ロウリア王国 王都ジン・ハーク
現在進駐してきた大日本皇国軍により一時的に管理下に置かれている王都ジン・ハーク。
その西側、ベイ・ハークへ続く街道近くには、人通りも少なく、目立った特徴のない住宅街が広がっていた。
建物の隙間を縫うように、薄汚れた裏路地を一人の男が進んでいく。
フードで顔を隠し、心なしか急いでいるような様子の男。
ロウリアでは稀に見るような借金取りか何かに追われているような様子にも見えるが、そうではない。それは腕に中に収まっている器具──カメラの存在が証明していた。
本来なら、中世のヨーロッパ程度の文明度のここロデニウス大陸では絶対にお目にかかれない代物を手にしていた男は、一目を避けるように裏道を進む。
街の一角にある二階建ての貸家にたどり着く。
扉を三度、短く叩いた。
直ぐ様、向こう側から低い声が返ってくる。
「問う、世界を統べしたる者は誰か───」
男は即座に答える。
「───栄光のグラ・パルガス」
「よし」
端的な言葉を交わすと、扉が開き、男は家の中に入っていく。
「例の軍隊について収穫はあったか」
「ああ、たんまりと実ってたぜ」
部屋の中は一般的な家庭には無相応な、無線機やそれを繋ぐコード、小型の発電機などが設置されており、それらは天井をつたって外にある通信用アンテナに繋がっていた。
男たちは、ここロデニウス大陸から遥か西に進んだ先に位置する国家『グラ・バルガス帝国』の情報部に所属する諜報員だ。
前世界───『ユグド』と呼ばれる世界において血で血を洗う戦争を繰り返し、ライバルとなる敵国の打倒を眼の前にしてこの世界に転移してきた国である。
部屋には5人程度の人影があり、それぞれが機材をいじったりコーヒーを入れたりしていた。
カメラをもった男は懐から数十枚の写真を取り出すと、それらを机に並べていく。
「これは..........」
男が写真を広げると、他の者達も机に集まってくる。それを見た瞬間、思わず驚愕の表情に包まれた。
白黒で不鮮明なものもあるが、そこには大日本皇国が保有する様々な兵器の姿が写っていた。
「すごいだろ?馬車だの竜だのバリスタなんかでもない___本当の近代兵器だ」
「なるほどな。これほどの戦力が相手であれば、一方的に蹂躙されるのも当然だな」
示唆しぶりにお目にかかる近代的な乗り物や装備の姿に、人数で勝るロウリアが大敗した理由を理解する。
「街の連中はやれ鉄竜だ鉄の魔獣だと騒いでいたが、あれは航空機だし戦車だよな」
「仕方ないさ。前時代の低文明人に理解できるわけがない」
「まあいいさ。取り敢えず、撮ってきた写真を確認するか」
男たちは小言をボヤきながら写真の整理を始める。
「日本の戦車か.......どれも重戦車並のデカさだ」
「装甲車に......これは自走式の榴弾砲か?機動性を重視しているのか」
写真を覗き込んだ男が眉をひそめる。
「この車体の上、何が乗っかんてんだ?見たところ砲や機関銃もついてないしトラックにしては小さいし、これだけ全く意図が読めんぞ」
「どれもこれも装輪車や装甲車ばかりだ。これは高度に機械化された機甲部隊もある、ということか......」
「面倒だな......」
彼は出されたコーヒーを傾けながら、また別の束になった写真を広がる。そして更に驚きの表情を浮かべる。
「ん?これは......」
こちらにはベイ・ハーク港から少し離れた丘の上から撮影された、ロウリア派遣艦隊の姿や、上空を飛ぶ航空機の姿が映っていた。
「こいつは大型の戦艦に......空母までいんじゃねえか!しかもどいつもなかなかのデカさだ」
「戦艦との大きさと比べると駆逐艦でしょうか......なんで砲が一門か二門しかないんですかね」
「上空を向いた砲がかなりある。こいつは航空機の脅威を理解しているということか」
「航空機を警戒しているということは、魚雷の概念があるということでしょうか。我が国の戦術を一度見直さなければいけませんね」
「航空機はどこにもプロペラが見えない。もしかしたら本国で構想段階の噴式戦闘機かもしれないな」
「まさかっ!我が国でさえ実用化はまだまだだというのに!?」
その後、じっくりと撮影された日本の兵器についてあーだこーだ言い続け、だいたい時計の針が一周するほどの時間が経った。一通り情報を纏め終えると、男は本国にむけて電報を飛ばした。
無線機に取り付き電源を入れてヘッドセットを装着すると、暗号乱数表を見ながら無線機の電鍵を高速でタップし、モールス式と同じ方法で本国へと報告を入れる。
「そうえば知ってるか?上のデカい方の大陸に潜入してる奴らから聞いたんだが、今度本国が文明圏国家と接触するらしいぞ」
「本当か?文明圏ってことは、此処よりかは発展してる国って事だよな」
「ああ、そいつらによれば軍には銃や大砲が配備されてて、戦列艦とかの組織的運用もできる国らしい」
「戦列艦か......産業革命以前の我が国ぐらいの技術力があるということか。まだまだ我々に歯向かうなんてのは夢の先だろうが、本国はどう対応するんだろうか」
「さあな。聞くところだと、どうやら西の方の大陸のレイフォルとか言う国と交渉をするらしいぞ。なんでも五大列強国の一つだとか」
報告をしている裏で、そんなことを喋る。
そして____
彼らはまだ知らなかった。
すでに、自分たちへ迫る“追跡者”の存在を......
