クワ・トイネ公国 城塞都市エジェイ
大日本皇国軍クワ・トイネ派遣部隊本部が置かれているダイタル平野から、西に数キロ離れたところに城塞都市エジェイという街がある。計画の段階でクワ・トイネが対ロウリアを想定して建設したクワ・トイネの絶対防衛線というべき都市である。街全体を幾つもの堀と高さ15mもの壁で覆われており、城壁の上には投石機やバリスタが設置され、敵に多大な損失を与えるようになっている。城内には水源も確保されており、平時から大量の食糧を備蓄しているため、籠城戦になっても持ちこたえることができる。
そして、ここに駐屯するのは、日夜訓練に励み高い練度を持つ騎兵4千人、弓兵6千人、重装歩兵含む歩兵2万人の計3万人の大部隊だ。
陥落するなど考えられない。
「将軍、大日本皇国陸軍の方々が到着されました」
「来たか...通せ」
エジェイ基地に駐屯する指揮官である将軍アレウド・ノウは、日本軍のことを快く思っていなかった。日本はこちらの領空を侵犯し、力を見せつけた後で接触してきた。国交を締結するやいなや、日本の者たちがクワ・トイネ各地をうろつきまわている。政府の許可が出ているとはいえ、ノウは他国の軍が自国領内を歩き回っているのを見ていい気がしなかった。
しかし、今回彼らが送ってきた兵は実に7000人。彼らはエジェイの東側4kmのところに星形の基地を作って駐屯していた。
彼らの強さは理解している。両国の交流として、その武器を見たことがあったからだ。数で戦力を図ることはできないのも理解している。
だが、だからこそノウは我慢ならなかった。
そうこうしている間に応接室のドアがノックされる。
「どうぞ」
ノウは入室を促し、立ち上がって日本軍を出迎える。
「失礼します」
一礼し、中に入ってくる。
「初めまして。今回派遣された第七師団長を務める大内田です」
「副団長の赤﨑です」
ノウが着ているような宝石のついた華々しい服と違い、彼らは草によくとけこみそうなまだら模様の服を着ていた。こんなのが今回の日本の派遣軍の将軍というのが、ノウには信じられなかった。
「これはこれは、良くおいでくださった。私はクワ・トイネ公国西部方面師団将軍ノウと言います」
まずは社交辞令から入る。
「まず最初に、此度の援軍を派遣してくれたことに感謝いたします」
「いえいえ、友好国の危機ならば駆けつけるのは当然です」
たとえ不快に思っている相手だとしても感謝は忘れない。そして大内田のその返答に、ノウは意を決して口を開く。
「日本の師団長殿。ロウリア軍は不遜にも我が国に侵攻し、まず手始めにとギムを落としました。多くの住民はここエジェイに退避できましたが、残された住民がどのようにあったかは貴公もご存知のはず。無辜なる同胞たちがその身を犯され、命を散らした。私は、その所業に対してハラワタが煮えくり返る思いです」
ノウは拳を握り、熱く語る。
「我々はこの脅威に対し、国の存亡をかけて立ち向かっております。我々の誇りにかけて、他ならぬ我等の手でロウリア軍を退けて、その報いを受けさせてみせます。なので、日本軍の方々は自軍の基地にて、後方からの支援に徹していただきたい」
その言葉には確かに熱い思いが込められていたが、「ロウリア軍を撃退するのは自分達である。だから、それ以外の邪魔者は後ろで眺めていろ」という思いも同時に含まれていた。
ノウには、自分達こそがこの戦争で雌雄を決する存在であると言う大きな誇りがある。無論、それを直接言ってしまえば外交問題に発展しかねないので、こうして遠回しに言っているのだが。
それに対し大内田は、その真意を理解し、表情を変えずに答える。
「承知しました。では我々は貴官の言葉に従い、駐屯地からの後方支援に徹します。その上で一つお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「双方の連絡と敵に対する攻撃の観測の為に、こちらの人員と通信用の機材を置いてもよろしいでしょうか」
「ほう。まあ、確かに貴公らも本国に戦況を報告する義務があるのでしょう。邪魔にならぬのなら、いくらでも置いていってかまいませんよ」
「ありがとうございます」
その後、必要最低限の会話で打ち合わせを終え、日本軍は部屋から出て基地に戻っていった。
彼らが部屋を後にし、参謀の一人がノウに苦言を呈した。
「閣下。流石に救援に来た友軍相手にあのような言葉はまずいかと思いますが?」
「ふん。そんな事、この私もわかっている。彼らにもプライドがあるのだからな」
まさかの言葉に、参謀は目を見開いて驚いた。だからこそ、彼は再び問う。
「では、何故あのようなことを」
至極当然で、純粋に気になるが故にその答えを求める。ノウは一度水を口に含み、口を開く。
「我々はエジェイに駐屯するクワ・トイネの兵士だ。そして我々の使命は、クワ・トイネの壁として、ロウリアの魔の手から我が国を守ることだ。
確かに日本軍は強いだろう。だが、敵に勝てないからとそれに泣きつくなど、クワ・トイネに生きる者としての矜持が黙っていない!
