよ。……もし、彼が志保ちゃんに相応しくない男なら、私がこの手で“排除”します」

 

その言葉に、ベルモットの瞳がわずかに鋭くなる。

 

「……ふふ。男の嫉妬って、ほんと恐ろしいわね」

 

「見極めてやるんです。この目で。彼が、志保ちゃんに相応しい人間かどうかを」

 

「それじゃあ、私と取引しましょうか?お互いにとって有意義な取引を……ね。」

 

フロントガラス越しに、雪が静かに降り続けていた。

闇に溶けるような白が、いつかこの世界の罪を洗い流してくれることを――俺は微かに、願っていた。

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