・・・・・・・・・・+・・・・・・・・・・
王都ジン・ハーク西部
人気のない住宅街の屋根の上で、一人の男が双眼鏡を下ろした。
『こちら”ミブロ1”、通信継続中』
『了解。“ミブロ2”より報告。通信妨害成功、目標に大きな動きは見られず』
『こちら”ミブロ3”、目標ブロック周辺の封鎖完了』
「了解。各員は指示があるまで待機、命令を待て」
その報告は、ジン・ハーク郊外に届けられた。
中型トラックにより運び込まれた地上及び無線通信機により、散開した部隊員からの報告を静かに受け取っていく。
「グラ・バルガス帝国、か......随分と防諜対策がお粗末なようだ」
ジン・ハーク近隣に作られた大日本皇国陸軍駐屯基地、その一角で、切れ長い目をした男は部下からの報告を聞きそんな言葉をこぼした。
石畳の路地裏に面した、どこにでもある一般的な貸家。窓は閉じられ、更に木の板でも貼り付けているのか室内の明かりは僅かしか漏れ出ていない。
しかし、屋根の縁からはアンテナと思わしき金属棒が迫り出し、内部の機械や配線類も飛び出しており、見るからに怪しいとわかる。
どうみても、中世文明の世界にある住宅ではない。
「こんなので、本気で隠し通せると思っているのでしょうか」
「奴らめ、電子機器の存在を理解できるのは自分たちだけだとでも思っているらしい」
機械や電子機器の概念がないここロウリア王国の住民たちからすれば、借屋から飛び出る配線機器に対し疑問を持つことはあれど、それが何なのかを理解することは到底不可能であり、見られたところで何ら問題はない。
しかし、大日本皇国の人間からすれば話は別だ。
ロデニウス大陸戦争の最中の行軍中に、複数の通信車両が謎の電波を探知した。
大日本皇国の情報部が周囲を調査したところ、電波の周波数から通信電波であることがわかり、定期的に同じ方向に向けて通信を飛ばしていることが判明した。そして、通信内容を傍受し内容分を解析すると、案の定周辺国家の内情や軍事情報をせっせと本国と思わしき相手に送信していたのだ。
目標を取り囲んでいく影。アジトと思わしき借屋を包囲するように、着々と用意が整っていく。
政府、ひいては借屋が存在する地区の管理者に話を通してもらい、周辺一体の地図とアジトとされている建物の設計図を入手し、隊員達の頭に叩き込む。
人払いを行い、関係者以外の一切の接近を禁ずる。
周辺に電波妨害をかけ、目標が本国に通信を入れるのを妨害する。無論、こちら側が使用する周波数は問題なく通信が行えるようにするのは忘れない。
ネズミは逃さない。
ネズミが餌を盗むのは見逃してしまっても、それを寝蔵へと運び込むのは認めない。
一匹残らず、確実に仕留め尽くす。
「......行くか」
男は机から離れ、壁にかけられた帽子を被ると、部屋から出ていく。
大日本皇国軍が誇る稀代の精鋭たち。第一空挺団・特殊作戦群に並ぶ新たなる第三の特殊部隊。
その第三小隊長『斎藤五紀(さいとう いつき)』
冷静な判断力と行動力を持ち合わせた寡黙な一匹狼。その牙が今、日の本を蝕もうとするネズミへと向けられた。
別室では、装備を整えた隊員たちが整列して待機していた。
斎藤が入室した瞬間、全員が揃って敬礼する。屈強な兵士たちの表情が、いっそう引き締まった。
「全隊員に継ぐ」
斎藤は静かに告げる。
「ネズミ狩りの時間だ」
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「何だこれは」
場面戻してジン・ハーク内の諜報員が潜むアジトの借屋。
男がいつものように本国に向けて通信を入れようとすると、突如ヘッドホンから砂嵐のような雑音が溢れてきた。
またいつもの通信障害かと、マニュアル通りに通信を回復させようとする。
だが、
『ザザッ……ジジジジ……ッ』
何度無線をつなぎ直しても、ノイズが走って報告がまともに伝えられない。
「ちっ!こんな時に」
男は苛立ちまぎれにコーヒーを一気に飲み干すと、そう言い捨てる。
「アンテナの調子を見にいってくれ 」
「はっ!」
機材の故障を疑い、部下に指示を出す。自分も無線機に異常がないかを確かめる。
「すみません」
