花に酔へり羽織着て『奥の細道』を歩む女   作:ウルピスフォリアは我らの光

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 月日は百代の過客にして
 行かふ年も又旅人也
 船の上に生涯をうかへ
 馬の口とらへて老をむかふる物は
 日ゝ旅にして旅を栖とす
 古人も多く旅に死せるあり
 予もいづれの年よりか
 片雲の風にさそはれて
 漂泊の思ひやまず
 海濱にさすらへて
 去年の秋
 江上の破屋に蜘の古巣をはらひて
 やゝ年も暮
 春立る霞の空に白河の関こえんと
 そゞろ神の物につきて心をくるはせ
 道祖神のまねきにあひて取もの手につかず
 もゝ引の破をつゞり笠の緒付かへて
 三里に灸するより松嶋の月先心にかゝりて
 住める方は人に讓り杉風が別墅に移るに

  草の戸も 住替る代ぞ 雛の家

 表八句を庵の柱に懸置

 彌生も末の七日
 明ぼのゝ空朧ゝとして
 月は有明にて光おさまれる物から
 不二の峯幽に見えて
 上野谷中の花の梢
 又いつかはと心ぼそし
 むつまじきかぎりは宵よりつどひて
 舟に乗て送る
 千じゆと云所にて舟をあがれば
 前途三千里のおもひ胸にふさがりて
 幻のちまたに離別の泪をそゝく

  行春や 鳥啼魚の 目は泪

 之を矢立の初として行道なをすゝまず
 人〻は途中に立ならびて
 後かげのみゆる迄はと見送なるべし


【門出】

 源石病(オリパシー)に冒された大地、テラ。

 極東と呼称される島国の片隅、御机(みつくえ)という都市の神社、その縁側に、ロドスに所属する一人のオペレーターが居た。

 

 業物の刀を腰に掛け、くすんだ金髪に異国風の顔立ち、着物風の衣装を纏ったヴァルポ(狐耳狐尾)──ウルピスフォリアである。

 彼女は現在、ロドスからとある任を受けて極東を訪れていた。

 

 ロドスは製薬会社である。

 源石病(オリパシー)の根絶を掲げて日々研究を重ね、時々戦争に介入したりする製薬会社である。

 この世界では、力が無ければ正義など到底通らぬ。

 オペレーターの中には騎士競技三連覇、人間の形をとっているだけの海の怪物、巨獣の現し身等々凄まじい力を持つ者も存在するが、あくまでも製薬会社である。

 

 ウルピスフォリアもまた、前職がマフィアの暗殺者という製薬会社に似つかわしくない経歴であった。

 出身はシラクーザ、石を投げればマフィアに当たるマフィアのバーゲンセールである。

 そんな彼女が何故和装をして神社で寛げるのかと言えば、それは神職たる夫との壮絶なラブロマンスの結果なのだが。

 彼女のプロファイルに『神社の禁忌への挑戦やマフィアの掟への反抗』と記される色々の後、今ではめでたく結ばれ、リサという可愛らしい娘も生まれている。

 

 今の状況は、さながら単身赴任の夫が出張のついでに家族の顔を見に来たようなものである。

 数日の間、家族水入らずで過ごしたり花見をしたり尻尾の手入れをしたり花に酔ったり羽織着たり刀差したりして、今日が任務の開始日なのだ。

 

「月日は旅人のようなもの──やはりその足は早いのだろうね。リサ、そう心配するんじゃないよ。すぐに戻ってくるから」

 

 旅装を整えたウルピスフォリアは、幼い少女に声をかけた。

 ウルピスフォリアから受け継いだ金髪に、父から受け継いだ九本の尾を持つ娘、リサである。

 リサの視線は、ウルピスフォリアの荷物にぶら下がる電気ケトルに向けられていた。

 

「それかい?ロドスの伝統だそうだ。縁起物のようだね」

 

 夫から渡された笠にはウルピスフォリアの耳を通す穴が開いている。

 それを結べば、一般的な極東の旅人の完成である。

 

「統合戦略部ではケトルの有無が旅の序盤の生死を分けるそう、なんだけれどね」

 

 彼女の任務は、極東北東部、通称東北での医療支援の必要性評価である。

 極東文化の理解と生存能力、道中での障害排除能力から抜擢された。

 

 長期・長距離に渡る任務の為、作戦の位置づけは統合戦略として扱われる。

 統合戦略は基本的にドクターやテラ、国家の極めて重要な事項についての作戦であり、極めて危険である、のだが。

 

「正直に言ってね、安全なんだよ。散歩と変わらないくらいさ」

 

 安全なのである。

 確かに、そんじょそこらの一般人であれば多少の危険は存在する。

 

 強盗野盗の類や源石病に感染した野生動物、極東ということを考えればサイバーニンジャやメカサムライに襲われるリスクはあるだろう。

 しかしながらそれらが束になっても、間違いなくウルピスフォリアが勝つ、あるいはそもそも気づかれることなく縄張りを抜けられるのである。

 

 マフィアに高額の懸賞金を掛けられている中で25年間暗殺者をしていた経歴は伊達では無いのだ。

 

「私は強いからね。リサもいい子にしているんだよ」

 

 余談だが、戦闘経験25年というのはロドスでも数少ない。

 先述した騎士競技三連覇の黒騎士や、龍門近衛局所属の御机で色々やってた鬼などがそれにあたる。

 いずれもロドスの誇る暴力装置である。

 

 何にせよ、ウルピスフォリアにとって刺激の少ない旅になると見込まれるのだ。

 この数日の間家族で駄弁りつつ、彼女は旅の無聊を癒す方針を決めた。それが、

 

「まあ、歌枕でも見てくるさ」

 

 である。

 歌枕とは、極東にて古来から短歌に詠まれてきた名所である。

 山、川、島など存在し、有名なものでは松島が挙げられるだろうか。

 

 ウルピスフォリアは極めて軽い風に『歌枕を見る』述べたが、夫も娘も、彼女の尾がパタパタと揺れていることに気がついている。

 

 このウルピスフォリア、俳句が好きである。何をどうしたのか、戦闘中に俳句を叫ぶ程に。

 

『花に酔へり羽織着て刀差す女!』

 

 は、ドクターが人生で最も多く聞いた俳句であろう。

 最初の字余りが印象的で良い俳句だと彼女は気に入っている。

 

 夫と娘の妙に生暖かい視線を不思議そうに思いながら、ウルピスフォリアは歩き出した。

 

 

 

 

 

 




敬語を使わないスズラン&スズランパパが想像できぬ……
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