お姉さんと僕   作:埴輪庭

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第39話「高田馬場⑥(御堂 聖、原田浩二)」  

 ◆

 

 避難所に入って一週間が経った。

 

 一週間というのは人間が新しい場所に馴染むには短すぎて、でも完全な他人でいるには長すぎる、中途半端な時間だと思う。配給の列に並ぶ順番とか、給水所が空くタイミングとか、仮設トイレの個室が比較的きれいな時間帯とか──そういう細かいことだけは覚えた。

 

 でも、頭の中はずっと別のことを考えている。

 

 §

 

 牧村さんの事だ。

 

 そして阿弥陀羅の事だ。

 

 阿弥陀羅の元メンバーが、この避難所の三階にいるらしい。隔離っていうんだろうか、トラブルが起きないようにするためらしい。

 

 逃げてきた理由はなんとなく想像がつく。あの掲示板の書き込みが本当なら、食うのを断った人は裏切り者扱いだそうだから。

 

 恨みはあるかと聞かれたら──よくわからない。

 

 阿弥陀羅は一つの組織だけど、逃げてきた人もいるように、全員が全員同じことをしていたわけじゃないだろう。多分。

 

 ただ、知りたいとは思う。

 

 なぜ人狩りなんてしているのか。異能者を攫ってどうしようというのか。掲示板の情報だけじゃ断片的すぎて全体が見えない。もし何か掴めたら、救世会と合流できたときに伝えられる。今のご時世というか、状況だと()()は価値があるはずだ。

 

 茂さんや悦子さんは救世会にお世話になっているわけだし、僕だってお世話になるかもしれない。後々の事を考えて、手土産というか──そういうのをもっていったほうがいいだろう。

 

 ◆

 

 三階に上がるのは初めてだった。

 

 管理委員の部屋とCブロックがあるフロアで、僕の生活圏であるAブロックとは階段一つ分しか離れていないのに空気が違う。照明が二階より暗いせいかもしれないし、人の気配の質が違うせいかもしれない。

 

 階段を上がりきった廊下の奥に、段ボールで仕切られた一角が見える。あそこがCブロックだ。

 

 足を踏み出しかけて、一瞬ためらう。

 

 別に禁止されているわけじゃない。ただ暗黙の了解として、他のブロックの住人がCブロックにわざわざ行くことはないらしい。

 

 元がつくとはいえ阿弥陀羅にいたという事は、やっぱりなんというか、いかついかんじなんだろう。怖いは怖い。

 

 ただ、何も情報なしでというのはさすがにここにいる意味がないので、僕も出来る事をしなければならない。

 

 深呼吸を一つ。

 

 §

 

 Cブロックの入口付近に差しかかると、数人の姿が見えた。

 

 壁際に火傷痕がのこってる人が立っていた。こちらを一瞬見たけど、すぐに視線を外した。興味がないのか、あるいは興味がないふりをしているのか。

 

 その奥に女の人が座っていた。片腕がない。見た目はまあ両方ともなんというか、不良っていったらあれだけれどちょっとおっかない感じだ。

 

 他にも二、三人がそれぞれの区画にいる。全員がどこか身構えた空気を纏っていて話しかけづらい──と思っていたら。

 

 その中に、一人だけ明らかに空気の違う人間がいた。

 

 ◆

 

 ぽっちゃりしている、というのが最初の印象だ。

 

 中年の男の人で、丸い眼鏡をかけていて、首にはイヤホンのコードを巻いている。崩壊後の東京でイヤホンなんかどうするんだろうと思ったけれど、まあ手放せないものは人それぞれだ。

 

 Cブロックの他の面々が鉄とか石とかを連想させるのに対して、この人はどちらかといえばクッションとか座布団とかそういう系統の存在感だった。

 

 目が合うと向こうが先に反応した。きょとんとした顔で僕を見て、それから周囲を確認するように左右に首を振って、もう一度僕を見た。指で自分の鼻先を指して「僕?」という顔をしている。

 

 僕は頷き──

 

「あの、すみません」

 

 そう僕が声をかけると、男性は目を丸くした。

 

「え、あ、僕に? 僕に話しかけてる? マジで?」

 

 返事の速度がすごい。あと声が思ったより大きい。

 

「はい。えっと──」

 

「いやいやいや待って待って、ちょっと待って。あー嘘だろ、ここ入ってから誰かにまともに話しかけられたの初めてなんだけど。え、何、用事? それともなに、間違い? 間違いならいいんだけどさ、いやよくはないけど」

 

 すごい勢いだ。

 

「間違いじゃないです。あの、僕、Aブロックの御堂っていいます」

 

「御堂くん! 俺は原田。原田浩二。あー、よろしくね。ていうかさ、君新しく入ってきた子だよね? 聞いたよ聞いた。一人で歩いてきたって。すごいね。俺らなんか七人でやっとだったのに。いやあ外はこわいよねぇ」

 

 原田さんは嬉しそうに手を差し出してきた。僕がその手を握ると、掌がやわらかくて少し湿っている。

 

 ──少し? 

 

 いや、少しじゃない! べちゃべちゃだ! 

 

 でも振り払うのはさすがに悪いし……。

 

「いやあ本当にさあ、話し相手いないとキツいんだよね人間って。元阿弥陀羅ですって看板背負ってるとさ、みんな目を逸らすんだよ。分かるけどね! 分かるよ! 俺が逆の立場でもそうするもん。でもさ、いざ自分がその立場になるとこんなにキッツいかと」

 

 原田さんは眼鏡の位置を直しながら早口で喋り続けている。息継ぎのタイミングが掴めない。こんなに喋る人久しぶりだな。裕を思い出す。裕も一つのテーマについて語り始めると止まらないタイプだった。ただ裕は喋りながらも相手の反応をちゃんと見ているけれど、原田さんの場合はもう少し一方通行というか、堰を切ったように溢れ出ている感じがする。

 

 溜まっていたんだろうな、と思った。

 

「座る? 座って座って。ここ汚いけど。段ボールが椅子ね。あ、お茶は出せないや。水ならあるけど」

 

「あ、大丈夫です」

 

 僕は原田さんの向かい側の段ボールに腰を下ろした。クロがバッグの中でもぞりと動いたけれど、出てはこなかった。

 

 §

 

 原田さんはよく喋る。

 

 池袋の食料事情がいかにひどかったか、避難所の缶詰がいかにありがたいか、崩壊前に録り溜めていたアニメがもう見られないことがいかに辛いか。話題が次から次へと飛ぶ。

 

「──あとさ、ここ風呂ないじゃん? いやどこもないんだけどさ。崩壊前は週三で銭湯行ってたんだよ俺。高田馬場の黄桜湯って知ってる? あそこの薬湯がね──」

 

「あの、原田さん」

 

「ん?」

 

「ちょっと聞きたいことがあって」

 

 原田さんの口が止まった。なんだか少し警戒しているような感じだ。

 

「阿弥陀羅のこと?」

 

「……はい」

 

 原田さんはふう、と息を吐いた。嬉しそうだった表情が少し曇る。

 

「まあ、聞かれるよねそりゃ。いいよ。何が知りたい?」

 

 原田さんは軽く苦笑したように言う。ある程度は覚悟していた、といった感じだった。

 

 

 




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空白行について。現在、句点「。」で終わる文章一つにつき空白行が一つありますが、これは読みづらいですか?

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