その時だった。ふいにコンコンと部屋の扉がノックされ、声が聞こえた。部屋の空気が一瞬で張り詰める。男達が、服の中から94式拳銃のような見た目をした銃を取り出す。
男が慎重に部屋の扉に近づき、チェーンをかけたまま、扉を少しだけ開けて様子を伺う。
「はい、どうされました......?」
扉の向こうには、見慣れたロウリアの民族服を着た男が立っていた。
「はい、ロウリア新政府からのお知らせを伝えに参りました。こちら、回覧板です」
「あ、はい。ありがとうございます」
どうやら敵ではないようだ。中にいたものは警戒を解いて、銃を机に置いた。
男は扉のチェーンを外し、扉を開けて回覧板を受け取る。
ここ最近のジン・ハーク内では、国王およびロウリア王政府からのお知らせはこのような回覧板に表記され住民達に広めさせていた。
王都に住むものは皆それなりの身分のもの達であるため、王国手動で運営されている学院で文字の読み書きを習うことができた。
そして、男達はこの世界の謎翻訳と、諜報の仕事の為現地の言葉を解読。この回覧板も情報源となるため、ここ最近は受け取るようにしていた。
それにもし敵だったとしても、奴らが使うのは短剣。それに比べ、こちらには文明の利器たる銃があるのだ。歯向かって来る前に十分対処できる。男達はそう考えていた。
そして、今日もいつもの事のように何の疑いもなく回覧板を受け取った。
「ところで、一つよろしいでしょうか...」
「え、何か他に?」
回覧板を渡しに来た男の口元がニヤリと歪む。
「貴方方────貴様等、一体誰と通信をしていた」
まずいッ!!
直感が告げる。
男は扉を叩きつけるようにしめ、鍵をかける。
だが、次の瞬間、その扉は弾け飛んだ。
先程のロウリア人の姿はなく......いや、その男はいつのまにか軍服姿に変わっていた。軍服の男───斎藤は散弾銃を穿つ。弾丸は扉を粉砕し、背後に居た男を肉片へと変えた。
「御用改めである!!貴様らがどこの誰かは知らんが、無用に我が国の情報を横流しするモノを見過ごすわけにはいかん!速やかに武器を捨て、その身を開け渡せ!」
借屋の前には、すでに完全武装の隊員たちが包囲するよう展開していた。この中世規模のロウリアでは見ることなどありえない。騎士甲冑などではない、機関銃やヘルメット、その他複数の装備で武装された特殊部隊員。
「クソ!!ガサ入れか!」
室内にいた仲間が斎藤へむけて発砲するが、見切られて避けられる。
男は振り向いて、後方の仲間たちに叫ぶ。
「裏口の方から逃げろ!物品は捨て置け!」
瞬間、扉の方向から突然円筒状の何かが放り込まれた。
「まずい!グレネードだ!逃げr!」
警告が最後まで続くことはなかった。
凄まじい閃光。
直後、鼓膜を叩き潰すような爆音が炸裂し、男たちの視界が真っ白に染まる。
「突入せよ!」
外で待機していたボディーアーマーに身を包んだ特殊部隊員たちが一斉に雪崩れ込んでくる。
男達は部屋の奥に逃げようとするが、強烈な音響に平衡感覚を失っており、更に足元を撃ち抜かれ行動をできなくされる。
「クソッ!!」
彼らは諜報員のプロではあるが戦闘訓練を積んだ戦闘員ではないためか、瞬く間に捉えられる。
その間、隊員達は部屋中に散らばっていた写真や資料、無線機等を片っ端から回収していく。
縛られていく男達を横目に斎藤は階段を駆け上がり、慌ただしく動く物音を耳にする。そして、階段から顔を出し2階に上がる。瞬間、自身に向けて黒い塊が投擲される。
咄嗟に顔を引っ込め、避ける。
「くっ!こんな場所で捕まるかよ!」
必死に工具を投げつける男。
斎藤の目が逸れた隙に、2階で通信器具を弄っていた男が窓から飛び降りようとする。
だが、
「逃がすものかよ、阿呆め」
低い声が空間を支配する
撃鉄の音が鳴り響く。放たれた2発の弾丸は男の肩と膝に突き刺さり、窓枠を越えることなく床へ転がった。
結果として、ほんの数十分も立たずに摘発は完了し、部屋にあった写真や無線機などの回収も完了させた。捕縛した男たちは腕を手錠で拘束され、負傷した部分を簡単に治療すると、大型トラックに詰められ、駐屯基地に向けて輸送されていった。