武器の供与には感謝する。他国の民を救おうとする気概は素晴らしいものだろう。
だが、ここはクワ・トイネ。私達の愛すべき祖国だ!兵士たるもの、自らの国の危機は、自らの手で立ち向かうべきだろう!
祖国も守れずして、何が将軍か!!」
ノウは声を上げ、そう問に答える。
彼の言っていることは、軍人としては至極全うなことである。祖国の危機に、自らの手で抗おうとするのは当然のことであり、国を思うならば誰もがそうするはずだ。
故に、強いて言うならば、敵は彼らが想定しているよりも強大であり、そんな時は友に助けを乞うのも恥ずべきことではないという事だろう。
・・・・・・・・・+・・・・・・・・・
ロウリア軍がエジェイ近郊に陣を布陣して3日が経った。現状、戦況は動いていない。
敵兵の数はおよそ2万ほどであり、ロウリア軍の規模からすると威力偵察も兼ねた先遣隊であると判断できる。
そんなロウリア軍は自軍の陣地にこもり、こちらへの嫌がらせを実行していた。
昼も夜も問わず数名の騎兵が城壁に接近し、こちらを馬鹿にするような言葉を大声で吐き散らかし、追っ手が来る前に颯爽と逃げ出すというのを繰り返していた。
数が数なので本格的侵攻と判断するには難しく、敵が来るたびに兵士達は配置につき、結局敵は散々罵声を浴びせるだけで何もしてこない。夜でもお構いなく行われ、兵士たちはまともに睡眠もとれない。
この精神攻撃に兵士達は多大なストレスを抱え、みるみる内に士気は下がっていった。
「くそ....ロウリア兵め....卑怯な前をしおってぇ...大人しく突っ込んでくれれば戦いようがあるというのに...」
ノウは悩んだ。当初は突撃してくる部隊に対し、西門方面に重装歩兵を配置し、敵軍を引き付け、その隙に南門と北門から出陣した騎兵隊が側面から敵を本隊から分断、混乱させ挟み撃ちにして壊滅させる作戦を考えていた。が、いつまで立っても敵が攻め手こず、ノウは怒りをためていた。
ここで攻め入るのは悪手だし、本隊が到着すれば逆にこちらが挟み撃ちにされてしまう。
その時、扉がノックされ伝令兵が入ってくる。
「失礼します。日本軍より連絡がありました」
「読め」
「はっ!『現在エジェイから西方5kmに布陣する軍はロウリア軍で間違いないか?ロウリア軍であるならば、支援攻撃を行ってもよろしいか?また、クワ・トイネ軍が攻撃に巻き込まれないよう、ロウリア軍から半径2km以内に友軍及び民間人がいないか確認したい』とのことです」
ノウは快く思わない日本軍の提案に思わず安堵した。この状況を打開してくれるというのであれば、縋りたい気分だったのだ。
そんな考えは顔に出さず、あくまで強気な態度で部下に伝える。
「基地から出るなと言っているのに...結局は手柄が欲しくなったのか?まあ良い。日本軍がどのような戦いをするのか、眺めてみるのも一興だろう。許可すると伝えよ」
「はっ!」
ノウの返答は、速やかに大日本皇国軍に届けられた。
「大内田小将。ノウ将軍より攻撃許可が出ました」
「わかった。.....全部隊に通達、これよりエジェイ近郊に展開している敵陣地を攻撃する。目標は敵ロウリア軍。武器の制限は無い。沖田司令よりギム虐殺に関わったものに容赦するなと命令が来ている。故に慈悲は必要ない。徹底的に敵を薙ぎ払え」
大内田は全軍に作戦開始を指示する。その指示を受け、各部隊は準備を開始する。
37式自走砲、25式自走砲などの様々な大砲が敵陣に標準を合わせる。その中でも、一際目立つ巨大な影があった。
眼を見張るほどの巨体、そこから伸びる砲身。現時点で皇国軍にて最大の口径を持つ陸上兵器である55式410mm自走砲である。横須賀に現存する主砲塔を見れば理解できるだろうが、その巨体が放つ迫力はかなりのものである。今回の支援派遣には合計3両投入されていた。
「敵に動きはあるか」
大内田が副官の赤崎に尋ねる。
「いいえ、ありません。敵は未だ自軍陣地に籠もっています」
「付近に友軍の兵はいるか」
「ノウ将軍からの報告では、付近に友軍はいないとのことです」
「そうか......わかった。本部より大隊へ、攻撃を開始せよ!」
指揮所から前線へ通信を送る。
「了解。目標、敵ロウリア軍、攻撃用意.......撃てぇ!!」
ドオォォンッ!! ドオォォォォンッ!
大隊長の命令と共に雷のような轟音が幾つも鳴り響き、砲撃が開始された。
・・・・・・・・・+・・・・・・・・・
少し乾燥した風邪が吹く草原、遠くの空まで見通せるような空気の中、ジューンフィルアは設置された簡易テントの中から布陣した自軍を眺めていた。
「..........」
先遣隊として派遣された東部諸侯団。そんな彼らが今行なっているのは、敵軍への嫌がらせである。
日夜罵声を浴びせ続け精神的に疲弊させ、そこを正面から一気に畳み掛けて敵軍を殲滅する。
騎士として相応しくない戦法だ。
精神的に追い詰めるのが好きなアデムが考えそうなことである。
そんな彼らも、今はギムから略奪した食糧で美味い飯を食べて士気を高めている。
あと2週間もすれば本隊も到着し、本格的に侵攻が始まるであろう。
その時がくれば、自分もこんな卑劣な真似などに興じる必要はなくなり派手に先陣を切れる。
そんな風に考え、ジューンフィルアははるか先の敵の要塞を眺める。
「ん?」
すると、エジェイの隣の敵陣地....赤い丸の旗を掲げた陣地から、幾つもの赤い光が発っせられた。
「一体なんだ____」
そう呟いた瞬間...
ドゴオオオォォォォォォン!!!
強烈な爆音と閃光が広がり、土煙と共に幾人もの兵が空に舞った。
「何だ!一体何がおこった!?」
突然の出来事に、ジューンフィルアは状況を理解できずにいた。
その間にも、爆発は絶え間なく続き、テントの中で休養をとっていた兵士たちが外に投げ出されている。その兵士達は誰もが血を流し、手足を吹き飛ばされるなどの重症を負っている。
だが、すぐにその上から爆発が吹き荒れ、直ぐに物言わぬ肉片へと変わる。
「くっ! これが敵の攻撃だというのかっ!?ワッシューナよ!」
ジューンフィルアは近くにいたワッシューナを呼び寄せる。
「結界を張れ!一秒でも多くここを持たせろ!」
「はっ!」
尚も爆発は収まる気配がなく、兵士たちの阿鼻叫喚の声が聞こえる。肉と布が焼けていく不快な臭いの中でワッシューナは詠唱を完了させる。
ジューンフィルアとワッシューナを包むように光の膜が現れ、ジューンフィルアはひとまずこれで安心だと、この爆発が終わるまではここで隠れていようと胸を下ろす。
_____だが、現実は無情である。
ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
パリンッ
「「なっ!?」」
鳴り響く爆発音。飛び散る2つの影。
放たれ一つの砲弾は、設置された結界をいとも簡単に貫き、二人の丁度真ん中に着弾した。ジューンフィルアは自分に何が起きたか理解できぬまま、意識を闇に沈めていった。
「やめてくれ.....すまなかった....許してくれぇ...」
東部諸公団に所属する兵士の一人であるコボルは、地面に膝をついて許しを乞うていた。彼は、先のギム攻撃にも参加した一人であり、殺した農家の家にあった麦酒は非常に美味だった。
これは、そんな自分に対する天からの罰なのか。
鳴り響く轟音。それと同時に、バラバラになって吹き飛ばされる同胞達。
頭によぎるのは、先のギムでの戦いで降り注いだいくつもの光弾。
そこに転がっている腕は、先月娘が生まれたと語ってくれた友だ。テントの残骸が突き刺さっているのは、何度も訓練に付き合ってくれた騎兵隊長だ。
今まで共に戦ってきた戦友が、仲間たちが__虚しいほどにあっさりと死んでいく。
その様子はもはや戦いではなく作業だった。効率的にロウリア軍を処分するという作業。
「.....ァハハハ....ハハハハハ、ハハハハハハハ!!!」
極度の絶望と得体の知れない攻撃への恐怖は、彼の心を完全に破壊した。
そして、彼もまた仲間たちと同じく、爆炎に包まれて消えていった。
・・・・・・・・・+・・・・・・・・・
ノウは唖然とした様子で椅子に座り込んでいた。彼らは、約束通り「基地から出ずに」敵を遠距離から攻撃して、そのまま全滅させてしまった。なお、クワ・トイネ軍に出番はまったくなかった。
「これほどの強さなのか...大日本皇国という国は....」
彼は日本という国の強さについて知ったつもりでいた。だが、それは本当に『つもり』でしかなかったのだ。
まさか、これほどの強さであるとは思っていなかった。
「ええ。自国の防衛に誇りを持つのは良いことですが、時には仲間を頼ってみるのも良いかもしれませんよ。ノウ将軍」
隣で、日本の通信士の一人がそう呟いた。
かくして、ロウリア軍先遣隊2万の軍勢は、ことごとく殲滅された。
生き残ったのは、部隊の後方にいて最初の着弾の時点で怖気付いて逃げ出した一団だけで、その数は100にも満たなかった。